〜中央暦1640年2月15日〜
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 皇宮パラディス城
「ふざけるなっ!!!」
レミールの怒声が会議室を超え、廊下に響き渡る。
廊下を警備している皇軍兵士2人は、顔を見合わせて深く溜息をつく。
「またか……いい加減ウンザリだ」
「無理もないさ。送り込んだ戦力が殆ど全滅したんだ。だが、まさか皇軍主力がここまで追い込まれるとは、思わなかったな」
フェン王国・アルタラス王国両国に派遣した皇軍主力全滅の情報は、既に多くの軍人の耳に入っており、混乱が広がっていた。
特に酷いのが海軍で、皇国の保有する9個主力艦隊のうち、5個主力艦隊の喪失。
これは、海軍戦力の半減を意味する他、皇都防衛を担っている3個主力艦隊では、皇都を守りきれない可能性が、海軍本部より挙げられたのだ。
「噂だと新たに10個の艦隊を整備するって話だが、それらが戦力になるまで何年かかると思う?」
「どんなに頑張っても5年以上かかるだろそれ……というか、敵がそんなに待ってくれると思うか?」
「だよなぁ……」
2人の皇軍兵士は再び深い溜息をつくと、警備の任務に意識を切り替えていく。
そんな2人を余所に、会議室内ではレミールがアルデに向かって声を荒げていた。
「何としてでもアルタラスとフェンを攻め落とせ! ムーの連中に、我々の意地を見せつけろ!!」
「は、はい! 現在第3艦隊に加え、先日編成した第10艦隊と国家監査軍や守備艦隊の戦列艦をも集結させております。この大艦隊をもって、アルタラス・フェン両国を攻略いたします!」
アルデの報告に、レミールは呼吸を整えて頷く。
その様子を静観していたルディアスは、相談役のルパーサに声をかけた。
「ミリシアル帝国の様子はどうだ?」
「神聖ミリシアル帝国政府は、此度の戦争への不介入を表明いたしました。ですが、現在の政府に不満を持つ一部有力者が皇国への援助を約束し、既に少なくない軍艦を派遣したとの報告を受けています」
「おぉ! ミリシアル帝国の軍艦が来るのか!」
ルパーサの報告に、会議に参加している殆どの人間が歓喜の声を上げる。
ミリシアル帝国の軍艦は、例え旧式であってもムーの軍艦以上の強さを持っている。
更に、ルパーサが配布した資料に載っていた内容に、ルディアスも驚きの声を上げる。
「なんと、魔導戦艦までも派遣されていると?」
「そのようです。旧式とはいえ、ミリシアル帝国の魔導戦艦があれば、相手がムーの戦艦であれば負けることはないでしょう」
「おぉー!!」
今度は先程以上の歓声が上がる。
派遣された魔導戦艦……マーキュリー級魔導戦艦はミリシアル帝国海軍では地方隊に払い下げられている戦艦で、既に複数隻のマーキュリー級が地方隊からも退役している。
一部有力者はそれら退役したマーキュリー級を買い取り、パーパルディア皇国へと派遣したのだ。
「マーキュリー級……これさえあれば、ムーのラ・カサミ級は問題にもならんな!」
「次級のラ・チエゴ級は少し不安だが、最新鋭の戦艦を、わざわざ第三文明圏まで送るとは思えん。この戦争、まだ勝機があるぞ!」
「いや、もはやこの戦争、我々の勝利は決まったも同然だな!」
浮足立つどころか、既に勝利を前提とした発言を始める大臣まで現れ始め、会議は一気に戦勝ムードへと転がっていく。
そんな中、ルディアスはルパーサの言葉に違和感を感じていた。
相手がムーの戦艦であれば負けることはない、とルパーサは言い切った。
だが、それではまるで……。
(ムーの戦艦以外が相手では勝てない、そう言いたいのか?)
