真っ白で何も無く、天と地も境目が曖昧。
自分という自分がこう空気のような。
大気に馴染んで広くなって。
全てがボヤけて、溶けて混ざっていく。
意思だけはハッキリとしているのに。
動こうとしても、身体が無くて動けない。
《フェニックス》《ロボット》
《スーパーベストマッチ!》
テンション高い男の声。漂っている身体がぐんと下に引き寄せられる。終着点には、一つの黒い孔があった。
その孔は吹き荒れる風を伴って、大気を巻き込む。
勢力は次第に増し、黒い孔の直径を拡げていく。
宇宙の解説本にあったブラックホールみたいだった。遍く光を全て呑み、総てを重力の捻れで圧壊していく、宇宙の墓場。本はそう解説していた。
私はなす術も無く、やがて大気は暗黒に塗り潰された。
幸いにも摺鉢で全身の神経を摺られる拷問以上の苦痛は無く、代わりに人間の金切り声と大音量の爆発の音に私は意識を集中する。
暗雲が空に、それすら穿ち高く聳え立つ山の麓にあるトンネルには、緑色の道路標識。『この先東京』と添え書きされた上矢印、その根本には白い怪人が蔓延る。
高速道路のど真ん中で、車も乱雑に止まって沢山の人々が私の後に走っていく。
耳が痛くなる程の悲鳴。
今人々を襲っているのは真ん中が紫に染まった空色のツナギを着た頭真っ白の怪物。それが遠くに見えるトンネルから、白い塊と見間違えるような集団となってやって来る。
「く、来るなぁっ!?」
私の手の届かない距離で、若い男性が白い怪物に首を掴まれる。
途端、男性がプツリと糸の切れた人形みたく道路に倒れ込む。その様子を見て男性に興味を無くしたのか、ゆらゆらと千鳥足で人々へ進行する。
ファンタジーにでも出てきそうな悪魔の顔。後頭部から生えた触角が目に突き刺さっているのは、生理的に受け付けない醜悪さだった。
手には三叉槍が握られている。それを振り回せばどんな被害が出るなんて、想像してしまう。
考える暇なんてない、今出来る事は人を救う事だ。
私には救う力がある。奏さんから貰った大切な物を。今だからこそ使わないと!
意思から溢れ出る力。暖かくて、それでいて強い光は私を導いてくれる。風よりも軽い足で白い塊の中心に突っ込み、適当な頭を思いっきり踏んづける。
ガングニールを纏い、私は歌う。
「私ト云ウ音響キソノ先ニ」
私の存在に気付いた怪人達は槍で一斉に突き刺しに掛かる。でも、スローモーションで見える槍の軌道は簡単に読める。
「突っ走れ 例え声が枯れても
突っ走れ この胸の歌だけは......絶対たやさないッ!」
腕の装甲の丸みと硬度を生かして攻撃の力を削いでいなし、装甲を腕に沿って開放展開する。露出した内部機構が回転を始め、激しく空気を巻き込み速度を増しーーー最大限に高まった事を確認、握り拳を怪物目掛けて振りかぶる。
装甲に収納されていたナックルガードが拳と共に怪物の白い頭へ捻じ込まれていく。
「一点突破の決意の右手ッ!」
止まらずに腕と腰の推進機構を点火。空へ飛んでいきそうな勢いを利用して白い怪人を何体も巻き込んで群れの外まで突貫、最後に身体を回し巻き込んだ塊を群れへ返す。
バラけて落ちていった塊は、怪人を下敷きにして足並みを崩し、進行を遅くしている。
「大丈夫ですか!?」
襲われていた先程の男性を見遣る。
手を伸ばそうとした、後もう少しの瞬間だった。
「グアァグェッ!!」
男性が不意に奇声を上げ、脚の力だけで起きる。
上体がしなり、やや前のめりに態勢を変える。その眼は、虚で。すぐに白い悪魔のような顔へ変貌する。服も怪人と同じツナギへ変質していた。
その光景に思わず息を飲む。
怪人が触れて興味を無くした時点で気づくべきだった。なぜ彼らは人間を襲うのかを、もっと考えなければいけなかった。
人間を襲うのは、仲間を作るため。興味を無くしたのは仲間になったから。集団で行動しているのはそうやって白い怪人が人間を変化させてきたお陰。
今周りにいるのは、元々人間。
女の子や男の子、青年や少女。男性や女性。大人、子供。尽く、人間から理性の無い怪物に成る。
「恐ろしくても 立ち止まれない 残酷に時は 未来へと刻んで」
治せる手立ては思い付かない。
この拳は、何も役に立たない。
ブン殴る事しか、私の後ろにいる人々を守れないとしたら。さっきまで振るえた力を翳す気にはなれなかった。仇なす者も人間なんだから。
さっきまでの攻撃を何も思わず、槍を構えて歩いてくる白い怪人達。
「真っすぐ......みつめる事が出来なくて
ポケットへと しまいこんだ いい訳みたいな笑顔」
胸の中から溢れ出る歌も、彼らを止める手段にならない。
私が取れる手段は、歌での囮。シンフォギアは頑丈だから、奴らの攻撃なんて受け止めきれるかも。
歯を食いしばって目を瞑る。
来る瞬間が分からなければいつまでも踏ん張れる。痛みだって通り過ぎる物だ。耐えれば怖い事は無い。
風切り音。
