戦姫創造シンフォギア   作:セトリ

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 潮の匂い立つ倉庫。さざ波の穏やかな音色。
 様々な物資が世界と行き交い、国民の生活を日夜常に支えている。
倉庫いっぱいに積まれた配送用のコンテナ。厳重に閉ざされた密閉扉の一つが開いた。

 湛える月光は、倉庫の隙間から影を冒していく。
 血に濡れて乾き固まった体色の蛇が、翡翠の瞳を扉の間から覗かせていた。



ー抗うー Call From The Past

 

 

『長旅ご苦労さん。プー、カー、サジェ?』

 

 どこか浮いた気だるい女性の声がした。傍には僅かに灰被った暗い髪質の少女が簡素なパイプ椅子に縄で縛りつけられている。

 

「その鎧のお陰で全く分からなかったよ。今はイスルギと名乗っているんだったな。」

 

少女に装着しているマスクに倒錯的な趣味が垣間見える。マスク経由で後ろのガスボンベにパイプが繋がっている。ネビュラガスを用いた尋問か、人質か。どちらにせよ、そういった手合いは嫌悪を抱いてしまうが……

 

 イスルギに意図しない無意味な行動なんてしない。長い付き合いの勘がそう告げている。

 

『この姿の時は……ごめん、やっぱり名前思い出せないわ。イスルギでいい』

 

 関係があるとすれば纏っている鎧か。傍目に見ても錬金術以上の、先史技術に匹敵する技術が用いられたそれを隠し持っていたとは、一度も記憶にはない。

 

「カッコいいねぇ? あーしも前だったら欲しがっていたわぁ」

 

 私の仲間がイスルギへ口々に疑問を呈する。

 得も知れぬ違和感は拭いたい。万が一敵になった時脅威となるのはシンフォギアだけとは限らない。だが前者は不気味なデザインの、後者は技術者としての興味なのだろうな。

 

「あれは異端技術、それも高水準のパッチワーク技術を持っている天才が造った一級品なワケだが、何処で手に入れた?」

『君の知識と観察眼に賛美を送ろう。確かにこれは君達のファウストローブと同等の機能を持った、既存の科学を超える万能の鎧だ。出処は残念ながら教えられないし、造り方も知らない。だから、そんな怖い目しないでくれよ、プー』

 

 ファウストローブと同等とは大きく出たな。

 挑発に憤る私の仲間に、手で制する。

 

「貴様が造った訳ではないのか?」

『こんな物、マッドサイエンティストにしか出来ないよ。この鎧を造るために、天文学的な確率でまろび出るノイズをどれだけ犠牲にしたか……一番めんどうくさかったの位相の調律だし』

 

 イスルギを唸らせる科学の天才か。錬金術の天才なら私も知っているが……

 つくづく嫌になるな。私には既存の技術を昇華させる才覚は無い。なぞることは出来たとして、十全に扱う事しかできない。その力を使い、大義を果たすしか能がない私には大それたものだ。

 

『それでサジェ。約束の物は?』

 

 持っていたアタッシュケースを机の上に置き、ロックを解除。上蓋を開く。

 中には赤々と煌めく容器が梱包材に均等にずらりと埋め込んでいる。

 

「テレポートジェム30個分だ。座標は何も設定されていない。好きに使うといい」

『毎度、お疲れ。どうもテレポートジェムを造るための資源が足りなくってね、主にこの鎧やらの関連した技術の開発にごっそり持ってかれてるし、資源回収も今はストップしてるから――――つまり、とても助かるって事』

 

 ……相変わらず読めない人だ。

 今、この東京では終末の巫女が活動している。そして、創星の戦士と異端の歌姫が手を組み奴の野望を打ち砕こうとしている。

 その戦乱に首を突っ込むつもりはないが、やがては立ちふさがる障害だろう。

私の大義と夥しい数の犠牲。人類を護ろうとしている彼らが許すはずも無い。無論、許しは全く持って不要だが。

 

『そういや、今回は何処を巡るんだい?』

「私もこの日本という文化が気に入っていてね。大阪を巡ろうと思う」

『大阪はいいよぉ。あそこのお好み焼きとたこ焼きは天下一品だから、是非堪能してくれ』

 

 今はそんな事は忘れて、息抜きがてら人の営みを感じよう。

 この日本の霊的資源は特殊かつ希少だからな。風鳴機関の目を盗んで調査できる機会をくれるイスルギには感謝をしている。

 

「では、私たちはこれで失礼する。また錬金術の支援を欲するなら、連絡するといい」

「バイビー、イスルギちゃん。今度会う時は悪趣味抜きね~」

「今更だが、彼女をどうするワケだ」

 

