風を切って走る。
いつもならそれが心地良いものなのに、何でこんなにも胸が苦しい。
ビルド?
いや。
ガングニール?
いや。
あの男性?
いや。
違う、とても苦しいのは、自分の心。
あの時、何も出来ず、友を犠牲にした、自分の至らなさが認められない。
あの時力を持っていれば。
それだけで、違う未来が見られたのに。
私はあの時より強くなった。
けれど、過ぎ去った時間は戻らない。
心は鋼で、身体は剣。
そうだと信じて疑わぬよう、厳しい訓練を積んできた。
一人でもノイズを殲滅できるよう技を磨いてきた。
それなのに、神様は残酷だ。
それだけじゃ足りないという事を、ビルドとの戦いで思い知った。彼は、明らかに手加減をしていた。
私を倒す気だったなら、あの一撃で倒せた筈。
『翼さん、そのルートを真っ直ぐ行けば着きます』
私は貶められている。
なら、この屈辱は我が剣にて切り捨てるのみ。
私はこの身に宿る確かな怒りに、スピードを乗せた。
◇
胸の奥から響く、声の無い音楽。
【ギアブレイド】、シンフォギアの力。
アームドギアはロックされている。
《ハザードレベル降下開始、現在6.7まで下がっています。規定の2.0まで低下する時間はおよそ5分です》
アンロック方法。
ネビュラスチームガンを腰部ホルダーへの装填。
《カイザーシステムを接続完了。シンフォギアシステムとの同期に約1分かかります。しばらくお待ち下さい》
『ではその力、拝見させてもらおうか』
ナイトローグは蝙蝠の翼を羽ばたかせている。
空中を制して、戦況を有利にする......か。甘く見られた物だよ。
「この天羽々斬をトレースした機動性を、舐めないでもらいたい」
脚部ブレードを補助翼として展開、脚部と後腰部のバナーを吹かせる。
ブルーフレア、完全燃焼している炎が俺を空中へふわりと浮かせ、ナイトローグの蝙蝠頭を穿とうと導いていく。
加速は十分。奴の脳天目掛けて腕部ブレードを思いっきり振り下ろす。
互いの防具が鳴り合わせる。
「この程度か?」
ナイトローグのトランスチームガンの銃口が輝く。
僅かなタイムラグの後、装甲に火花が飛び散る。
《現在、背面ブースター使用可能》
急速に背中が熱を持つ。
奴が翼を持っているとすれば、俺は翅を持っているのが道理だ。
先程よりも速く、いやもっと。
身体がGで引きちぎれそうでも、この鎧が有れば。
「開放、全開......っ! ぶっ飛ぶんだよ!」
闇、常夜灯、奴の身体。溶けて混ざって、一つの点になる。
手を握り締め、真っ直ぐに一直線でブン殴る。
アッパー気味の拳が摩擦の炎を纏って、
方向転換、上方へ。
引き千切れそうな意識を、歌が留める。
身体が空気の摩擦で熱となり、青い炎を全身に纏う。
辺り一面に広がる暗黒。ギラギラとした光の点。
夜空に輝く星を捕まえようとして、蝙蝠の翼膜が遮る。
「邪魔だぁっ!」
両手を突き上げ、風船が割れるような甲高い破裂音が鳴り響く。
眼前には半分に割った月の反射光。そして乱降下していく蝙蝠。
『同期完了。ブレイドライフルモード使用可能です』
ホルダーからネビュラスチームガンを取り外し、右腕のブレードを後ろのストック部分へ、左腕のブレードを銃口部分へ取り付ける。
【ブレイドライフルモード】【ファンキー!】
機械音声と共にグリップ部の下へ増設された、スチームガン程の全長を持った握り手を持つ。
これでフォニックゲインを高めた一撃、必殺技を放つ前準備は終わった。
薔薇の絵が描かれたフルボトルを銃のスロットへ装填する。
【フルボトル!】
フルボトルの成分が浸透し、刃が薄く紅く染まっていく。
