〜中央暦1639年4月11日午前〜
クワ・トイネ公国 ギムの町 西部方面騎士団
ロウリア王国との国境境に位置する町、ギム。そこでは現在、町の住民達が次々と軍用トラックに乗り込んでいく光景が、多数見受けられた。
大日本帝国軍第301混成連隊所属の軍用トラックを総動員した民間人の集団疎開を見守りながら、西部方面騎士団団長のモイジは魔力通信士に尋ねる。
「ロウリア王国側からの通信はないか?」
「現在のところ、返信はありません。確かに届いている筈なのですが、依然無視され続けています」
「そうか…司令部への増援要請に対する回答はどうなっている?」
「『現在非常招集中、現有戦力で対処せよ』とだけしか…具体的な回答はありません…」
その回答にモイジは拳を握りしめ、壁に拳を打ち付けた。その手からは血が滲み出ている。
「クソッ!! のんびりしている暇はないと言うのに……!! 現有戦力で対処しろだと!? 敵は我が方の10倍以上だぞ!! 日本軍の部隊が到着しているとはいえ、合わせて4,000にも満たない。このままではギムを放棄することになるぞ!!」
ギムの町を拠点とする西部方面騎士団は歩兵2,500、弓兵200、重装歩兵500、騎兵200、軽騎兵100、飛竜24騎、魔導師30。
準有事体制のため、クワ・トイネ公国軍の総力から考えるとかなりの兵力が割かれているが、国境沿いに張り付いている敵兵力はこれを遥かに凌駕している。
大日本帝国側からの増援部隊も、元は住民の避難を目的とした救出部隊であり、今この場で戦力になるのは普通科隊員約100名のみである。
モイジが焦燥感に駆られていると、1人の騎士団員が司令室に入室する。
「失礼します。先程日本軍の部隊より、住民の避難が完了したとの報告がきました。それと……」
「それと、なんだ?」
騎士団員は少しだけ言いづらそうに言葉を濁すが、モイジが尋ねるとすぐに答えた。
「それと……日本軍はギムの町を放棄し、後方の城塞都市エジェイまで後退することを伝えてきました。その際、我が騎士団はどうするかを尋ねてきています」
「なっ! こ、ここを放棄するだと!?」
候補の中には出ていた選択肢ではあるが、いざ放棄するとなると抵抗が残る。
「時間がありません。将軍、ご決断を」
「クッ……わ、わかった。我々も後退するぞ」
モイジは城塞都市エジェイまで後退することを決断した。この事は大日本帝国側にも伝えられ、可能な限りクワ・トイネ公国軍兵士を軍用トラックへと乗せていく。乗りきらない兵士は、申し訳ないがと馬車で移動することとなった。
「住民のみならず、我々まで運んでくださるとは……誠に感謝いたします」
車両に乗り込む前に、モイジは増援部隊の部隊長である熊田に頭を下げた。
「頭を上げてください、モイジ将軍。我々にはこれくらいしか出来ませんから」
モイジが頭を上げ、車両に乗り込むのを確認した熊田は、無線機を手に取り指示を飛ばした。
目標、エジェイ駐屯地……と。
〜中央暦1639年4月12日早朝〜
クワ・トイネ公国 ギムの町 ロウリア王国東方征伐軍東部諸侯団
「クソッ! 亜人共はどこに消えたぁ!!」
ロウリア王国東方征伐軍先遣隊の任を任された副将アデムが、ものぬけの殻となったギムの町を見て、怒りに震えていた。
人一倍亜人嫌いなアデムは、この町で沢山の亜人を虐殺する予定を考えていたため、更に怒りは激しいものとなっていた。
それでも幾分かは理性が残っていたようで、副官に指示を飛ばす。
「ワイバーンを半分ほど飛ばせ!! 恐らく奴等は城塞都市エジェイに向かった筈だ!!」
指示を受け、ワイバーン75騎が大空へと飛び立った。彼らは城塞都市エジェイへと続く道を辿っていく。
斥候の報告が正しければ、2日前までは確かにギムの町に敵の姿はあったらしい。だとすれば、敵はそう遠くまでは逃げられないだろう…そう思われていた。しかし、それから2時間程経過したとき、彼らは一向に見当たらない敵に違和感を感じた。
「おかしい……ここまで来たら、もうとっくに追い付いても良さそうなのに」
竜騎兵の1人がそう呟く。他の竜騎兵も同じ考えなのか、不思議そうに辺りを見渡している。
