死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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確実に読み飛ばした方が良いと言い切れる謎の設定語り。
木村は細かい事を気にする面倒なヤツと覚えてくれればそれでOKです。


木村の回想2

 一面の白い世界で俺と神だけ。俺の姿はなくその存在は自我だけだ。

 神の方は俺の要望で白いヨレヨレのカッターシャツとジーンズ姿のお兄さんと言った感じの姿を取っている。

 その姿で、俺を試す様に得意げに鼻を鳴らし、世界とか運命の解説をしてくれる事になった。

 

 なんで俺はそんな説明を求めているのだろう? 恐らくそれは俺がそう言う『設定』に拘る人間で、それに呼応して神が気を利かせてくれているからに他ならないだろう。

 俺は設定に拘り過ぎて、みんなが楽しめている漫画やアニメを楽しめない事が結構あるのだ。

 

 例えば世界的なヒット作『ドラゴンダイス』。内容は①から⑥までの数字が書かれたキューブを集めると、それが一つに合体、ドラゴンダイスとなって神龍が現れる。

 神龍は出たダイスの目の数だけどんな願いも叶えてくれるとかなんとか。

 で、キューブを巡って大冒険が始まる訳だが。俺が何より気になったのはドラゴンダイスって『システム』を誰が作ったかだ。

 

 キューブを集めてダイスに、ダイスから神龍が出て願いを叶えるとダイスはキューブに戻って世界各地へと散って行く。

 

 どう考えても面倒極まりない。そんな仕組みで誰が何の得があると言うのか解らない。

 俺は色々と想像した、ドラゴンダイスを作った者の目的を。

 

 「人々を冒険に駆り立て、種族間の交流を活発にする」

 ……と言うのが考えた中で一番穏当な理由で、他には

 「人類を争わせ、戦争を誘発し、人類の数を調整している」

 みたいなディストピアめいた理由を想像しては体を震わせた。

 

 そんな風に『理由』を期待してアニメを見続けた俺はその後、完全に裏切られた。

 明確な理由は一切出てこなかったのだ。

 

 正直、俺はビックリした。タイトルにもなってるキーアイテムの存在理由が曖昧で、それでも大ヒット作なのだから意味が解らない。

 もちろん作中の神がドラゴンダイスを作ったと言う設定はあるのだが、理由が全く見えてこない。

 大ファンを名乗る級友ですら、面倒なシステムの理由については全く知らなかった。

 

 なにより俺を驚かせたのが、『それを誰も気にしていない』事だった。

 大ヒット作のタイトルにもなっているキーアイテムの存在理由を誰も疑問に思っていなかったのはショッキングの一言に尽きた。

 それどころか、俺に言われて始めて「そう言えばなんでなんだろうね?」みたいな反応をする程だった。

 

 それを親友二人に尋ねた事が有る、その時の反応はこうだ。

 

「あー作者の鳥川さんが冒険活劇を書きたくて作った設定でしょ? 深く考える意味無くない?」

 

 高橋が言うことはいつも身も蓋もない、聞いてしまった事を二秒で後悔した。だが言っている事は間違っていないだろう、でもそれじゃ納得出来ないだけで。

 

「ドラゴンダイスには理由も理屈も不要、絶対不可侵でただそこに有るだけ。だからこそドラゴンダイスはドラゴンダイス足り得るんじゃねーの?」

 

 田中の言葉も俺が求める物じゃ無かったが、言いたい事は解る気がした。

 高橋も田中も、どちらも直感的に本質を突いている。だから俺が納得行かないのは俺が本質以外のとって付けた理由が欲しかっただけだ。

 

 大事なのは本質で、理由や理屈なんておまけに過ぎない。

 

 現に「有る訳ねーだろ!」と俺が高橋を馬鹿にしていた異世界転生小説、その開幕そのままの状況が今、正に目の前に顕現しているではないか。

 

