〜中央暦1640年2月14日〜
パーパルディア皇国 港湾都市シーニ
パーパルディア皇国西端に位置する港湾都市シーニは現在、敵艦隊による艦砲射撃を受けて火の海と化していた。
グラ・バルカス帝国とムーによる連合軍は抵抗の無くなったシーニ郊外の浜辺に陸軍部隊を上陸させ、シーニの制圧戦に移っている。
「今頃反対側では、日本軍が暴れてるのだろうな」
「違いありませんな」
戦艦〈グレード・アトラスター〉艦長のラクスタルが呟き、副長が同意する。
彼らはかつて、大日本帝国本土でその軍事力を直に体感した者達である。
面構えが違った。
「部隊上陸後は確か、一部を残して南進だったか?」
「はい。アルタラス王国で日本軍と合流し、多国籍軍を持って敵首都攻略の予定です」
「そうだったな……であれば、今の内に休まれては如何ですか? カイザル司令」
ラクスタルは作戦を思い出しながら、隣に佇む男、カイザル・ローランドに話しかける。
帝国の軍神とも呼ばれ、軍部も一目置く程の発言力を有するカイザルは、首を横に振る。
「気遣いに感謝する。だが、私は大丈夫だ」
「ですが、ここ暫くマトモに寝られていない様子ですし、やはり少しでも休まれたほうが……」
「……すまない。少し気が立っていたようだ」
「いえ、司令の怒りは最もです。仕方がありません」
ラクスタルの言葉に気を落ち着かせるも、やはりカイザルの胸中では復讐の炎が燃え続けていた。
事の発端は先日、大日本帝国より娘が保護されたという情報を聞いた事から始まった。
始めは娘が保護された事を喜んだカイザルであったが、娘が敵兵にされた愚行を聞かされ、激しい怒りと共に彼の心に火をつけてしまった。
復讐という名の火は次第に燃え広がり、今や敵をどれ程無残に殺せるのかだけを考えてしまう。
その事に、カイザルは自己嫌悪に陥る。
「私も歳だな……感情の制御出来ないとは情けない」
「その様なこと……司令は立派な方だと、我々は知っています」
「そうか……すまないな」
カイザルが艦橋を出ようとした時、通信兵が一本の連絡を入手した。
「お疲れのところ失礼します。艦隊外周を警戒している駆逐艦〈ランカリー〉より入電。所属不明の艦隊が接近しているとの事です」
「所属不明の艦隊だと?」
「はい。これより〈ランカリー〉が艦隊に接近し、所属確認を行うとの事です」
ふむ、とカイザルは顎を撫でる。
ムーの増援という可能性も捨てきれないが、ムー側からそのような報告は受けていない。
となれば、警戒を強めるに越したことはないだろう。
「この場はムー艦隊に委ね、我々は〈ランカリー〉の増援に向かう。全艦第一種警戒態勢に移行、先んじて航空隊を向かわせろ」
「了解! 全艦第一種警戒態勢に入らせます!」
グラ・バルカス帝国海軍懲罰艦隊215隻は、駆逐艦〈ランカリー〉の増援に向かうべくシーニを離れることとなる。
〜中央暦1640年2月14日〜
パーパルディア皇国 西方海域 駆逐艦〈ランカリー〉
所属不明艦隊の接近を受け、駆逐艦〈ランカリー〉は艦隊の所属を確認するため、現場に急行していた。
「艦長、不明艦隊の旗を肉眼で視認しました。どうやら神聖ミリシアル帝国の艦隊のようです」
「ミリシアルの艦隊が、何故この海域にいるんだ?」
〈ランカリー〉の艦長は疑問を浮かべながら、マイクを手に取る。
『こちらは、グラ・バルカス帝国海軍である。当海域の航行は現在規制されている。停船し、所属と航行目的を告げられたし』
艦長は決められた警告文を読み上げる。
