死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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四章 盲目の姫の残滓
木村の回想


 えーとここは? いや、俺は?

 俺は木村だ、それすらボンヤリとしてくる。何だ? ココは?

 

 見渡す限り、全てが白で埋まった世界。

 気が付けば、そんな場所で俺は浮いていた。

 

――ここは神域。とでも言うべき場所でしょうか?

 

 どこからか? 声がした。

 いや、声は俺の内から響いた、だから俺は己の内に問いかける。

 

――へぇ、じゃあアンタが神様って訳か?

――ほぅ!

 

 そう返せば、『神』が笑った。

 姿が見える訳では無い、ただ俺の認識上にそいつが居る。

 だから俺の認識に俺の思いをぶつければ、それで会話が成立する。

 それが直感的に解った、そしてその事に神が驚いた。それだけだ。

 

――思った通り、貴方は理解が早い。

――どーも、でもやっぱり慣れないですね。低次元の僕に合わせてアバターでも作って貰えないでしょうか?

 

 そう言うと、今度は微笑みでは無く、ハッキリと声を出して笑う神を認識した。

 

――出来ますね……面白い! 流石にコレだけ文明が進めばこういう者も生まれますか!

――いやぁ、僕の為にわざわざスミマセン。

 

 神は俺達と同じ次元に存在しない。だから姿が見えず、俺の認識に働きかける。

 だが、俺がSNS上で二次元のアバターを作る様に、神だって似た事は出来るだろうと要望した訳だ。

 

 すると、あっという間に地味なカッターシャツとジーンズ姿の青年が目の前で出来上がる。

 顔は……顔も地味だ、認識し辛い顔。恐らくは出会っても別れた途端に名前も思い出せない類の男、それを狙って作った。そうだろ?

 

「そうですね、その通りです」

 

 こっちの認識に干渉するのだから、心の機微まで丸見えか、ゾッとしないね。

 しかし、神はそんな俺を気にする様子もない。

 

「それよりも、僕と言いました? 俺ではなく?」

 

 俺の思考の中で、どうでも良い部分に突っ込んでくる。

 

「あー目上の相手に俺って人称は余り歓迎されないんですよ」

「なるほど、面白い」

 

 俺の言い訳に、何故か面白がる神。こっちの思考はダダ洩れだが、相手の思考はまるで解らない。会話の上でコイツはどえらいハンディキャップだ。

 

「そう言われましても、アナタも感じてみますか? 私の思考を」

「あーどうせ駄目なんでしょう? 生命としての次元が違い過ぎて、脳がついていけないとかなんとか」

「今の貴方に脳は無いので、認識が。ですね。処理出来ずにあなたの自我が崩壊します」

「ほうら来た来た、あんまりか弱い人間を苛めないで下さいよ」

 

 失礼な態度かなと思うが、口が止まらない。俺の悪い癖だった。

 だが、神は怒るどころか面白がってくれているのが幸いか。

 

「本当に、ふふ、貴方って人は本当に話が早い。いえ、助かります」

「まぁ、漫画とか小説の受け売りですけどね」

「それでも想像力は大切ですよ、だからこれほどの不測の事態に慌てず対処出来ている」

「対処出来てます? いや、慌てたって仕方ないからですけど、言っときますけどゴネれば何とかなるなら全力でゴネますよ?」

「ゴネるとは?」

「面白がってますよね? 脳が無いって言いましたし。この白い世界。つまり私は死んでいる」

「ピンポーン! 正解!」

「馬鹿にしてますよね? いや、その軽いノリも俺、あ、僕が望んでいるからなんですか?」

「……いや、そこまで認識しているとは、正直予想を超えるレベルです、なるほどこれが知的生命体のもたらす運命の破壊か」

 

 神は気さくなお兄さんと言った風で、その表情はコロコロと変わった。

 

「そうですね、そう、貴方の意識や欲求によって私の認識は変わってしまう、私はそう言う性質の存在でも有るのです」

「へぇ……」

 

 神が俺の思考に影響を受ける? この次元に合わせてくれるからだろうか?

 だが結局は理解の及ばぬ次元の話。取り敢えず、確認したい所を詰めてしまおう。

 

「で、僕は死んだ、何故です?」

「隕石です」

「やっぱり」

「解っていましたか?」

「場所は校庭の真ん中、死ぬには突然過ぎます、それに死ぬ間際に感じた閃光。だとしたらミサイルか隕石。考えられるならそれぐらいしか無いですよ」

「なるほど、で、どうします?」

「どうしますとは? なんでしょうか?」

「ゴネると言いましたよね? 想像がついてるのでは無いですか? アレですよ、異世界転生、出来ますよ」

「……唐突ですね、いや、隕石だとすると一緒にいた田中と高橋も死んでますよね」

「はい」

「いや、そう言えば隕石? 隕石だって? そんなのは高橋に落ちる筈だ、そうですよね? つまり高橋は異世界転生した? そんで俺は巻き込まれた!」

「流石! 理解が早過ぎる」

「アイツの運の悪さは統計学とかを馬鹿にしていた。その原因はなんです? 隕石が落ちる確率なんて文字通り天文学的って言葉のママでしょう」

「その原因が解らないので困っているのです」

「ハッ? 神が解らない?」

「神にだって……わからないことぐらい……ある……」

「ふざけるの辞めて貰って良いですか? いやコレも俺が求めてるのか? クソッ」

 

