死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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嘘発見器

 おはようございます、ユマ・ガーシェントです。

 皆さんは私が今、何処に居るか解りますか?

 なんと! 私は今、ビルダール王国の地下、尋問室に来ているんですよ。

 では早速、尋問室を統括している神経質そうな片眼鏡のおじちゃんに話を聞いてみましょう。

 

「なにをボーッとしているのかね、質問に答えてくれたまえ」

「…………」

 

 ――現実逃避が過ぎた。

 俺は広場での挨拶で、オルティナ姫を名乗ってしまった。

 言うまでも無く王族の詐称は重罪だ、それが例え何百年も前に亡くなっている歴史上の偉人で有ってもだ。

 だが俺は他国の王族だ。エルフの国エンディアン自体は無くなってるとしても、その全てが死に絶えた訳でも無い、流石にいきなり死刑にしたら国際問題。

 で、なんのつもりであんな事を口走ったか問われている訳だ。

 

「なぜあんな事を語ったと? ですが私は気の迷いであの様な宣言した訳ではございません」

「なんだと?」

 

 おじちゃんの眼鏡が跳ねる。周囲の監査官も跳ねるし、なんなら心配そうに見ていたシノニムさんが一番飛び跳ねた。

 

「正気か! 例え遥か昔に死んだ御方でも、王族を詐称するは重罪ぞ!」

 

 片眼鏡のおじいちゃんが大喝するが、こっちだって頭がおかしくなって口走ったと言いたいさ。

 片眼鏡も、無体な尋問が行われ無いかを監視する監査官も、へたり込むシノニムさんだって。私が急に頭がおかしくなって何となく口走ったと言って欲しい筈。

 だけど、それは叶わない。俺は自分で言うのも何だけど、いや、神から宛がわれた肉体だから恥ずかしげも無くハッキリ言えるが、見た目は可愛い。

 だから、「間違えちゃった、てへ♪」とか言えば許してくれるに違いない。

 だが、そんな人間の言葉を今後、誰が真面目に聞くと言うのか。

 私を信じて帝国と戦って下さい、命を預けて下さいと言って、誰が従ってくれると言うのか?

 

「気の迷いでも、何となくでもありません、わたくしはオルティナ姫の生まれ変わりなのです」

「貴様! 同じ事をほざいた町娘が厳罰に処された事もあるのだぞ! 冗談で済むと思うなよ!」

 

 片眼鏡はイキるが、嘘では無い。そしてそれはすぐ証明されるだろう。

 

「つまらん嘘はすぐに暴かれる。森に棲む者(ザバ)は知らんだろうが、これはその為の装置である」

 

 そう言って片眼鏡は俺の頭に被せられた装置をトンと叩く。

 そう、俺は今、嘘発見器に掛けられている。

 見た瞬間はそのおどろおどろしい異様にビビった。なんせ前世のエロゲーの洗脳装置の様な見た目なのだ。

 手は椅子の肘掛に固定され、頭にはボウルの様な銀のメットを被せられている。

 それこそ洗脳装置かと思って、王国の望む事を喋る機械にされてしまうのでは? と背筋が冷えたが、オルティナ姫の記憶を漁ったらその正体は知れた。

 何百年も前に死んだオルティナ姫が知っている。つまり、なんとも年代物の機械な訳で、遺跡から発見した魔道具をベースに作り上げたシロモノで、オルティナ姫の更に前の世代から受け継がれ、大切に使っているらしい。

 

 ちなみにエルフの国でも同様の装置は普通に有る。

 それどころか生産しており、小型化すらも成功している為に、俺はこれが何の機械か全く解らなかったのだ。

 だが、エルフの国でもこれを無断で作るのは禁忌とされている。プライバシーを侵害する魔道具は厳しく規制されているのだ。

 

 と言う訳で、俺はこの機械の特性を知っている。

 魔力を尋問相手に流して、その揺らぎを計測しているのだ。

 魔力は精神の干渉を受けるので、魔力の揺らぎで嘘を判別していると言う訳。

 とは言え、エルフの間でも禁忌であるため細かい部分は知らない。ひょっとして地球の嘘発見器みたいに、脈拍や発汗も判断材料なのかも知れない。

 まぁ、どっちにしろ、嘘などついて居ないのだから嘘発見器に引っ掛かる筈もない。

 