 以前、高橋が俺に異世界転生小説の大ヒット作を薦めて来た。SF好きの俺にファンタジーは鬼門に思えたが存外にハマった。

 いきなり誰も知らない未開の地へ投げ出された主人公が、古代遺跡や魔獣を相手に大冒険する。

 よく考えたら宇宙船が不調に陥り、見知らぬ惑星に不時着、遺跡や宇宙生物相手に戦うSFと話の筋は何一つ変わらないからだ。

 

 だが、俺はまたしても裏切られた。

 異世界転生した理由が全く解らないのだ。

 

 SFだったら「魔のバミューダ宙域で宇宙船が突如不調に陥る。不時着した惑星Xでの大冒険の末、その原因は惑星Xが実は巨大な宇宙生物で、巨大なエネルギーを発する宇宙船を吸収するべく引き寄せていたからだと判明。

 このままでは肥大化した惑星Xが宇宙の全てを飲み込んでしまうぞとなって、惑星Xの内部で核融合炉を爆発させ破壊、間一髪崩壊する惑星Xから脱出するラスト」ってのがまぁお約束。

 

 が、高橋から借りた異世界モノはラスボスを倒したら、メデタシメデタシでヒロインと子供を産んで幸せに暮らしましたで終了なのだ。

 高橋に納得いかないと文句を言ったら、「いや中盤の遺跡で、稀に次元の狭間から落ちて来る魂があるって説明有ったでしょ?」と来た。

 あんなの、設定でもなんでもないだろと怒鳴ってしまった。とても納得が行く物じゃない。

 異世界転生なんて不思議体験で始まったのなら、不思議体験の原因が全ての謎の根源でラストまで繋がっていて当然では無いか!

 そもそも、転生とか魂とかなんなんだと問い詰めたくなる。

 

 いや、それこそ神に問い詰められる機会があるなら問い詰めると心に誓った。

 来るはずの無いそのチャンスが来た! 来てしまった!

 

「そんな怖い顔で見つめないで下さいよ」

 

 神は苦笑するが、俺は笑えない。

 

「……俺に顔なんて無いでしょうが」

 

 今の俺は認識だけの存在だ、姿は無い。それで困る事も無い。

 

「とにかく教えて下さい、世界を作った理由。魂とは? 運命とは? 一体何なんです?」

「ふぅーむ」

 

 神は指先に顎を乗せ、意味も無く上を見上げて考え込む。一々芸が細かいと感じてしまうのは相手が人間に似せているだけだと解るからだ。

 

 相手は神なのだ、それを無理やり俺に『認識』させてる時点で、神と呼称するに足る存在だろう。

 ……いや、そもそも、神とは何だろうか?

 俺だってSF好きとして神の存在を考えた事は有る。SF作家でも神が居ないとこの世界は説明出来ないと言う人間は結構居るのだ。

 もし、神が本当に居ると仮定して……いや、実際居た訳だが。それが世界と人間を管理していると言うなら、その目的は。

 

 ・愛玩

 ・家畜

 ・実験

 

 この三つしか考えられない。人間が動物を飼う理由がそれしか無いからだ。

 良く有るのは、人間の信仰心が神のエネルギーと言う、実質の家畜設定だが、人間の信仰心に世界を作るだけの価値と力が有るとするならば、人間はもっと救われているべきだろう。

 

「その三つの中なら実験が一番適当ですね」

「へぇ」

 

 神が俺の思考を読み取って答える。

 それは思っていた通りの結論だった。世界も宇宙も途方もない存在だ、それを作れる力が有りながら、神が我々を観察する理由が有るとすればそれしか考えられない。

 だが問題なのはその目的だ、流石に神にとっても世界の作成は簡単な事じゃ無いだろう。

 

「実験の目的をお聞きしても良いですか?」

「まず、我々はラプラスの魔になりたかった」

「いや、無理でしょ!」

 

 初っ端からいきなり話の腰を折る様にツッコミを入れてしまった。

 だが神は気を悪くした風もなく、ニヤニヤと笑う。

 

