死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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オルティナ姫2

 もう少しだけ、私はシノニムとして生きることになった。今はユマ姫様と旅をしている。ネルダリア領を越え、遥か王都への旅路だ。

 

 慣れない旅は不安だが、同時にワクワクもしている。どうにも私は平穏に生きるには向いていないらしい。

 オーズド様は馬車と潤沢な資金を用意し、ユマ姫様を王都に送り届ける事にした。

 狙いはエルフを王国の味方に付けた功労者として、王都での発言力を強める事。その手柄を掠め取られない様にするのが私の一番の仕事だ。

 

 とは言え私も王都に行ったことは無い、そもそも普通は生まれ育った土地を離れる事は稀だ。

 貴族の中でも当主は王都に参勤する必要が有るが、それだって毎年の事では無い。

 この世界で住処を転々とするのは旅商人と吟遊詩人、それに冒険者ぐらいだろうか?

 

 冒険者と言えば姫様の護衛だったタナカだ。執事として働いていた同僚曰く、実は生きていたと言う事だが、帝国情報部を追いかけてから行方不明。

 見つかり次第早馬で知らせてくれると約束してくれたが、その様子から望みは薄そうだった。

 結局、その事を私はユマ姫様に伝えられないでいる。

 生きていましたが、やっぱり死んでしまったかも知れませんとは伝えられない。

 時折タナカの形見、ひしゃげた金属を握りしめている時の姫様の顔は見ていられなかった。

 

 その姫様だが見た目通り、性格も控えめで優しい方だ。

 あの夜に見た不気味な姿が何かの間違いでは無かったかと思う程、狂気に染まったあの様子ではまともな会話も難しかったに違いないのだ。

 私の仕事の枢要(すうよう)はユマ姫様と信頼関係を築く事。

 エルフの事、魔法の事、様々な情報を聞き出しつつ、ネルダリアの存在もアピールしなくてはならないからだ。

 

 だが、決して気が合わない訳でも無いのに。思いの外情報は聞き出せていない。

 その原因は王都への旅の間、ユマ姫様は床に伏せる事が多かったからだ。

 一見して無傷に見えるのだが、その足取りは覚束ない。最初の内は着替えすら満足に出来ず手伝う事も多かった。

 王族ともなれば着替えを一人で行う事の方が稀と聞くが、エルフは違うのだろうか? 着替えを手伝った時の恥じらう様子が可愛かったのを覚えている。

 とにかくユマ姫は寝込むばかりで碌に会話の機会すら無かったのだ。

 村に付けば、エルフの惨状と帝国の横暴を語る為に病床からのそのそと這い出して来るのだが、常に顔色は悪く、それが悲劇のお姫さまとしての説得力を増していた。

 それでも決して語り聞かせを止めようとはしなかった、その思い詰めた鬼気迫る様子は、霧の中で見せた悲痛な顔に近く、見ていて少し辛かった。

 

 ある日、その体調不良は生来の物か魔法を使った副作用か尋ねてみたところ「よく解らない」と言われてしまった。

 聞けば、エルフは魔力が濃い大森林にしか生きられない。逆に人間は大森林の濃い魔力に耐えられないと言うのだ。

 確かに時折エルフを捕まえたと言う話を聞くし、それで見世物小屋に押し込められているのを見るが、その後どうなったかと聞けば、決まって衰弱して死んでしまったという話だった。

 姫様は「自分はハーフだから死にはしないと思う」と、言っているが道中は気が気じゃ無かった。

 どうやら日常生活に支障が無いだろうと言う位に回復した時には一月が経っていた。

 既に長い旅は終わり、王都の門を叩くタイミングだったのである。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 一月ほどの旅が終わった。

