死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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動乱の王都

 王城の上層、豪華な調度品に彩られた部屋の中で、俺は優雅にお茶を飲んでいた。

 ふーむ、紅茶の様でいて後味は緑茶に近い。結構好きかも。

 

「なにを呑気に、お茶など飲んでいるのですか!」

 

 そんな俺を(たしな)めるのはシノニムさんだ。どうやら本気で怒ってる。

 

「そうは言っても今こちらから動く事はありません、一服のラウ茶は妙手の元と言いますよ」

「……ことわざで誤魔化さないで下さい。今、王宮は上を下への大騒ぎになっているのですよ! 一体どういうつもりですか!」

 

 そう、今、この瞬間も部屋の外ではドタバタと侍従達が駆け回っている。

 それもコレも原因は全て俺だ。

 昨日は広場で挨拶キャンセル尋問のコンボを食らって一日が潰れてしまった。元々の予定では、今日はバルコニーでの挨拶と、貴族達との舞踏会みたいなのがあった筈、しかし今をもってどうなるか不透明となっていた。

 

「落ち着きましょう、慌てても今出来る事など殆どありません」

「あの……お言葉ですが、生まれ変わりなど本気で言っているのですか?」

「本気です」

 

 シノニムさんの問いに俺はノータイムで断言する。

 

「でしたら! 何故これまでに私に打ち明けて下さらなかったのです?」

「言ったとして、信じて貰える訳では無いでしょう?」

「信じます! 信じようとします。しかし話して貰わなければそれすら出来ません!」

 

 シノニムさんは怒っているが、俺にとってもアレはアクシデントだったのだ。相談など出来る筈もない。

 俺が答えに窮していると、控えめに扉がノックされた。

 

「スイマセン、私、侍女として派遣されて来たネルネードと言います。宜しいでしょうか?」

「……はい、少々お待ちください」

 

 まだ言い足りないとばかり、俺をキッと一睨みしてからシノニムさんは扉を開けに向かった。どうやら本気でお冠の様だ。

 俺は新しく派遣されたメイドさんをダシに、どうやって怒りを逸らそうかと思案する。

 俺は外国の貴賓として招待されていると言う体なので、王宮からも侍女が派遣される。

 今までと違い、舞踏会やパーティーもあるとすれば侍女兼付き人がシノニムさん一人では回らない。

 かと言ってシノニムさんはネルダリア領の紐付きで、他の侍女もネルダリア領で固めてしまうと露骨に過ぎる。

 王宮からの侍女を受け入れるのは不可避と言えた。

 

 そうしてシノニムさんに連れられ部屋に通された侍女は、まだあどけない笑顔で頭を下げる。

 

「私、本日からユマ姫様のお世話をさせて頂くネルネードと言います。皆からはネルネと呼ばれています、よろしくお願い致します」

 

 そう言って下げられた頭から伸びる耳は長い。――これは?

 

「ネルネード、あなたひょっとして?」

「あ、ハイ、私は『あいのこ』なのです」

 

 それはつまりハーフエルフと言う事だ。王都広しと言えどエルフが普通に暮らしているとは思えない。

 

「どうして? ひょっとして誰かに捕まったの?」

「いいえ! いいえ! 違います! 私のお母さんが森で道に迷った時に森に棲む者(ザバ)に助けられて、それで、その……」

 

 あせあせと手を振って、あたふた否定する様子が可愛い。

 良かった、同じ森に棲む者(ザバ)だから丁度良いだろうと、奴隷として捕まえた女の子をメイドにと宛がった訳じゃ無かった。

 ネルネは青みがかった金髪をポニーテールに纏め、榛色(はしばみいろ)の瞳はクリクリと可愛い。フリフリっとした短めのスカートが快活さを醸し出している。

 全体的に可愛らしい印象の少女。ハーフエルフと言うのも同じだし、恐らく歳の頃も俺とそう変わらないだろう。

 どうやら、大分俺に気を使った人選だ。王宮の希望をグイグイと押し付けて来る様な腰が強い相手では無いと思って良いだろう。

 この事態を想定して、ハーフエルフの少女を凄腕のエージェントに仕込んでいたなら、それこそ相手は予知能力者だ。

 シノニムさんもそう思ったのか、ネルネの後ろでホッとしているのが見て取れる。

 俺としてもあんまり我の強いメイドは困るし、シノニムさんにとってみればネルネは直接のライバルだ。与し易い相手で一安心と言った所か。

 俺はネルネににっこりと微笑む。

 

「解りました、私達は王宮の事情に疎い所があります、色々教えて下さいね」

「は、はい! 頑張ります!」

 