身体を落下速度に乗せ、全てのブーストを吹かせる。グン、と胃がひっくり返りそうなGを感じながら、狙いを定める。
加速した摩擦熱で鎧が再び青い炎に包まれる。
熱い。幾ら頑丈な鎧だとしても、熱の耐性には上限がある。
それだけ無茶な事をしているのは分かっていた。
蒸し焼きにでもなりそうな温度がじわじわと蝕んでいく。だからどうした。
【ファンキーショット!】【フルボトル!】
ナイトローグは今ここで倒さなければ。
「葛城ぃぃぃぃぃいッ!」
【スチームブレイク!】【バット!】
過去こそ、今に繋げていくために。
今を未来へと創るために。
【ブレイドブレイク!】【Yha!】
乗り越えてみせる。
二度とあんな惨劇を引き起こさせはしない。
千の涙が落ちるように、無数の茨をフルボトルのエネルギーで創り上げる。
避ける道を塞ぎ、叩き込む為に。
無数の茨はナイトローグを貫き、そして地に縫いつく。鎖など比でもなく。
絡み付き離すことのない情熱が、執念が、熱情が、ナイトローグの鎧へ。
月光の照る刃は紅を帯び、一輪の花を咲かせる。
火が瞬く。飾り付けられた閃光に、高めたフォニックゲインを乗せる。
故に、この一撃は既存の物理法則を脱する。
縦に振り下ろした剣撃が宙へと放たれ、直線軌道でナイトローグへ降りかかる。
奴が放った巨大な蝙蝠の影は剣撃とぶつかり拮抗する。
その縦筋に横筋を加えるように、俺は
この一撃を名付けるならば、ブルーローズだろうか。
自然界には無い青色を生み出す為に、人工的に造られたあり得ない奇跡。
化学とは美しいものも、美しくないものも造り出す。人間が得られるメリットとデメリット。表裏一体のそれは、この今の状況とよく似ている。
そんな事を考えている内に、剣に伝わる衝撃がなくなる。
後は、地面に着地するのみだ。
二の足を突きだした数秒後にはアスファルトの削れる音と共に工場を数十メートル移動して、漸く止まった。脚には鎧の防御のお陰か、衝撃も何もかもが打ち消されていた。
『規定のハザードレベル以下になりました。スリープモードに移行します。速やかに変身解除又はシンフォギアシステムとの接続を切ってください』
「私はナイトローグ。このままタダでヤられる物かッーーーー」
そして、ナイトローグの絶叫とギアから響く音楽が止まった。
◇
私はその戦場へたどり着いた時には、既に戦いは終わっていた。
工場の上空で花火と見間違う程の爆発が起き、その余波なのか付近に居たノイズ達が灰となって消えていく。
灰を辿っていき、バイクを走らせていく。
視界を覆い隠し、ヘルメットが無ければむせ返るような夥しい量の中心で奴は立っていた。
歯車を鎧に見立てた、両手両脚を青い刃に身を包んだ異形。
広げた翼にも似た仮面を此方に向けている。
《翼、周囲のノイズとナイトローグの反応は消えた。しかし、奴......ストレンジブレイザーと名乗った者と対話を......》
通信機の電源を切る。
どうせ、交渉しろと言うのだろう。私の叔父は、つくづく甘い。
シンフォギアを真似してノイズを倒す奴らを、仮面ライダービルド達を仲間に引き入れようとしている。
身体に私のシンフォギアが纏わりつく。
胸の内から戦う為の覚悟が記される。私の手の内には剣が存在する。
踏み込む。
シンフォギアによって増幅された脚力で、灰を空高く舞い上がらせる。
瞬時に詰め寄り、得意の間合いへと接近して剣を振るう。
ノイズを振り払うように。
固い物を切る感触が手に伝わる。
振り切ろうと力を入れるが、刃が動く気配が無い。