予想した一点集中の鋭い痛みを想像して、腹部に鈍い衝撃が走る。肺から空気が漏れる。尋常じゃない熱さに、思わず目を開く。
いたのは、中学校の頃の制服を着た女の子達。そして、黒板に、教卓。幾つもの学習机と椅子が端に積み上げられている。
身に纏っていたシンフォギアは無く、代わりに中学校時代の制服を私は着ていた。
右にも、左にも彼女達は私を観ている。
嘲りを含んだ笑顔、軽蔑して失望している仏頂面、仇だと酷く憎しみを抱いている敵意。悪意が私を取り囲んでいる。
一人が叫んだ。
「こいつ、他人を犠牲にして生き残ったってなぁッ!」
死に物狂いで生きようとしたんだ。
深く刺さった拳に、胃の中の物が逆流しそうになる。
「何を能天気にヘラヘラと笑って過ごしているんだよッ!」
もう一人も叫ぶ。
亡くなった人達の分も、一生懸命頑張って生きてるのに。
太腿を蹴られて、体勢が崩れる。
「私達の大切な人を返せッ! この人殺しィッ!」
勢いに乗せられた、誰かも叫ぶ。
私は救われたんだ。だから、その為に戦おうとしていた。
頬の骨が軋んで、視界が白と黒に染まる。
「死んで償って、地獄で詫びろよォッ!!」
愉快と笑い、叫ぶ。
チカチカと夥しい星が幾度も瞬き、瞼が次第に開かなくなる。
未来と見たかった流星群がパァっと私だけの夜空に、光の筋をつけていく。
『おい、何をやっているんだ。そんなに人をタコ殴りして楽しいか?』
【KAMEN Ride FORZE】
ふと、夜空にピンク色の星が間近で輝いた。
不思議と優しそうな男性の声が星から聞こえる。
【Attack Ride Medical Module】
右腕に一瞬鋭い痛みが走り、何かが注入されるのを感じる。
『それにだ......お前も何故抵抗しない』
あれだけ開けなかった瞼が上がる。
声の方に向くと、白い学ランを着た黒髪の男の子が、私を殴っていた女の子の首根っこを掴んでいる。
スボンには黒い革ベルトじゃなく金属質の光沢に似た銀のベルトが通されて、バックルの部分には白い機械がベルトに接続されていた。
『出来ない理由は大体分かるが』
視線に気づいた彼は女の子を突き放して、端正な顔をこちらに向ける。
爽やかさは無いけど、何処か達観した橙色の眼。翼さんみたいな戦士の、戦う覚悟を決めている強い視線。
『絶望するな、この先には希望がある。掴みとる気があるなら、手伝ってやる』
不意に差し出された手。
単純な善意で、彼には何てことない行為だけど。胸の奥がほんのりと暖かくなって。それを絶やしたくなくて。
私は迷いなくその手を掴んで立ち上がる。場所はまた、あの道路に戻っていた。
「あの人達を助けたいんです。どうしたら良いですか?」
『それだったら、うってつけのがある』
【KAMEN Ride EX-EID】
彼は二枚のカードを懐から取り出し、腹の白い機械に入れる。するとピンク色の人の絵が描かれた黒い板が彼の身体を通過した。アニメで見た、姿が一瞬で別の物になるシーンが頭に思い浮かぶ。シンフォギアを纏う時は光って直ぐにそれがある感じだから、あんまり実感が湧かない。
【Form Ride EX-EID Maximum Gamer】
ともかく、彼は先程の制服から一変して別の姿へ成っていた。
漆の上品な黒から、現代風のショッキングピンクに染め上がった髪。蛍光グリーンの電子回路が張り巡った、黒いコートを羽織っている。時折風が靡き、地味なグレーのトップと、ド派手なオレンジのボトムスが覗く。
『......こいつじゃこうなるのか。いいか、良く聞け。ここはお前の精神世界だ』
彼は白く縁取られたサングラスを装着して話を続ける。
『今、お前はネビュラガスに侵され自我を失いかけている。ガングニールとやらが意識を隔離して人格を守っている、それが今のお前の現状だ』
ネビュラガス? そういえば巧さんが、フォニックゲインがネビュラガスをどーのこーのって言ってたような。
ネビュラガス。そうだ。
未来があの赤い蛇に連れ去られて、あいつが置いていたメモを頼りにして郊外の倉庫街に行ったんだ。けど、その先は思い出せない。
『このままじゃネビュラガス......この世界で言えば、あの白い怪人、ネビュラバグスターに倒されて人格を失う事になる』
「それって死んじゃうって事じゃ......」
『ざっくりそんなとこだ。それに怪人もお前の一部......人格を司る主格じゃないが雑多な記憶が象った物だ。無理に倒せば些細な約束事が思い出せなくなる上に、触れてしまうとお前のトラウマと感応してガングニールが強制的に解除されて無防備になってしまう』
つまり、さっきの状況は彼が居なければ詰んでいた。
自分の軽率な自己犠牲で自殺紛いな行動をしてしまうなんて、どれだけ愚かで滑稽だろうか。全身の血が引いて、悪寒が走る。
『完全に状況を理解出来たみたいだな。ここからは現状打破の手順を伝える』
「彼らを元に戻す方法は有るんですか?」
『ああ、リプログラミングを使えば戻せる』
リプロプラミング?