ムー以上の戦艦を保有するのは神聖ミリシアル帝国のみの筈である。
疑問に思ったルディアスが場を抑え、再びルパーサに尋ねようとした時、会議室の扉が勢いよく開かれ、数人の人物が駆け込んできた。
駆け込んできたのは第3外務局職員に情報局職員、果には臣民統治機構の職員も含まれている。
「何事だ! 会議中であるぞ!!」
「も、申し訳ございません! しかし、至急のご報告ゆえ、無礼を承知で参りました!」
顔色の悪い第3外務局職員の鬼気迫る雰囲気に、ルディアスが場を収めて対応する。
「余が許そう。して、会議を中断させてまで赴いたのだ。無論、相応の内容であろうな」
「は、ハッ! 本内容は今時戦争……いえ、我が国の存亡に直結する報告にございます!!」
会議室内が騒然とする中、職員は意を決して口を開いた。
時は少し遡る……。
〜中央暦1640年2月10日〜
パーパルディア皇国 属領クーズ 某所
20年前、パーパルディア皇国によって滅ぼされ、属領となったクーズ王国。
豊かさと繁栄の象徴と言われた面影は今や見る影もなく、民は絶望と貧困に悩まされていた。
そんな中、かつてのクーズの栄光を取り戻さんと暗躍する反乱組織「クーズ王国再建軍」がアジトとする建物に、異国風の衣類を身に着けた男達が訪れていた。
「それで? アンタ達は何者なんだ?」
クーズ王国再建軍を率いるハキが、警戒心を剥き出しにしながら尋ねる。
その他のメンバーも、ハキ程ではないが警戒心を抱きつつ、事の成り行きを見守る。
「我々は現在、パーパルディア皇国と戦争状態にある国の者だ。それである程度は絞れるだろう?」
「あぁ、そういう事か」
男の言葉に、周りのメンバーが息を呑む音が聞こえてくる。
現在、パーパルディア皇国と戦争状態にある国は8カ国存在する。
その殆どは文明圏外国家や聞いたこともない新興国だが、同時に列強ムーまでもが参戦していることを知っているハキ達は男の次の発言を待つ。
「我々は、君達の行おうとしている反乱を支援する用意がある。既に本国では打倒パーパルディアを掲げて動き出しており、同時に属領となっている国々を解放することが決定している」
「そいつは有り難いな。で、何をしてくれるんだ?」
ハキの問いに、男は持ち込んだ箱を開き、中の物を取り出す。
「これは、我が国の同盟国がかつて使用していたとされる小銃だ。名を、三八式歩兵銃という。これを100丁ほど、君達に貸しだそう」
「たった100丁か……いや、武器が手に入るだけでもマシか……」
現在のクーズ王国再建軍の構成員は2,500名で、実質的な戦力は1,500名程度となっている。
それでも人数分の武器を揃えるのは容易では無く、中には農具や包丁で武装するメンバーがいる程であった。
数が少なくとも武器を……それも銃が手に入るのは、ハキ達にとって朗報であった。
「だが、相手は腐っても列強の属領統治軍。銃が手に入ったとはいえ、ワイバーンロードが出てきたらそれでお終いだ。他にはないのか?」
男は強欲だなと思いながら、ハキにある作戦の概要を伝える。
そして……。
〜中央暦1640年2月14日〜
パーパルディア皇国 属領クーズ 属領統治軍駐屯地
朝起きて朝食を摂り、街の見回りをする。
たまに現地の女を適当な容疑で連行しては、気の済むまで遊んでから処理をする。
そんな日常を送っていた属領統治軍の新米兵士は、上官に押し付けられた書類を持って統治機構庁舎へと向かう。
道中、他の上官が民家に押し入り、金目の物を押収しているのを見つける。
「うん、今日も平和だな」
どこをどう見て判断したのか、新米兵士は変わらぬ日常に心を落ち着かせる。
そんな新米兵士の落ち着きは、何の前触れもなく崩された。
「……ッ!? な、なんだ!!?」
突如として大地を揺らし、響き渡る轟音。
それが爆発音である事を認識した新米兵士は、轟音の発信源である方向に視線を向ける。
「この方向って、駐屯地のほうじゃ……」
現状を理解できない新米兵士が呆然と立ち尽くす中、属領統治軍駐屯地では突如発生した爆発の対応に追われていた。
「被害状況はどうなっている!?」
「駐屯地司令! 爆発があったのは武器弾薬庫、そして竜舎の2箇所です!」
「な、なんだと!?」
部下から挙げられた被害状況に、駐屯地司令と呼ばれた男の顔が絶望に染まる。
駐屯地警備の兵士や一部を除き、銃や弾薬は武器弾薬庫にて一括で保管されていたのだ。
また、全てのワイバーンロードが竜舎に繋がれていたこともあり、属領統治軍は武器弾薬の損失のみならず、ワイバーンロード21騎の死亡という状況に追い込まれていた。
「住民に外出禁止令を出せ! それから、近隣の属領統治軍に応援要請を!」
「そ、それが……現在、他の属領でも同様の爆発事故が発生したようで、こちらに送れる部隊が無いと……」
「爆発事故だと? 馬鹿を言うな! これは敵対勢力による破壊工作だ! 敵は直ぐに攻め込んでくるぞ!」
駐屯地司令が叫ぶと同時に、部屋に1人の兵士が駆け込んできた。
その兵士の顔色は悪く、肩で息をしながら慌てて報告する。
「も、申し上げます! クーズ住民による反乱が発生しました!」
「何だと!?」
「1,000を越える住人が反乱に参加、統治機構庁舎が襲撃を受けています!」
「駐屯地正面にも反乱集団出現! 守備隊が応戦中!」
自身の処理能力を超える早さで動いていく事態に、駐屯地司令の思考は停止してしまう。
属領統治軍の戦力の大幅な喪失に加えて、クーズ住民による反乱……最早、現状を打開する術は残されていなかった。
「正門守備隊との通信途絶! 反乱集団が駐屯地内に侵入!!」
「裏門を抑えられました! 脱出経路がありません!」
「兵舎区域にて銃撃戦! 敵の数が多く、劣勢の模様! 増援要請が来ています!」
「無理だ! 持たせる武器が無いんだぞ! 丸腰で突撃させるつもりか!?」
続々と入ってくる被害報告に近づいてくる銃声。
司令室が大混乱に陥る中、駐屯地司令は静かに机の上の紅茶を口に運んだ。
「やれやれ……私が司令の時に、反乱などしないで欲しかったな……」
現実から逃避する駐屯地司令。
次の瞬間、司令室の扉が勢いよく開かれ、複数の銃口から銃弾が司令室内に撃ち込まれた。
幹部や兵士が次々と倒れていき、駐屯地司令のみとなった司令室にクーズ王国再建軍がなだれ込んでくる。
「なるほど……君達が私の死か……」
その言葉を最後に、駐屯地司令は意識を永遠に手放した。
その日、パーパルディア皇国による20年もの統治を受けたクーズは、再びクーズ国民の手に戻るのだった。