〜中央暦1639年11月30日〜
ロデニウス大陸北方海域 武装商船〈タルコス号〉
時は少し遡る。
万が一を想定して、アルタラス王国王女ルミエスは、大日本帝国への留学を名目に一時避難を行っていた。
「ルミエス様。後数日もすれば、ロウリア王国の王都ジン・ハークに到着します。そこで補給を済ませた後、大日本帝国へと発つ予定です」
「そうですか……」
若く美しい女性、ルミエスは重々しい表情で答えた。
本国から送られてきた魔信からは、パーパルディア皇国皇軍を退けたという情報が入っているが、同時にまだ油断できないとも聞いている。
大日本帝国の支援を受けているとはいえ、本国では民衆が今もなお、パーパルディア皇国の圧力を受けているのだ。
そんな中、王族というだけで一人逃されたルミエスは、その胸中に複雑な思いを宿していた。
「ロウリア王国へは数日間の滞在を予定しております。中にはローラ王女……失礼、ローラ女王との面会もございますので、久しぶりのご歓談が楽しみですね」
「……えぇ、そうですね」
上級騎士リルセイドの言葉に、ルミエスも僅かながら笑みを浮かべる。
幼少期、大東洋諸国会議に連れて行ってもらった際にルミエスが出会った少女。
歳が近く、かつ同じ王族ということもあり、2人が仲良くなるのに時間は掛からなかった。
「彼女は立派に王族の務めを果たしているというのに、私は……」
「ルミエス様……」
一瞬浮かべた笑みが、再び暗くなってしまう。
リルセイドが声をかけようとした時、〈タルコス号〉の甲板上が騒がしくなる。
「何事だ!」
「リルセイド様! 海賊です! 海賊の襲撃です!」
「なんだと!?」
ロウリア王国の領海で海賊と遭遇したことに、リルセイドは驚きの声を上げる。
事前の調べでは、ロデニウス大陸周辺の海賊は、殆ど壊滅したと聞いていたからだ。
確かに、現在はロウリア王国海上警備軍と大日本帝国海上保安庁の努力で、海賊の数は減少している。
しかし、旧ロウリア王国海軍が消滅した際に増加した海賊の数は生半可なものではなく、現在でも少数の海賊がロデニウス大陸周辺に点在していた。
そして、〈タルコス号〉は不運にも、その生き残った海賊と遭遇してしまったのである。
「クソっ! 全員武器を取れ! 何としてでも、ルミエス様をお守りしろ!」
〈タルコス号〉は、海賊との戦闘に突入する。
〜中央暦1639年11月30日〜
ロデニウス大陸北方海域 大日本帝国海上保安庁 巡視船〈きさらぎ〉
先のロデニウス大戦で旧ロウリア王国海軍が消滅したことで、海賊による被害が多発するロデニウス大陸。
そんな中、大日本帝国政府はロウリア王国女王ローラの要請を受け、むつき型ヘリコプター搭載巡視船4隻を含む巡視船団を派遣していた。
巡視船〈きさらぎ〉船長の瀬戸は、ロデニウス大陸の仮設本部から送られてきた報告を見て、溜息をつく。
「北方海域で海賊か……まだまだ平和には程遠いな」
報告の内容は、朝日基地所属の無人偵察機が、ロウリア王国領海内で海賊行為を発見したというものであった。
再び溜息をこぼし、暫くして船内マイクを手に取る。
「通達する。これより本船は、海賊に襲われている民間船救助へと向かう。乗船する
瀬戸の指示で、乗員が素早く動き出す。
〈きさらぎ〉に搭載された各種兵装が稼働し、ヘリ甲板では〈あきたか2号〉が離艦の準備を進めていく。
〈あきたか2号〉の前に船長の瀬戸と、10人の武装した特警隊員が集まる。
小隊長を務める
「小隊、出撃準備完了しました」
「宜しい。仮設本部からの報告によれば、海賊は既に民間船と接触し、船上で白兵戦が行われているとの事だ。時間との勝負であり、諸君には先行して民間人救助に当たってもらう。異論はあるか?」
「いえ、ありません!」
「よろしい……作戦を開始する! 〈きさらぎ〉特警隊、出撃せよ!」
「「了解!!」」
特警隊員を乗せ、〈あきたか2号〉は〈きさらぎ〉を飛び立った。
〜中央暦1639年11月30日〜
ロデニウス大陸北方海域 武装商船〈タルコス号〉