「もう戦いは終わった、もう争う理由なんて無いだろ!?」
それは仮面ライダービルドだった。
何故、其処に居るのかは明白だ。奴は仲間を守ろうとしている。
だとして。
「だとしてもっ! 貴様らは、奏を......」
「やめて下さい!」
その声に振り向くと、其処には奏が居た。いや違う。
「争わないで下さい! なんで争うんですか! どっちかどっち、状況が飲み込めないけど、それでも戦う理由にはならない筈です!」
知ったような口を利くな。
そう口にしたかった。だけど、なんで奏と同じシンフォギアを、何で貴方が纏っているの。
「......分かったわ。貴方に免じて、この場は刃を収めましょう。但し、今度は容赦はしない」
シンフォギアを解き、臨戦状態を解除する。
すると、仮面ライダー達も変身を解く。顔は見知らぬ男達だ。
「......全く、ヒヤヒヤしたぜ、巧」
「万丈、それ今言う言葉か?」
「るせぇ、でも、やられなくて良かったじゃねぇか! どうよ、俺のファイトプレー!」
「それを言うなら、ファインプレーな。これ以上戦ってどうするのよ」
和気藹々と会話している彼らは放っておこう。
私は後の事を考える。
ガングニールの事も、ビルドの事も何もかもが謎で分からない事ばかり。
だが、一つだけ言えるなら
「......私は防人だ。たとえ何があろうとも」
◇
日本政府の制服に身を包んだ女性からコーヒーを頂いた。
「あったかいものどうぞ」
「......ありがとうございます」
みるみる内に封鎖用の障壁が作られ、清掃員がノイズだった灰を巨大な業務用の吸引機で吸い取っている。
俺はネビュラスチームガンを片手に、程よい高さの瓦礫に腰を掛けて遠目に眺めていた。コーヒー。飲んでみると程よい苦味が、戦いで疲れた身体をあっためてくれる。
「あったかいものどうぞ」
「あったかいものどうも」
女性が行く先を何気なしに目で追うと、ガングニールのシンフォギアを纏っていた少女の方にコーヒーを渡していた。
コーヒーを飲んだ少女は、漸く気が抜けたのかシンフォギアを解き、元の学生服に戻っていた。
あの制服は私立リディアン音楽院の制服だったような、風鳴翼と同じ学校か。
「このコーヒー美味いな、俺の今まで飲んだものの中で一番だ」
コーヒーを片手に、チビチビと飲んでいる万丈が隣に座る。
「確かに、今までロクなコーヒーを飲んでこなかったからな」
「......これからどうするよ」
「まぁどうにかなるでしょ」
なるようになれとしか、俺の頭の中にはない。
現に今目の前でガングニールの少女......立花響が手錠をかけられて、風鳴翼と黒服の男性の集団に拉致当然として車に詰め込まれている。
「貴方達も同行していただきますか?」
先程、立花響を詰め込んでいた黒服のリーダー格であろう茶髪の男性が声をかけてくる。
「葛城巧です。こちらのバカは万丈龍我と申します。同行する前に名前を伺っても?」
「おい、バカはねぇだろうよ」
「そうですね。申し遅れました、緒川慎次と申します。普段は風鳴翼のプロデューサーをやっております」
差し出された名刺を貰い、俺たちは手錠をかけられる。
これから行動するにしたっても、逃げた所で変わりは無い。ここは協力するのがベターだと思っている。
黒服に連れられ車に乗ると、終始無言のまま彼らの目的地まで移動していた。
横に乗っていた万丈が思いっきり寝ているのを見て、俺も身体に纏わりつく疲労感に身を任せて目を瞑り、意識を手放した。
ーーーあなたは、何者?
ーーーー良くも、まぁ生き残ったものだよ。
ーーーーー君の目的は何?
