IS~Remember VERDICT DAY~ 作:ハンバーグ大好き
異物が混ざった時、人によって感じるのはまず二つ。明らかな違和感による疑問、そして不快な気分である。ならば、もしその異物側に意識があるとすればどう考えるのだろうか。本来混ざる事のなかったモノが、あり得ない場所に混じってしまった時、それは異物に対して思う考えと同じく、異物側もその状況に困惑と違和感と僅かながらの不快な気持ちを抱くのは当然と言える。
教室に一人だけ、男子生徒という状況。前後左右、もはや上下にすら視線を感じる最中、一夏が感じていたのは今すぐこの場から逃げ出したいという気持ちだ。彼も一応は男子生徒、女性関係では鈍いと言われる彼ではあるが、ほんの、ほんの僅かに周囲が女性だらけという状況に何かを期待しなかったわけではない。
だとしても、その理想は現実の前にたやすく打ち砕かれた。女性特有の甘い香りもそうだが、それをさらに上塗りするかのように教室の中には、各々が身にまとう香水の匂いが入り混じり、それは本来己を高めるモノのはずが、相乗効果が邪魔をして異臭とすら言える。
女子側も気合を入れていた。何せたった一人だけ男子生徒が混ざるのだ、女子として自分をよく見せたいという気持ちも強いし、もし仮に唯一の男子生徒に言い寄られた時の優越感と、それによって感じる自分が他の者よりも優れているという感情。それらを想像したとき、他に劣っていると思われるのは心外だろう。だとしても、この状況は些か厳しいといえる。
そんな中、教室に一人、さらに生徒が追加された。日本人が多い一年一組の中でも珍しい外国人の一人、ジュリアだった。彼女は教室に足を踏み入れた瞬間、急に方向転換して教室を出て行った。暫くして戻って来た彼女の右手にはミネラルウォーターが入ったペットボトルが握られている。そして、真っ先に教室に入って右手側にある、照明や換気扇のスイッチへと向かい、換気扇のファンを最大まで上げて自らの席に座る。
彼女の席は一夏の隣。隣に女子生徒が座った事で緊張した一夏だが、ふと、横から何かが差し出された。それは未開封の、ジュリアが持っていたペットボトルだった。
「顔色が悪い。飲め」
他の女子生徒が香水の匂いを漂わせてる点に対し、ジュリアからは気分が安らぐ、キシリトールを彷彿とさせる爽やかなハッカやミントの類の香りがふわりと流れてきた。
「あ、あぁ。悪い」
それを受け取り、飲み込めば、自分の喉が想像以上に渇いていた事に気が付いた。二口、三口と飲み込んだ後、ジュリアが手渡したのは透明な軟膏の様なものが入った瓶。
「それを一滴、この綿棒に湿らせて手首か首元に塗っておけ。この教室は異臭がする、コンディションを整えるのも戦士の仕事の内だ」
異臭、と言った瞬間にクラスの空気が少しだけ揺らいだ。指摘されて、初めて気づく事であり、一夏が顔を少し青ざめていた原因の一つと理解したのだ。
「戦士、じゃないけど悪い、使わせてもらうよ。えっと……」
「なんだ」
「いや、名前分からなかったから。俺は知ってると思うけど、織斑一夏、よろしく」
「ジュリア・オブライエン」
一夏が差し出した手に、ジュリアは一瞬だけ一瞥し、静かに座って動かない。行き場のない手を少しだけ揺らした後、一夏は再び気まずそうにしながら、しかし先ほどよりは幾らか気分がマシになりながら、待機する。親切にしてくれた横のジュリアを見てみれば、何をするわけでもなく、ただ静かに、じっと前を見ながら座っている。まるで置かれた人形のように動じない。
しかし良く見てみれば、とても美人だと一夏は感じる。外国人の様な顔立ちだが髪や目の色といったパーツは日本人に近く、女子の中でも身長が高い方であろう彼女の座る姿勢は歪みがなく綺麗だ。時折瞬きする瞳は、天然である長めの睫毛が揺れて、思わず目を引いて、ぐるりと顔がこちらを向いて、一夏は思わず後ろに仰け反りそうになった。
真正面から見ても美人だが、しかしとても冷たく感じるのだ。彼女の目は色があっても光を何故か感じられない。まるで、サメやクジラの様な無機質で無感情な瞳。機械の様に思ってしまう。