「そうかな?」

「そうです!」

 

 ラプラスの魔、この世の全てを把握すれば未来を完璧に予言できると言う考え方から、全てを知る事で全てを予知する悪魔をそう呼ぶ。

 だがその存在は否定されているハズだ。

 

「何故です?」

「観測するための装置の精度の問題が有りますね、真っ暗な場所に存在する物質を把握しようと光を当て干渉してしまえば、その物質の在り方が変わってしまう」

「ふむ、では干渉せずに観測する方法があればどうです?」

「まさか! 観測するには干渉は避けられないでしょう?」

 

 物質を見るには光の反射が、重さや組成を知るならもっと大胆に干渉する必要が出て来る。

 

「それは世界の中から、世界の全てを観測しようとするからいけないのです。世界の外からなら干渉せずに世界の全てを知る(すべ)が有る」

「いや、流石に壮大過ぎませんかね……」

 

 世界の外って何だよ……人間には宇宙の大きさすら解らないのに、その外と言われても想像もつかない。地球の砂粒の数より星の数のが多いと聞いた事が有るが、正に途方も無いだろう。

 

「これは概念として理解して貰うしか無いのですが、世界を外から観察すると、その世界の全ての状態を映した影が出来るのです」

「……影、ですか」

「本当の影とは違いますよ? そうとしか言いようが無いですが、そこに世界の全ての情報が反映されています」

 

 ……アカシックレコード。神の言葉を聞いて脳裏に浮かんだのが其れだ。宗教的な考え方だがSFにもよく出て来る、世界の全てが記録されている記録媒体。

 

「いえ、影は影、現在の状況を映しているだけです。そしてその影を記録するシステム、アカシックレコードを作ったのが我々と言えるでしょうか?」

「で、その影から得たデータを解析すれば、世界に影響せずに全てを観測出来ると?」

「その通り、まず我々は実験のために極々小さい世界を作成しました、丁度太陽系程度の大きさの閉じた世界です」

「……太陽系、程度の?」

 

 一々スケールがデカい、だが宇宙が基準だとそうなってしまうか。

 

「生命体の一切居ない、光とガスと岩だけの単純な世界です、この規模なら全ての未来を簡単に予想できる、その筈でした」

「失敗したと?」

「ええ、勿論天気予報レベルなら的中率100%と言えるでしょう、ですが我々が目指したのは砂粒一つの位置や在り方、その全てを求める事でした」

「ラプラスの魔になるためには、世界の全てを把握する必要がありますもんね。でも何が原因なんです?」

「失敗した理由も実験開始の目的もそこに関係していますが、結局のところ対象が小さくなるとそのふるまいが予測出来なくなるのです」

「え? どういう事? ですか?」

「石が何処に転がるか? その位なら人間にも予測が付くでしょう。ですが、ミクロ世界で、分子が、原子が、粒子が、いったいこれからどう動くか。対象が小さくなればなる程に、それが却って予測出来ないのです」

「いやいや、逆でしょうに、そんな小さいレベルで解らないなら、大きい物なんて絶対予測不能じゃないですか!」

「ですが、そう言う物なのです。転がる石と違って、対象が極めて小さい場合は時として右に行くか左に行くかと言うレベルで解らない。その原因としてさっき貴方が言った通り、小さい物程知らずに干渉してしまうのが原因とも考えていました。だから世界の外から影を測定すれば、影響を与えずにそのふるまいの不確かさと偶然の理由も判明すると言う期待があったのです」

「それが解らなかったと」

「ええ、貴重なデータは取れましたが、結局は極小の世界に踏み込む度に、不確かさと偶然の影響は濃くなって行きます」

「逆の気がするんだが……極小の世界がわからないなら、その集合である普通の世界がわかる筈が無い」

「統計学的に、あるべき世界に収束します。ですが、それは統計学的な決着で、一切の誤差がないわけではありません」

「来週の天気は解っても、100年後の天気は保証しかねると言う感じか」

「そうです、実際はもっと長いスパンの話ですが」

「マジかよ……」

 