ーーーーーー大切な者を、救いたい。
ーーーーーーーイイね。お姉さん、応援しちゃうわ。
微睡の夢の中で、そんな懐かしい記憶を思い出す。
「おい、もう着いたぞ。起きろよ、巧」
揺られ目を開けると、かなり巨大な校舎が視界に入る。
どうやら、何処かの学校の近くらしい。
「ここは?」
「私立リディアン音楽院って所に着いたらしい」
「万丈、お前いつ起きてたんだ?」
「ちょうどお前が起きる数分前」
ちゃっかりしている万丈と共に、黒服に連れられ建物の奥に入っていく。
やがてエレベーターに乗せられ、高速で落下する。
立花響らしき少女の悲鳴を聞きながら、ガラス越しに見える景色を見る。
古びた壁画の上に描かれた、幾つもの模様。地層のように積み重なった極彩色の直線。異様だが、神秘的な景色が広がっている。
見惚れる間に最下層に辿り着き、エレベーターの扉が開く。
重々しくゆっくりと開く扉に万丈の喉が鳴る。
何が待っているのか。気を引き締めてかからなければ、この先の計画に支障が出てしまう。
ここはある意味伏魔殿なのだから、鬼が出るか蛇が出るかーーーーー
「ようこそ! 特異災害対策機動部二課へ!」
「へ?」
間抜けな立花響の声に間違えはなく、俺も思わず呆けてしまった。
万丈は「おおスッゲェ!」など、子供のように喜んでいた。が、「いや待てよ」と自分の中でツッコミをいれている。
天井付近に吊り上げられた横長の看板には「ようこそ、立花響様と仮面ライダービルド様、ストレンジブレイザー様」とデカデカと書かれていた。
「俺たちがあれを名乗ったのってちょっと前だよな」
「情報が早いことで......」
回収された立花響の鞄から、個人情報が抜かれていた事実を知った当の本人が変な声を出しているのを見て、心の中で手を合わせる。
「もういいのか?」
「ええ、ここまで来るまでの間、何もしなかったという事実さえ有ればよかったので」
俺たちの手錠を外す、緒川慎次という男。
何か裏がありそうな胡散臭さはあるものの、今のところは信用出来そうだ。
立花響に挨拶をしていた赤色のシャツのガタイの良い男性が近寄って来る。
「初めましてかな、私はここの司令を務めている風鳴弦十郎だ。よろしく、葛城巧君に、万丈龍我君」
「......すいません初対面で失礼ですが、本当に貴方は人間なんですか?正直、肉体の鍛え方が違い過ぎまして」
快活に大きく笑う風鳴司令。
爽やかな屈託の無い笑顔で、彼は答える。
「はははっ! そう初対面で見抜くとは、中々な観察眼の持ち主だなっ! 流石はあのストレンジブレイザーを造った科学者だ。私は至って人間と主張しよう」
「......この特異災害対策機動部二課の司令を務めているだけはありますね」
裏で白衣の女性にいじられている立花響を放っておき、並べられたケーキなどを見る。もう万丈の馬鹿が既に口に入れて頬張っていた。
「美味しい......もっちゃ、こんな、もちゃ、ご馳走久しぶりだ! 巧、食べないのか〜」
「食べながら喋るんじゃないよ。ほら、口元拭いてこいっての」
机に置いてあった紙ナプキンを指差して万丈を移動させたところで、風鳴司令は万丈を見る。
「あれが、仮面ライダービルドか。俺たちと変わらぬ、普通の人間だな」
「普通?」
「俺たちはノイズに対して無力な普通の人間だ。だが、そのノイズに対抗できるシンフォギア 、そして仮面ライダー。正直に言えば、その力は欲しいと思っている」
普通の人間では、なす術も無く触れるだけで炭化してしまう。
彼らは少女だけにノイズと戦わせ続けることを、ままならない気持ちで支援している。その重荷を年の瀬もいかない少女に背負わせるということが、嫌なのだろう。無意識に拳を握っている。
この司令は、心優しい。それでいて、屈強だ。
「仮面ライダーを構成するライダーシステムは、とある特別な資質を持っていなければ使うことすら出来ません。欲しいと思って得られるものでも無い、万人向けじゃないんです、この力は」
「そうだろうな。分かってはいた」
「落胆させて、すいません」
「いいんだ、葛城君。やれることだけをやる、それだけの事さ」