 イスルギは意識のない彼女の顎を持ち、髪をなでる。

 まるで大事な人形の髪を愛でる少女の様に。

 

『なぁに、こっちの用事。必要なファクターを回収して、今後の計画に活用したいからね』

 

 出口に足を向ける我々に聞こえるは、歌。

 名も知らない詩と旋律を背に歩く。

 

 貴方が救うべきもの、我々が救うべきもの。

 人々を救うべきものは一体何であるべきか。

 出口のない哲学が頭を巡る。その中に自らが思い馳せた正義があることを願い、歩を早める。

 

 

 

 

「何ッ!? それは本当かッ!?」

 

 特異災害対策機動部二課。

 司令部へ火急の知らせが来たのは、万丈龍我が地下鉄に潜った後。

 東京全域にて、原因不明の通信障害が発生。司令機能が麻痺。その対応に追われていたさ中だった。

 

「新型のドライバーの設計図が盗まれた、か。葛城君、私たちに隠していた理由を話してくれないか?」

 

 慌ただしく動くオペレーター達。通信妨害の出所は何処なのか。妨害がされているとはいえ、幸い機械類は動いているのか様々な手段で現場との連絡を取ろうと試みている。

 情報伝達という手足が失われた司令は何も出来ない。故に、風鳴弦十郎はどっしりと構えて報告の続きを待った。

 

 葛城巧は息を整え、告げる。

 

「単純な話ですよ、警戒していたのです。それ程に新型ドライバーは戦局を変える力を秘めている」

「私たちの組織を疑っていると?」

 

 風鳴弦十郎は目を細めて続きを促す。

 

「いや、誰にも渡ってはいけないものです。市井の人たちにも、組織にも……その時点でファウストの手に渡ってしまうことを避けられない。目的の為なら手段を問わないのが奴らの手口です」

 

 葛城巧は懐から濃い黄色に染まった『GUNGNIR´』とラベルが張られたフルボトルを取りだし、ビルドフォンのスロットに装填する。

【ビルドチューニング!】

 どことなくテンションが高い機械音声が自身の状態を伝えるかのように歌い始める。

 その音の羅列は立花響がシンフォギアを纏っている時の歌の旋律に似ていた。

 

「この妨害はファウストによるものでしょう。なら、彼女の特性を利用したフルボトルで無効化すればいい」

 

 風鳴弦十郎は疑問を呈する。

 

「ファウスト。首魁と目されるナイトローグはあの時、君が倒したはずでは?」

「ええ。組織としての動きが完全に止まり、倒したと油断していました。……この映像を見てください」

 

 葛城巧はまだ歌っているビルドフォンをモニターに繋ぐ。シームレスに映像が流れ始める。

 

「ファウストの動向を観察するために、奴らが変身に使用しているスチームシステムへバックドアをナイトローグに繰り出した最後の攻撃で仕込んだんです。奴らがシステムを使用している間だけでも、その視覚情報を共有出来るように」

「つまりこの映像がファウストの存在している証か」

「そうです」

 

 コンテナが積み上げられた倉庫。淡く青白い月光に照らされ、一人の少女が椅子に拘束されていた。目隠しとガスマスクのようなものに口が塞がれている。そして、マスクから太い管でボンベが繋がれている。

 

 少女を見た風鳴弦十郎の目には、動揺が灯った。

 

「小日向……未来ッ!? まさか、狙いはッ!」

「目標は立花響、その可能性を示唆しています」

 

 彼女に連絡する手段は潰されている。忠告も引き留めることも、この場では何もできない。

 

「連絡の要を砕いたのは、シンフォギア潰しを円滑に行う為に……か」

 

 葛城巧は更にマップを表示する。赤い点が一つ、表示される。

 

「赤い点が発信源です。恐らく立花響が向かっている目標地点もそこかと」

「東京湾の旧倉庫街……俺が全速力で行ったとしても、手遅れか」

 

 机へ強打する音が司令室に広がる。

 司令室の誰もが憤りや怒り、それに付随した感情を胸中に抱いていた。

 

「風鳴司令、この状況をひっくり返す作戦が一つあります。進言しても宜しいでしょうか?」

 

 ただ一人、葛城巧を除いては。

 

「何か良い案でもあるというのか?」

「ええ。今、ビデオ通話に切り替えます」

 

 歌い終わったビルドフォンを操作。映像が切り替わる。

 『新島(にいじま) (れい)』のラベルと目尻の吊り上がった三白眼が一杯に映る。

 

「新島……玲?何故、漫画家である彼女が君と繋がっているのだ?」

「昔、とあることで知り合いましてね。その時から長い付き合いなんですよ」

『初めまして、ですかね。風鳴弦十郎さん。軽く挨拶をば……』

 

