〜中央暦1640年2月14日〜
バーパルディア皇国 工業都市デュロ 造船所
パーパルディア皇国随一の工業力を誇り、圧倒的な皇国の軍事力を支え、皇軍三大陸軍基地の一つが置かれている最重要工業都市、デュロ。
対ムー戦に向けて、大量の戦列艦や竜母を建造して皇軍に納品したこの都市は、現在混乱の最中にあった。
「何だと? もう一度言ってみろ!」
「は、はい! 皇軍より、新たに10個艦隊分の戦列艦と竜母の建造を……さ、3年以内に行うようにと……」
「そんな命令を出した奴を連れてこい! ぶん殴ってやる!!」
アルタラス王国とフェン王国に派遣した5個艦隊の全滅はデュロにも入っていた。
その補填となる5個艦隊分の建造でさえ5年以上は掛かるというのに、皇軍は更に5個艦隊分……計10個艦隊分の建造を、それも3年以内に行なえというのだ。
デュロ造船所の現場監督がブチ切れるのも無理はなかった。
「監督。皇軍側は、半年で2個艦隊分を建造した我が造船所なら、3年以内に終わると思っているようです」
「そういうことか……クソっ! デュロの備蓄資源を殆ど費やし、多くの過労死者まで出した結果の2個艦隊分って事を、上はわかっているのか!!?」
彼の言う通り、先日までに作り上げた戦列艦や竜母で、デュロに備蓄された資源の殆どを使い果たしていた。
また、優秀な技士や職人が過労で倒れた結果、造船所を維持するのが精一杯な人数しか残っていないのである。
現在では、緩やかに監査軍の装備更新を進めている状態だった。
「監査軍の装備更新をストップして、そちらの人員と資材をまわしますか?」
「無駄だ。その程度じゃあ納期に間に合うどころか、更に優秀な人材を失うだけだ」
「ですがこのままでは……? なんだ……?」
不意に、現場監督と相談していた職員が不思議そうに空を見上げた。
男につられて、監督も空を見上げる。
「ん? どうした?」
「いえ、何やら変な音が聞こえて……」
その言葉を最後に、現場監督と職員は意識を手放した。
〜中央暦1640年2月14日〜
バーパルディア皇国 工業都市デュロ 皇軍三大陸軍基地 デュロ守備隊司令部
「何事か?」
突然の事態にも関わらず、司令部は冷静に現状の把握を行っていた。
魔信具を操作していた兵士がふり返る。
「造船所で大規模な爆発が発生したそうです」
「大規模な爆発だと? 保管していた弾薬が暴発でもしたか?」
「不明です。現在調査中ですが、爆発が起こる少し前に、上空から変な音が聞こえたとの報告が複数上がっています」
「ふむ……」
デュロ基地司令のストリームは、顎を撫でながら静かに考える。
当初の予想通りに弾薬の暴発であれば、問題ではあるが対処方法は至ってシンプルだ。
だがもし、万が一これが敵による攻撃であった場合は、事態は最悪な状態であると言わざるを得ない。
「レーダーに反応は?」
「特にありません。やはり、弾薬の暴発でしょうか?」
「わからん……念の為、哨戒騎を上げてくれ」
ストリームの指示で、滑走路からワイバーンオーバーロードが離陸していく。
滑走路に設置された魔石の力を借り、力強く羽ばたいて離陸していく姿は、彼等の練度の高さを表していた。
飛び立ったワイバーンオーバーロード12騎は、それぞれ2騎6組に別れて海上へと向かっていく。
「杞憂だといいのですが……」
哨戒任務中の部下達の姿を見ながら、竜騎士長ガウスが小さく呟く。
「何もしないよりマシだろう……火の手が回る可能性もある、停泊しているデュロ防衛艦隊も出港させよう」
「はっ!」
通信兵が魔信を操作してデュロ防衛艦隊に出港するよう伝える。
続けて、ストリームが消火活動を開始するよう指示を出したとき、哨戒に上がったワイバーンオーバーロードより魔信が入った。
『こちら七番騎、東の空から何かが向かってきます。あれは……』
それだけ言い残して、魔信が途切れる。
通信兵が通信を試みるも、返答はない。
「ワイバーンオーバーロード、全騎発進せよ!!」
