死憶の異世界傾国姫 ~ねぇ、はやく、わたしを、殺して~   作:ぎむねま

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★専属楽士

 白壁の大きな部屋に床は大理石、その上には赤い絨毯、天井には巨大なシャンデリア。そんな結婚式場もかくやと言う部屋で、俺が座る椅子も白を基調にゴテゴテと刺繍や彫刻が施され、ハッキリ言ってデザインがうるさい。

 

 前の部屋の方が狭いながらも落ち着いた家具で印象が良かった。

 それに使用人もワラワラと群がって来て気が抜けない。

 

 それもコレも全て第一王子、カディナールが原因だ。

 あろう事か奴が怪我をしたお詫びにと提案して来たのはもっと豪華な部屋への移動と身の回りを世話する大量の召使いだ。

 

 曰く、「怪我をさせて申し訳無い、その足では不便でしょうから、もう少し広い部屋と幾人かの小間使いを用意させて頂きました」

 との事だ。

 

 明らかに俺への監視を強める為の策略だが、客観的に見たら厚遇なだけに、断ってしまうと意固地になっているとか狭量だとか言われてしまう。

 

 勿論アレだけの怪我、一瞬にして魔法で治しちゃいましたーと言える訳もなく。今も俺は右足首にグルグルと包帯を巻き散らしたまま。

 歩く事もままならず、スッカリ自由が無くなってしまった。完全に想定外である。

 

「ハァ、どうなる事かと思いましたが怪我の功名ですね」

 

 向かいに座るシノニムさんは俺が大人しくせざるを得ない事に満足そうだ、雑用からも解放されて綺麗な服を着てニコニコ笑っている。

 

「わ、わたしはなんだか落ち着かないです」

 

 ネルネもシノニムさんの隣に座り、もじもじと身をよじる。メイド服は脱ぎ捨て今はひらひらとした華やかなワンピースを身に纏っている。

 数日だけとは言え、御側付きとしてはネルネの方が先輩。雑用は新入りに押し付け、二人は俺の話し相手だったり、お洋服選びの仲間としてお供に付いている。

 が、ここでは新入りとは言っても本来は王子付きの使用人達。言わばこの国最高の使用人な訳で、部屋の壁にピタリと張り付いたまま一切動かない。その洗練された佇まいを見せつけられれば只の女の子のネルネが恐縮しない訳も無く。

 

「うぅぅ、何でこんなことに」

 

 今も、壁際のメイドさんをチラリと見ては目が合ったのかバッと下を向いてしまう。

 本人は引き続き雑用をやりたかったらしいのだが、ネルネに洗濯や掃除をさせても恐らくはあの使用人達と比べれば手際が悪く、お荷物になるだけだ。ハーフエルフと言う解りやすい地位を使って、俺の友達としてドーンと構えていれば良いのにと思ってしまう。

 

 逆に、そう言うアドバンテージも無しに堂々としているシノニムさんが凄い。この世界でも珍しいプラチナブロンドの美人で背筋を伸ばし、時として俺に小言を言って来るから、どう見ても俺より偉そうじゃないか?

 

「小間使いはこちらで雇おうと思っていたので助かりました、私はある程度自由に動きたく存じます」

「そんな事を言って、私が他の侍従を気に入ってしまうかも知れませんよ?」

「良いですが、ネルネ以外は皆、第一王子の紐付きですよ? それで良いのならご自由になされば良いのでは?」

 

 そう言ってこちらを見る目は冷たい。やり過ぎちゃったかな? いやー、シノニムさん怖いねー。この歳で特殊工作員みたいなモノらしいからそりゃあね。しっかし何をするつもりなんだろう?