しかし、神聖ミリシアル帝国の旗を掲げた艦隊は停船する事なく、依然としてこちらに迫っていた。
「このままだと戦闘海域に入りかねんな……仕方がない。警告射撃用意! 間違えても当てるなよ!」
「了解! 警告射撃用意!」
〈ランカリー〉の前部甲板に設置された主砲が稼働する。
無論とも言うべきか、万が一砲弾が命中してしまえば国際問題に発展しかねない為、砲は艦隊の遥か手前を照準する。
「警告射撃用意よし!」
「うむ。それでは警告射撃を開始する。主砲、砲撃かいs「不明艦隊発砲!!」ッ!!?」
警告射撃を開始する直前、不明艦隊より複数の砲弾が発射され、〈ランカリー〉の周囲に巨大な水柱が立ち上がる。
まさかの事態に、艦長は戸惑いながらも瞬時に撤退を命令する。
「機関全速! 直ちに現海域を離脱する! 通信兵、艦隊に応援を要請しろ!」
「了解!」
「クソッ! いきなり撃ってくるとか、何考えてるんだ!!」
〈ランカリー〉は不明艦隊から距離を取ろうと、速力を38ktまで増速させる。
しかし、既に不明艦隊に所属する戦艦の射程圏内に入ってしまっている為、戦艦の砲撃が次々に〈ランカリー〉の周囲に着弾していく。
『こちらはグラ・バルカス帝国海軍である! 貴艦らの行動は宣戦布告に等しく、極めて悪質な行為である! 直ちに砲撃を中止し、当海域より離脱せよ!!』
艦長はマイクを握りしめ、不明艦隊……否、敵艦隊に向け警告を発する。
その時、敵艦隊より返答が帰ってきた。
『ザザ……我々は、神聖ミリシアル帝国有志艦隊である。貴様らのような魔法に見放された蛮族共の指図なぞ受ける道理はない。こちらの要求はただ一つ。死にたくなければ降伏し、船を開け渡せ』
「な、なんだとぅ!?」
思わぬ返答に、艦長以下乗員全員が怒りを顕にする。
がっつり国際問題に発展するような発言に加え、面識がないにも関わらず自分達を蛮族と罵る相手に、グラ・バルカス帝国軍人として怒りを抑えられなかった。
「あのクソ野郎、良くも俺達の祖国を馬鹿にしやがったな!? 後で後悔させてやる!!」
「今ではないんですか!?」
「駆逐艦一隻で勝てるか馬鹿やろぁ!!」
怒りを覚えながらも艦長は以外にも冷静で、艦隊との合流を最優先としていた。
艦隊にはグラ・バルカス帝国最強の戦艦〈グレード・アトラスター〉をはじめ、強力な戦艦が複数所属している。
彼女達の力があれば、あの程度の艦隊など簡単に撃滅出来るだろう。
「敵艦再度発砲!!」
「いかん!! 面舵いそげぇぇえ!!!」
瞬時に何かを察知した艦長が面舵を指示したことで〈ランカリー〉は素早く右側に進路を変更する。
次の瞬間、敵艦の砲弾が先程までの進路上に着弾し、大きな水柱を上げた。
「よ、よくわかりましたね!?」
「ふ、船乗りの感だ! それより増援はまだか!?」
先程は運が良かっただけで、次で当てられる。そんな予感が艦長にはあった。
「か、艦長!! 空……空!!」
「今度はなんだ!?」
まさか敵の航空戦力が出てきたのではと艦長は近くの窓に駆け寄り、空を見上げる。
しかし、そこにいたのは敵の航空戦力ではなく、まさに彼らが求めた救いの手であった。
無線に一本の通信が入る。
『こちら、空母〈ペガスス〉航空隊。これより、〈ランカリー〉の撤退を支援する』
「らっしゃぁぁあ! 援軍だァァァ!!」
航空隊の到着により、〈ランカリー〉全体で歓喜の声が上がる。
〈ランカリー〉の上空を艦上戦闘機アンタレス、艦上爆撃機シリウス、艦上攻撃機リゲルの戦爆連合200機が飛び越え、敵艦隊に向け攻撃態勢に移行する。
グラ・バルカス帝国の反撃が始まる。