 その天気予報は羨ましい、地球の天気予報は今日の天気ですら外れまくる。

 しっかし、小さい物ほどに神でもその動きを予測出来ないってのは意外と言うか、よく解らないが、そう言うものと飲み込むしか無いだろう。

 

「何と言えば良いのか……大きい物がそれぞれに干渉する場合、その干渉結果を想定する事は難しく無いのです、ですが、極々小さい物が自由に動く場合、そのふるまいを想定する事は不可能でした」

 

 うーん、解る様な? 解らない様な? 小さなチリが何処に飛んで行くかは、紙飛行機がどうやって飛ぶより予測し辛いのに近いか?

 

「……まぁ、取り敢えずそんな理解で良いでしょう」

 

 ……この反応、大分外してるな。だが仕方ない。

 

「で、良いデータが取れたねで終わる筈の実験でしたが、ある日途轍もないミスをしてしまいました」

「ミス?」

「ええ、影の記録用の……鯖? サーバーのデータを、未来予測用のサーバーのデータで上書きしてしまったのです」

「サーバーってのも、俺の概念で一番近い単語を拾ってくれたと言う理解で良いんですよね?」

「ええ、それ以上に理解する事は不可能なレベルで似ている存在だと思って下さい」

「つまり、貴重な記録を予測結果で上書きして消してしまったと」

「ええ」

「大惨事ですね、地球でも良く有る奴ですけど」

「ええ、大惨事です、ですが本当の惨事はここからでした」

「と、言うと?」

「世界はその後、上書きされた予測データの通りにふるまったのです」

「ん? どういう事です?」

「予測データは、予測不能なミクロの物質のふるまいを適当に作成した乱数表の通りにランダムに、それでいて乱数表通りと言う規定値で動く事を想定して作成していたのですが、サーバーに予測データが上書きされるや否や、その後は偶然にふるまうはずの全ての粒子が予測通りの挙動を示したのです」

「んん? いや、え? それって心電図記録用紙に冗談で記入した脈拍で、ホントに患者が脈拍を刻むみたいな、あり得ない事じゃないですか?」

「フフッ、そうですね、面白い例えですが、当時の衝撃はそんな感じでした、あり得ないとね」

「いや、あり得なくても起こった事には理由が有る筈、つまり影の観測は影響を与えないどころか、偶然で法則性が無いと思っていたミクロの世界に大きな影響を与えていたって事でしょう?」

「ええ、その理由も調査中ですが、未だに解っていません」

「うーん」

「ですが、それでも私たちはラプラスの魔になりました、未来が解らないなら未来をこちらで決めてしまえば良いのです」

「めっちゃ強引な様な……でも、結果は同じか」

「ええ、そうして全てが予測可能な世界を我々は手に入れたのです、これをラプラスシステムと名付けました」

「で、その結果を活かして、自分達自身が住む世界も改変しようとしたと?」

「それは話が飛躍し過ぎでしょう、そもそも自分たちの世界の影に内側からアクセスする方法も有りませんし、途方もない話です、まずは極小の世界の次、もっと大きい世界で実験する事にしました」

 

 ふーむ、面白い、SF小説みたいな壮大な話じゃ無いか。ワクワクして来た。

 

