死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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生誕の儀の罠

 「少し、……困った事になった」

 いつもの朝食タイムで父上様が不吉な言葉を投げかけてくる。

 

 ちなみに前回の魔法教室がどうなったかと言うと、結局あれから気絶した俺、燃えそうな教室、渦巻く熱気、泣きながら俺に縋りつく妹様、と言う地獄絵図。そこで先生と助手のお姉さんが風や水の魔法で換気や冷却をして、お付きの方々全員集合のもと、俺はお部屋に運び込まれたらしい。

 

 そんで例によって俺が目を覚ますまで二日、その間の記憶は全く無い。

 

 それからと言うもの、セレナと魔法の授業は別々にされてしまい寂しい思いをしている。だからセレナも未だにこちらの様子を怯えた様に窺っているし、なんとも情けない限りだ。

 今だって「お姉ちゃんは怒ってないよー」と笑顔で伝えたつもりだが、その笑顔が既に青白かった模様で、泣きそうな顔をされてしまった、むぅ……

 

「あなた、何が有ったんですか?」

 

 そんな俺達のやり取りを知ってか知らずか、父様のセリフは不吉であった。母パルメが心配そうに父に尋ねる、そうだ、父上様は何時だって王らしく泰然自若としていて弱音も吐かず、常に上から目線で私達にも語り掛けてきた。

 前世では親父とは友達感覚で話す事も多かったので、最初の内こそ「何様だよ」と思ってしまった物の、「王様だよ」と脳内突っ込みが入るのに一秒と掛からなかった。

 

「最近、凶悪な魔物が増えてきている件でしょうか?」

 

 ステフ兄さまも身を乗り出す、それだけ父様が心配事を語る事は少ない、これはヤバい奴か? と背筋に冷たいものが走る。

 そう、この身に宿る、魂という謎システムと運命と言う謎要素により我が身の不幸は確定してる状態。そこに持ってきて『凶悪な魔物が増えている』と来たら、異世界転生ラノベ上級者として、魔物の大量発生(モンスタースタンピード)が想起されるのは当然の事だ。威厳溢れる父、穏やかな母、優しい兄、そして何より可愛い妹が魔物に蹂躙される様を想像するだけで胸が苦しくなる。

 

「おねえちゃん? だいじょうぶ?」

 

 いけない、また妹に心配をかけてしまった。

 

「やはり、体調は良くないか……生誕の儀は延期するべきかも知れんな」

 

 え? アレ延期出来んの? 一生延期って訳にはいかない?

 

「あなた、一体何が有ったんです?」

 

 心配そうなパルメ、と言うか魔物は関係無さそう、だが余計に嫌な予感がしてくるのはどうしてか?

 

「それがな、長老たちが生誕の儀は儀劇を演じる様に言って来たのだ」

「う゛え゛っ」

「そんな! ユマの体力で劇は無理です、何より生誕の儀には朗読を練習しているんですよ!」

 

 あ、変な声出た、お姫様が出しちゃいけない声出た! でも母様の悲鳴の様な叫びで搔き消えてくれて助かった。いや、全然助かっちゃいない!

 

 生誕の儀は自分を生んでくれた神と両親に捧げる儀式である、一般的には母と父の男女の馴れ初めを劇にして演じる。普通は村の広場でプロポーズの言葉を再現する程度の両親に対する致命傷な罰ゲームで済むが、王族ともなれば大々的に劇場で行う事になる。

 

 劇と言うのはあれで体力を使う、観客、熱気、照明、緊張すべてが体力を奪っていくし、強制的に主演とくれば立ちっぱなし語りっぱなしと言うだけで体力の少ないこの身に負担に成るのは疑い様が無い、長老たちは俺を殺したいのか? 殺したいんだろうなちくせう。

 

 生誕の儀の前に死んだ子供は初めから居なかった扱いになる、これは乳幼児の死亡率が高い故の事だろうか? 生まれて居ないのだから当然王族の家系図的な記録にも含まれない。

 そう、つまりどこの馬の骨とも知れない母親から生まれた私を王族として存在させたく無い勢力にとって生誕の儀はラストチャンス、全部を汚点としてノーカンにするつもりだ、生誕の儀の最中に死んだ場合にどうなるのかは知らないが、解釈の問題としてどうにでもするのだろう。

 

「それがだな……ユマの生誕の儀はゼナと我との出会いを演じる様に言われてしまった」

「う゛え゛ぇぇ」

 

 また変な声出た! 出ちゃった! 今度こそパルメは悲鳴すら出ないと息を飲む悲痛な声こそ漏れたものの、潰れたガマガエルみたいな呻きを全く掻き消してはくれなかった。

 ちなみに、ゼナとは俺の実母の名前だ。

 

「そんな! 無理ッ! 無理です、生誕の儀まで一週間と無いんですよ!?」

「解っている、生誕の儀を夏中月の中頃に延期しても構わないと言われている」

「ふぇっ?」

「あなた!?」

 

 もう変な声は良いや、えーと、この世界は四季が春夏秋冬あってそれぞれが三か月の年十二か月ってのは前世と一緒、前春月、春中月、後春月と言う呼び名で解りやすいちゃー解りやすい、で、それぞれが二十五日、三十日、二十五日と言う感じで中月だけ長くて、一年は320日、解りやすいが無理があるのかしょっちゅう閏日が入るのがご愛敬。ちなみに一週間は五日である。

