死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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木村の回想3

 起きたらそこは一面の麦畑だった、と言っても麦の絨毯は金ではなく緑。新緑に彩られ、爽やかな風が吹いている。

 季節は春? か? よく考えたら麦っぽく見えても麦に似た植物なのかもしれない。

 しかし、それが人の手が入った畑で有るのは疑い様も無い、誰も居ない荒野から始まる異世界サバイバルとはならずに済みそうだった。

 

 ――異世界。

 

 そんな突飛な事実を即座に信じられるのは、神との会話が記憶に有るから、――それと。

 

「でっかい太陽だこと」

 

 明らかに地球の物より大きい太陽が中天で輝いている。この大きさの恒星に照らされながら、この程度の暑さで済んでいる辺り、あれは太陽ですら無いだろう。

 よく見れば植生の全てが地球と異なる、今までテレビで見た何処とも異なる。

 

「本当に異世界なんだな……」

 

 実感が湧いて来るが、怖くも有る。こんな誰も知らない場所で俺が神から貰ったチート能力はよりによって『器用さ』

 

 『器用さ』ゲームでも割とよく見るパラメータだが、正直おざなりにする奴が多いのでは無いだろうか?

 使いたい武器が器用さ30以上必須、と言われた時に渋々上げるか? 程度のパラメータだ。

 だが、俺にはこれしか無かった。

 一応確認はしたのだ。成長率倍化とかスキル強奪とかそう言うチートらしいチートが無いかどうかを。

 ま、流石に無かった訳だ、ゲームじゃあるまいしレベルもスキルもステータスも無い。

 地球での俺に近い体を作る際に、ちょっと弄ってスペックを上げてくれると言う話。

 大きく分けて肉体的な強化と、地球には無かった魔力を扱いやすくする強化。

 だが、肉体的な強さじゃ田中には敵わない。体が強くても技術がついて行かないからだ。

 斬った張ったの暴力で、毎日剣を振ってる連中に敵う筈がない。

 魔力の方はもっと酷い、完全な素人。一応、異常な魔力適正があれば、なにを習わずとも慣れれば肉体的な強化は取得可能で、将来性は有る能力と聞いたが、RPGでも一番危なく死にやすいのは序盤。

 その序盤に冒険する訳には行かないだろう。

 ならば手っ取り早く活躍出来そうな能力が良い、それでいて暴力とは無縁で安全な能力、狙うは俗に言う内政チート。

 初めて聞いた時から疑問なんだが、何が内政なんだよと思うが、高橋曰く現代知識で生産系を頑張るのをそう言うんだと。

 ともかく現代知識と其れを実現する器用さが有れば、色々とオイシイに違いない。

 とは言え、そんなものは文明が余りに遅れていても駄目だし、進んでいても役に立たない。

 だが仮にそう言う世界だとしても、単純に器用さが高ければ物覚えも良く、色々と捗るのでは無いかとまぁ、そんな浅知恵だ。

 それに、神も元々得意だった分野を伸ばす方が、精神に無理なく上限が高い肉体に出来ると言うので、元より器用だと言われた俺はこの能力を選んだ訳だ。

 

 こうして、俺の異世界生活は畑の真ん中で、器用さ一つを武器にしてスタートしたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ――で、十年とちょっとの月日が流れた。

 あっと言う間だった。だが思いの外、拍子抜けするほど安定した十年だった。

 思った通り最初はハードモードだった。言葉も話せぬ白痴と思われ、馬鹿にされた。

 だが季節が丁度、芋の収穫期とかで人手が欲しかったらしく手伝えば最低限の飯が食えたのだ。

 そこで芋掘りの筋が良いと褒められ、次第に言葉も覚えて行った。

 

 転機が訪れたのは三か月後、近くに海が有ると知ってからだ。

 

 ――ズバリ、釣り具の作成である。

 

 俺の器用さはここで遺憾(いかん)無く発揮された。現代知識を活かして釣り針や釣り竿を作成、リールに至っては存在もしていなかった。

 いや、正直に言うと現代知識が役に立ったかは微妙、だが神様印の安心保障。絶対的な器用さで作った釣り具の性能はかなりの物だった。

 まずは自作した釣り竿と釣り針で釣りをした、しかも生餌では無く現代的なルアーを使用した釣りなので、芋虫を取る手間も無く効率的。

 始めはこんなので釣れる訳無いと笑われた。だが、釣れた。

 釣れに釣れて、魚を持って帰ればご厄介になっていた農家で喜ばれ。食事が豪華になった。

 もちろん村で話題になって、釣り具を売ってくれと頼まれた。

 当然売った、毎日毎日、作って作って、売って売って、作って売った。

 