〈タルコス号〉甲板上では、近衛騎士と海賊による白兵戦が繰り広げられていた。
単騎の練度では近衛騎士に軍配が上がるものの、慣れない船上での戦闘に加え、これまでに溜まっていた疲労が祟り、徐々に追い詰められていた。
「ひゃっはー! 久々の獲物だァ!」
「お頭ァ! 今回は結構な上玉ですぜ!」
「男は殺せ! 女は犯せ! お宝は俺達の物だ!」
更に複数の海賊が〈タルコス号〉に乗り移り、劣勢な近衛騎士を殺害していく。
「くそっ! 海賊を奥に入れるな!」
「何としても、ここで食い止めるぞ!」
船内ではルミエスの居る部屋の前を護っていた近衛騎士達が、迫りくる海賊と戦闘を行っていた。
狭い船内であることが災いし、大多数に囲まれるといった事は無かったが、それでも続々と流れ込んでくる海賊に、近衛騎士の限界は近かった。
「ひ、姫様……っ!!」
若い侍女がルミエスを守るように抱きしめる。
しかし、侍女の細い腕は小刻みに震えており、彼女も恐怖で限界なのだと分かってしまう。
「……ここまで、ですか」
ルミエスは静かに目を閉じた。
目的地まで後少しだというのに、こんな所で終わってしまう事に、悔しさが込み上げてくる。
(せめて、この子達だけでも……ッ)
ルミエスは自分の身を差し出し、うら若き侍女達だけでも見逃してもらおうと覚悟を決めた時、部屋の扉が乱雑に開かれ、数人の海賊が雪崩れ込んで来る。
「コイツはまた上玉だァ! 俺達はツイてるぜ!」
海賊達は下衆な表情を浮かべて、ルミエス達に近付いていく。
「こ、来ないでください!」
「うるせぇ! こっちに来い!」
強引に腕を引かれ、ルミエスは身なり良い海賊に押し倒されてしまう。
「お頭ァ! 他の女達はどうしやすかい?」
「俺はこの女で十分だ。他は好きにしろ」
お頭と呼ばれた海賊の答えに、他の海賊達は恐怖で震える侍女達に襲い掛かった。
「いやぁぁぁッ!!」
「やめて! 彼女達に触らないでっ!!」
ルミエスが必死に叫ぶが、海賊達は止まることなく、侍女達を押し倒していく。
「他人の前に、自分の心配をするんだな」
「い、いや!」
お頭の言葉で、ルミエスは自分の置かれた状況を思い出し、悲鳴が零れ出る。
そして、お頭がルミエスの衣服を引き裂き、欲望の限りを尽くそうとした、その時。
「お頭ァ! 大変でさぁ!!」
一人の海賊が船内に飛び込んできた。
「何だ! 俺はこれからお楽しみだ!」
「んな事より! 噂の鉄鳥が現れたんでさぁ!!」
「何だと!?」
(鉄鳥?)
聞き覚えのない言葉にルミエスが疑問を覚えている中、何処からか空気を叩くような音が聞こえ始めていた。
〜中央暦1639年11月30日〜
ロデニウス大陸北方海域 武装商船〈タルコス号〉上空 〈あきたか2号〉
「民間船側は、だいぶ劣勢のようです」
目標の民間船と海賊船の上空に到着した〈あきたか2号〉の機内から、一人の特警隊員が戦況を分析する。
既に船内にも海賊が侵入しているのだろう、海賊と思しき人影が船内に入っていくのが見える。
「時間が惜しい。降下するぞ! ドアガンナー、俺達を援護してくれ!」
「「了解!」」
〈あきたか2号〉から降下ロープが降ろされ、今村を先頭に特警隊員が降下していく。
降下する今村達に気付いた海賊が武器を手に向かってくるが、〈あきたか2号〉に搭載された12.7㎜重機関銃の掃射を受けて、倒れていく。
「船内に突入する! 2人程ついてこい! 残りは甲板上の海賊を殲滅しろ!」
迫りくる海賊を排除しながら、今村は隊員2名を連れて、船内へと突入していく。
木造船の船内は現代船ほど入り組んだ構造にはなっておらず、今村達は直ぐに海賊達の集まる部屋へと辿り着いた。
「動くな! 海上保安庁だ!」
「く、来るんじゃねぇ! 女がどうなってもいいのか!?」
今村達が突入すると、お頭を含む数人の海賊が、人質を盾にして待ち構えていた。
剣先を人質に向け、お頭が叫ぶ。
「武器を捨てろ! さもなくば、女を殺す!」
「隊長、どうしますか?」