 魔力を無茶に使った報い、大幅に削れた健康値はなかなか回復しなかった。

 そもそもが、ハーフエルフの自分にとってベストとは言い難い魔力濃度、加えて健康値4というのは生きているのが不思議と言うレベル。

 ここまで健康値が削れてしまうと体の芯から活力が失われ、ちょっとした事でも風邪を引いたりする。

 大事を取って一日を揺れる馬車の床にへばりついて過ごし、健康値の回復に努めても、馬車の揺れや運動不足で健康値が減少する始末。

 完全に悪循環に陥ってしまうのだ、幼少期を思い出して歯がゆい気持ちになってしまった。

 最初の内は自分で着替えも出来なかった、高橋敬一の人格では恥ずかし過ぎて、そのため分裂した人格を必死にまた一つに寄せ集めた。

 そうでなくても管理下から外れた人格が突然暴れる恐れがある。スフィールの件では良い方にも転がったが今後どうなるか解らない。

 

 その恥ずかしい相手のシノニムさんだが、魔法の力やエルフについて何とか聞き出そうとしている節がある。

 しかも何と言うか、かなーり魔法について期待してる気がする。

 

 正直、言い出しづらいだろ「純エルフ、それもエリートじゃ無いと魔法が使えません。そうじゃないと魔道具の方がマシなレベルです、しかも人間界では生きて行けません」とか。

 こんなんじゃ、「味方になるから帝国に攻め込みましょう」って言っても笑われそうだ。

 だが、使い方次第で戦争が変わるインパクトがあると思うのだが、その辺を説明しても解って貰える気がしない。

 

 元気になったら健康値で減衰されない生き物以外に魔法を使おう。地面に大穴でも開けて、風の魔法で丸太をスパッっと切ってビビらせたい。

 

 村に着いた時ぐらいたまには働こうと、お決まりの悲劇のお姫様アピールをするのだが、タナカの合いの手が無いのがなんとも寂しく思えてしまった。

 

 そんな感傷に身を焼かれていたのが良くなかったのか、体力がやっとマシになって来たのは王都に辿り着いたときだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 馬車の窓を少し開け、隙間から外の様子を覗き見る。

 

「凄い人だかりですね」

 

 思わず口をついた。

 王都に辿り着いた俺達を待ち受けていたのは人、人、人。

 見渡す限りの人の群れだった。

 都会だ都会だとは聞いていたが、前世の東京並みの人口密度とは思わなんだ。

 

 正直ただでさえ魔力が薄い地だ、そこへコレだけの人間がひしめけば健康値で魔力なんて全く無くなってしまうんじゃないだろうか?

 見ているだけで薄っすら気持ちが悪くなる程、俺はこんな所で生きて行けるだろうか?

 そんな俺を見てシノニムさんは微笑む。

 

「皆、ユマ姫様を一目見る為に集まったそうですよ」

「え゛?」

 

 意味が解らん、どういう事?

 

森に棲む者(ザバ)の姫君が王都に来る。それだけで話題性は十分だと言えますが、姫様が必死に各地で宣伝しただけに、悲劇のユマ姫伝説は王都でも既に有名だそうです」

「……歓迎、して貰えていると思って良いのでしょうか?」

「それはもう!」

 

 だとすれば俺の頑張りは無駄じゃ無かったと言う事か。

 自然にむふーっと得意げな鼻息が漏れた。笑顔が堪えきれず、にまにまと口角が歪む。

 

「もう! 嬉しいなら我慢せず、窓を開けて笑顔をサービスしたらどうですか?」

 

 呆れたようにシノニムさんに言われてしまう。確かに一理あるな。

 今生では王族としてイベントに顔を出す事もそこそこあった。

 ボーっと考え事をしながら微笑む俺の笑顔は、何故かユマ姫スマイルとか言われ好評を博していたんだぞ。

 気合もひとしおに「ですね」と言って、俺はガパッと窓を開ける、すると何故か当のシノニムさんが驚いて声を上げた。

 

「アッ!」

 

 アッ? 後ろから聞こえたシノニムさんの声に引っ掛かりを感じながらも、窓の外に微笑む。

 