 

「自由に動くとは?」

「誰が敵で、誰が味方か見極めたく」

「そうですか」

 

 シノニムさんも俺も主戦派だ、ま、そこは幾ら取り繕っても仕方ない。帝国に国を追われた姫が平和を訴える訳無いしね。

 しかし貴族の多くは戦争には慎重だ。俺への人気とスフィールの一件で対帝国への機運は高まっているらしいが、平和な世で十分な富と恩恵を預かる人間は戦乱の世を望まないのだろう。

 そこをなんとか主戦派をまとめ上げるのが俺達の役目だが、それ以前に誰が主戦派で、反戦派で、穏健派で、と言った基本的な所を押さえなくては話にならない。

 

「それなら私は、お呼ばれしているお茶会にでも参加しておきます」

「大丈夫ですか? お茶会と言っても権謀術数渦巻く舞台ですよ?」

「私を誰だと思っているのです?」

 

 俺はこう見えて二度のお姫様生活の記憶が有る。一応相手が求める事ぐらいは外さないつもりなのだが、シノニムさんは俺を空気の読めない野生児みたいに扱い過ぎじゃ無いだろうか?

 

「ならば良いのですが……やり過ぎない様にお願いします」

 

 やり過ぎとは? シノニムさんは一体何を心配しているのか、お茶会で無茶など出来る筈も無い。やけに念押しされてしまったが、取り敢えず俺は幾つかのお茶会に参加する事を決めるのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 と言うわけで本日はお茶会の日だ。

 有力貴族であるバンザール侯爵の庭で開催されるお茶会に呼ばれるのは、貴族の子女にとって憧れとかなんとか。知らんがな。

 今日のお付きはネルネだけ、シノニムさんは裏で何か動いているのだろうが、お任せだ。

 そのネルネだが、先程から緊張でカチコチ。侍女になってまだ三日だ、仕方が無いだろう。

 

「落ち着いてネルネ、大丈夫よ」

「は、ハイィ」

 

 大丈夫かな? どうにも心配なんだが……これ逆だよな、俺が心配される方だろ。

 

 取り敢えず、お茶会は和やかに進んで行く。テーブルマナーはオルティナ姫の記憶があるから問題ないし、お上品な会話だって故事にまつわる雑学だったら独壇場だ。

 異国の姫への意地悪な質問のつもりだろうが、コッチにとっては大好物。逆に最新のファッション事情とかを振られても困る。

 だけどピンチは意外な所からやってきた、それも純粋な厚意だから断りづらい。

 

「右足の怪我は酷いの? 良かったら診せて下さらない?」

 

 俺は右脚をこれ見よがしに見せつけていたのだが、それでも今まで誰も足の怪我に触れては来なかった。

 なぜなら怪我の話になると第一王子を攻める流れになってしまうから、皆々様で不自然なまでに話を避けていた。

 だけど、このご婦人は何と勇気のある事か、嬉しくなっちゃうね。

 たしか、主催のバンザール夫人。このお茶会のボスと言う事。流石の肝っ玉である。

 女医をしていると言うだけあって、包帯だけでなくギプスの道具まで完璧に揃っていた。

 

 まぁ、こんな事もあろうかと……っと、ソコに勘違いしたネルネが血相を変えて割り込んできた。

 

「あの、ユマ様のお怪我はその、空気に晒すと良くないと言われていて」

「あらぁ、そんな事無いはずよ、外傷では無く捻挫なのでしょう? むしろそんなにグルグルと包帯を巻いては良くなるモノも良くならないわ、全く何処の医者かしら」

「え、あの、その」

 

 言い淀むネルネ。いや、気持ちは解る。魔法で治してしまったから、大ピンチだと思っているのだろう。

 俺はネルネの腕を引き、下がらせる。

 

「良いのよ、丁度、包帯が解けてしまって、自分で巻き直したのだけど、あんまり調子が良く無くて困っていた所なの」

 

 そう言って、俺はスカートをまくり上げ、足を晒して目の前で包帯を剥がしていく。露わになるか細くて美しい足。自分で言うのもアレだけど可愛いよな?