「さっきから、こちらに何か用か」
「あ、いや。待ってる間、緊張してたし、助けてくれてありがたいな、とか、」
片言になりながら、一夏は言葉を何とか発した。まっすぐに見つめる瞳が内側に入り込む様で、しかし目を離せない。一夏からすれば、彼女は何も喋らない様に思えて会話をどう繋げていいのか分からなくなる。会話が嫌いなのか、苦手なのかと考えてしまう。だが普段ジュリアを見ている者からすれば、今の彼女はむしろ普段以上に話している方だ。それは彼に目を掛けろという指示があった点、そして興味があった。彼は可能性に成り得るのだろうか、と。一夏は彼女からの質問に、これ幸いと今は緊張を和らげる為に会話を続けた。
「気にしなくていい」
「そう、か。あの、オブライエンさんってどこの国出身なんだ?」
「中東連合。それがどうかしたか」
「いや、日本人っぽい感じもしたから、ハーフなのかなって」
「生まれ育ちなど関係ない事だ。日本人であろうとも金髪碧眼の者はいる、違うか」
「いや、違わない、な」
「他者に気を遣う前に自分に気を付けろ。お前は既に戦場に来ている事を忘れるな」
「戦場?」
思わず顔を顰めた。此処は学園だ、そんな血生臭い表現をされる意味が分からなかった。
「この学園でお前が素直に平穏な生活を送れる訳がないだろう。常に晒される好奇の視線、成績の結果、何もかもが注目の的となり、理不尽な評価が降り掛かる。一人孤独に、不特定多数に抗う事が既に決まっている」
「そっか……だよな、俺、今そういう立場なんだもんな」
「分かれば良い、ならば結果を出せ。少なくとも、世間は在り来たりなモノなど求めてはいない」
「やれるだけはやるさ」
それを聞いて、ジュリアは再び視線を正面に戻す。らしくもなく話し過ぎた、とは思うものの、別に彼女は会話を禁じている訳ではない。ただ、隣に座る唯一無二の『イレギュラー』をまずは確かめてみたかったというのがある。
ジュリアはこの世に生まれ落ちて、以前とは違う一つの事を覚えた。それは、戦う際に相手を知る事である。故に傭兵として敵を殺すだけでなく、事前に相手の情報を調べ上げ、戦場に於ける行動を遠方から監視し、どういう相手なのかを感じ取る事を基本としていた。
そうでなければそもそも、近接戦闘用のナイフなど持たず、問答無用で何もかもを撃ち殺していた。いや、単純に爆薬を仕掛け、有象無象ごと吹き飛ばす事だってできただろう。しかし、最後に戦ったあの黒い鳥、アレは、何故戦ったのだろうかと考える時がある。
ジュリアは、戦う事でしか生きる道を知らず、戦いの中以外で自分を確立させる事は不可能だと断じた。であるならば、これまでに殺してきた相手は何故戦うのだろうかと。自分を倒した彼は、はたまた彼女は、どういう思いで引き金を引き続けたのだろう。
(考えるだけ、無駄か)
まるで愛おしい恋人を思うかの如く、あの存在を忘れた事はなかった。だが、もう手が届かない存在なのだ。幾ら恋焦がれた所で会う事は決してない。ならばせめて、あの時の彼の気持ちを知るために、ジュリアは今日も戦い続ける事を決心するのだ。
教室に生徒が集まりだし、やがて始業のチャイムが鳴る。もし本来であれば一夏は今の状態に顔を青ざめて縮こまっていただろう。余計な外野が消えた事で、逆に教室中の視線が一つに集まるのだから当然だ。だが、ほんのりと香るハッカの匂いが気持ちを和らげてくれる。
「皆さん初めまして、私は山田真耶と言います。この一年一組の副担任となりました、これから一年間よろしくお願いしますね!」
返事を返す者は誰も居なかった。ただ、生徒たちは一夏に集中するだけだったのだ。思わず冷や汗を流す真耶ではあるが、此処で挫けては教師失格だ、と奮起する。
「そ、それじゃあまずは自己紹介をしましょう!」
挫けなかった真耶の一言で、それぞれ生徒が立ち上がって簡単な自己紹介を始めていく。女子高生らしく、自己紹介の中で好きな物を交えつつ少しだけ雰囲気が軽くなった。中には好みのタイプなどと、堂々とした一夏に向けてのアピールもあったが。