 ここでも俺は笑われた、折角の飯のタネを売るなんて馬鹿だと言う訳だ。

 だが、俺は漁師で一生を終えるつもりはない。タネ銭が出来れば十分なのだ。

 

 そこそこの小金を持って、俺は王都に辿り着いた。

 そっからはもうやりたい放題だ。

 定番のマヨネーズから始まり、石鹸の作成、馬車や靴の改良。服飾でもビーズや刺繍などとにかく目についた物を全部やってしまった。

 異世界モノは馬鹿にしていたが、内政パートって奴は好きだったので、ホントに可能かどうかネットで調べたりもしていたのが役に立った。高橋に感謝だな。

 

 田中は「そう上手く行くわけねーだろ、材料だって同じものが揃う筈ねーし」と否定的だったがやればやれるもんだ。

 だがそもそも、金と時間を掛けてもやっぱり出来ませんでしたってのが非常に多いのが発明だ。

 その典型例が錬金術。金を作るなんてのは現代でも超難関な訳で、筋が悪い研究と言えるだろう。

 一方、俺がやってるのは厳密には発明じゃない訳で、困難だとしても絶対に不可能な筋ではない。

 

 投資としては固い部類と言える。

 しかも、紙作りに向いた木を探させたら山椒の実みたいな味の木の実を見つけたり、シロップが無いかと探せば、漆が見つかったりと、答えを知ってるが故に商売のタネの見逃しが少ない。

 

 そうして用意した食べ物や文化が、残念ながら現地のニーズに合わない事も有る。

 

 だが、そこは売り方だ。

 服飾が特に顕著だが、良い物でも売り方が悪ければ流行らない。

 だが、逆に言えば売れない物でも悪いとは限らないし、売れている物でも良いとは限らない。

 本当に良いか悪いかは歴史の証明を待つしか無い訳だ。

 で、俺は歴史の裏打ちが済んだ物を売るんだから、自信をもってお届けできるし広告にコストも掛けられる。

 その広告だって、試食会やらイベントを開いたり、他の人気店とのタイアップや、劇団とタイアップして服を着て貰ったり、食べ物は劇中で食べて貰って宣伝したりする。

 現代では常識でも、この世界では斬新な広告にガンガンと金を使える。

 その広告効果の確認も、アンケート用紙で抽選プレゼントや抜き打ち調査、モニターを雇うと言った手法が使えるのだ。

 

 一個一個は地味な知識でも組み合わせると途轍もない破壊力を生む。

 例えば山椒は独特の刺激が有るので初めは受け付けなくても、食べ慣れれば色々な食べ物に合わせて貰える様になった。

 本当は長い年月の投資が必要な案件なのだが、広告手法を組み合わせ、普及までの時間を一気に短縮出来ると利益がドンと膨らむ訳だ。

 当然、生息地や苗木に至るまで商会で独占している。

 

 そう、たった一人でここまで手広くやれる訳が無いわな、当然、俺は商会を作った。

 そして同時にヤクザを作った。

 巧妙に無関係を装った商会を作成し、そこにゴロツキを加盟させた。

 色々手を広げるのに、いちいち既得権益との利益調整なんてやってられないからだ。

 

 で、トドメは金融業だ。

 なんせ帳簿の付け方だっていい加減な世界で、金利とか分割払いとかの考え方だって理解出来ない連中ばかりだったが、そこはコンサル業も兼業して、帳簿や仕入れもこっちでコントロールしてしまう。

 店の金をこっちが管理してしまえば事実上の乗っ取り成功だ。

 パン屋に至ってはフランチャイズ契約みたいな業態で何店舗もやっている。

 酒場もチェーン店化してるので黙っていても金が入って来る。

 

 金が入り過ぎて、王宮や貴族たちも無視できなくなったのか爵位も貰ってしまった。

 勿論、とんでもない寄付金を要求されたが安いもんだ。

 

 と、ここまでやったら十二年なんてあっと言う間だった。


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