ストリームは全てのワイバーンオーバーロードを離陸させることを即決する。
それに続き、司令部に居る全員が慌ただしく動き始めた。
「デュロ防衛艦隊は直ちに出撃、敵艦隊の襲撃に備えろ!」
海軍東部方面司令のルトスが艦隊の出撃命令を出し、
「全部隊を配置につかせろ! 一部はデュロ市街地に配置するんだ!」
陸軍将軍のブレムが全陸軍部隊を所定の位置に移動させ、万が一上陸された際の備えとして一部の部隊を市街地に移動させる。
彼らの中に油断や慢心は存在せず、常に最悪を想定した作戦を立案し、議論する。
「敵の上陸予測地点はやはり軍港か?」
「いえ、こちらの海岸から上陸してくる可能性もあり得ます。近くに魔導砲部隊を配置するべきかと……」
「そうだな。後方の魔導砲部隊を1個そちらにまわそう」
各副官や参謀を交えた作戦会議が進められる一方で、出撃命令が下された各部隊でも迅速な行動が見られていた。
陸軍部隊はリントヴルムを使用することで魔導砲を迅速に移動させて敵上陸予測地点の防衛を固め、デュロ防衛艦隊は100門級魔導戦列艦を先頭に順次出向させていく。
そして、滑走路からワイバーンオーバーロードが続々と離陸していき、デュロ上空の防衛網を築き上げていく。
「ん? あれはなんだ!?」
離陸した一人の竜騎士が、東方より近づく飛翔体の存在に気付く。
その竜騎士は味方に報告する間もなく、飛翔体と接触してバラバラとなって墜落した。
『ワイズが墜とされたぞ!』
『敵は何処にいるんだ!?』
味方が墜とされた事に混乱状態となった竜騎士団に向けて、更に多数の飛翔体が衝突してはワイバーンオーバーロードを撃墜していく。
上空で待機していたワイバーンオーバーロードは瞬く間にその数を減らしていき、後続は離陸をした直後に撃墜される。
「敵は超長距離から正確にワイバーンオーバーロードを撃墜する術を持っているようです! 味方損耗率、65%!!」
「そ、そんな馬鹿な!! ワイバーンオーバーロードだぞ!? 文明圏外国家のワイバーンなんぞとは比べ物にならない戦闘力を有しているワイバーンオーバーロードが、そんな……」
竜騎士長ガウスが青ざめる。
長年パーパルディア皇国の空を守護してきたワイバーンロードの強化種が、まるで羽虫のように墜とされていく現状に、彼の思考がついていけなかった。
「これでは、制空権確保は絶望的です!」
「不味いな……敵はまだ発見できないのか?」
ストリームは冷静に現状を捉え、未だ敵発見の報告がない事に不安を感じる。
このまま敵を発見する前に味方が全滅するのではないかと思われたとき、出撃したデュロ防衛艦隊所属の80門級魔導戦列艦〈グリール〉から魔信が入る。
『こちら、戦列艦〈グリール〉! 敵艦隊発見!! 敵はとてつもなく巨大な軍艦を含む12隻の艦隊で、真っ直ぐデュロに迫っています!!』
「遂に来たか!!」
敵艦隊の襲来に、司令部に緊張が走る。
敵艦隊は僅か12隻、対するデュロ防衛艦隊は100門級魔導戦列艦を含む約230隻。
普段であれば、負ける要素は見当たらなかっただろう。
「デュロ防衛艦隊に通達。相手は皇軍の主力艦隊を撃退する程の敵だ。決して油断するな」
ルトスは油断することなく、迅速に艦隊に指示を飛ばす。
その様子を横目に、ストリームはブレムに尋ねた。
「陸軍の現状は?」
「はっ、既に上陸予想地点への展開が完了し、現在は市街地の部隊が移動中です」
「そうか、では……ッ!!?」
瞬間、大きな轟音と共に大地が震えた。
まるで大地の怒りとも言わんばかりの揺れは司令部の調度品を壊し、設置された一部の魔信具が機能を喪失する。
「何事か!?」
「ふ、不明です! 一部魔信具が機能を完全に喪失! その他の魔信具にも異常が出ています!」
「早急に原因を調べろ! 外の様子は!?」
ストリームは揺れの際に痛めた左腕を抑えながら、窓に近付く。
すると、外の様子を伺っていた兵士が震える声で報告する。
「み……港が……」
「港? 港がどうしたと……!?」