 ネルネは顔を真っ赤にして答える、何と言うか可愛い。そう言えば今生では同い年の友達と言うのは居なかった。女の子とキャッキャウフフとお話し出来るのは、前世の男の部分でも今生の少女の部分でも楽しいに違いない。

 

「ふふっ、ネルネ。私達同じぐらいの歳でしょう? もっと友達の様に思ってくれて良いのよ」

「そんな! お、恐れ多いです!」

 

 だが、ネルネはそう言って恐縮してしまう。

 まぁ、徐々に仲良くなれば良いだろう。

 

「それよりも、この騒ぎを何とかしませんと!」

「え? 今日お城が騒がしいのってやっぱりユマ姫様が原因なんですか?」

 

 シノニムさんの言葉に慌てるネルネ。どうやら顛末を知らないらしい。

 ま、そうだよな。ネルネが俺の侍女に選ばれたのは俺が王都に辿り着く前だろう、その相手が初日から悪い意味で話題沸騰とは思うまい。

 俺は何も知らないネルネに尋問室でのあらましを説明した。

 

「ええぇぇ? ビルダール王国が滅びるって? 本当ですか」

「まず、間違いないでしょう。そもそもエルフの……あーー、森に棲む者(ザバ)の新たな呼び名なのですが、エルフの存在は二国間で大戦が発生しない為の、緩衝材になっていました」

「確かに、帝国との大戦で喜ぶのは森に棲む者(ザバ)だけ、反戦派の常套句ですらありました」

 

 シノニムさんが俺の言葉を補足してくれた、勢い込んで俺は話を継ぐ。

 

「ですが、帝国はエルフの国に攻め込み、そして勝利した。邪魔するものは無くなったと言えます」

「ですが、それを持ってして王国が滅びると言うのは短絡的では?」

「エルフの国の技術を手に入れるのですよ? 戦力はあっと言う間に開いてしまいます」

「だからこそ! 貴方を頼りにエルフの残存勢力と同盟を組んで、帝国を牽制しようとしているのです、それでは足りませんか?」

 

 今度はシノニムさんの反論がヒートアップする……が、俺には俺の理屈がある。

 

「説明は出来ないのですが。王国には恐ろしい厄災が迫っているのです!」

「だから! それは何です? 何が起こると言うのです?」

「それは……解りません」

「それではっ! 話になりません!」

 

 ……まぁそうだよな。

 因みに厄災が迫ってるのは間違いない、なんせ俺が居る所厄災(偶然)有りだ。

 で、その正体なんざこっちが聞きたい。なんせ神だって知らないんだからな。

 

 ……つまり、結局は何の根拠もなく適当にフカした訳だ。

 

 なんでそんな風にフカしたかって?

 

 決まってる。俺が来た途端に王都に不吉な事故が頻発すれば、森に棲む者(ザバ)の呪いだ何だと言われるに違いないのだ。

 だったらあらかじめ、王都に迫る厄災を払う為に顕現した神の使徒と名乗っておけば、落雷なり、洪水なり、隕石なり、信じられない『偶然』が起こる度に人々は俺の言葉を思い出す。

 

 しかし現状では何の根拠の無い言葉に過ぎない。それにも関わらず皆が無視できないのは何故か? それは俺がオルティナ姫を名乗るからだ。

 

 そう、皆は洪水や大飢饉などの天災を予言したと言われる、オルティナ姫の能力を恐れている。

 幾つもの伝説を築きながら、謎が謎を呼ぶその力。

 当然ながら、記憶を参照出来る俺はその能力を知っている。俺はオルティナ姫を思いながらゆっくりと(まぶた)を閉じる。

 

「目を(つむ)らないで下さい!」

 

 途端にシノニムさんに怒られてしまった。良く寝たふりをして誤魔化すので、今回も同じと思われてしまったか。

 シノニムさんの怒った声がする方、(まぶた)が閉じられた暗闇の世界に、ぽぅっと光の華が咲く。

 これこそオルティナ姫が見ていた神のお告げの正体。盲目になった姫がそれと引き換えに手に入れた新たな視覚。

 

 ――オルティナ姫はコレを天命と呼んでいた。

 

 天命はどんどん小さくなって、最期に消えると人は死ぬ。村の人間全員が、今にも消えてしまいそうな小さい天命しか持たないのを視た時、彼女は村に異変が起こるのを悟った。

 そうして、一芝居打って村人を助けたと言う訳だ。

 

 何なら彼女は本当に自分が神に選ばれたと思っていた節もある。

 何故こんな物が自分には見えるのか? ひたすら苦悩した記憶が山盛りだ。

 しかし、俺にはコレの正体に当たりが付いた。

 恐らくだが……コレは運命の強度を表している。運命が強ければ大きく輝き、死が目前に迫れば小さくなる。

 

 だとすれば、俺の運命はどうだ?