万丈は一通り食べ終わったのか、満足した顔で俺に近寄ってくる。
「巧、食べないとご馳走無くなっちゃうぞ」
「今行く。それでは、俺はここで」
「ああ、行ってくるといい。終わったら、話の続きをしよう」
風鳴司令に一礼をして、その足で白衣の女性......櫻井了子博士のスキンシップから解放された立花響の元へと向かう。
「君も来ていたんですね。立花響さん」
「あっ、えっと葛城巧さんでしたよね。危ない所を助けていただきありがとうございます」
皿を取り、サラダを盛り付けていく。
色と栄養のバランスを考えて、満遍なく綺麗に。
「ノイズを世界各地を巡って倒しているらしいですね。龍我さんが言ってましたけど」
「うん、そうだね。今後は東京が活動のメインになるだろう。俺達の目標は、ナイトローグの目論見を打ち破る事だ」
立花響の皿には、肉がてんこ盛りに積まれている。
育ち盛りはやっぱり、好きなものを食べたいのだろう。
「ナイトローグってあのテレビ番組のような怪人ですよね。シンフォギアを倒すとか言ってましたけど、何でそういう事言うのかなぁって、私、そんな大それたもの持ってませんよ......」
「大きな力を持っている自覚がないのは、まだ力を持った事がないからだよ。これから嫌という程実感するよ」
「うへぇ......私ってドジだし、不器用だから、皆に迷惑かけちゃいますよ」
消え入る声で俯せる立花響。
これからの事を思っているのだろう、これからシンフォギアの装者としてやらなければならない事を想像すれば、誰だって尻込みする。
今ノイズを倒せるのは、君と風鳴翼、そして俺たちだけだ。その上、ナイトローグという明確な敵が居る。
戦わなければならない。それがどれだけ覚悟が要ることか。さっきまで只の少女に腹が括れる事か。
だけど、一つ言えるなら。
「自分が大切にしている事を、これから想えばいい。そうすれば、これからだってきっとやっていけるさ」
「............葛城さんは、何を想って戦っているんですか」
戸惑う彼女は問う。
迷う者に一つの指標を与えるのは、俺たちの役割だ。
「LOVE&PEACEさ。愛する人々の為に、争いの無い平和な世界をつくる。それが俺たちの戦う理由さ」
「なにかなんだかわからないけど......でも、わかりました。それが葛城さんの信念ってヤツですよね。だったら私も......と言いたいですけど、これから見つけていきたいです」
俺と向き合う彼女の目の奥底に、光が見える。
太陽にも似た、強烈な光。そんな輝きを見たのは、アイツ以来だ。
「まだまだ時間はある。だから、焦って答えを出す必要は無い。じゃ、そろそろ食べないと状況を説明する時間が無くなるよっと」
立花響の皿に肉を更に追加する。
彼女の言い分を聞く前にその場から離れて、俺は平穏な食事を摂った。
◇
会議室。
葛城巧、万丈龍我、立花響、風鳴翼、風鳴弦十郎、オペレーター数人。
今日日ノイズとナイトローグ撃退に関わった者達が揃ってテーブルを囲んでいた。
先程の賑やかな空気とは違い、物々しさを感じる静かな雰囲気に転じている。
「まず初めに、シンフォギアシステムについて説明をさせて貰おう。了子君、お願いしてもいいか?」
「サクライ......リョーコ? 誰だそれ」
万丈龍我の一人言に、弦十郎は白衣の女性に目線をやる。
「はいはーい! 私が櫻井了子でーす! この場で知らない人も是非名前を覚えてね!」
今までの雰囲気を吹き飛ばすかのようなテンションの高い声と共に、眼鏡を整える女性ーーーー櫻井了子が、手元に持っていたタッチパネル式の機械を操作して空中の立体モニターに映像を出していく。
「これからシンフォギアシステムについて基本的な事を話していきますね! 分からなかったら、どしどし手を上げて質問してねー?」
「はーい」
万丈龍我と立花響の返事に合わせて、櫻井了子はモニターの映像を切り替えていく。
「ではでは、シンフォギアを解説していきます。シンフォギアとは、簡単に言っちゃえばノイズを倒せる装備ってことね。シンフォギアは装者......つまり、装備している者の歌をフォニックゲインと呼ばれるものに変換し、ノイズの位相差障壁を調律して効率よく攻撃を与える事が出来るのです」