 

「あなた! あなたまでユマを殺す気なんですか!? こんな可愛い子を公衆の面前で殺そうと言うのですか!?」

 

 母の剣幕に父上はギョッとする、あ、この顔解ってないわ。

 

「殺すとは? どう言う事だ?」

「夏中の月の中頃! 一年で最も暑い頃ではありませんか!」

「そうか・・・そうだな」

 

 父上は初めて気が付いたかの様にハッとする、いや初めて気が付いたんだろうな。父様は間抜けかよぅ。

 

「劇場は? 劇場はどこになるのですか?」

「それは、ユマは国民の関心も高い姫であるがゆえ、多くの人が入れる青の劇場で・・・」

「野外劇場ではないですか! 夏中の野外劇場と言えば本職の演者でも音を上げる厳しい舞台なんですよ!」

「…………」

 

 王様黙ったった! ぐうの音も出ないと黙ったった! 偉ぶってる王様がショックで黙る姿は笑えるねー、俺はぐうの音どころか魂が漏れ出してるよ、いっそ漏れ切ってくれればゴミみたいな運命から逃げられる模様。

 

 バンバンと机を叩きながら、涙を流し必死の形相で詰め寄る母、対する父は頭を抱える様子からなかなかに妥協は難しいご様子、こういう切羽詰まった空気感って逆に笑えて来てしまうのは自分だけだろうか? 掛かってるのが自分の命だと思えば乾いた笑いも漏れるというもの。

 気が付けば妹様は心配そうにこっちと母をキョロキョロ見てるし、ステフ兄さまはぎゅっと唇を噛み締めて俯いている。いやー死んだかな? 俺、死んだかな?

 

 いや、ここはやらねばなるまい、ただ夏中の野外ステージ? それは論外だ、絶対三十分で死ねる、前世で見た野外ライブの熱狂、あんな物の場に今の自分が飛び込んだらどうなるか?

 あらかじめ救急車を待機させた上で病院搬送前に冷たくなってる事請け合いだ。

 

「父様! 母様! わたしやります!」

 

 ガタっと椅子を鳴らして俺は立ち上がる、急に立ち上がったからちょっと貧血だ。

 

「無理よ! ユマ、死んでしまうわ」

 

 母が必死で止める、確かに夏の野外ライブは死ぬ、だから春にやればいいのだ。

 

「大丈夫です! 今からセリフを覚えます! 予定通り四日後に生誕の儀をやればいいのです」

「ユマ! 座りなさい!」

 

 母様は俺を叱りつけて止めようとする、そう言えば叱られるのは初めてか?

 

「……できるのか?」

 

 父様が一縷の望みをかける様にこちらを見る、見た瞬間に、あ、ダメだこれって顔を一瞬したあたり本気でぶん殴りたい。

 

「出来る訳無いじゃない! ゼナとあなたの戯曲は短くないのよ!」

「出来ます! わたくし記憶力には絶対の自信があるんです!」

 

 そうなんです、わたくしの記憶力は絶対無敵の世界一、もう俺の冒険のタイトルは「絶対記憶能力で世界最強!」としたいぐらい自信がある。いや、ごめん記憶じゃないから嘘だ、『参照権』様々である。

 

「無理に決まっているだろう! どれぐらいのセリフがあると思っている!」

 

 父様は悔しげに拳を握る。いやさ? 子供の事を信用しようぜ?

 って言っても、普通に考えたら無理だよね、四日だもん。でも俺には出来るんだなー

 

「出来ます! 今! スグにでも!」

「だったら! やってみるが良い!」

 

 ヤケクソめいたお父様の発言。正直言って、待ってました。

 プロンプターって知ってるか? 俺は忘れてたけどな! 大統領とかがスピーチの時に見てる奴らしいよ? 透明の板に読み上げる文章が書いてあるんだけど、空間に表示させた参照権の見た目はそれに近い、ヘッドセットを付けてARで表示してるってのがもっと近い。これさえあればセリフ忘れの心配はゼロ、一度見た戯曲のページを表示させて読み上げるだけだ。

 俺は家族に対して滔々と語ってみせる。

 

「深い深い森の中、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)との死闘に敗れ、逃げ込んだ深い森の中、助けもなく薬もなく、深手の傷によって死にかけたるはエリプス王その人であった、そこに朗々たる美声が響き渡る、やぁ其処に居られるエルフの麗人よ、汝は我の助けが必要か! 気力を振り絞り王が答える、すまんが助けてくれ、それと私は麗人ではない、残念ながらな。そう返すエリプス王だがもう一刻の猶予も無かった、森に響く美声の主がさっと近寄りて懐より取り出したるは魔法の薬、ひとつ振りかける毎にみるみる傷が塞がって行くではないか、これは? それに君は一体? 呆然とするエリプス王に笑いかけたる声の主、あはは、これは失礼した、こんなに華麗な男を見た事が無かったからね、これこそがエリプス王と冒険者ゼナとの出会いの時であった、……ハァハァハァ、ど、どう?」

 

 シーンと静まり返る食堂、あ、朝食のお花残しちゃってる。

 

「すごい! ねえさま! すごい!」

 

 無邪気に喜ぶ妹セレナの声と、ハァハァと俺の呼吸音だけが響いていた。


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