「キャーユマ姫様ぁ!!」

「ユマ姫! ユマ姫! ユマ姫!」

「うぉぉコッチ向いてーー」

 

 ……なんかすごい事になってる。

 自慢のユマ姫スマイルが速攻で引き攣ったのを自覚した。

 そこへ後ろからシノニムさんが腕を伸ばしてパタンと窓を閉じた。

 

「済みません、軽率でした。ちょっと人が集まり過ぎています、ひょっとしたら事故が起こるかもしれません」

 

 確かに、とんでもない熱狂で押すな押すなの大騒ぎだった。

 何ならさっきの一瞬で何人か押し潰されて大怪我してても不思議じゃない。

 人ごみの所為で馬車は遅々として進まず、中央広場に至った所で完全にストップした。

 

「困りましたね……」

「……ええ」

 

 シノニムさんと顔を見合わせる。

 翌日王城に参ずるつもりなので今日はこれから宿に泊まるだけだが、このままじゃ宿まで辿り着けたとしても遅い時間だ。諸々の準備が出来そうにない。

 

 そんな折、馬車がコンコンとノックされた。

 

「もしもし、私は王宮からの使者です、中に入れては頂けないでしょうか」

 

 どうやらアチラさんもこの状況に困り果てて居るらしい、シノニムさんとアイコンタクトを一つ、俺が無言で頷くとシノニムさんは扉を開けた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――で、こうなる訳だ。

 俺は広場の野外常設ステージの脇で出待ちしていた。

 

 収まりが付かなくなった民衆に、取り敢えず挨拶をと言う段取りになってしまったのだった。

 だが悪い事ばかりじゃない、いやむしろ良い事の方が多いだろう。ここで一気にファンを獲得できれば、王国との同盟はグッと現実味を増すハズだ。

 

 俺は椅子ごと舞台袖ギリギリに移動して、そっと様子を窺う、そこには視界一杯の人。ひしめく人ごみに眩暈を覚える。

 なんだこれ? 王都中どころか、周辺からも人が集まってるんじゃないか?

 突発イベントだけにチケット代も糞も無い、貧富も貴賤の差も無く、様々な人種が広場で押し合いへし合うのはこの世界じゃちょっと無い光景だ。

 

 と、よく見れば貴賓席みたいのもあるじゃないか、櫓が組まれて偉そうな人が一段高い場所に陣取っている。

 そんなとりわけ目立つ場所に、とりわけ目立つ格好の男が一人。

 スナフキンみたいな帽子に、仕立ての良い服には刺繍もバッチリでとにかく目立つ。

 なにしろこれまたスナフキンリスペクトなのか全身が緑で統一されている、おまけに背中にはギターも標準装備。

 「よし、お前の名前はリッチマンスナフキンだ!」と心の中、勝手にあだ名をつけた時。何気なくこちらを見たスナフキンと偶然目が合った。

 

「あっ……」

 

 俺はその顔に覚えが有った、正確にはその顔にアイツの面影が確かに有った。

 

「木村!」

 

 俺はガタンと音を立て椅子から飛び出し、あわや段取り無視で舞台袖から飛び出す寸前で何とか留まった。

 アイツもこちらを見てる、ポカンとした馬鹿面でぼーっとしてる。俺の事に気が付いたのだろうか?

 

 いや、あり得ない。木村と違って俺の見た目は前世とは全く異なっている。

 田中だって俺の正体は見た目から気が付いた訳じゃない、解るハズが無いのだ。

 始めて見るエルフに驚いたとかそんな所だろう、それにしたって間抜けな顔しやがって。

 その姿が溢れる涙で歪んでいく。

 

「馬鹿ッ! 馬鹿野郎!」

 

 スナフキンみたいなカッコしやがって。

 良かった、本当に良かった! 生きてた! 木村は生きていた!