何を指す言葉?
専門用語......だよねェ?
「なんですか、そのりぷろナントカって」
『奴らをバグスターとネビュラガスに分離、再構成する事だ。只のバグスターになりさえすれば俺の力で助けられる』
ネビュラバグスター。バグスター、ネビュラガス。
私は考えるのをやめた。これ以上分からない言語を理解しようとしたら確実にオーバーヒートする。余計な情報は入れないでおこう。
「ネビュラ、ガスでしたっけ? それはどうするんですか?」
『お前が歌って、一つに固めて撃破する。簡単だろ?』
さっきまで全然効いていなかったのに。
分離した所で本当に効くのだろうか?
「でもここまで散々歌ってきましたよ。けど効いて無かったし......」
『無理を無理なくこなすのが俺の役目だ。準備しろ、そろそろ奴らも痺れを切らす所だ』
【Attack Ride GASHACON KEY SLASHER】
白い機械へまたカードを入れて、
構えずに足元へ切っ先を下し、何食わぬ顔で歩いていく。
三叉槍の攻撃は僅かに半身へ寄せて躱し。空きの胴体へ斬り込まれた剣によって、横へ
余りにも流麗な、無駄のないカウンター。
振り切った剣先に居たのは白い怪人。白みかかったピンク色の光が一瞬にして迸り、貫いていく。そのまま彼は一文字の回転の勢いを利用して怪人を撃ち抜く。
地面に転がる、六体の怪人。
黄土色の煙を出し頭の色が変色して、鮮やかなオレンジ色になっていく。
自分が攻撃をして通じなかった白い怪人を、六体。
『カウントダウンだ。お前の歌を、奴らに聴かせてやれっ!』
数のハンデを物ともしない戦闘の技術は桁違い。
私じゃ到底到達出来ない域に彼はいる。と、嫌でも肌から感じる悪寒に私の直感は恐怖を選択している。
怖じけるな。へいきへっちゃらだ。
今の私が出来る事を全力でやり通すまでッ!
陽光に限りなく似た光が、私の内側から衣服を吹き飛ばし発した。
私の影は、ギアペンダントから展開されたシンフォギアを着装する。紡ぐ旋律は影を引き寄せ、一糸も纏っていない身体と一体化。
急所を護る機能性を重視したプロテクトスーツ、手足には強固な装甲。ノイズを倒す為に造られた盾と矛が装備される。
アームドギアは無い。手を開いて戦わない意志を示す。けど、戦わない事が逃げる事だとは思わない。私はここに立って、困っている誰かを救う。たとえ私が傷ついても、それで皆んなが傷付かないならッ!
「思いを貫けッ! 3・2・1 ゼロォッ!」
彼は再び動き始める。
撫で斬り、回し斬り、一つ一つの動作で複数の怪人を剣で斬る。
「難しい言葉なんて いらないよ 今わかる 共鳴するBrave minds」
真っ白なキャンパスに橙色の絵の具を塗り潰さんとピンク色の絵筆が軌跡を描く。彼は笑みを浮かべながら、数多の怪人を倒していく。
「その場しのぎの笑顔で 傍観してるより
本当の気持ちで 向かい合う自分でいたいよ」
撃ち抜いて。
切り裂いて。
割り開いて。
「Get to heart! Get to heart! 一撃よ滾れ」
怪人の身体からどんどん溢れ出てくる黄土色の煙。あれがネビュラガス。私を蝕む悪の根源。彼は歌で鎮められると言った。
煙の流れが丁度道路標識辺りの一点に集中してきているのを見逃さない。
後はタイミング。彼が全ての怪人をネビュラガスと分離させた瞬間こそ、火力を叩き込むチャンス。ただ距離が遠すぎて、その位置に辿りつけない。
推進機構を使えば行けるけど、その分威力が下がる。多分、最大威力じゃないとネビュラガスを倒すのは無理な気がする。
何かいい方法は......