人質のいる状況に、特警隊員の一人が今村に確認する。
「訓練を思い出せ。人質に被害を出すな」
「……了解」
今村の答えに、特警隊員2名は銃を構え直す。
そんな今村達の様子に、海賊側が慌て出す。
「な、何をしてやがる! さっさと武器を……」
お頭の言葉が、最後まで続くことはなかった。
今村の放った9㎜実包が寸分違わずにお頭の眉間に命中し、その命を刈り取ったからである。
お頭が殺されたことで、他の海賊達が人質を放り投げて襲いかかるが、何時でも撃てるように構えていた特警隊員に射殺され、全滅した。
「クリア!」
「もう大丈夫です。落ち着いてください」
未だ恐怖心の抜けきっていない侍女達に、特警隊員らが優しく声をかける。
彼女達の格好を見るに、何をされたかは容易に想像がつく。
「貴方達は……」
薄く斬られた首筋を押さえながら、一人の女性が突入してきた今村達に尋ねる。
身に着けている衣服は無残にも引き裂かれているが、その立ち振る舞いから、彼女がこの中で最も上位の存在であることがわかった。
「我々は、大日本帝国海上保安庁の者です。皆さんの救助に参りました……遅くなり、申し訳ありません」
「大日本帝国……いえ、ありがとうございます……っ」
国名を聞いて驚いた表情を浮かべた女性だったが、直ぐに助けてくれたお礼を言い、恥ずかしそうに露出する肌を隠した。
そんな女性に、今村は近くにあった布を拾って手渡す。
「あ、ありがとうございます……」
「姫様ぁぁぁ!!!」
女性がお礼を言って布を受け取った時、一人の女性騎士が部屋に駆け込んできた。
「リルセイド! 無事だったのですね!」
「はい! 姫様は……っ! あぁ、そんな!」
リルセイドと呼ばれた騎士は、女性の現状を見て、膝をついた。
「なんてこと……姫様、申し訳ありません。私が付いていながら、姫様の純情をお守りすることができず……」
「落ち着いて。服は破られちゃったけど、そこから先はまだ何もされていないから」
女性の落ち着き様から、どうやら最悪の事態は回避できたようだと安堵する今村達であったが、それ以上にリルセイドの放った言葉の方に衝撃を受けていた。
「失礼。今、その女性を姫様と呼びましたか?」
「あっ、失礼しました。まだ名乗っていませんでしたね」
すると、女性は佇まいを正し、今村達に向き直った。
その表情には、先程までの恐怖心等は微塵も感じられない。
「私は、アルタラス王国王女、ルミエスと申します」
「はっ、失礼しました! 自分は、大日本帝国海上保安庁特殊警備隊所属、今村 和義二等海上保安正であります!」
まさか目の前の女性が王族であったことに、今村達は冷や汗を流す。
王族の、それも女性の裸を見てしまった事に、外交関係の悪化が脳裏を過る。
今村達が硬直していると、甲板上で戦っていた特警隊員が部屋に入ってきた。
「隊長、〈きさらぎ〉が本海域に到着。海賊船の排除を開始しました……? どうかしましたか?」
「い、いや。なんでもない。それより、彼女達を甲板に連れて行く。〈きさらぎ〉に受け入れ準備をさせてくれ」
「了解」
報告のために部屋を出て聞く特警隊員を見送り、今村はルミエス達に向き直る。
「これより、皆様を巡視船〈きさらぎ〉でロウリア王国首都ジン・ハークへとお送りさせていただきます」
「ありがとう、ござい……あれ?」
お礼を言いかけたルミエスが、突然膝から脱力し、その場に倒れ込んでしまう。
「ひ……姫様ぁ!!!」
リルセイドは無意識の内に叫んでいた。
今村が急いでルミエスを抱きかかえると、彼女は異常なほどの汗を流し、涎を垂らしているのがわかった。
目の焦点が定まっておらず、ガタガタと震えが止まらなくなってきている。
「毒かっ!!」
今村はルミエスの首筋の怪我を見て、海賊の剣に毒が仕込まれていたことを推測する。
そして、同時に部下に叫んだ。
「〈あきたか2号〉を降ろせ! 要救助者1名! 朝日基地の軍病院に搬送する!」
海賊の襲撃を乗り越えたルミエス達であったが、彼女達の苦難は、まだまだ続くのであった。