「どうだ? 結果は」

「……そ、それが」

「なんだと?」

 

 頭に被せられた銀のボウルから伸びたコード、その行き付く先には水晶をあしらった機械が鎮座していた。

 水晶のモニターとにらめっこしていた三十過ぎの魔道具官は、片眼鏡のおじいちゃんに申し訳無さそうに結果を伝える。

 

「嘘つきかと思えば気狂いの方であったか……」

 

 すると、片眼鏡はそう結論付けた。

 そう、この装置はあくまで嘘発見器。本当に自分が偉人の生まれ変わりと信じて居る変人には無力。

 ってか、この場合本当に生まれ変わりなので嘘になる訳がない。

 なんて言っても神様の保証付きみたいなもの。自身満々だ。

 

「信じないならそれで構いません、ですがわたくしは確かにオルティナ姫の生まれ変わりです」

「馬鹿な、何故いきなりそんな事を言い始める? 王都に来た途端にだ!」

「王都に来た途端だからです。もしも王都に居ついてから、エルフの国を助けて下さいと訴えた後、駄目押しとばかりに、我こそはオルティナ姫の生まれ変わりと主張しても誰も信じはしないでしょう。なぜ今更そんな事を言うのかと、そう言うに違いないのです」

「ふん、なんにしても馬鹿な事。オルティナ姫は今でも人気の姫だ。だからこそ利用しようと思い至ったのでしょうが、それだけにオルティナ姫の研究家は少なくないのだ。オイ! 入って来い!」

 

 その言葉を合図に、尋問室に入って来たのは本を抱えた小太りの男だ。

 

「は、はい、お初にお目に掛かります私は……」

「挨拶は良い! この男はオルティナ姫の専門家だ、貴様の浅い知識では直ぐにボロが出ると知れ!」

 

 出る訳無いんだよなぁ……そう思いながらも、俺はその専門家の質問に答えて行く。

 

 

 

「オルティナ姫が好きな春の果物は?」

「そうですね……メイドのビアンヌが毎朝剥いてくれる、ギットの実が好きでした」

「……それは違いますね、当時のヴァリアル領を訪問した時にヴィサスを最も好むと発言したと記されています」

「それは、ヴァリアル領がヴィサスの名産だからそう答えたのですわ。それに王族用にと厳選された完熟果実だからです、王都に居ながら常食出来る物でも無く、好物かと問われた時に真っ先に挙げる物ではありません」

「ふむ、ちなみにその時の領主のお名前は解りますか?」

「ランフォード子爵ですわね、大変な美食家で様々な果実でお酒を醸造していたと記憶しています」

「ふむ……」

 

 我ながら完璧な受け答え、そりゃそうだ。

 専門家の質問は、オルティナ姫自身の公務記録だけでなく、挨拶をした貴族側の記録や日記にまで及ぶ。

 そんなもん、たとえ当時の本人だろうと絶対に忘れている内容だ。

 だが俺は幾らでも調べられる。そう、『参照権』で検索すれば良いだけだ。

 

 だからスラスラとこんな調子で答えていくのだが、徐々に質問がおかしくなって行く。

 

 

「オルティナ姫が起こした奇跡ですが、その最たるものは洪水の予知です」

「いいえ! 神の思し召しです」

「ええ、ええ、ですが収穫前の刈入れを控えた麦畑を放棄するように訴えても、農民たちは従わなかった。そこで、反逆罪の嫌疑を掛けて全ての村人を王都へと召喚します」

「はい、そうですね」

「しかし、当然反逆の証拠など有る筈が無い、村人は姫に罵声を浴びせ。それが王都での人気の急落を招きます」

「そうでしたね」

「しかし、村人が村に帰ると、そこは鉄砲水で家も畑も全てが跡形も無く流されていた。そこで村人は愚かにも初めて姫の正しさを知るのです」

「そうなのですね」

「はい、ですが第一王子の術中に嵌まり、人気が陰った隙に冤罪を掛けられてしまう。そうですよね?」

「勿論です、私が愛する父を暗殺し、王座の簒奪(さんだつ)を図るなどあり得えません」

「そう、そして遂に断頭台に掛けられてしまうのですが、その時、折角助けた村人についてどう思いました?」

「どう思いましたと言われても……」

 

 いや、どう思ったかなんてどうやって判定するんだよ。ふっざけんなカス共死んで詫びろやとしか思わなかったみたいだが?