 映像が大きく上下にブレる。

 今度は額と細く整った眉毛が映る。

 

『新島玲と申します。何卒宜しくお願い致します』

「特異災害対策機動部二課総司令、風鳴弦十郎だ。よろしく頼む」

 

 再び映像が乱れる。

 目鼻を通り過ぎて、薄桃色のリップが乗った唇ときれいに整った歯並びが垣間見える口内が映っていた。吐いた息が画面の一部を白く曇らせる。

 

「玲……もうちょっと離れてくれないか? 今画面が口で埋まっている」

『……マジで?』

「距離感を間違えたお年寄りになってる」

 

 何とも言えない空気感の中、そそくさとカメラの位置は直される。

 ピンク色の前髪が顔の上半分を覆い隠し、雑に左へ寄せて銀色のヘアピンで留め露出した紫陽花色の右目が目尻を下げていた。

 顔の全てが画面に収まり、頬を上気させた新島玲は話を始める。

 

『コホン。では、作戦の概要を説明しますね』

 

 彼女が話す作戦の内容は単純明快。

 葛城巧を立花響の場所まで送り、ファウストを倒し小日向未来を救い出す事。

 

『それには、テレポートジェムを使う必要がある』

「テレポートジェム?」

 

 葛城巧は血の様に赤く染まった、アンプル状の物体を掲げる。中に液体が透けて見え、中心には円、その内には規則的に並んだ模様が描かれていた。

 

「定めた点と点を繋ぎ、距離の概念を無視して空間を移動する道具。俺たちが立花響の覚醒時に駆けつける際にも用いた、便利なモノだ」

「初めて君たちが現れた時、生体反応が急に現れたカラクリって訳ね。成る程」

 

 科学とはかけ離れた技術の結晶の登場に興奮し、鼻を鳴らす櫻井良子。

 

「問題は今あるテレポートジェムがこれ一つだけと、座標を固定していないことによる転移事故が起きる可能性があるという事」

『ま、二課の使用している通信機に座標固定の目印を埋め込んであるので座標についてはクリアしている』

「しれっと国の最先端技術を詰め込んだ最新機器を改造してる……」

 

 オペレーターの呆れ声と相反して、自信満々で得意げな顔が画面いっぱいに広がる。

 葛城巧は軽く咳を払う。

 

「テレポートした後、彼女たちを保護するには二課の助力が必要だ」

『そうだね。極力少数精鋭で行きたい。隠密に長けている人材が欲しいね』

「……となると緒川か。しかし、連絡手段が絶たれている状態だ、援護要請は出来ない」

「ビルドフォンを司令に預けます。連絡はそれで大丈夫でしょう」

 

 「しかしな……」と言い淀む風鳴弦十郎。

 葛城巧は手に持っていたビルドフォンを風鳴弦十郎に差し向ける。

 

「分かりますよ。俺が犠牲になる危険性があると言っているもんですから」

『でも一番確実なのはこの方法なんだ。風鳴司令』

 

 ビルドフォンに伸ばす風鳴弦十郎の手は泳ぐ。

 硬く締めて、掴もうと開けばまた閉じる。

 

「また若者を、未来ある輝かしい希望を危険に晒そうとしている。それを防ぐために俺たちが居るというのに、何もできないのかッ……」

 

「なら、天羽奏を失った時どうしたんですか」

 

 極めて冷静な声が司令室に響く。

 僅かな静寂。風鳴弦十郎の口から答えが返る。

 

「二度とあんな事を繰り返させぬと誓った。あの子が守ったものだけはこの世界から消してはいけないと、持てる力を使って今の今まで守ってきた」

 

 二人の目が交差する。

 お互いの覚悟を測り、本気度を確かめ合うように。

 

「だったら守ってみせろよ! 今、天羽奏の残したものが踏みにじられるんだぞっ!」

 

 迷いのない目。限りなく澄み切った光を宿して、葛城巧はそう語る。

 

「……君に説かれるとは、俺もまだまだ未熟だ。臆病風に吹かれるなど、天国に笑われる。先に立たぬは後悔、ならば尽くすべき最善か」

 

 首を振って雑念を払った風鳴弦十郎は付近を見渡す。

 今もなお何とか通信設備を復旧させようと尽力するオペレーター達。ありとあらゆる資料を見て考察している櫻井了子。モニターの中で固唾をのむ新島玲。

 

 皆が、何かないかと足掻いている。

 ただ一つの、人々を守ろうとするための信念が渦巻いている。

 

 