「楽しんで貰えているようで良かった、で、もっと大きい世界でラプラスシステムを起動してみたのですが、結果は芳しくありませんでした」

「未来は思った通りにならなかったと?」

「はい、それも想定以上の差異が出ました、様々な実験を繰り返し、原因は知的生命体の発生に有ると断定されたのです」

「なるほど、全ての物質の位置と祖形を特定しても、思考までは測定しそこねたと?」

「ええ、脳の物質を分析して思考と行動を想定するのですが、致命的に精度が足りないと言う結論になりました」

「うーん、今の地球の科学力じゃ脳を解剖してもその人の記憶とかを覗けませんが、科学が進めばそう言う事も可能かと思っていましたが」

「ああ、その程度なら、現に私はあなたの思考も記憶も読めますし」

「ですよね」

「ですが、貴方にも覚えがありませんか? 思ってもいない様な行動を突然とってしまったり、急な思い付きで計画を大幅に変更してしまったり。生命体の思考は様々な干渉を受け、その僅かな干渉が即座に大きな事象を伴って、ラプラスシステムの予測を破壊してしまいます」

「うーん、結局、移り気な人間の心ってのは神でも予想しにくいって事ですかね」

「と言うより恐らく、感情と干渉し合う魔力と言うエネルギーが関係していると思うのですが、その所為で予測を想定範囲に収める事自体が困難なのです」

「魔力? 想定範囲?」

「先ほどの乱数表ですが、もし範囲を誤って絶対に粒子が到達出来ない場所に移動する事を予測してしまうと、その時点で予測は崩壊してしまいます。さっきの心電図の例えで言うと、脈拍数一万って書いても無理な物は無理でしょう?」

「そりゃあそうですね」

「生命体の思考は複雑で干渉を受けやすく、中々想定範囲を算出する事も難しい。なので二つの方法を試みました」

「二つの?」

「まずは情報の精度を上げる事を考えました、用意したのは知的生命体の思考と感情、脳の情報をサーバーへと送信する魂システムです」

「それが魂の正体ですか……」

「もう一つは、情報のブレを無くす事。精神に干渉する魔力エネルギーを世界から除去する事を考えました」

「ん? 全然解らないですが、まず魔力エネルギーってなんですか?」

「説明不可能ですが、知的生命体の精神と干渉するエネルギーと思って下さい、説明不可能の理由は地球には、いえ、地球のある世界には魔力エネルギーが極端に少ないからです」

「それが魔力エネルギーの除去ですか」

「ええ、ですが魔力エネルギーが無い世界で知的生命体が発生する可能性は極めて少ないのです、何故なら魔力エネルギーは知的生命体の精神に呼応して知的生命体を守るからです。実験用として地球は極めて貴重な星となります」

「魔力エネルギー? あ、いや魔力でお願いします。 エネルギーってのはファンタジーな力でない事を示すために付けてくれたんでしょう?」

「ええ、ですが、貴方が考えるファンタジーな特性も持ちます」

「それが精神に干渉、感応することですか」

「そうです」

 

「壮大だなぁ……」

 

 俺は白い世界でひっくり返る。そうは言っても天も地もないのだが。

 

「ここまでの話を理解できる生命体が存在するだけで奇跡ですね」

「へへっ、で、魂システムってのは? 詳しく教えてくれませんか?」

「人間が考え、認識した全てをサーバーに送信するシステムです、通信するからこそ認識用の番号が必要だったのです」

「なるほど、そして高橋の番号は不幸が多いと」

「そうです、それにしたって物理法則を越えた訳でも、我々のシステムの全てを否定して不幸が起こる訳では無いのです。ラプラスシステムと魂システムで集めたデータで例えば99.9999%の未来を予想出来たとして、0.0001%が未確定として残ります。ですが確定部分から未確定部分を予測した上で、未確定部分が取り得る値の平均値を算出すれば、ほぼ間違いない予測が出来る筈なのです。このラプラスシステムと魂システムを組み合わせたものを我々は運命と呼んでいます」

「凄いシステムに聞こえますが現に運命は変わってしまった。精度が100%じゃないならある意味当然なんですかね?」

「ええ、ですが予期しない偶然でも試行回数が多くなれば、中央で値が安定します。ですが、我々が予測していない0.0001%で極端に確率が偏れば……例えば5000兆回サイコロを振った結果、全部1でしたとやられてしまうと、中央値付近で想定していた予想結果から大きなズレが出る。そうして穴が開いて、予期しない割合が増えた運命に、更にあり得ない偶然が頻出して、あっと言う間に穴が広がって大きく運命を変えてしまう」