 目を向ければ何かを覚悟したネルネはギュッっと目を瞑っていた。

 ……だけど、包帯が膨らんだ所、最後に現れたのは痛々しいまでに腫れ、紫色に変色した俺の足首だ。

 

「まぁ、まだ腫れてるのね、痛いの?」

「あっ、いっ、痛いです」

 

 夫人が患部を優しく触る。我慢出来ぬ程では無いが、俺は可愛らしく悲鳴を上げた。

 

「包帯の巻き方が滅茶苦茶ね、これ位の腫れだと包帯の巻き方で大分違うのよ」

「ありがとうございます」

 

 バンザール夫人はテキパキと包帯を巻いていく、その手つきから悪意は無さそうだ。

 一方で、信じられぬと立ち尽くすのがネルネだった。

「えっ?」

 

 今更に目を開け、呆然とするネルネに俺はバチンとウィンクを一つ。

 

 いやー痛かったよ? こんな事もあろうかと、昨日の内にもう一捻り入れといたからね。人知れずのたうち回る俺の横で、あなたグースカ寝てましたよね?

 あの、無駄に安らかな寝顔。忘れませんよ。

 まぁ、でも驚いて貰えたようで何より。魔法で戻すことも一瞬だとか誤魔化しておけば良いかな? いや、そんな事よりこれからが本番だ。

 

 お庭でのお茶会でも、大貴族となれば専属の楽士がズラリと並び、華やかな音楽を奏で始めるモノ。

 俺はソコに割り込んだのだ。

 

「そして、私は妹の亡骸を前に、ただ泣き尽くすしか出来なかったのです」

 

 滔々と語ってみせるのは酒場でやっていたドサ回りの延長。だがココでは楽士がアドリブでBGMを付けてくれるし、酔った客が絡んでくることも無い。

 まるでイージーモード。皆が俺の話にのめり込み。グイグイと先をせがむ。

 穏やかな王都の中、刺激が無い日々を過ごしていたご婦人にとって、俺の冒険譚は最高の娯楽に違いない。

 

 さぁ、これで憎き帝国へカチ込むぞ! と気炎を上げるかと思ったら……

 すすり泣く声ばかりが重奏する。よく見れば一番泣いてるのがネルネじゃねーか!

 

 しんみりした所でお茶会は終了、みんな大満足の様子で、一身に同情は集まったのだが、俺は面白く無いモノを感じていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「大失敗ですね」

「ええ? なんでですか?」

 

 その日の夜、ネルネとのOFUROタイムで俺が吐き捨てる様に言うと、意外とばかりにネルネは慌てた。

 確かに同情を集める事には成功したが……それでは足りない。

 

 ここはネルネと二人だけ、他の侍女達はお断りして二人きり。女の子と二人きりのお風呂など、前世の俺だったら血涙モノのイベント。

 しかし、そんなのがどうでも良くなるぐらいの焦燥感が募っていた。

 ネルネはお茶会の大成功を祝うつもりだったらしいが、どうにも手応えが違ったのだ。

 

「あれでは可哀想な私のお涙頂戴の物語でしかありません」

「ええぇ? それではいけないんですか?」

「私自身の人気取りなら問題はありません、ですがあれでは戦争の悲惨さを訴えた様な物です、可哀想と同情した裏で、ああはなりたくないと皆の顔に書いて有りました」

「そ、それは穿ち過ぎではないですか?」

「そうでしょうか? ネルネも皆も皆悲しそうな顔をしていませんでしたか?」

「そ、それはそうですけど……」

「本当は、こんな小さな少女一人に戦わせてなるものかと歯を剥き出しに闘争心を煽りたいのです、これでは逆に反戦派を調子づかせる事になりかねません」

「うぅ……確かに、可哀想な女の子の物語に聞こえてしまいましたが、でも、全部事実なのでしょう? ユマ様のお話に問題があったとは思えません」

「ええ、自分でも話が上手くなったと思っていますが、今回は違う要因が有りました」

「な、何です? 何が悪かったんです?」

 

 首を傾げるネルネは思い至らない様だ、無理も無い俺もココまで差が出るとは思っていなかった。

 