 魔獣なんかが跋扈(ばっこ)するこの世界、折角転移したって死んじまっていても不思議じゃない、なんせ俺は何度も死に掛けてる。

 そんな中、木村は生きていてくれた。田中が死んで、地球の馬鹿話を出来るとしたらアイツだけ、本当は今すぐに正体を明かして昔話に花を咲かせたい。

 

 (……でも、そんな訳には行かないよな)

 

 そうだ、俺の『偶然』は人を巻き込む、俺と一緒に居たら田中に続いて木村まで殺しちまう。

 だったら俺が『高橋敬一』だって事は墓の中まで持って行こう、そんでなるべくなら木村が王都から離れる様に仕向けるんだ。

 

 なんせ俺の目標は家族の、そしてセレナの復讐。それは絶対だ。

 帝国は絶対に滅ぼしたい、その為だったら何でもやる! 仮に木村を巻き込む事になってもやる!

 

 でもな、出来れば! 出来ればお前には生きていて欲しいんだ!

 

 悲痛な思いがこみ上げて、感極まった涙はポロポロと零れ落ちてしまっていた。

 そんな俺に慌ててシノニムさんが近づいて、ハンカチで涙を拭いてくれた。

 

「大丈夫ですか? やはり調子が悪いのでは? 中止にして貰いましょうか?」

「いえ、大丈夫! やります!」

 

 俺は感傷を切り捨て、前を向く。その時には普段のおすまし顔に戻っていたハズだ。

 舞台ではいよいよ俺を呼ぶ準備が整い、拡声の魔道具で俺の名前がコールされた。

 

「それでは遠く大森林からやって来た、森に棲む者(ザバ)の姫君、ユマ様の登場です!」

 

 俺は椅子から立ち上がり、垂れ幕で隠された舞台袖から笑顔で踏み出した。

 

「ユマ姫様ぁぁァ」

「キャーーーーーーーーーー」

 

 途端に色取り取りの声が響く、高くなった舞台からは広場を埋め尽くす人々が一望できた。

 その中には櫓の上に陣取った木村の姿もハッキリ見えた。

 お前は王都から追い出してやるからなと心に誓う。なにせ俺が居る限り、この王都は血生臭い事になるに違いないのだ。

 

 俺はいよいよ舞台中央に辿り着き、備え付けの拡声魔道具の前に陣取った。

 ――その時だ。

 

「えっ?」

 

 いきなり視界がブラックアウト。しょっちゅう気絶していた幼少時代でもこんな風に視界が一気に暗転する事など一度も無かった。

 圧倒的な闇の世界、民衆の熱狂的な声だけが耳に届くが、それが怖い。

 

 ……その時、闇の世界に花が咲いた。

 色とりどりの花、いや花じゃない、コレは光だ。

 赤、青、オレンジ、緑に黄色、紫、白や金、銀まである。そしてその数も尋常じゃない、

 大きさもまちまち、大きい光も有れば、小さく消えてしまいそうな光も有る。

 闇の中、光だけが競うように咲き誇っていた。

 

 ――なんだこれ? なんだよ!? なんなんだ? 何が起こってる??

 

 どうやらおかしいのは俺だけ、それも俺の視覚だけ。

 聴覚はいたって正常で、民衆にパニックは無く、司会もそのまま進行していた。

 

「それでは今一度、王都に集まった人々に向け、お名前を伺っても宜しいでしょうか? 可憐なお嬢さん、貴方の名前を教えて下さい」

 

 舞台中央で固まった俺に、司会のお兄さんが話を振ってくれる。 その様子は慣れたもの、舞台でパニックになる素人など少なくも無いのだろう。

 俺も取り敢えず、視力の問題は棚に上げ、スーっと息を吸い込み魔道具の前に立つ。

 

「私の名前は……」

「お名前は?」

 

「わたくしの名前は、オルティナ・ラ・フィリア・ビルダール」

「……え?」

「17代目ビルダール王、グスタルトの娘にて、第一王女のオルティナ姫です」

 

 俺の口は俺の意思を無視して、予想もしない事を口走っていた。


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