 

「何を笑っているんですか、もう!」

 

 シノニムさんの呆れ声も気にならない。

 内から湧き上がる輝きは、銀にルビーを練り込んだ様な絢爛(けんらん)な光色を放ち、他の運命が霞む程に巨大な輝きを放っていた。

 

 よく考えてみれば当たり前、俺は死から遠い強大な運命の少女を狙って転生したのだから。

 

 ……その割に何度も死に掛けた?

 

 そうなのだ、結局運命の守りが厚くても恐らく死ぬときは死ぬ。

 運命はそれ程、絶対的な物では無い……のか? ひょっとしたら俺の『偶然』がアレなだけかもしれない。

 逆に消えかけの小さな運命しか持たない人間を救う事にだって、オルティナ姫は何度も成功していた。

 結局は、一つの目安として役立てるとか、その程度にしておこう。

 ゲームで言うと、生存ルートが少ないからイベントシーンが極端に少ないキャラみたいな扱いか? いや、違うかも。

 

 そんな事を考えていると、また扉がノックされ再びシノニムさんが応対しに出て行く。

 残された俺とネルネは、思わず見つめ合った。

 

「あ、あの、ユマ姫様の噂は王都でも持ち切りで、噂に違わぬお美しさで! その髪とかウェーブがキラキラしてて、目の色も神秘的で! それで! あの、綺麗です!」

「ありがとう、うれしいわ」

 

 にっこりと微笑むと、ネルネは真っ赤になって俯いた。照れる様子が可愛い。

 にしても、髪が綺麗……か。

 そうは言っても、今の髪型は端的に言って苦肉の策だ。

 流石に俺だって冒険中も髪ぐらいは手入れをしていたし、馬車での移動中はシノニムさんが()いてくれていた。

 が、昨日の舞台挨拶は突然で、馬車の中でだらけていた俺の髪はスッカリくちゃくちゃになっていた。

 その髪を何とかウェーブを掛けて誤魔化して、それからはトラブルの連続で碌に手入れも出来ていない。

 

「ネルネ、悪いけれど髪を梳いてくれる?」

「は、ハイ! 喜んで!」

 

 そうして、ネルネは俺の髪へ油など付けながら梳いて行く。柑橘系の上品な香りが付けられていて、恐らくは高級品だ。

 

「うわっ! 綺麗! 髪が真っ直ぐになって、それに内側から光ってるみたい」

 

 ネルネはそう言って褒めてくれるが、ちょっと持ち上げ過ぎでくすぐったい。

 

「ネルネったら、そんなにおだてないで」

「そんな、ホントですから、ほら! 見て下さい!」

 

 そう言ってネルネが鏡台を開けると、確かに鏡に映った俺の髪はキラキラと輝いている。

 うーむ、エルフの国でお姫様していた時も、ここまでの輝きは無かった気がする。こちらの整髪料恐るべし。

 

「凄いですよね、今流行りの梳き油なんです、洗髪料もですけど、近年もの凄く進化してるんですよ」

「そうなのね」

 

 そんな風に女の子らしいお喋りをしていたら、シノニムさんが戻って来た。

 

「どうやら、バルコニーのお披露目はお流れですが、舞踏会は予定通り行うようです、準備して下さ……凄い輝きですね」

 

 シノニムさんも女性、どうやら気になる様子で、三人でかしましくお喋りしながらも、舞踏会の準備を整えた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そうして訪れた城内の大ホール、俺は思いっきり悪目立ちしていた。

 

「なんと美しい! 広場でお目にかかった時以上の美しさだ! 正に輝く様ではないか!」

「しかし、綺麗な華にはと言いますが、あの華の毒はとても扱える代物では御座いませんぞ」

「左様、ワシはあの娘がオルティナ姫を騙るのを確かに聞いた。しかもいまだに訂正する気は無いそうだ」

「それはなんとも、しかし噂によると元老院から派遣されたルワンズ伯が尋問したと聞いたが?」

「君たち情報が遅いな、ルワンズ伯の尋問の甲斐なく、オルティナ姫の生まれ変わりで無いとする証拠は出なかった。それどころか歴史家も黙らせる程にオルティナ姫の知識を持っていたらしい」