「音楽です」

「えぇ? お茶会の楽士様の演奏ですか? すっごく上手だと思いましたけど」

「はい、確かに上手でした。ですが其れゆえに話のイメージを物悲しい方向に持って行かれてしまったのです」

「あっ」

 

 この世界の弦楽器、名前はリアンリュース。今日の奏者は本当に上手だったが、その悲しい音色に場を支配されてしまっていた。

 儚い少女には悲しい曲が似合うと思ったのだろうが、そればかりでは困るのだ。

 

「で、では?」

「はい、専属楽士を探しましょう、折角の話が思わぬ方向に誘導されない様に」

 

 そうして、楽士を探すオーディションの開催が決定したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 部屋の中央で一人の楽士が奏でる弦楽器(リアンリュース)の音だけが鳴り、その音を皆で真剣に聞いていた。

 専用楽士を決める審査員はシノニムさん、俺、そして一応ネルネも王都のセンス担当って事で呼んで、三人で必死に音を聞いている。

 

「私には一番綺麗な音色に聞こえましたが」

「流麗過ぎるのでは? もっと力強い音が欲しいですね」

「えっと、素晴らしかったと……」

 

 まぁ、ネルネはやっぱりポンコツだったのだけど、初めから期待していないからどうでも良い。

 

 うーん、どれもこれも悪くはないけどどうにも音に迫力が無い。

 皆、立派な経歴ではあるがホールや貴族の邸宅で演奏するだけで、音が綺麗過ぎて場末の酒場や雑多な広場ではとてもじゃないが音が負けてしまうだろう。

 

 俺は庶民への人気取りに、そう言う場所でもドサ回りを続けるつもりだから上品すぎる音では困る。

 バイオリンよりもかき鳴らすギターが欲しいのだが、そう言う楽器は無いのだろうか?

 そんな思いを他所に、シノニムさんが最後の一人のプロフィールを読み上げた。

 

「最後の一人ですが、厳密には楽士ではありませんし、どこの楽団にも所属していません」

「でも選ばれたと言う事はそれだけ腕が立つと考えても?」

 

 シノニムさんの言葉には流石に目を剥いた。最後にとっておくからどんな人物かと思えばズブの素人とか!

 急な楽士募集の報せにも関わらず、市井での俺の人気のお陰か多くの応募が有ったらしい。

 フリーの楽士の中ではトップレベルの人材から五人に絞ったと聞いていたのだが?

 

「ええ、彼は全く新しい弦楽器を開発し、その奏者でもあります」

『……キムラか』

 

 思わず呟いてしまった。そう言えばギターとかやってたな……

 シノニムさんは俺の呟きが聞こえたのか補足してくれる。

 

「ご存知でしたか、キィムラ男爵は王都で新進気鋭の商人にして、最も有名な楽士でもあるのです」

 

 アイツ! そんな事までやってるのかよ! 手広くやり過ぎだ! 参照権で思い出せば、舞踏会でも確かにギターを背負っている。

 

「いつも背負っているのがそのギターですね」

「それも知っていましたか、アレがギターと言う楽器で今大変に市井の酒場などでは人気があるのです」

「そうなのですね……」

「ええ、風のスナフキンと言う名前で大変な人気だとか」

「「ええぇ!」」

 

 ネルネと俺の悲鳴が重なるが、聞いてみればその悲鳴の中身は全く違った。

 風のスナフキンと言えば、噂の吟遊詩人で、緑の異邦人の二つ名で謳われる伝説のギタリストって事らしい。

 

「ひでぇネーミングセンスだ」

 

 下品な言葉が漏れるのも止む無し。そんな俺を非難がましい目でシノニムさんが見てくるが無視!

 しかし、アレだけ突き放したのに。専属楽士に応募してくるとか、アイツ俺に夢中過ぎない?

 どこかに俺に惚れる要素あったか? ないよね?