『ネビュラガス溜まりの場所は見えたか?』
「ひゃう!」
とても自分から出たと思えないものが喉から漏れた。
そりゃ、耳元で重低音が囁かれたら誰だってそうなる。絶対。
『なんだ?......もっと気を引き締めろ。で、ネビュラガス溜まりの場所は見えたのか?』
「【この先東京】って書かれた道路標識辺りに」
『きちんと見えているみたいだな。俺がお前の跳べる限界付近に足場を作成して、確実にぶん殴らせてやる』
【Attack Ride Jump kyouka,kousokuka】
二枚のカードを入れていたのはちらっと確認していたけど、投げる素振りをしているのはなんで?
投げる事で成立する......足場を作成......彼には武器がある。
「......まさか足場って、まさかのまさかですか?」
『それが一番手っ取り早い作戦......問題解決手順だな。バグスターも起き上がってくる、決めるぞ』
ああッ!もうッ......さっきから強引だよこの人。やるならやるを押し通してくる。でも、やるっきゃないか。
脚部パワージャッキを地面に、右腕部装甲を開放ーーーーよし。
「行きますッ!」
風を切り、身体が跳ね上がる。
猛烈な浮遊感を全身で受け止めながら、ぐんぐんと飛距離が伸びていく。
「解放全開ッ! イっちゃえHeartのゼンブでェェッ!」
加速が終わり重力に引かれそうになる刹那、足元が黄色く光る。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。理想的な足場がこの瞬間にやってきた。
再び、跳ね上がる。狙いはネビュラガス。
全てのガスを吸い込み、朧げだった輪郭がはっきりとしていく。
人型に象られた白を基本に黄のラインを各所に散りばめられ。
手足は無く、他人を傷つける事が安易なパーツがぬらりと照るそれを見て、私は一目で兵器だと判る。
右腕を構えて、内部機構を最大限に稼働。
私の胸に宿る思いはただ一つ。
「こっから出て行けッ! 私の中からァアァァッッ!」
ナックルガードが兵器に突き刺さる。
柔らかく嫌な力が逆巻き、人の形を消し去っていく。フォニックゲインの奔流が、ネビュラガスを浄化する。破滅の嵐が、黄土色の霧を空中で散らして渦巻き、留まる事なく空高く中天を突いて、やがて消えた。
そして訪れる衝撃波。ピンク色にも見えたそれは、心地良くそれでいて安心できた。何故なら、彼が起こしたモノだと確信をしているから。
浮力を失った私の身体は引力に成す術もなく落下する。
モノも、人間も、山も、全てが遠くへ、黒色に塗り潰されていく。
【Form Ride Wizard Hurricane Dragon Style】
世界の崩壊。
天も地も、境目は消えて。私は唯のガングニールへ還る。
加速度を増す風景を背にして、緑色のタキシードを着た彼が私を見上げていた。ブラックホールに似た荒れる風に彼は身を任せて上昇している。
『終わったようだな。この世界での俺の役目はこれで終わりだ』
深い溜め息を私は吐く。
かのじょのしあわせを守れたコトに。
上下が逆転する。
【Attack Ride HOPE】
彼は見下げながら、私に眩い光を落とす。
その光はとても暖かく、様々な希望を秘めているように感じる。
『そいつはどうしようも無くなった時に、新たな力をくれる魔法だ。使えるようになったら、また会おう。現実でな』
遠くへと飛立つ彼。
そういえばーーーー
「名前、あなたの名前はーーーーー」
『通りすがりの旅人だ。覚えておけ』
それが本当なのか、夢なのかーーーー私には分からないけど。ありがとう、旅人さん。また会える日まで。
報告書No.10
作成日時:20XX/05/XX
作成者:角谷 純一
1
都内地下メトロに発生したノイズの掃討及び生存者確認の為、万丈龍我特殊戦闘員一名が2課より派遣。
掃討は概ね完了。生存者は0名。
付近の公園にて地下まで大穴が開き、半径1kmのクレーターが発生する被害はあったものの情報統制に支障は無い。
2
ノイズ掃討作戦と同時期、郊外の港にてノイズ発生。
葛城巧特殊戦闘員一名が2課より派遣。
掃討は完了したが、ノイズの攻撃により付近の引火性物資が爆発。
周辺の避難は済んでおり、人的被害は無い。
情報統制に影響無し。
【秘匿情報】
葛城巧特殊戦闘員、生存確認できず。
万丈龍我特殊戦闘員、戦闘能力喪失。