やがて、あ行の中でも近い方の、一夏の順番がやってきた。立ち上がり、後ろを向けば視線が一斉に交差する。一夏は、先ほどのジュリアの言葉を思い出す。自分はこれから常に監視されているも同然の状態になるのだ、と。であるならば、臆するのではなく前に進み、それすら受け入れる男としてのだけの度量を見せるだけだ。
「たぶん、知ってる人は多いと思うけど、織斑一夏、です。特技と言えるかどうかわかんないけど、家事全般は結構できます、えっと、これからよろしくお願いします」
お前から嫁に向いてます宣言をするのか、と生徒の数人が困惑するが、疎らな拍手を受けて席に座る。やがて自己紹介は進み、隣のジュリアの番が回ってきた。彼女に対しても興味の視線はそれなりに向いた。というのも、一夏に対して臆せず話し掛けた所から、どういった考えなのかと思った生徒が多かったからだ。
「中東連合出身、ジュリア・オブライエン」
短く告げて、即座に座る。彼女の自己紹介は短いが、しかし緊張からのモノではなかった。これ以上は無駄だ、といつも通りに戻っただけ。むしろ先ほど一夏と話していた時の方がかなり珍しい光景なのだ。
あまりの呆気なさに思わず前のめりになりそうだったが、しかし自己紹介は続いていく。そんなときだ。
「すまない、山田君。会議が長引いた」
そこに現れたのは、長い黒髪を揺らす、瞳の輝きが強い女性。それを見た瞬間にジュリアは何者かを察した。そもそも、ISに関わるもので彼女を知らない人間は相当な馬鹿か健忘症の類と言っても過言ではない。それほどまでに、一発で分かる。
織斑一夏の姉にしてISを使った戦闘の世界大会優勝を二度経験した、まさに世界最強の女、ブリュンヒルデの二つ名を持つ、織斑千冬その人。だが、それとは別でジュリアは耳を塞いだ。それは、彼女が現れた瞬間に一瞬で最高潮に達したクラスの熱気と、その次に起こるであろう事態を一瞬で理解したからである。
一方の一夏はそれを予想出来ず、そして案の定、女子生徒から発せられる黄色い声に叩き潰された。
そんな叩き潰された一夏も、SHRが終わった後、クラスメイトにして幼馴染でもある篠ノ之箒に連れられて教室から去っていった。すると、彼の様子を伺っていたクラスの雰囲気も気楽な物となり、各々が世間話をし始める。一方で、静かに座ったままのジュリアにはクラスの中で知り合いなど居るはずがない。
先ほどと同じく佇んでいた時だった。
「ねぇねぇ~」
横から聞こえた、間延びする声。普通の人間であれば毒気を抜かれる様なその声に顔を向ければ、袖を余した、如何にもといったふわふわとした綿菓子の様な雰囲気を纏う少女が立っていた。
「私、布仏本音って言うの。エンエンはおりむ~と知り合いなの?」
「…………?」
生憎、ジュリアにはエンエンという名前に思い当たる知り合いは居ない、おりむ~という人物も同じだ。故に、自分ではない相手に話しかけたのだろうと思って顔を正面に戻した。
その後も彼女のアプローチが続くのだが、自分に話しかけられているとは考えず、始業のチャイムが鳴るまで結果的に本音を無視する形となった。彼女は少しだけ悲しそうな、寂しそうな表情のまま席へと戻っていく。
真耶と千冬が戻ってきて一番最初に基本的な授業が始まった。一学期の前半で行う授業は、この学園に入学した生徒からすれば復習と変わらない。だがしかし、一夏はその限りではなかった。予備知識など有る筈もない彼が授業についていけるはずもなく、しかし事前に手渡された参考書があるのは間違いなかった。
それについて千冬が訪ねれば、古本と間違えて捨てたという言い訳。出席簿の襲撃を頭部で受け止めながら、再発行された際は一週間で覚えろという厳命を言い渡された。
戻る瞬間、ジュリアと千冬は視線がすれ違った。瞬間、お互いに感じる電撃。千冬も場馴れしている、戦闘経験も多い。そんな彼女をもってして、改めてジュリアを見て感じたのは、強いというシンプルにしてこれ以上ない感想。