「……本当にあり得ませんねそれ」

「度々、既定の未来に向けて演算して定め直すのですが、それでも未来を変えてしまうのです」

「うーん、意味不明ですね」

「はい、しかもその偶然があの魂を狙っている意思が有るとしか思えないのが不気味なのです。どんな偶然が重なればどのような結果をもたらすかは、我々にとっても非常に難しい演算を必要とするのですが、その偶然は我々ですら予期しない場所から恐ろしい不幸を呼び寄せる」

「むしろその、魂システムってのが悪影響を与えている可能性は? そのシステムの要件を聞くに外部から思い切り干渉してしまっているでしょう?」

「苦肉の策で有る事は否めませんが、干渉しても干渉した結果すら計算の内に入れる事で補正出来ますし、世界の影響を与えない様に世界のシステムとして組み込んでいます、だからこそ他の世界の番号を振るのは冒険で有ったのですが」

「なるほどー、はい、設定と言うか理由は解りました」

 

 うーん、聞いてみる物だ。正直理解し切れたとは言えないが大分スッキリした、ここまで説明してくれる異世界モノなんて聞いた事も無い。

 大体は神様のミスで死んじゃったからお詫びにーとか意味不明な奴だ。

 ……ん? お詫びに?

 

「そういや、それで高橋や俺達が異世界に行く理由ってなんです?」

「それですね、やっと本題です。まず死んだのは、高橋さん、田中さん、貴方、そして黒峰さんと言う女の子ですね」

「隕石が衝突してたった四人ですか?」

「小さい隕石ですしね、他の人は運命の復元力が働いて、『奇跡的な回復』って奴をしています。不慮の事故の後に良くある奴です、こちらでもそうなる様に運命を弄っていますから」

「うぅむ、だけど俺達はどうし様も無いと?」

「原型が無いレベルですからね、流石に不可能でした」

「で、高橋と一緒に異世界に転生ってのはなんでよ?」

「高橋さんはアッチの世界の神の担当なのですが、死なない様に頑張るからって本人の弁で転生する事になったらしいですね」

「いや、頑張るって何をだよ?」

「アッチの世界は魔力が満ちていますから、地球の薄い魔力下で、誰にも注目されない事で、魔力の影響を極限まで抑えてラプラスシステムの補正のみを頼りに生き抜くプランは無理でしょう。なにより今回失敗していますし。となると魂システムの情報の精度を上げる為に人々の意識に頻出する事が重要かも知れません」

「うーん、目立つアイツが想像付かない」

「もしくは何が何でも生きてやるって気持ちとか? 守ってあげたいーって思われるとか? 気持ちの強さで魔力の保護を最大まで高める方式が有効かもしれません」

「どっちも高橋に向いてるとは思えないけどなぁ、無気力人間だし」

「確かに、既にテストパターンもあるようですし、一人や二人の気持ちで何とかなるとは思えませんがダメ元ですかね?」

「で、俺とか田中が転生? ってのは何で何ですか?」

「まず、本当にお詫びって気持ちもあります、我々のイレギュラーな実験の被害者ですから」

「でも、実験動物を実験で殺しても人間は謝らないからピンと来ないと言いますか」

「地球の魂をアチラに送る事で、地球の神である私も異世界のデータを処理が可能になるのです、地球のデータ処理能力は膨大ですからね」

「地球の処理能力が膨大って? 魔力が無い世界ですよね……どうしてそんなに処理能力があるんです? 世界の分岐が少ないのでは?」

「それがですね、さっきも言った通り地球は貴重なんですよ、そもそも地球が出来たのが偶然みたいなモノで、初めには地球にも魔力は有ったんです。まず魔力が濃い世界を作って、知的生命体が出来たらそこから徐々に魔力を抜いて行こうと」