 

「……そうですね、複雑な思いがあったのは事実です。ですが、彼らに関しては、帰った後で鉄砲水に巻き込まれて死んでいないか。それが一番の気がかりでした」

 

 そりゃ、一時的に叩かれてでも守ろうとしたのに無駄になったら悲しいからな。

 何より、洪水で一瞬にして死んでしまうなんて詰まらないにも程がある。

 自分たちの所為で、自分たちの為に、皆から愛される姫が死んだと知って、後悔と絶望に塗れた上で、のた打ち回って舌噛んで自殺して欲しいとは思ったね。

 ま、そこまで言う必要は無いから言わないが。

 

「なんと! 流石聖女と言われるオルティナ姫だ、最期の瞬間まで誰も恨まずにいたのですね!」

 

 いや……この専門家おかしいだろ!

 最早、ただ聞きたい事聞いてるだけじゃねーか!

 そう思ったのは俺だけでなく、片眼鏡のおじいちゃんが苛立った様子で割り込んだ。

 

「それでどうなのだ! コイツは騙りか気狂いか、ハッキリしろ!」

 

 その二択かよ。ま、普通の発想だ。俺だって「私はキリストの生まれ変わりです」とか言う奴には精神病院をお薦めする。

 

「いえ、驚くべき事ですが彼女は本物です」

「なんだと?」

「彼女の言葉に矛盾は有りません、それどころか私の調べた知識を上回る! ああっ! 感動だ、私は本当のオルティナ姫の御前に居る! こんな拘束など許されません! 直ぐに解放してください! これでは王国の悲劇の二の舞ですぞ!」

「馬鹿を抜かすな! 生まれ変わりなどある筈が無い! 良く調べ上げた様だが私は騙されんぞ!」

「お言葉ですがルワンズ伯、私はオルティナ姫の研究をして二十年、それも先達(せんだつ)が調べた資料を纏め続けての二十年です。それを他国の姫が同じだけ、いや上回る知識を調べる等絶対に不可能です」

「馬鹿な! そんな馬鹿な!」

「それにルワンズ伯、輪廻転生はセイリン教の教えです。終末に訪れる女神の復活、それを否定するなどとんでもない事ですぞ!」

「しかしっ! 現に転生者など見た事があるか!? お前の子供が『前世は貧民窟で泥酔して死にました』と語るか? 語らんだろうが!」

「あのオルティナ姫であらせられますぞ! 神に愛された御方なれば、この様な奇跡が起こったとしてなんの不思議もありません!」

「じゃあ何の為に!? 何の為に何百年も経った今! わざわざやって来たと言うのだ!」

 

 なんか、俺を無視して二人で盛り上がってしまっている。ここは研究家へ助け舟を出してやるかね。

 

「わたくしは神に命じられて現世に降り立ちました」

「なんと言った!?」

「私は神の使命を受け、再びこの世に舞い降りたのです」

 

 片眼鏡は、バッと音が出る勢いで水晶の前の魔道具官を振り返るが、魔道具官は首を横に振るのみ。

 そりゃそうだ、だって嘘じゃない。ただ俺の使命は生きてりゃ良いってだけだがな。

 

「本当だと……まさか、いや……言え! どんな使命を帯びていると言うのだ!」

「神の使命、その全てを語る事は出来ません」

「ふん、馬脚を現しおったな!」

 

 勝ち誇った様子の片眼鏡。だが、俺には言うべき事が有る。

 

「ですが、言える事が一つだけ」

「な、なんです? 教えて下さい! オルティナ姫!」

 

 専門家のおっちゃんはノリが良くて助かる。

 

「そうですね……」

 

 俺は勿体ぶったタメを作って答える。

 

「このままでは、数十年、いえ、あと数年で王国は滅びます」

 

 俺の言葉に、空気が凍った。

 

 そして部屋の全員の視線が一斉に魔道具官へと突き刺さる。

 全員の耳目を集めた魔道具官は、ただ蒼い顔をプルプルと横に振るだけだった。


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