「まさか! ご冗談を!」

「冗談どころか、オルティナ姫の生まれ変わりを名乗る姫は、その場でこのビルダール王国の崩壊を予言したのさ、それで昨日から王宮は大騒ぎって訳だ」

「なんと! なんと!」

「不吉な! オルティナ姫を騙って民心を騒がせるなど許される事ではありませんぞ!」

「しかし! しかし! もし本当にオルティナ姫の生まれ変わりとすれば一大事である、オルティナ姫を捕らえて罰するなど、王国の悲劇の二の舞ぞ」

 

 もう、終始こんな様子で遠巻きに噂話に興じているが、収音の魔法を使えば筒抜けだ。

 貴族達のこの微妙な距離感の正体は、俺が危ないサイコ姫と思っての物と言うよりは俺の立場が今後どうなるかの問題だろう。

 

 王族を騙る罪人なのか、伝説の姫の再来なのか。

 

 それが確定するまでは取り入れば良いのか距離を取れば良いかも解らないと言う訳だ。

 だが、そんな微妙な選択を迫られる男達と違い、女性陣はグイグイと距離を詰めて来る。

 

「まぁ、とても美しい髪ね、嫉妬してしまうわ」

「どの様なお手入れをしていらっしゃるの?」

「エルフには優れた化粧品が有ると言うのは本当なのかしら?」

 

 美容と健康に関して女性陣はガンガン押してくる。

 なんせ、俺の立場がどうあれ関係無く付き合えるのが女性だ。何気ない日常会話を装って、情報収集する思惑も有るだろう。

 

「そ、そんな風に言われると照れてしまいます……」

 

 俺ははにかみながら、小動物じみた動きで無害アピールに余念が無い。

 変にがっついて情報収集したり、誰かに取り入ろうとするのは厳禁だ。取るに足らない小娘と思われるぐらいが丁度良い。

 それとは別に、俺への嫌がらせに精を出す連中も存在する。

 

「あぁぁら、あんなに頬張って、まるでリスみたい」

「野蛮ねぇ、動物なのかしら」

森に棲む者(ザバ)と言われるだけあって、人間よりリスに近いのでは無くて?」

 

 それは別室に用意されたビスケットを頬張っている時だった、手慰みにポリポリと食べていると聞こえよがしに嫌味を連発された。

 

「あの、ユマ様、こういった場のビスケットは食べる物じゃないんですよ」

 

 恥ずかしそうにネルネが耳打ちするが、俺は気にしない。

 

「オルティナ姫の生きていた時代には無かった慣習ですね」

「え? そうなのですか?」

 

 そうなのだ、そもそも食べもしない物を用意する訳がない。大方、食欲旺盛な御婦人を笑いモノにする過程で、誰も食べられなくなってしまったのだろう。

 

「美味しいですよ? ネルネも食べませんか?」

「いえ、あの、私達にとって、それは下げられてから食べる物なので……」

 

 ……そのルールはオルティナ姫の時代から不変だ。そう言えば他の侍女からも恨みがましい目で見られてしまっている。

 だが、砂糖やバターをふんだんに使ったお菓子は久しぶりだ。余り遠慮する必要も無いだろう。

 俺がモグモグと美味しく食べていると、不思議と周りの空気は柔らかい物になっていった。

 日本人だった時に覚えが有る事だが、外国の人が日本のお菓子を褒めているのを見ると得意になるし、親近感も湧く。

 これはその類の現象では無かろうか?

 そして、美味しそうに食べる人が居れば自分も食べたくなるのが道理だ。

 

「ほ、本当に幸せそうにお食べになるんですね」

 

 ネルネは物欲しそうにビスケットを見る。

 これはちょっとやり過ぎてしまったか? 周りの侍女達の反応も小リスを見る様な微笑ましい物が半分、自分の分が無くなると切なそうにするのが半分だ。

 

 ――きゅ~ぅ

 

 すると、可愛いお腹の音がした。

 

 音がしたのはビスケットを頬張る俺を馬鹿にしたお嬢さんがたの方向。

 

「まぁ、はしたないですわよ!」

「そんな! わたくしではありませんわ!」

「人の所為にするものではなくってよ」

 

 そう言って揉める三人の元へ、俺はビスケットのお皿を持って近づいた。

 

「あの……私、バクバクと食べてしまって。恥ずかしいので……お姉様方も一緒に食べて頂けませんか?」

 

 俺がそうやってお願いすると、三人は途端に食いついた。

 

「そ、そうね、ユマ様は賓客なのですもの、一人だけ恥をかかせる訳には行かないわ」

「みんなで食べれば恥にはなりませんものね」

「ふふ、仕方のない方ね」

 

 そう言ってパクパクとビスケットを摘まんで行く。

 これは本格的にビスケットは残らなそうだ。さぞや恨まれるなと思って侍女たちを窺うと、最早苦笑いでこちらを見ていた。

 

 これは何か侍女達に差し入れでもしなくてはならないか?

