万丈は居なくなった。
謎の青い光により、吸い込まれて消えた。消えたんだ。
俺は今何をすればいい?
あいつが吸い込まれた穴はまだ、ある。
だったらやることは一つ。あいつを救いだすことだ。
だから、どいてくれブラッドスターク。
今、
ーーーーーああ、思い出した。俺は今、変な穴から抜け出して上空に放り投げられていたんだった。って、俺は
「飛べるわけがないだろっ!?」
上空俯瞰視点の街が見える。ちょっと近代的な感じの、まさに現代の風景が映っている。なんか、あのモノレール見たことがあるような無いような、ってかそうしてる内に地面がーー
「見えたぁア?!」
微妙に知っている天井が俺を出迎えてくれた。
ーーーーーーーー
ここはどこと、微妙に情報が不足してイマイチ状況が飲み込めない。ジェットコースターに乗って急転直下して極度の恐怖に晒されて、気絶したような。古いテープが映像の工程を一つ飛ばした違和感。
ベッドの白いシーツを捲り、辺りを見回す。
レンガとセメントで作られた壁。一人用のベッド。上に出る螺旋階段と、寝室から続いている大きい部屋。どうにも知っている場所に近い雰囲気を感じながら、側の丸机に置かれていた俺の愛用ジャケットを羽織り、そっちへと向かうことにした。
大きい部屋にはあの地下研究所と同じく、小型のフルボトル浄化装置と高性能そうなパソコン、造るための工業用工具があった。
「夢? にしちゃ、現実味がありすぎるっていうか、どうにもねぇ」
とても頭がすっきりしている。微妙に強付いた身体を伸ばして、解していく。馴染んだ音が腹から搔き鳴らしていく。鼻が肉の焼けた匂いを嗅ぎつける。螺旋階段の方からだった。
階段の始めに置いてあった俺の靴を履き、出口にあった冷蔵庫の扉を開き外へ出てみると、そこにはただのリビングが広がっていた。
キッチンから見渡せる大きな窓から、青い空と日光が射し込んでくる。
「......喫茶店じゃないのかよ」
キッチンにあったカツを挟んだサンドイッチを喰いながら、隣の起き手紙を読んでみる。『おはよう万丈。今日からここが俺たちの拠点になる。俺は今外出中だから、お前に伝えたいことがあってこの手紙を書いた。まずはテレビを付けてニュースを見てくれ』
多分、戦兎が書いた手紙に従ってリビングにあるテレビを点ける。大体23インチの画面には天気予報が流れていた。
『午後からも晴天の予報ですが、にわか雨には気をつけてください。では、全国の気温を見てみましょうーーー』
女性アナウンサーに切り替わり、指さし棒で指されていく日本を象る地図に描かれた、仙台、広島、北海道、大阪、沖縄、そして東京の文字。俺が知っている東都、南都、北都の三つに分かれた独特な地図は無く、ひとつながりの島国が出来上がっていた。
情報が食い違って混乱しかかっている頭を回し、戦兎の置き手紙の先を読んでみる。
『驚いたか? 俺も驚いたさ。でも、ここはスカイウォールの惨劇が起きていない平和な世界だ。ある事を除いてな』
乾いて霞みかけた目を強く閉じて回復させながら、テレビのリモコンを適当に押していく。丁度昼時なのか、古めのドラマやバラエティが映る中、一つの特集のコーナーが放映されているバラエティを見つけた。そこには、『都市伝説! 怪人と仮面のヒーロー』と大っぴらに書かれたボードの前で討論するというコーナーらしく、辺りにいる進行役がボードに貼り付けられた写真をクローズアップしていた。
赤と青の混ざりあった鎧と仮面を身に纏い、素手で角張った怪人と闘っている1シーン。姿が変わり黄とライトグリーンを纏い、忍者らしい怪人を撃破する所の1シーン。
『最近、彼らが日夜問わず戦っている目撃情報が増えておりまして。私はアクション映画のワンシーンを撮っているのかと思いましたが、カメラが居ないそうで、これらの写真は皆様方のカメラによりなんとか収められました』
俺の記憶では脱獄犯だった俺を救った為に、指名手配犯として東都全域に報道されていた。どうやらビルドは世間一般には知られていないようだ。
『なんだか個性的なヒーローですねぇ。しかも、これらは同一の存在らしいと聞きましたが?』