過去の風鳴翼がノイズを剣で斬り裂き、次々灰にしていく。
「つまり......?」
「歌でノイズをこちら側に引っ張り込んでぶん殴る事が出来るという事だ」
和歌とロックが調律されたメロディーに合わせて歌を口ずさみ、鬼気迫るような太刀筋で数百の剣を飛ばし串刺しにしている。
「成る程......? ん、じゃライーーーー」
「俺たちの事を入れたら面倒くさくなるから、一旦頭の隅に置いといて。この後説明するから」
万丈龍我の上げようとした手を葛城巧が慌てて抑え込む。
その横で立花響が手を上げる。
「フォニックゲインって何ですか?」
櫻井了子はモニターの映像を切り替える。
人体を簡易化した絵と心電図のような緑色の波形が描かれている。
「個々が持つ歌の力の総称ね。一人一人、波形が違うのよ。なので聖遺物が適合するのはとても稀少なのです」
その上に、ペンダントの絵とオレンジ色の波形が映される。
「......聖遺物?」
「貴女が持っているガングニールや彼女の持っている天羽々斬といった、歴史上に残る古代遺物のかけらね。君や彼女の持っているペンダントの中に埋め込まれている。それを歌で増幅して起動させた姿が、あの姿って訳」
ペンダントの波形と人体の波形が重なりあい、シルエットが切り替わり、シンフォギアと英語で表示される。
「............私の身体は大丈夫なんですか?」
「貴女の身体は健康そのもの!まぁ、気になるのはそこじゃないよね」
また映像を切り替え、今度はX線で投影された画像が映される。
「これは......」
立花響は、絶句する。
そこに映し出された胸部は、心臓とそれに複雑に絡みつく物体だった。
「君の心臓に聖遺物が細胞レベルでくっついている。悪いけども、こうなっちゃってると取りようが無いのよ.........それに分かった事があるの。この聖遺物を調べた結果、天羽奏ちゃんのガングニールと一致したわ」
映像を切り、櫻井了子は目を伏せる。
立花響が呆然としている中、葛城巧は手を上げる。
「............天羽奏って確か、風鳴翼の相方だった人物。もしかして彼女も......シンフォギア装者だった?」
「ああ」
苦虫を噛んだような表情をしている風鳴弦十郎に、葛城巧は自身が持っている機械を接続していいのかを聞く。
了承を得た葛城巧は、バイクの畳んだような造形をした5cm程の厚さの携帯端末を取り出し操作する。
「では、ここからは巧ちゃんに変わろうかしら?」
「ありがとうございます。ここからは俺たちの事情を交えて、ビルドシステムの話をしましょう」
モニターに映し出されるは歯車を半分に分割したマーク、その下にビルドシステムと英語で書かれている。
「......俺たちがビルドシステムを手に入れたのは2年前。あのライブ会場での惨劇のゴタゴタの最中桐生戦兎に連れ去られそして、人体実験を施されました」
クリーム色のロングコートを着ている桐生戦兎と呼ばれた男性の画像がモニターに表示される。隣には、ナイトローグの全体像が並ぶ。
「人体実験?......もしかして、ビルドシステムを扱う為にか?」
「とある聖遺物から発生するネビュラガスと呼ばれるものを吸う事で、ビルドシステムは扱えるようになれる」
風鳴弦十郎は、葛城巧の目を見て問う。
「......それは一般人が吸っても大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない。ネビュラガスに耐性のある人間じゃなければ、必ず炭化し死に至る」
この場に居た全員が二人に注目する。
その言葉が本当ならば、と。立花響は思わず声を上げる。
「......そんな、じゃあ万丈さん達は!」
「稀少な成功例という訳だ。俺たちが連れ去られた人体実験施設では、どれだけの灰を見た事か」
葛城巧は目を細め、静かに語気を強めていく。
「そこから奴らが大切にしていた物を幾らか盗って、俺たちは抜け出した」
「それがあの機械と紫の銃、擬似聖遺物ボトルを持っていた経緯か」