 差し出されたままのビルドフォンを風鳴弦十郎は受け取る。

 

「司令として発令する。必ず立花響と共に小日向未来を奪還、そしてビルドフォンを取りに来い、分かったな」

「ラジャー。いっちょやってやりますよ」

 

 葛城巧は不敵な笑みを浮かべてテレポートジェムを地面に落とした。

 

 

 東京湾旧倉庫。

 かつてはここで全世界からの貿易の一端を担っていた。

 時代が進み貿易の流通量が増え、対応する為に新たな港が造られて、港が二つになったって聞いている。

 ここは確か政府主導、ヒヅィンだかの会社が委託管理しているって聞いてるけど。

 

「ここが……未来の居る場所」

 

 日が落ちかけて物陰が膨張していって影は広くなっていく。紙をポケットから取り出す。くしゃくしゃによれたそれに、均整な字で一文だけ書かれている。

 

『大切な人を失いたくなければ、日が落ちる前に東京旧第三倉庫へ一人で来い』

 闇はこれから訪れる。その前に、未来を救わなきゃ。

 

「おい、誰だあんた! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

 

 一歩踏み出そうとした瞬間。背後から話しかけられる。

振り返れば、怒り顔の作業服を着た中年の男性が詰め寄ってくる。

 ヤバい。

 我に返ってみれば当然の事だった。こんな所で制服を着た女の子を見たら誰だって不審に思う。

 

「えーっとぉ……」

 

 言葉に詰まってしまう。

 良い言い訳が思いつかない。一般人にシンフォギアを見せるわけにいかないし、かといって人が攫われたので助けに来ましたって言えるわけない。

 でも、ここで引くわけにはいかないんだ。

 

「……なんだ?」

「いやぁ、ランニングしていたら方向が分からなくなって……すぐ帰りますので……」

 

 バレないように走り抜けるルートを見る。

 心臓がバクバクする。背中に冷や汗が流れていく。

 顔からバレないように笑顔を作りながら、タイミングを伺う。

 

「そうか、最近は倉庫荒らしが出て大騒ぎになっているからね。もしそうだとしても、ここに迷い込むとはとんだ方向音痴だ」

「へへっ、面目ないです」

「もう遅い時間だから、正門まで送ろう。今度は不法侵入なんかするんじゃないよ?」

 

 一瞬従業員の目が別の所に惹かれた。

 

「ごめんなさい!」

 

 足に力を入れて、低姿勢で従業員の脇横をすり抜ける。

 ものすごく後ろ髪が引かれるけども、従業員の呼び止める声を振り切って確認したルートを全力で駆けていく。

 

「待て!」

 

 必死の形相で追いかけてくる従業員を、コンテナの影を利用して撒こうと何回か曲がっていく。目につく入り組んだところを幾つか越えていく。

 後ろに一瞬だけ振り返る。

 

「体力自慢の私が負けると思うなよ!」

 

 姿が見えなくなるどころか、さわやかな笑顔を浮かべて追い縋ってくる。

 不味い。

 相手がこんなにも粘ってくるなんて予想もしていなかった。このままだと、体力が持たない。

 ここはもう一回コンテナを曲がって―――――――

 

「こっちだ、立花」

 

 身体がありもしない方向に引っぱられて物陰に押し込まれる。

 

「呼吸を止めて」

 

 僅かに甲高い、聞きなれた声に思わず振り向く。

 私とすれ違いざまに現れた人に混乱を覚える。

 

「そこの御方。どうかされましたか?」

 

 葛城巧。

 どうして、あなたが居るの?と考える前に、息を止める。

 

「あなたは……失礼ですが、一体誰でしょうか?」

「特異災害対策機動部1課の葛城巧と申します。すみません、今この区域は特異災害出現区域となっておりまして、避難勧告を呼び掛けております」

 

 乱れた息の音が漏れてしまわないように袖を噛んで食い止める。

 足りない酸素の中、体勢を崩さないように保つ。

 

「……警報は鳴っていないですが?」

「今、東京全域で大規模な通信障害が起きておりまして。警報システムが麻痺しているんです」

 

 心臓の音がどくどくと脈打っている。

 バレたら一巻の終わりだ。

 

「!? なら、早く逃げないといけませんね。あの少女を見つけられなくて残念ですが、先ずは身の安全を確保しないといけません」

 

 早く、早く終わって。

 無理やり呼吸を堰き止めたせいで、頭がボーっとしてくる。

 

「お仲間方にも呼び掛けお願いします」

「分かりました。出来るだけ声を掛けて避難します。そちらもお気をつけて」

 

 駄目だ。

 もう、目の前が暗くなって手足に力が入らない。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 背中に何かが支えられて、膝が折れる。