兵士の指差す方向に視線を向けたストリームは、その光景に絶句する。
デュロ防衛艦隊の母港として
その他にも、出港待機中であった殆どの戦列艦が炎上し、奇跡的に生き残った乗員が海に飛び込む姿が見える。
「こ、港湾守備隊との通信途絶!!」
「デュロ防衛艦隊より魔信! 味方残存数……64隻!? 三分の二以上も失ったのか!!?」
「目撃者の証言によると、敵艦隊より超高速な何かが飛翔し、進路上周辺にいた魔導戦列艦を吹き飛ばして港に着弾したとの事!!」
「畜生! 敵は何をしたんだ!!」
あまりにも現実離れした惨状に、ストリームの視界が揺らぐ。
敵が強い事は理解していた……だが、その強さはストリームらの想像を遥かに上回っていた。
ガウスやブレム、ルトス達もまた、あまりの惨状を前に理解が追いつかなかった。
デュロ司令部が動きを止めている間にも、敵艦隊より更なる攻撃が繰り出される。
残存するデュロ防衛艦隊が敵艦隊の攻撃を受けて瞬く間に沈んでいき、最後の一隻となった戦列艦〈ムーンライト〉が敵小型艦の集中砲火を浴びて爆沈する。
「ストリーム司令! 我々は海・空戦力を消失! 敵に制海権と制空権を取られました!!」
部下の報告に、ストリームは我を取り戻す。
「陸軍の状況は!!?」
「港湾守備隊、並びに増援として派遣された魔導砲部隊が消滅! その他の部隊では先の攻撃による混乱が広がっています!」
部下からの悲鳴に近い報告に、ストリームは選択を強いられる。
降伏か徹底抗戦か……長考の末、ストリームは決断する。
「残存部隊は直ちに撤退。近隣の都市に分散して撤退させよ」
「撤退ですか!?」
まさかの命令に通信兵が驚きの声を上げるも、ストリームの決断は変わらなかった。
「制海権と制空権を取られた以上、陸軍単体での防衛は困難。ならば、後方の竜騎士団と合流し、背水の陣を持って敵の攻撃を防ぐのが最良の手だ……君達も魔信を終えたならば、直ぐに撤退しなさい」
その言葉に兵士達は悔しそうに表情を歪ませ、そしてストリームに敬礼をした後、魔信具に向かい指示を出す。
そして、任務を終えた兵士達が司令部を後にするのを見送った後、ストリームはガウス達に向き直る。
「すまない……私の力不足で、部下を大勢死なせてしまった……」
「お気になさらず……あんなもの、誰も予測できますまい」
「そう言って貰えると心の荷が軽くなる……さて、我々は最後の責務を果たすとしよう」
数分後、司令部に数発の銃声が響き渡った。
〜中央暦1640年2月14日〜
バーパルディア皇国 工業都市デュロ沖合 大日本帝国海軍第二艦隊 旗艦〈武蔵〉
「上陸部隊、デュロ郊外の浜辺に上陸を開始。敵の反撃はないようです」
「どうやら初撃がだいぶ効いたみたいだね」
通信員の報告に、艦長の知名もえかは安堵の表情を浮かべる。
敵はどうやら撤退したらしく、デュロの制圧は時間の問題となっていた。
そうなると暇になるのが海軍で、付近の警戒をしつつものんびりとした時間が流れていた。
「それにしても凄いですね。まだ試作品でこの威力なら、戦艦もまだまだ現役……いや、もしかしたら海戦の主役に戻れるのでは?」
副長の発言に、もえかは笑みを浮かべて頷くだけだった。
大和型二番艦〈武蔵〉。
彼女は大規模な近代化改修を受けたことで、大きく変わった。
一番の変化は何を言ってもその主砲であろう。
46㎝三連装電磁投射砲という兵器は、多くの戦列艦を巻き込みながらも港に巨大なクレーターを作ってみせた。
問題が無くなった訳ではないが、それでも電磁投射砲の見せた威力は、多くの人々を魅了した。
興奮する副長や部下達を余所に、もえかは一人静に震える身体を抱きしめていた。
(こんな兵器……本当に存在していいものなの……?)
知名の思いは誰にも届かず、無情にも時間だけが過ぎていく。
パーパルディア皇国の工業を担うデュロはこの日、大日本帝国によって制圧された。
これにより、パーパルディア皇国は装備生産力の殆どを失う事となるのだった。