葛城巧は首を縦に振り、肯定して端末を操作する。
映されるは白い色のパネル状の物体とボトル状の物体。
「奴らが言うには擬似聖遺物ボトルなんて名前じゃなくて、フルボトルと呼ばれるものです。白色のパネル状の物体......これは完全聖遺物パンドラパネルと呼称されています。この地球のエレメントを吸収し一つの容器へ圧縮させるものですね」
「つまり......擬似、いえ、フルボトルは聖遺物って事ね」
櫻井了子の眼鏡が僅かに傾き、レンズから光が淡く反射する。
次々に虎、タコ、機械、スマートフォンといった幾つもの絵柄が刻まれたボトルが連続してモニターへ浮かんでくる。
「成る程、強制的に聖遺物と融合する事でノイズに対抗出来る......か。響君と方法は違えど、似ているな」
風鳴弦十郎は立花響と万丈龍我を交互に見て、腕を組む。
「一つ、欠点がありまして。どうやらネビュラガスとフォニックゲインは反発し合い中和して、ネビュラガス由来の能力が低下してしまう。桐生戦兎もそれが分かっているからシンフォギアを消そうとしている、彼の唯一の弱点だからね」
先程のネビュラスチームガンを突きつけられた立花響の画像へ切り替わる。
それを見た当の本人は僅かに息を呑む。
「桐生戦兎はナイトローグとなり、今後の障壁となり得る君達と我々を抹殺しようとした......か」
顎に手を当て、目線を葛城巧に戻す風鳴弦十郎。
何かに気づいたのか、身体を動かそうとして。
「だったら、先程対峙した仮面ライダービルドとは何だ!」
遮る剣呑な大声に、誰もが立ち竦む。
隙を逃さずその声の主、風鳴翼が葛城巧へ急接近して胸ぐらを掴む。
「盗んだ設計図の中にあった、ビルドドライバーのアップデート用アイテム【クローズドラゴン】を俺が改良して【仮面ライダーシステム】として造ったものだ......手を離してくれ、話がし辛い」
葛城巧はそう抑揚を抑えた平坦な声で、風鳴翼へ語りかける。
目は胸ぐらを掴み続けている彼女へ向けたまま、じっと見つめる。
「ただ、君と仮面ライダービルドを戦わせたのは俺の指示だ。過去にビルドと何かがあったのかは俺の知れる所では無かった。それでも、君の心を傷つけたのなら......すまなかった」
掴まれたまま、不恰好ながらも頭を下げる。
平坦ながらも、僅かに謝罪を述べる声が上擦る。
「......ッ」
耐えられなくなった風鳴翼は手を離し、部屋の隅に移動する。
何事も無かったように身なりを整え、葛城巧は話を続ける。
「ナイトローグと戦うにはパンドラパネル由来の力だけじゃないモノが必要だった。奴は5枚のパンドラパネルを自在に操り、フルボトルも俺たち以上に持っている。どう足掻いても、奴の多様過ぎる戦術に対応できない」
モニターに青と緑が2枚づつ、そして赤のパンドラパネルが1枚映り、夥しい量のフルボトルが部屋中に散りばめられる。
「パンドラパネルが生成する空のボトルは、地球上のエレメントを何でも吸い込める」
葛城巧は何も描かれていないフルボトルを取り出し、白紙の紙へ向ける。
すると白紙の紙が粒子状になりフルボトルへと吸い込まれ、フルボトルは紙のような絵柄が彫られる。
「俺はこの特性を活かして、他の強力な力を取り込み新たな仮面ライダービルドとする計画を立てた。力を探すために国家機密のネットワークへハッキングし、シンフォギアを知った」
葛城巧は風鳴弦十郎へ微笑む。
嘲笑うでもなく、微笑む。その意味を理解した弦十郎は、ポツリと静かに語る。
「一度、国家機密に侵入の形跡があり既存の方法での追跡を試して、それでも尚正体を突き止めることが出来ず、捜索を断念した一件があったのだが......それが君達だったのだな。諜報専門である我々の追跡を逃れるとは大した技術力だ」
そっと目線を向けられた当の本人は澄ました顔で懐から青色に輝くフルボトルを机上に置く。
「計画を練ると共に、シンフォギアと共存するビルドシステムを構築する必要があったのです。その初期段階として、ビルドシステムの前身であるカイザーシステムとシンフォギアシステムを融合させる必要があった。だからこそ、天羽々斬のエレメントを獲得するために風鳴翼と一度戦わなければいけない」