実はこの時、ギムの住民と西部方面騎士団を乗せた車列は途中で道を逸れ、在鍬日本軍エジェイ駐屯地へと向かった為に、ワイバーンに発見されなかったのだ。
そんなことは知らない彼らは、ひたすらワイバーンを飛ばし続けた。
「これ以上はエジェイの竜騎士団と鉢合わせするかもしれんな……引き返そう」
指揮を執る竜騎兵が指示を出そうとしたとき、先頭を飛んでいた竜騎兵が何かを指差し、叫んだ。
「おい! あれはいったい…」
だが、その叫びが最後まで続くことはなかった。前方から槍のような何かがその竜騎兵目掛けて飛翔し、ぶつかる寸前で爆発したのだ。
爆発に巻き込まれた竜騎兵はワイバーンと共に地表へと墜落していく。
「な、なんだ今のは!! ……ッ前方から何か来る!!」
「さっきのと同じやつだ!! 回避ぃぃぃ!!!」
さらに前方から、先程竜騎兵を落としたのと同じものが多数、こちらに向かってくるのが確認できた。竜騎兵達はすぐさまワイバーンを操り回避しようとするが、槍のようなものは軌道を変え、異常な速さでワイバーンに突き刺さっていく。
「お、追いかけてくる!? 逃げられない!!」
「くそっ! くそっ!!」
次々と落とされていくワイバーン。僅か数分もしない内に、こちらは20騎の竜騎兵が落とされてしまった。部隊換算すれば、既に2個部隊を失ったと言える。
「ちぃっ! 退け! 退けぇ!!」
指揮を執っていた竜騎兵は、残った竜騎兵を引き連れ自軍の陣地へと引き返していった。
その様子は、迎撃に上がった99式戦闘攻撃機〈隼〉2機を通じて、在鍬日本軍エジェイ駐屯地司令部へと送られた。
『敵航空目標、引き返していきます』
「了解、帰投せよ」
「何とか追い返せたか……主力の到着まで後10日、それまでは現有戦力で持ちこたえるぞ。機動科部隊と機甲科部隊には、何時でも出撃出来るよう準備させておけ」
〜中央暦1639年4月24日午後〜
大日本帝国 東京都 防衛省特務作戦司令本部
ギムの町から民間人並びに西部方面騎士団が撤収し、追跡に出たワイバーンと迎撃に上がった99式戦攻機〈隼〉が交戦してから、12日が経過した。
ここでは現在、大日本帝国軍統括司令の藤堂をはじめとした主要メンバーが集まっていた。
「現地の状況はどうなっている」
藤堂の問いに、職員の1人が答えた。
「先程、派遣した陸軍第7師団がエジェイ駐屯地に到着したとの報告が上がりました。現在第301混成連隊と共に、防衛陣地を構築中とのことです。同時に、空軍の混成航空団も、エジェイ駐屯地に到着したそうです」
その報告を受け、藤堂は増援部隊の派遣が間に合ったことに安堵する。だが安心するのはまだ早い、藤堂は気を引き締め直した。
「海軍の方は?」
「はい。派遣した第31任務艦隊ですが、当初はマイハーク港に入港、クワ・トイネ公国海軍と合流した後に出航の予定でしたが、ロウリア王国から4,400隻もの大艦隊が出航したとの情報が入ったため、マイハーク港へ寄らず、海上で合流した後に敵艦隊の撃退に向かいます」
「そうか……そうだ、ついでに観戦武官の派遣も要請しておいてくれ」
了解と職員が返事をしたところで、藤堂の隣に立つ大柄な男、大日本帝国国防軍統括司令副長、
「しかし藤堂、いくら敵の数が多かったとはいえ、艦隊に戦艦を加える必要はなかったのではないか? この程度のレベルなら、戦闘巡洋艦でも十分だと思うが」
芹沢が手に持つ資料に目を通しながら尋ねる。確かに4,400隻と聞けばとてつもない数だが、その中身は斬り込み戦を想定した木造帆船である。中には大砲を搭載した戦列艦が混じっているようだが、それでも戦艦どころか旧式のミサイル駆逐艦、下手すれば海上保安庁の巡視船でも対処可能である。
「戦場では何が起こるかわからん。念には念をと思ってな」
「そうか……全く、お前と言うやつは」
藤堂の説明に、芹沢は呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「無人偵察機からの情報によりますと、両艦隊は明日の午前に会敵すると思われます」
「そうか。何事もなければいいのだがな」
藤堂はロデニウス方面を見据え、静かに祈るのだった。