雰囲気に無駄がない、隙が一切見当たらない。この瞬間に切りかかった所で彼女は難なく受け止めるのが目に見えていた。例えそれが背後だろうと、寝ている最中であろうとだ。
だが一方でジュリアは、楽しそうだと感じたのだ。目の前の人間は確かに強者に間違いないのに、どうして血の匂いを感じ取れないのだろうか、と。その疑問がただただ楽しい。まさか人を殺めず、誰かの亡骸を踏み台にせず成り上がったのだろうか。だとすれば、面白い。ジュリアの、Jの知らない強者という一つの形が、彼女の心に喜びを生み出す。この発見だけでも、学園に来た意味を見出せるのだ。
一瞬の交錯も終わり、お互いに何もなかった様にそのまま時間が過ぎる。しかし、授業が終わった後もジュリアは内心の昂りを覚えていた。それ故に、隣の席で一夏が面倒ごとに絡まれている事すらも無視して、ジュリアの脳内は仮想敵として作り上げた千冬と楽しく愉快に殺し合いを繰り広げる。そんな、一見無表情ながらも内心は殺伐としたハッピーランドが繰り広げられている中、事件は起きた。
いや、事件というよりは、起こるべくして起こった衝突と言うべきだろう。
「そういえば、クラス代表を決めていなかったな。授業が始まる前に決めておくか。自他ともに推薦立候補問わず、誰か居るか」
自他問わず、その一言が大きい。となればクラスの女子生徒が考えるのは、自分が、という感情ではなく、誰を代表にすべきかという点だ。よほどの自信がなければ立候補などしない、であれば、そもそも千冬の発言は既に、特定の人物、つまりは一夏をターゲットに絞っているのに他ならない。
「はい! 織斑君が良いと思います!」
「せっかくの男子だから、私も!」
彼女たちの頭の中では、唯一の男子生徒をクラス代表にするという、それだけの事。何の意味もなく、無価値な優越感。それに納得できないと立ち上がった女子生徒が一人。先ほど一夏に絡んでいたセシリア・オルコットというイギリス出身の外国人だ。
見た目からして典型的なお嬢様タイプであるが、性格もまた見た目通りといった感じだった。彼女の目には強い敵対心が芽生えており、織斑一夏という男に対してもはや殺気すら感じられる。故に、ジュリアの意識がそちらに向いた。
それは彼女にとっては不幸とも言える。何故ならば、セシリアはこのクラスに於いては確かに強者なのだ。イギリス代表候補生であり、操縦時間だけならば教師陣を除けばトップクラスとも言える。他の生徒よりもアドバンテージをもっており、専用機を与えられている時点で優れているとい うのはハッキリしていた。
そんな彼女のプライドが、一夏をお祭り感覚で代表に祭り上げる事が許せなかった。代表となるのであれば、優れた人物がなるべきだ、と。
「そもそも! こんな極東にまで訪れて、私は遊びに来た訳ではありません! 物珍しいサルというだけで私達の代表になるなどとそれこそおかしいですわ!」
セシリアの言い分には一応は正しさもある。だがそれ以上に混じった暴言が印象を悪くしてしまう。それでもヒートアップした彼女は止まらず、それに対して食って掛かった一夏も同じく若い。それ故に侮辱の言葉を許せない。義憤に駆られて勝負を受けたまではいい、そしてその流れで本来は終わる筈だった。流れが変わったのは、一夏の発言がきっかけだ。
「いいぜ、ハンデはどれぐらい付ける?」
「あら、勢い良く勝負を受けた割には弱腰ですわね。では一度此方に攻撃を当てたら貴方の勝ちでよろしいですわよ」
「違う、俺がどれぐらいハンデを付けるかって話だ」
その言葉に千冬は溜息を吐き、クラスには小さな笑いが蔓延った。だがそれはとても不愉快な気持ちが多く、込められた感情は侮蔑に近い。嘲笑を向けられる理由が分からない一夏に対し、今の世の中の風潮を示す様に女子生徒が笑いながら呟いた。
「織斑君、男が強かった時代なんてずっと昔だよ?」
「そうそう、オルコットさんは代表候補生なんだから逆にハンデ貰わないと無理だよ。織斑君素人なんだから」