隣に青い歯車を横に見立て彫刻されたフルボトルと似た形状の物体と、同様に虹色の歯車が刻まれた黒い物体を置く。
「これは天羽々斬のエレメントを10分の1だけ移した擬似フルボトル通称【ギアボトル】と、分解したノイズの灰のエレメントを濃縮した【ノイズボトル】」
「なぜ【ノイズボトル】が必要なのだ?」
当然の疑問。
エレメントを活用するならば、ギアボトルで十分だと誰もが思っている。
ノイズボトルという異物を混入させる意味が万丈龍我以外には分からなかった。
「ネビュラスチームガンのシステム回路を改竄し、通常の手段では起動する事すら出来ないカイザーシステムへのキーとするためです。
他の物と融合して莫大な力を得る事を前提としたカイザーシステムに、見事に天羽々斬が融合出来ました。......しかし、対極にあるモノ同士の無理な融合なのかネビュラガスの中和が激しく、一戦使えれば良い方です」
切り札であり、奥の手である事を葛城巧は伝え、一礼をする。
「カイザーシステムを起動させる事、仮面ライダービルドを創り上げる事、そしてシンフォギアを運用している貴方達、特異災害対策機動部2課の元に辿り着く事を目標にこれまで行動してきました。全ては元凶であるファウストを倒す為に、俺たちのような人体実験の被害者が生まれないように」
風鳴弦十郎は軽めの音を立てて、拍手をする。
「......ここまで計画を練っていたとはな。感心する」
「ここに辿り着くまで2年かかったんです。当然ですよ」
風鳴翼の刺々しい視線を切って葛城巧は言い切る。
その他外野の二人は、話の内容を理解出来ず呆けていた。
「では、本題に入ろう」
眼を細め、眼光を強めて葛城巧に改めて風鳴弦十郎は問う。
「葛城巧及び万丈龍我殿。我々と協力して、人々を脅かす存在から守ってくれないか?」
対して葛城巧は飄々とした表情を崩さず、和かに。
なんて事もなく、ただ当然と決め付けるように答える。
「そのつもりです。俺達はその為にここへ来たんですから」
その言葉に、風鳴弦十郎は頷き。
「改めて、特異災害対策機動部二課へようこそ。仮面ライダービルドそしてストレンジブレイザー」
大雑把なOKサインでの歓迎を締めに、約2時間程の会議が終了した。
音声ログ001
再生開始
「俺たちは何とか、特異災害対策機動部二課の協力を請う事が出来た」
「ストレンジブレイザーも実用段階に入り、ようやく次のステップへ進められる」
「......だが、これからの問題点はライブ事件の黒幕の目的だ」
「ネフシュタンの鎧も恐らくは既に黒幕の手に渡っているとすれば、次の目的は立花響だろう」
「聖遺物との融合を果たしている彼女を分析すれば、融合するメカニズムを理解してネフシュタンの鎧を十全に操る事が出来る」
「それまでに、二課の最深部に保管されているだろう例のモノを早く手中に収めなければならない」
「現在、万丈にはドラゴンのスクラッシュゼリーを持たせている」
「スクラッシュドライバーの最終調整には、まだ戦闘データが必要だ。フォニックゲインによるハザードレベル低下に耐える調整をするには時間がかかる」
「俺はその時までまだ生きれるだろうか?」
「......」
「...........」
「そんな事を考えている暇があるなら、俺自身に課せられた使命を果たせられないだろうよ」
「先ずは立花響の聖遺物ボトルの解析を急がなければ。2年前に得た天羽々斬、ガングニールのボトル、その解析に用いた技術を駆使すれば1日も掛からずにギアボトルなどに応用できる」
「それに、第二号聖遺物『イチイバル』の行方も気になる。この件で明らかになると良いが......余り期待しないでおこう」
「万丈龍我のハザードレベルも、あれの使用に耐えうる領域まで育てなければいけないのか......やることは山積みだな」
「......いいところに万丈が居る」
「万丈! お前、風鳴翼の名前間違えるなってーーーーー」
「えっ、仮面の中のメモに書かれた漢字が読めなかったって?ーーーーー」
「------ー」
再生終了