「え? そうなんですか?」

「ですが思ったほど、知的な生命体が生まれず、比較的単純な爬虫類型の巨大生物が跋扈する世界になってしまいました。半ば自棄になって環境を一新して魔力濃度を下げて見たら、なんと知能の高い生命体が発生したのです」

「それが人間、と」

「そうです、しかもアチラの世界の人間と形状もほぼ近く、全体的に魔力濃度以外の環境も似ている。そして地球には計測の邪魔をする魔力が少ないからと実験対象として優秀だと処理能力が高いシステムが割り当てられていました。それが……こんなにも運命を破壊されるとは、向こうの神から話を持ち掛けられた時は想像もして居ませんでした」

「ご愁傷さまとしか……」

「なので、この世界をこれ以上破壊されたく無いのです、対してアチラはもう運命が破壊されて何度も演算をし直しているのと、人間の数自体が少なく、居住範囲も限定的なため計算し直しも労力が少ない。実験に向いた環境なのです。加えて賭けに負けた代償として私の持つ演算能力も貸し出しますから、運命に穴が出来たら頻繁に演算し直して補正出来ます」

「解ったような解らんような、でも転生するってなんか使命とか能力とかあるんですか?」

「あー転生の場合、記憶を引き継げるだけで天才少年となるわけですからサービスは無しです、が、幼児の体に大人の思考、更に言えば元の存在を上書きする訳で、あんまりお勧めしません、自我を保てないリスクもあります」

「ですよねー、転生物のいきなり赤ん坊で無双するのって脳の作り的に無理が有ると思ってました」

「そう言う体で生まれるなら、人間を辞める必要が有りますね、結局色々と無理が有りますが」

「うぅーん、で、お薦めは?」

「アッチの世界用に私が地球での体を元に新しい体を作るので、それに入って転移するのが一番無難ですね、体とのズレも少ないので精神の拒絶反応が有りません」

「ほぉーで、その体にちょっとサービスが乗ると」

「そうですね、縁もゆかりもない土地で言葉も解らないのは凄まじいハンデなので多少はサービスします」

「え? 言葉も? 言語知識入れた状態で体を作れませんか?」

「記憶と精神は結びつきが強いので、記憶だけ追加すると齟齬が出やすいのです、それに異世界に行く前に異世界の言語を詳しく知っている矛盾が世界に悪影響を与えかねません」

「うーん、参ったな。だとすると生きる為に必要な力か……田中は何にしたのか聞いてもいいですか?」

「田中さんは剣を扱うに適した肉体ですね、大活躍してやるそうですよ? 向こうの世界のどこに転移したとか、そう言った情報はさっき言った通り異世界の情報になるので喋れませんが」

「物理か、アイツらしいな、じゃあ俺は魔法? 魔力があるって事は有るんだよな?」

「ありますね」

「うぅん、でもなぁ知識が無い状態で転移して魔法を覚えるのってキツイよな、最初はハードモードが約束されてるって言うか」

 

 俺は悩んだ、だがよく考えれば田中が剣を選んだのなら、俺だって得意分野を磨くしかないだろう。

 

「器用さで」

「器用さですか?」

「そうです、指の器用さとか覚えの早さ、それって脳の性能なんですかね」

「大半はそうですね、ですが神経回路や指の性能も影響します」

「じゃあ、それで」

「いいんですか? 生きるには不向きな能力では?」

「いや、有る程度文明が進んでるなら大体何とかなります、それで行かせてください」

「解りました」

 

 神の言葉を最後に、俺の意識が溶けて行く。これが、異世界転移って奴か。

 そうして俺の異世界冒険譚の幕が上がるのだった……

 

「あ、そう言えば最後にひとつだけ」

 

 俺のモノローグは神の言葉で遮られた。

 

「田中さんより、また会おう。だそうですよ」

 

 ――ははっ、そんだけかよ、らしいなオイ。

 俺の笑いは白い世界で溶けて行った。


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