 それどころか、シノニムさんによると楽士に応募してくる事自体があり得ないとか。

 

「今まで何人もの貴族が彼をお抱えにしようとしましたが、今や彼自身も貴族。多忙故に演奏会の依頼も断っていると聞いていただけに、応募してくれたのは意外でした」

「そ、そうですよ! あの方にしましょう! 絶対です」

 

 何を勘違いしたのかネルネはキャッキャとはしゃいでいる。

 俺と木村の間にロマンスの予感を感じるのは止めて欲しい……

 それどころか、俺はアイツと距離を離さなきゃならないんだ。コレじゃ田中の二の舞になってしまう。

 

「あの方は、その……ちょっと余りお近づきになりたくないと思っています」

「何故です? 楽士としてだけでなくその財力、影響力も見逃せません。確かに黒い噂も付き纏う方ですが、凄腕の商人とはそう言うものです」

「そうですよ、キィムラ商会の化粧品や嗜好品は発売されれば必ず話題を攫うんです。それが優先的に手に入ると言うだけで、値段以上の価値があります」

「えと、それは……」

 

 結局は俺の我が儘なので反論する材料が無い。これは、困った。

 

「とにかく、規定の三曲を聞いてみましょう。姫様もそれで良いですね?」

「良いでしょう、聞きもせずに追い返すなど出来ませんし」

 

 俺はギュッとスカートを握り締める。曲も聴かずに追い返したとなれば悪評が立つが、エルフのセンスには合わなかったと言えば良いだけだ。

 シノニムさんには不思議そうに首を傾げられるが……コレばかりは譲れない。絶対に断ってみせる。

 そんな俺の思いを知らず。とうとう風のスナフキン(?)が姿を現したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「凄い! 凄いです!」

「ありがとう、お嬢さん」

 

 立ち上がって拍手までしてしまうネルネに、木村が慇懃なお辞儀を返す。

 その顔は穏やか。木村ってロリコンだったのか? いや、それは良い。

 

 問題なのは音楽だ。課題曲は同じなのだが同じ曲とは思えない程に力強くノリが良かった。

 ネルネなど踊り出してしまう程、興奮気味に話し掛けている。

 

「風のスナフキン、その噂通り! いえそれ以上の演奏でした!」

「ハハ、お恥ずかしい。楽器のプロモーションのつもりの手慰みが、想像以上に評判になってしまいました」

「感動です! わたしもギターが弾きたくなりました!」

「良かったらお教えしますよ」

「本当ですか? ユマ様! 決まりですよ、確実にキィムラ様の音は世界を獲れます!」

「世界を獲るって……」

 

 目的変わってない?

 ってか不採用は揺るがないよ? だけどシノニムさんも木村を推す。

 

「私も良かったと思いますよ、戦意高揚にもこの音は良さそうですし、一方で郷愁を誘う音も出せていました、姫様の求める音楽に最も近いかと」

「う、で、ですが規定の三曲は終わっていませんよ、最後は自作の曲を披露する最も重要な演目です」

 

 シノニムさんとネルネは「もう決まりでしょう」と言う風だが、俺はどうしても断りたい。

 作曲に難癖を付け、追っ払うしかないだろう。なんせ風のスナフキンってネーミングセンスだよ?

 シノニムさんも一応は納得いったとばかりに頷いた。

 

「そうですね、ただ器用なだけで作曲は苦手かも知れません、やがてはユマ様の活躍を曲にしたいと思っているので作曲能力も確かに重要です。ですが、ただの演奏家としても商人としても彼を手放す手は無いのでは?」

「で、ですが! とにかく聞きましょう! 三曲目です!」

「まぁ、良いでしょう、それではお願いします」

「承知いたしました」

 

 そう言って緑のローブを翻し、三曲目が始まった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 あ、ああ……コレは。

 

 俺は、後から後から溢れてくる涙が止められなかった。

 この曲は知っている。

 

 『ガーランドファンタジー』の曲だ! 生前大好きだった長編RPG。

 何百時間と聴き続けたフィールド音楽。

 コレがまた聞けるなんて!