 冷静なつもりだった、だが不安とか焦りが滲む。俺自身では何も制御出来ない。

 そんな俺に人の良い笑顔で神は微笑んでいた。どっかりと胡坐をかいてヨレヨレのシャツを腕まくりし、頬杖をついた姿勢でニヤニヤとコチラを窺う。

 

「勿論、あの隕石が何処から来たかも、どうやって来たかも解っています、が、それは落ちるはずの無い隕石でした。可能性は有ってもあり得ない運命だった。しかし運命は破壊され隕石は落ちた」

「……いや、どういうことです?」

「解っているのは彼の、高橋君の魂を入れた人間は、我々の想像し創造した運命を超えて早死にすると言う事です。世界のバグを疑う存在です」

「運命、バグ、魂。解らない事だらけだ。教えて下さりませんかね?」

 

 一気に解らない事だらけになった。確かに高橋は図抜けて運が悪い、その運の悪さに同情して異世界転生。……そして俺はそれに巻き込まれた。

 

 その位のシンプルな筋じゃないのか?

 

 こう考えてしまう事自体が、高橋の好きだった異世界モノの小説に俺までカブレてしまっている証拠だろうか?

 俺はああ言った小説が大っ嫌いだった筈なのだが、何故だかここがそう言う世界だと認めてしまっている。

 それは目の前の神が掛け値無しに超次元の存在だと、認識させられているからだ。

 そしてその神から語られる世界は想像を超えていた。

 

「少し複雑な話になりますが貴方なら理解出来ると信じて居ます。まずは魂の本質、魂とは認識コードに過ぎないのです。地球で言うとIPアドレスが最も近い」

「IPアドレス? 確かにIPアドレスなら使い終わったら転生するか……でも、同じIPを前に使っていたPCの影響なんざ受けないぞ?」

「はい、受けるハズが無いのです。ですが、或るIPアドレスを割り振ったPCだけが故障を起こすとした場合、何を疑いますか?」

「そのIPに対してハッカーが攻撃を仕掛けている?」

「そうです、つまり我々が作ったネットワークに悪意のある攻撃が仕掛けられている事になる。ですが、どんな調査を行ってもそんな形跡が無い」

「IPを割り振るプロバイダ、いやもっと上流のネットワークにバグが有る可能性は?」

「そう思って、思い切って全く別の異世界の人間にIPアドレス、魂を割り振る事にしたのです、丁度海外のIPを日本のPCに割り振るぐらいの無茶ですが」

「そうか! その為に高橋は異世界に転生した。ついでに俺もって事か!」

「ぶっぶー、違います」

「……はぁ」

 

 駄目だ、俺の精神に呼応してるのは間違い無いのだが、どうしたってイライラする、怒ったら負けだ、本来俺は怒らせる側で怒る側じゃない、クールになれ!

 

「じゃあ、何故、高橋は異世界に?」

「逆です、彼にとってここが異世界なのです」

「え?」

「彼は私が管理していない異世界で一万回以上も十六歳前に死亡していた。早死にも珍しくない世界ですが、余りに回数が多い。その為、英雄や豪傑となる運命の人間にその魂を割り振った。ですが、運命を破壊して結局死ぬ。それを何度も繰り返した末。バグを疑った異世界の神から私に、地球の人間にその魂を割り振る事を持ち掛けられた」

「……なる。だけど、高橋は英雄とも豪傑とも違うだろ? いや、これから覚醒する予定だった?」

「違います、彼は逆に他人の運命に殆ど関わらず、平凡に長生きする筈の運命の持ち主でした。例えば多くの人間に影響を与える強力な運命を持つ英雄に転生させれば、多くの人間の運命の保護を受けられる。ですが逆に多くの運命の影響をも受ける為、死ぬ機会も多い上に、もし死んでしまった際は大勢の人間を巻き込んで、運命の破滅をもたらすのです」

「いやいやいや! 運命って言われても解らないんですって! 何ですか? 運命って誰が決めてるんです?」

「我々です」

「……で、ですよね? ン? 解る様で解らないんですが」

 

 よく解らない、解らない事だらけだ。そもそも何故そんな面倒な事を神はやっているんだ?

 運命を作ってそれが壊れると困る。じゃあなんでそんなモンを作るんだ? いや言ってしまえば魂を作る理由は? 世界を作る理由は?

 

「理屈立てて説明する事は可能ですが、流石に理解しにくい話となってしまいます」

「それでも! それでも聞いてみたいんです!」

 

 俺は異世界転生物の何が嫌いって理屈が無い事が嫌いなのだ、だから専らSFを読む事が多かった。……SFだってオカルトじみた話が多かったりもするんだが。

 もしも神に質問出来る機会が有れば、聞いてみたい事は山ほどあるんだ。

 

「貴方が疑問に思っている事を説明するには時間も気力も必要です。大丈夫ですか?」

 

 そんな風に神が尋ねるが、そう言われても前提が解らない。

 

「時間制限とか有るんですか? 気力って言われても」

 

 こっちは認識だけの霊体みたいなモノだろう? この状態でも時間とかで何か霊魂とかがすり減るのか?

 

「時間制限は無いですが、精神体として貴方に成長は有りません。理解出来ない物はどれだけ時間を掛けても理解出来ないし、気持ちが理解を放り出した時点でどうにもなりません」

「じゃあ、ほぼノーリスクですかね? だとしたら取り敢えず話して貰って良いですか?」

「良いでしょう」

 

 そうして神が説明する世界は、俺の想像を超える物だった。


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