〜中央暦1640年2月14日〜
パーパルディア皇国 西方海域 神聖ミリシアル帝国有志艦隊 旗艦〈ヴァガモン〉
「なんと小癪な……蛮族は蛮族らしく、とっとと降伏してしまえば良いものを……」
マーキュリー級魔導戦艦〈ヴァガモン〉の艦長が、忌々しげに前方の駆逐艦を睨みつける。
相手は小型艦一隻に対して、こちらは魔導戦艦四隻を含む二十七隻。
数の上ではこちらが圧倒しているにも関わらず、相手の小型艦は小回りが効くらしく、こちらの砲撃を尽く回避して逃走を続けている。
その事実が、艦長の機嫌を更に悪くしていた。
「艦長、機械動力式の航空機がこちらに向かっています。その数は200機程です」
「ふん! たかが機械動力式の航空機、我が艦隊の敵ではないわ! 撃ち落とせ!!」
艦長の脳裏に、ムーの戦闘機マリンの姿が浮かぶ。
時速350㎞程度の速度でしか飛行出来ない機械動力式の航空機など、簡単に落とせると考えてた。
だが、彼の予想は大きく裏切られた。
「巡洋艦〈ソウダルォ〉〈アエリン〉轟沈! せ、戦艦〈ナダゼー〉……轟沈!!」
「な、何だと!?」
思わぬ報告に、艦長は席から立ち上がった。
窓の外に目を向けると、黒煙を吐きながら味方の艦艇が沈んでいくのが見える。
更に、旧式とはいえ、魔導戦艦が航空機の攻撃で沈んだことが、艦長に更なる絶望を与えた。
「馬鹿な! 魔法も使えない蛮族共の攻撃で、我が神聖ミリシアル帝国の魔導戦艦が沈むなど……ありえん……あってはならんのだ!!」
「敵機直上! こちらに向かってきます!」
兵士の報告に、艦長は思わず空を見上げる。
そこには、〈ヴァガモン〉目掛けて急降下を開始するシリウスの姿があった。
艦長は狂乱状態になりながら部下に怒鳴り散らす。
「何をしている! とっとと撃ち落とさんか!!」
「無理です! 対空魔光砲の仰角が足りません!」
「この……役立たず共がぁぁあ!!」
艦長の怒声が響き渡る。
次の瞬間、シリウスの落とした250㎏爆弾が〈ヴァガモン〉の艦橋を突き破ると、艦橋にいた艦長の頭を押し潰して爆発した。
艦橋を失った〈ヴァガモン〉は操舵不能に陥り、近くを航行していた魔導巡洋艦〈コチクンナー〉と接触し、大爆発を起こして二隻諸共暗い海底へと沈んでいく。
旗艦を失った有志艦隊は各々の判断で逃亡しようとするも、駆けつけたグラ・バルカス帝国懲罰艦隊の苛烈な艦砲射撃を受け、全滅した。
〜中央暦1640年2月14日〜
パーパルディア皇国 西方海域 グラ・バルカス帝国懲罰艦隊 旗艦〈グレード・アトラスター〉
「何とか間に合ったようだな」
ラクスタルは額の汗を拭いながら、艦隊に合流する〈ランカリー〉に視線を向ける。
〈ランカリー〉に目立った損傷は見受けられず、巡航速度で艦隊に随伴していた。
「しかし、何故神聖ミリシアル帝国の艦隊が、我が軍の軍艦を攻撃したのでしょうか……彼の国は中立を宣言していると聞き及んでいましたが……」
副長の疑問に、カイザルが腕を組み唸る。
普通に考えれば、神聖ミリシアル帝国が中立宣言を破棄し、パーパルディア皇国側に着いたと見るのが妥当に思える。
しかし、事前にムーから伝え聞いた情報によると、神聖ミリシアル帝国は此度の戦争には不介入を表明しており、彼らの介入はありえないとされていた。
カイザルは暫く考えた後、深いため息を吐く。
「これは国家間の問題だ。後は政治家連中に任せて、我々は我々の成すべき使命に集中しよう」
この言葉を受け、ラクスタル達は違いないと頷き、各々の作業へと戻っていく。
決戦の時は近い。