 

「えっ?」

 

 コチラを覗き込むネルネの声が聞こえるけど無視!

 一音たりとも聞き逃したく無い!

 

 ずっとこの曲を聴いていたい。コレこそが俺の故郷の曲なのだ。ああ思い出す、あの平和で楽しかった日々。田中と、そしてコイツと馬鹿な事をやって遊んだよな……

 クソッ。

 なんで俺は、俺はぁぁぁぁぁ。

 

 と、ソコで、突然に転調。フィールド曲だけじゃない、戦闘曲やボス曲へと続くメドレーだった。

 

 演奏はテンポを上げ、俺のテンションも上がっていく。

 そうだ、俺はセレナの、田中の仇をとらないと! 帝国を滅ぼす!

 

 何という名曲なんだろう! どうしてこんなに心が震えるんだろう?

 

 しかし、何故かシノニムさんとネルネは白けた様子でボンヤリしている。何故だ?

 

 ――ジャーン

 

 ああ、木村が最後に一鳴らし。曲が……終わってしまった。

 

 ――ガタン

 

 椅子を蹴る音が聞こえた。あ、俺の椅子だ!

 

 ――パチパチパチ

 

 思わずのスタンディングオベーション。堪らない! 言葉にならない!

 

「では、楽士はキィムラ様でよろしいですね?」

 

 シノニムさんの問いに、俺は滂沱の涙でコクコクと頷くだけ。

 

「お気に召した様で光栄です」

 

 そう言って木村が頭を下げる。だけど俺はいまだ茫然自失で応対出来ない。

 シノニムさんと何事か話を通してアッサリと木村は部屋を辞去して行った。

 

 あああ! アイツが専属楽士になっちまった!

 だけど、俺はいまだ、久しぶりに聞いたゲーム曲の衝撃に打ちのめされて全く動けずに居た。

 しかし、シノニムさんやネルネにはあの良さが解らないらしい。首を傾げている。

 

「それにしても、ユマ様はどうして最後の曲があんなに気に入ったのでしょう? 正直、音は固いし、テンポも速過ぎるし、全然良い曲だとは思えなかったのですが……」

「私には解りましたよ」

「え!?」

 

 シノニムさんが何か知った風な事を言っている……

 

「エルフと我々とは文化が違う、だからきっと好む曲のテンポが違うのです」

「そうなのですか?」

「私は田舎に住んでいたのですが、都会の音楽はテンポが速くうるさく聞こえたモノです、それが都会の音楽に慣れるにつれてテンポが速い曲を好む様になり、田舎の曲は懐かしくもダサく感じてしまう様になりました」

「そうなのですか?」

「ええ、それに住んでいたスフィールは帝国や南方のプラヴァスとの交流も有りました、初めは変に思ったリズムが徐々に体に馴染んで行くのです」

「それでは!?」

「そう、キィムラ男爵はユマ姫様がいまいちノリ切れないのを見て、咄嗟にテンポの違う曲を用意したのです。聞く者の様子を見て曲を変える。彼は天才ですよ」

「そうなのですね……」

「ユマ様、そうですよね?」

「え、ええ、そうですね。その様な物です」

 

 いや、全然違うが……もうそれでいいや。

 俺だってココまでショックを受けるとは思っていなかった。

 『参照権』で地球の記憶だっていつでも探れる。だけど、俺はそれを長い事封印していた。

 郷愁に打ちのめされるに違いないからだが……こんな所で罠が待っているとは。

 

 田中ゴメンよ……俺はまた失敗してしまった。木村を遠ざけるつもりが、何故か専属楽士に選んでしまった。

 どうしてこうなった?

 いや、コレ俺が悪いか? 悪いよな……、うぅ……

 

「ゲームの曲なんて反則だろ……」

 

 俺の言葉に、不思議そうにするネルネの顔が妙にイラついたのを覚えている。


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