 近くにあったかい何かが居る。

 

「ゆっくり深く呼吸するんだ。ゆっくり、ゆっくり」

 

 その言葉に、頭へ酸素が行き届く。

 我武者羅に呼吸をする。

 自分がどういう風に呼吸をしているなんて分からない。

 ただ深く、だんだんとゆっくりすることだけを意識して、身体の欲するままに空気を取り入れていく。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 手足に感覚が戻る。

 巧さんの真っ直ぐ見つめる目が近くにある。

 二つの呼吸音。どくどくと脈打つ心臓の音がうるさい。

 

「……全くいつも無茶をするね。立花さん」

 

 語るその顔には普段と違った笑みが浮かんでいた。

 優し気な、どこか見たことがあるような懐かしさ。

 誰だっけ? 

 

「立てる?」

「なんとか……通信障害って本当ですか?」

「本当だよ。厳密に言えば、人々の相互情報伝達機能が阻害されている」

 

 ううん。

 それよりも、いち早く約束の場所に行かないと。

 

「歩きながら話をしようか。すぐそこに君の目的地が迫っているからね」

 

 もう闇が目の前にまで広がっている。

 潮の匂いに紛れて、何か淀んだ息の詰まりそうなモノが漂っている。

 この胸の妙な騒めきが、この先にあることを示していて。

 不吉なものを呼び寄せて、とても嫌な事が起きるような気がした。

この場から一刻も早く脱したい。

 

「未来を助けないと」

 

 それでも、私に選択肢はない。

 トレンチコートの背中。翳り裂くような光のように、巧さんは歩いていく。

 

「2年前の事、覚えているかい?」

「・・・うん」

 

 ちょっぴりの勇気を奮わせるように、巧さんは優しい口調で話を始めた。

 

「あの時、あの場所では、本当に沢山の出来事が起きた。数えきれない大切な者の死が、大勢の人生を狂わせてきた。君もそうだし、僕もそうだ。だから、救いに行こう。立花響さん」

 

 

 胸の痛み。あの人から貰った遺志。

 あの人が前に立って私を護ったように、今ここで私が未来を護るんだ。

 

「……はいッ! 一緒に、行きましょう!」

 

 歩く速度を速めて、分厚いシャッターの前に止まっていた巧さんの横に立つ。

 

 紙を見て、場所を再度確認する。

 第三倉庫。

 ここがアイツと未来が待っている場所だ。

 

「相手はファウストだ。用心していこう」

 

 独りでにシャッターがけたたましく重い音を響かせて、ゆっくりと上がっていく。

 胸に手を当てて、いつでもシンフォギアを纏えるように心を構える。

 

 血にも似た赤い陽の光に闇が払われていく。

 巧さんはいつも持っている紫の銃を、いつでも撃てるような態勢で前を向いていた。

 

 シャッターが上がり切る。

 まだ覆われている陰の部分が、どこか大口を開いた虎に見える。

 冷えた空気が頬を撫でる。まだ春先なのに、一段と低い温度。

 足を動かす。震えて全く言うことを聞かない。

 

「圧されるなっ! 意識をしっかりと保てっ!」

 

 大きく吸って、吐く。

 身体に発した熱を取り込んで、温めていく。

 凍り付きそうな胸の内を、戦えるように溶かす。

 

 もう、足は動く。一歩口内に踏み込む。

 

 歌が聞こえる。

 その旋律は寂しく、悲しみへ満ちているように感じた。

 

 暗がりから蛇が蠢く。

 その瞳は、明度の低い緑色に冷たく輝く。

 

「ようこそ、ワタシの領域へ。歓迎するよ、葛城巧、立花響ちゃん?」

 

 知っている。

 数十分前に見た、未来を奪ったアイツの姿が陽に当たる。

 流れ星の約束も、大切にしていた約束も。

 全部、全部、全部。台無しにした。

 

 憎むべき、人類の悪を。

 私はアイツを許さない。

 

 

「存分に、語り明かそうじゃないか」

 

 





 正しくあるべき悪があるならば。

 正しくあるべき善は何処にあるのか?

 未知なる者、外界たる神との聖戦で、時空騎士は人間の在り方を、可能性を示した。

 可能性とは多様性。

 それを信じ、聖なる泉を再び湧かせる為、地球の人々へ願いを託した。

 その願いは禁断の果実となり。

 甘美なる匂いに、新たなる戦いが始まる。

 楽園の蛇に拐かされた戦国時代が幕を開けた。

 山堂賢利手掛ける時空騎士シリーズ第3弾。

 乱世散華鎧武者編、開戦ーーーー
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