片一方の聞き手役はあたかもらしい評価をし、コーナーを進めている。ガヤの声がうざったく聞こえてくる。
『ええ、これを見てください』
進行役が大型ディスプレイの方に指を差し示す。丁度良く流れ始めた映像は、どうやら夜中らしく暗闇に包まれている。その中で対峙する赤と青の仮面と俺が素手で倒したスマッシュと同じタイプの奴がいた。
スマッシュは攻撃を仕掛けていくが赤と青はいなし時折青の脚で重い一撃を放っている。放つ度に弱っていくスマッシュ、赤と青は隙をみて二つの光を放つアイテムを腰のベルトで入れ替える。
【ニンジャ】【コミック】
完全に弱りきったところでマフラーを怪人に巻きつけ多重に分身した仮面の同時キックが決まったところで映像が切れた。
『しかし、奇妙なヒーローですね。まるで人間兵器じゃないですか』
聞き手役の一言が胸にヤケた思いが募る。自分の中でそう認めてしまうことが歯痒い。でも、あいつは守る為にアレを使っている。なんだか悔しい。
『ええ、ISのような用途も考えられます。もしかしたらその後継機なのかもしれませんね。例えば装着に性別の制限がなくなるというような』
テレビの電源を消す。あれこれ考えるよりも先に、手紙の残り少ない続きを読むことにした。
『ま、それもすぐにわかる。万丈、お前も折角用意した潜入用セットとフルボトル活用しろよ』
by桐生戦兎と締められた手紙から視線を外し、リビングの机に置いてあった衣服と二つのフルボトル、ドラゴンフルボトルとロックフルボトルを確認した。
ーーーーーー
私の目の前には、先日のクラス代表決定戦についての報告書が積み上がっていた。若干の寝不足からかこめかみの辺りに鈍い痛みが走る。
「はあっ」
机の上の紙束が深い吐息で少し移動する。これに書かれているのは弟の戦いだ。評価は初心者ながらもよくやったとしたいところだった。その後の事故さえ無ければの話だが。
「思い出したくないな。あんな出鱈目な兵器があってたまるか」
ブラックコーヒーを一口含み、カフェインの苦味を反芻させる。
報告書を端へ移動させて、新たな書類を作業机のトレーから取り出す。それは『転入届』と書かれたものと、新しく採用する清掃員の履歴書だった。
「転校生『桐生戦兎』。履歴は普通。だがまさか成人した男性が転入するとはな、政府の極秘依頼ということか」
添付された写真には、どこか幼げな笑みを浮かべる男性の顔が映っている。どこか自信満々なのは気にしないでおこう。IS原理研究所からの出張ということで、直にISのデータ取りをしたいからという理由で編入となった。あの天才科学者と肩を並べていた樋口博士の推薦により、IS学園は編入を許可したそうだが。
「面白くなりそうだ」
壁に掛かっている時計の針をみると、そろそろ清掃員の面接する時間が迫って来ていた。清掃員の履歴書に書かれていた名前を確認して、鞄に仕舞い込む。
「『万丈龍我』か、今度こそ決まるといいが」
胸の奥が熱くなっていく。これは恋でもなく、幾度となく感じた戦場での恐怖と緊張感が織り混ざった感覚に似ていた。
ーーーーー
「へっくしょい!」
ズピッと出た鼻水を啜りながら、移りゆく景色を眺める。横浜を出た後に出来上がったこれには、一度でも乗ってみたかった。
「しかし、故郷に居たとはな。あの壁によって阻まれてた影響で中々こっちには来れなかったから、何となく感慨じみて嬉しいような懐かしいような」
横浜湾の水平線の先に見えたバカでかい建物。あれがIS学園、俺が目指している場所だ。先程のアナウンスだと3駅ほどで周辺に辿り着くらしい。
「IS......」
衣類に入っていたスマートフォンには、インフィニットストラトスというものについてのデータが入っていた。略称はIS。細かいところまでは見ても分からなかったが、黒い怪人についての補足がそこには書かれていた。
ISにはバリアが張られており、それを突破するには高い攻撃力を持つ必要がある。そして突破したとしても絶対防御により中の人間を保護している。だから、ビートクローザーの
普通に機械って呼んじゃってるけど、あいつ機械だったんだな。あ、そうか。じゃなきゃ必殺キックで中身貫通して電気なんて漏らさないよな。てか、ブラッドスタークあいつ機械って最初から呼んでたじゃねーか。