 とは言え俺の生活費はネルダリアから出てるので、自由に出来るお金など全く無いのが現状なのだが。

 

 そんな事に頭を悩ませていると、突如一人のスナフキンが現れた。

 木村だ。

 

「あら、キィムラ男爵。控えの間で女性に近づくのは、褒められた事では無くってよ」

 

 ビスケットを摘まんでいたお嬢様の一人が木村を非難するが、それも形だけだ。ウインクなどをしてハッキリと媚びた様子が見て取れる。

 男爵と言うのにも驚いたが、貴族のお嬢様にここまで媚びさせるのも凄い。

 

 お嬢様と言ってもそれは『高橋敬一』の感覚で、ユマ姫から見たらお姉様と言うべき年齢だ。

 木村は結婚適齢期のご令嬢の相手として不足無しの地位を持っている事になる。

 

 茫然とする俺へ、ネルネがタタタッっと近づいて耳打ちする。

 

「ユマ様! あのお方はキィムラ男爵です。裸一貫で王都に現れたと思ったら、あっと言う間に王都随一の商会を作り上げ、男爵位まで授かった奇跡の人です」

「……そ、そうなのですね」

 

 なーーにやってんだアイツ!

 明らかに内政チートでイキり散らしてるじゃねーか!

 

 クソッ! クソッ! く、悔しいぃぃ!

 

 俺なんて、チーズを作るのが精一杯だったって言うのに。

 殺意が籠った視線で睨むと、同じく熱心に俺を見つめていた木村と目が合った。

 

「これはこれは、ユマ姫様、お初にお目にかかります。私はキィムラ男爵。しがない商人の端くれなれど、王宮の深い温情を賜り男爵位を務めさせて頂いております」

「奇妙な格好をしておられるのですね」

「これは失礼、少しでも名を売りたい商人の浅知恵で御座います」

 

 そう弁解するも木村に照れは無い。

 実際豪華なスナフキンみたいな格好は浮いているのだが、普通の格好をした所で日本人的顔立ちの木村は浮いてしまうに違いない事を考えれば、これは苦肉の策では無いだろうか?

 とは言え、そんな事情を察しつつも俺は木村に容赦しない。

 

「気持ち悪い方、近付かないで下さいますか」

「……これは、お見苦しい姿を晒し、申し訳ありません。お詫びと言っては何ですが、我が商会のビスケットがお気に召したご様子でしたので、後で届けさせましょう」

「結構です、代わりに侍女たちに配って頂けますか? 彼女たちの楽しみを奪ってしまった様ですから」

「これはこれは、ユマ姫様の慈悲深さ、このキィムラ痛み入ります。仰せの侭に」

 

 そう言って木村はすごすごと退散した。

 そんな俺達のやり取りに貴族のお嬢様方は目を丸くするし、ネルネに至っては猛然と突っ込んで来た。

 

「な、な、な、なにをやっているんですかぁ! キィムラ様は押しも押されぬ大商人! それを敵に回すような! あぁぁぁ、本当は何としてでも味方に付けなくてはいけないのに! さっきからお食べになってるビスケットも、髪に付けた整髪料もキィムラ商会の物です! 今の王都の流行を作っている御方だと言うのに! あぁもう、取り返しがつかない事を!」

「そ、そうなのですね」

 

 そ、そこまで手を広げてるのか……

 う、……そ、そりゃあ俺だって味方になって欲しいさ。

 アイツが助けてくれるなら、こんなに頼もしい事は無い。

 でもな、田中に続いて木村まで俺の『偶然』で殺しちまうのか? 俺は友達を二度殺すために異世界転生した訳じゃない。

 

「それでも! 私はあの方の助けは借りたくありません」

「そんな! ユマ姫様はご存じないかも知れませんが。大商人は誰も彼も、いずれかの王族の派閥に属しています。そんな中、キィムラ商会は全ての派閥から平等に距離を取っている唯一の大商会。姫様がどこの派閥にも属さず力を付けるにはキィムラ商会を味方に付けるしかありません!」

「そこまで、なのですか」

「そこまでです!」

 

 うぅ、で、でも、流石に木村を巻き込むのは……と考えた所で、気になった。

 

「ネルネは私にどの派閥にも属して欲しくないのですか?」

「え? あ、あの、そう言う訳では……」

 

 そう言う訳なのだろう、恐らくは宰相派。ど真ん中で盤面を支配したい連中から派遣されたのがネルネと言う訳か。

 ま、解りやすいしネルネはそんなに問題無いだろう。

 とは言え派閥……か、どうやらめんどくさい事になりそうだった。


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