そういわれれば確かに、と一夏は思う。言い方は納得し難いが、その通りでもある。ISになど触れた事などあり得ない。操縦も試験の時に少しだけ動いた程度。一方の相手は代表候補生に認められる腕前、料理を知らない素人の高校生と、厨房である程度の実力が認められているシェフ、どちらが美味い料理を作るかなど説明不要だ。
そう例えれば、一夏も腑に落ちる。言い返したいが言い返せない、それが今の状況では正しい事で、素人にハンデを付けたとしても何ら意味が無いのだ。
そして、クラスの女子生徒の言葉を聞いて気を良くしたセシリアは言ってはいけない言葉を出してしまった。
「そう、貴方は言ってしまえば弱者。施す側の強者である私が、施される側である貴方にハンデを付けてどうするのです? むしろ逆、貴方は私にハンデを負ってくださいを頼み込むのが当然なのですから」
もし、ジュリアを知る傭兵が居たのなら、バカな事をやったと笑い、賭けを始めただろう。とは言っても結果は見えているので賭けにはならない、ただの催しにしかならない。
「く、ふは、ふはは。くははははは」
小さく、絞り込む様な声が聞こえてクラスが静まり返る。声の主は一夏の横に座るジュリアだ。俯き、肩を震わせている。セシリアはさらに気分を良くした、あまりの滑稽さに彼女も笑ってしまったのだろうと。だが、それは違う。ジュリアは決して、一夏を笑ったのではない。
「強者、強者か。成程」
ゆらりと立ち上がる姿に一夏は思わず後ろに下がった。今目の前にいるのは、人なのかと疑問を抱いた。
「セシリア・オルコット。お前は何の為に戦う?」
「愚問です。己の誇りですわ。それ故に彼が私の上に立つなど我慢出来ません」
「そうか、誇りか。ではセシリア・オルコット、誇りの為に戦うお前は」
俯いていた表情が上がり、その顔がセシリアを捉える。ジュリアは、笑っていた。不気味に、感情を感じさせず、しかし口元をハッキリと吊り上げ、まるで獲物を探す銃のレティクルの如く、セシリアを瞳に映しながら、あまりにも不気味な声色で尋ねた。
――オ マ エ ハ ツ ヨ イ ノ カ?――
死神はゆっくりと鎌を振り上げた。その死神は嘗て、ありとあらゆる可能性を見つけては、確かめ、無慈悲にその刃で魂を刈り取っていった。それは誰一人例外無く、昔話に捕らわれた高潔な者ですらも、刈り取った。
「あ、貴女、誰に向かって口を聞いていますの? この代表候補生のセシリア・オルコットを……」
「下らん無価値な肩書で己を語るのであればもういい。お前は強いのかと私は聞いた、お前はそれに対し、自分は代表候補生だと言った……叩けば割れる拠り所が無ければ、お前は己に自信すら持てないのか?」
「なんですって?」
「興が削がれた。どうでもいい、期待外れにも程がある」
「随分、仰るのね」
怒りがハッキリと滲み出る声でセシリアはジュリアへと言葉を向けた。代表候補生という肩書は、彼女のプライドを後押しする称号だったからだ。だがジュリアからすればそんなものは道端の石よりも無価値に感じた。石は投げれば武器になる、人を殺す道具にもなる。だが代表候補生という肩書は、ただただジュリアによっては何一つ価値を感じさせないゴミも同然なのだから。
「あぁ、もういいぞ、セシリア・オルコット。好きに織斑一夏と戦え、戦ってご自慢の肩書を誇ればいい。だが、一つだけ言わせて貰おう。そんな曖昧な肩書はな、戦いに於いてゴミクズも同然だ」
「ゴミ……ッ?! ……まぁいいでしょう、実力も弁えない方の言葉などどうでもいい物です、負け惜しみなら今の内に沢山言えばよろしくてよ。そうしなければ貴女は私に勝てないのでしょうから、えぇ」
「成程。もう一つ訂正させて欲しい、私はお前の態度を見て強者なのだと思った。だがお前の発言はお遊戯会でほかの子供よりも上手にダンスを踊れたと自慢するだけの、ただの女だった。期待してすまなかったな」
「…………決闘です。まずはそこな男よりも、身の程知らずに思い知って貰わなければいけません」
ジュリアに悪気はない。思ったことを口にしただけだ。最初は戦ってみたいと思った感情も既に消え失せた。だが、彼女から挑んでくるとなれば話は変わる。