「.............」【次はIS学園連絡口です。左の扉が開きます】
ISについて深く考えるのはやめて、青いモノレールの座席から離れて左の扉付近に待機することにした。
ーーーーーー
西日が強い。どうやら今は2013年4月15日火曜日。俺たちの2017年とは、時間すらも異なっている。
訪問ゲートと呼ばれる場所で身元を確認された俺は、衣類に入っていた多分偽物の身分証を提示して、生体情報や
レンガの敷き詰められた道は、遠く奥にある学園というものを指し示している。遠くからでも巨大さが感じられる恐らく校舎であろう建物が目を惹く。
「......今の俺は負ける気がしねぇ」
一つ拳を打ち合わせる音を鳴らし、その奥からこちらに向かう人影を見つける。
タイトなスーツを纏った、鬼のような女性だった。鬼というよりか雰囲気があのナイトローグに似ているような気がして、体の震えが止まらない。あれは強敵の匂いだ。
近づいてくるにつれて、雰囲気の正体が分かった。それは目だ。あれは時折戦兎が見せる戦場の修羅場をくぐった戦士の目だ。鋭いまなざしの中に漂わせる可憐さ、凛とした姿は
「......遅れてすまない、貴様が『万丈龍我』か? 私はオリハタ チフユ、よろしく頼む」と、微妙に上からの目線の挨拶が行われた。
「あぁ、ああ、そうです。よろしくお願い致します。」
気づけばめったに使わない敬語になって、バカでかい校舎の中へ案内された。
途中の会話が、男性が居ないですねとここはほぼ女性しかいないしか無かったところから自分はとても気圧されているのが実感できた。
そして校舎内を少し歩き、応接室に案内される。
扉は機械的に開き、遅れて入る。中はシンプルに観葉植物と白い長机、4つの青い幾何学模様が施された座椅子だった。ロングに切りそろえられた藍色の髪、気迫溢れる釣り目、仏頂面という言葉が似合いそうな女性が横で細い指を揃え、席を指さしていた。
「失礼します」
座席に敷かれた青いクッションの上に腰を落ち着かせ、正面を向くとそこには自分の名前と顔写真、履歴が載っていた紙、通称履歴書なるものが机に置かれていた。事前に履歴書が送られているのには前情報があったから驚かなかったものの、学歴が自分の実際に通っていた高校まで書かれていた。戦兎さんよ、よく調べてあんな。
「年齢は23歳、格闘技を生業としていたらしいが何故ここを選んだ?」
職歴としての総合格闘技人生。嫌な思い出があるが、ここは一つ脚色してみるのもいいかもしれない。ばれたらばれたでどうにかすればいい。
「彼女を養うためです」
彼女との交際のためにもという理由。もう居なくなった彼女だけど、思い出せる記憶はいずれも鮮明なものだ。桜の下で約束したあの日。どこかの公園で笑いあったあの日。そして、彼女が居なくなったあの日。
「ほう、殊勝な事だ。だからこそ、今までの人生ともいえる格闘技を捨て、ここへ来たと」
俺はオリハタ チフユの黒い瞳を見つめる。その眼には「大切にしろよ」というようにも感じ取れる優しき思いの籠った視線だった。
「ええ、俺はもう誰かを失望させるような男になりたくないんです。だから、ここで働かせてください」
頭を下に向ける。嘘を話すには多少の真実を混ぜればいいと、以前戦兎に教わったことがある。死人に口なしというか、ここはおそらく別世界だ。それを確認することもできないから、言ったもん勝ちだ。
「貴様の覚悟の程は分かった」しかしだ、と言葉を区切り、鋭く低い声が発せられる。
「ここはほぼ女子校と言っていい場所だ、彼女が勘違いしてしまう恐れがあるんじゃないか?」
頭に衝撃が走る。物理的にも、精神的にも。どうやら、バレる心配は杞憂だったようだ。
「ふふっ採用だ。貴様のような男に好かれて、彼女は幸せ者だな」
額の赤い痣が残りそうな跡をさすりながら見たオリハタ チフユの破顔した優しい笑みは、どこか彼女の面影を残しているようで、自然とあの時のような胸の高鳴りを覚えていた。
過去に取り残されていた幸せを、再び噛み締めるように。
後に、オリハタ チフユは語った。
あの男は弟に似ていると。