「ふむ、私と戦いたいと。ならば受ける、私は挑まれた勝負から逃げた事はないのでな」
「それについてだが、ジュリア、お前の戦闘は認められない」
千冬の声が鋭く割って入った。ジュリアは喜びを隠せない。もしかすれば、と思ったのだ。話の流れから、変わりに彼女が勝負をセシリアの代わりに受けてくれるのではないか、と。だがそんなわけもなかった。千冬は一瞬でジュリアの危険性を理解した。目の前にいる小娘は、しかしその皮を被った化物で、戦いがどういうものか知っていると理解したからだ。
競技性を重視した所でISは兵器も同然。セシリアと一夏が戦う程度ならば千冬からすれば戯れも同然。実力差はあれど、そもそも今回の発端は、一夏に戦いの場を与えて成長させようという気持ちもあった千冬が起こしたモノだ。だが、彼女が割り込むのであれば違う。それは単純な試合という枠を超える。間違いなく、その先に起きるのはお互いの命を懸けた殺し合いになる事がハッキリと分かるからだ。
「……ふむ? 理由を聞いても?」
「代表候補生程度なら別に良い。だがお前は国家代表だ、国の顔であるお前は自由意志で戦う事を許可されていないだろう」
「国家、代表?!」
その言葉にセシリアは驚く。少なくとも、彼女が知る中でジュリア・オブライエンという名の国家代表は存在していない、中東連合にもそんな代表は存在していない筈だった。代表候補生のリストにも名前はない、だからこそ、千冬の言葉に思わず目を瞠る。
「問題無い。国からは国家技術の宣伝の一環であれば多少の試合による戦闘は個人意志で許可されている」
「試合? お前の目は明らかにそうではない別のモノを起こそうとしているように見えるが?」
「なら、お前が代わりに私と戦うか? 織斑千冬、むしろその方がありがたい。アレと勝負をしてもあまり楽しめなさそうなのでな、ならばもっと手ごわい相手の方が良い」
「それも無い。そして教師に対しての言葉遣いを改めろオブライエン。学園で、殺し合いを起こす気かと言っている」
その言葉にクラスはざわついた。学校という場に明らかに相応しくない単語だからだ。
「あ、あの、千冬ね、織斑先生、オブライエンさんって一体」
千冬はオブライエンを見た。それを受けてジュリアは頷く。ある程度掘り下げた話をするのだと理解したからだ。
「オブライエンは今年度から中東連合の国家代表に任命されている。それとは別で国からの生体データ提出の為に紛争地帯で傭兵として働いている、この意味が分かるか? 織斑」
「傭兵? 傭兵って、あの?」
「そうだ。加えて言っておく、国家代表に任命されるには、複数人いる国家代表候補生の中から優れた人物を選ぶ必要があり、筆記試験はもちろんの事、操縦技術を要求されるのは当然の事だ、此処までは分かるな?」
「あ、あぁ」
「オブライエン、国家代表を決める試合の話はしても大丈夫か?」
「問題ない。データと結果は近いうちに公表される、私が国家代表などと下らん肩書を得た情報も同じタイミングで出回るだろうな」
「……こいつは、国家代表を決める試合五回の内、全てに勝利している。だけではない、彼女と対戦した相手は……全員命を落としている」
「…………は?」
誰が漏らした言葉なのかは分からない、だが千冬が発した言葉の意味を理解するにはあまりにも衝撃的すぎる内容だ。まさか試合で死人が出るなどと、此処にいる生徒たちは聞いたことも無かったからだ。
「それが止めた理由だ。良いな? オブライエン」
「断る……そう睨むな、安心しろ、私とて戦士ではない者は殺さんよ、信頼出来ないかね?」
「ぬかせ、死神」
「……約束しよう。セシリア・オルコットを殺害せず、加えて全治一週間以上の怪我や日常生活に支障が出る損傷は与えないと確約しよう。その程度のハンデが無ければ遊びにもならんからな」
「言っても無駄か、戦闘狂い」
「これ以上の譲歩は不可能だ。それでも無理だとするなら、無理やり今ここで始めるだけだ、挑まれた勝負は例外なく受ける、そして勝つ。これ以上の言葉に意味を為さない」
周囲を差し置いて、千冬とジュリアの視線が交わされる。それはまるで物理的な物と思えるほどに鋭く、強く、お互いに譲らない。そして、先に折れたのは、千冬だった。
ジュリアはこれ以上の言葉に意味を為さないと告げた。つまり、これ以上止めるのであれば無理やりにでも今すぐにこの場で殺し合いを行うという意味だ。それを彼女は既に一回、警告している。千冬としてもこれはもはや勝負とすら思っていない。ライオンが人間の赤ん坊にじゃれつくのと同じだと考える。だが、赤ん坊にとってはただそれだけでも致命傷だ。鋭すぎる爪を防ぐ手立ては、赤子という名のセシリアには備わっていないのだから。
「…………先も言った通りに致命傷に繋がる行為を行った瞬間、お前の敗北だ、まずそれが一つだ」
だからこそ、千冬は最低限の条件で、可能な限りセシリアが生存する条件をジュリアに告げた。
「受け入れよう」
「次に、こちらが止まれと言った瞬間に即座に、攻撃を停止して従え」
「ふむ、了解した」
「最後に、お前の機体や搭載された武装のある程度の情報をこちらに渡してもらう。その上で、装備面やシステムに於いても90%のハンデを背負ってもらう」
「問題ない」
「……だそうだ、オルコット。お前はこの勝負、本当に挑むのか?」
千冬は、今すぐにでも撤回しろという意味を含めてセシリアに尋ねた。これだけハンデを課してすら、不安が残るからだ。90%のハンデなど、普通であれば勝負にならない。一撃どころか掠るだけでも機体の操縦に支障を来し、物理的な衝撃の余波だけでエネルギーが切れて絶対防御判定が発生するのが当然。
だが、ジュリアは間違いなく怪物である。千冬は全生徒の簡易的なデータを既に把握している。その中には真耶の知らない情報も含まれているが、これは知り合いからの伝手によるもの。そこに含まれていた情報では、ジュリアは60%のハンデを背負った状態であっても、一方的な虐殺によって、相手の代表候補生である操縦者を五人すべて殺害しているからだ。
本来であれば問題になるソレも、国がもみ消した。そもそも、事故の発生の保険として、代表候補生は訓練や試合中の事故で死亡する可能性を了承済でその立場を受け入れている。故に大事ではあるが、批難されるべきかと言われれば、何とも言えないのだ。尤も、極秘裏に行われたその試合を観戦していたのは軍の高官や政府の人間、企業連の上層部のみだが、到底事故と呼べる内容ではなかったのは結果が物語っている。
公表されるのはデータだけだ。そうでなければ、あの一方的な戦いを晒す事になる。だが国としてはそれは一応は避けて置いた。賢明な判断だろう。
故に、90%という極限のハンデを背負ってもなお、万が一がある。だからこそさらに縛りを入れたが、だとしても千冬の頭を過る凄惨な光景が余りにもリアルに浮かんでしまうのだ。
「っ、も、勿論ですわ!」
「本当に、良いんだな?」
「織斑先生! しつこいですわよ!」
「ならば一週間後、クラス代表を決めるついでに戦え。はぁ、こんな下らん騒ぎにお前が乗るとはな」
「私は常に本物を探している。そしてその本物を私が殺す。可能性を、私は理解したいのだよ」
「知った事か、別の世界でやってろ」
「もう、既にやったさ」
あまりにも不気味な彼女に誰も何も言えるわけもなく、いつの間にか過ぎ去っていた時間を示すかのように授業終了のチャイムが鳴る。本来は賑わうはずの教室も、ただ静かで居心地の悪い空気が流れるのみ。それは千冬が居なくなってからも変わらず、終日、一年一組はまるで葬式後の様な空気が流れるばかりであった。
ジュリアは頭の中のイメージだと、肌の色が少しだけ薄くなって、身長と胸が大きくなった退魔忍ユキカゼって感じです。
なんか急にクソザコアヘアヘムーブしそうになったな。
ちょっとJをイメージする余り強キャラっぽくし過ぎた感じはあるけど、Jだからなんか仕方ない。でも女の子になっ、ちゃっ、たぁ!マイルドJなので実質Jじゃなく し ですね。