ある日の夕方の、提督と熊野のちょっとした前世話

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生き抜く

「珍しいじゃないか熊野、普段はボディタッチも許さないお前が私をデートに誘うなんて。」

「何を言っていますの提督?ただの散歩ですわ、勘違いなさらくて。」

「ふうん、ただ散歩ならどうして私と一緒に行きたがるんだい?」

「決まってますわ、私一人じゃ迷子になってしまうからですの。」

「誇って言うことかそれ……?」

 

 

夕暮れの呉の港、熊野が「私に付き合いなさい」と言ったのは突然だった

そして私は熊野に手を引っ張られ、そのまま夕方の散歩に付き合わされる形になった

その際私が熊野に手を引っ張られている様を見て、何か金剛が涙目で大騒ぎをしていた気がするが、まあいいや、いつもの事だ

 

 

真っ赤な夕焼けが眩しい午後4時34分、熊野に手を引かれ、堤に沿って歩く私

ふと、熊野の歩みが止まる

歩みを止めた熊野は、ただじっと暁に染まった水平線を見つめていた

その目はどこか寂しげで、悲しそうであった

 

 

不意に口を開く熊野

 

「提督、今日は何の日かお知りになられて?」

「ねのひだよー。」

「ふざけないでくださいまし、私は真面目に聞いているの。」

「11月25日、特に何にもない、いつも通りの日だな。」

「はぁ……何にも分かってらっしゃらないのね……。」

 

熊野は溜息をつく、溜息をつきたいのは無理矢理散歩に付き合わされている私の方なのだが……

 

「そんな察しの悪い提督の為に、特別に教えて差し上げますわ。」

 

ああ、じゃあ早く頼む、もうそろそろ冬だし海辺は肌寒くて辛いんだが

 

 

 

 

「今日は、私が沈んだ日ですわ。」

 

 

 

……え?

し、沈んだ日……?

 

「熊野、お前は今沈んだと……。」

「ええ、そうですわ。私が一度沈み、海の底へと飲み込まれた日。」

「それが今日ですわ。」

 

「ああ、勘違いなさらなくてよ、沈んだとはいえ今の私はこうして人間として生きていますもの。所謂前世と言うものですわ。」

「……そ、そうか。」

 

「……。」

「……。」

 

うわぁ、き、気まずい

よりにもよってトラウマ話か……

 

……でも、なんか気になるな

 

 

「……立ったまま話のは少ししんどいですわね、あそこにベンチがあることですし、座って話でもいたします?」

「あ、ああ……そうだな。」

 

私と熊野は近くのベンチに座る

しばしの無言

聞こえてくるのは波の音だけ

 

……何故、何故いきなり私にそんな事を話したのだろう

大抵の艦娘は前世での最期をトラウマとして覚えている

普通は自分から話したがらない

 

もちろん、彼女もそんなタチだった

全く自分の過去を私に語ろうとしない、むしろ私からそういう話をしようものなら蔑んだ瞳で私を睨み付けてくるほどだ

だから興味を持っても聞かない事にした

 

しかし、しかしだ

今こうして私をわざわざ引っ張り出して、二人きりの状況を作った

そして思わせぶりな様子でさっきの言葉を発したのだ

 

……気になる

……気になる!!

 

 

「く、熊野、何でいk「あら、聞きたいんですの?」

 

静けさに耐えられず口を開いた私を待っていたかの様に口を挟む熊野

その顔には悪戯っ子の様な笑みが浮かんでいる

ああ、こういう性格だから彼女とは話し辛いんだ……

 

「はぁ……ああ、そうだ。そうだよ。」

「どうせあれだろう?お前は私に前世の最期の話をしたいんだろう。」

「あら、お察しがよろしいのね。」

「あんなに話したがらなかったのに……いきなりどういう風の吹き回しなんだ?」

「気が向いただけですわ。」

「わざわざ私を外に引っ張り出しておいて……そんなにお前が話したいなら聞いてやる。さあ、話せ、今話せ、すぐ話せ。」

「ふふふっ、痛快な冒険譚なんかじゃありませんわよ?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

前世の私、すなわち「熊野」は、昭和六年に神戸の川崎重工の工廠で生を受けました。

提督が知っての通り、日本海軍の重巡洋艦として開発されましたの。

まぁでも、その時の私が本当に艦として建造されたのか、それとも今と同じ姿の人間型の機械兵器として造り出されたのかははっきりしませんわ。何せ前世ですもの。

でも、少なくともあの時の私も、今と同じように「艦」の子たちと楽しくお喋りしていたのは覚えていますわ。

不思議ですわよね。どっちにしろあの時の私は意志が存在するはずの無い、ただの戦うための無機物だったはずのに。

確かにあるんですもの、記憶が。

 

生まれたばかりの私は身体が弱くて、沢山の改装、あるいは「手術」を受けてやっと戦えるようになりました。

まもなく私は同じように「手術」を受けて戦える身体になった「鈴谷」と、弱い身体を技術と武器で補った「最上」と「三熊」と同じ所属の部隊になりました。

 

それから、私達「姉妹」は共に戦地に赴き、戦い続けましたの。

そこで、私達は仲間の「死」を見ました。

 

火に包まれ沈んでいく「加賀」さん。

涙を浮かべた「舞風」に介錯されゆっくりと水底へ消えていく「赤城」さん。

死ぬ寸前まで、多聞提督と共に戦い、壮絶な最期を遂げていった「飛龍」さん。

空から落ちていく沢山の爆弾と、沢山の命。

 

そして、私の姉妹であった三熊。

 

みんな、みんな、沈んでいきました。

 

 

それでも私達に、悲しむ暇なんてありませんでしたわ。

だって、日に日に戦況は悪化していて、私達が戦い続けないと日本が負けてしまいそうでしたもの。

 

私達は、次の戦場へ向かわされました。

傷付いた身体を治す暇なんてありません、進まなければなりませんもの。

 

遙か日本から遠い、南国のショートランド諸島のトラック泊地。

出来れば、姉妹全員でバカンスとして訪れたかったですわ。

 

まもなく私と鈴谷は、新しい戦いに駆り出されましたわ。

戦いに明け暮れ、心が壊れかけた私を「比叡」さんや「瑞鳳」が励ましてくれたり、「翔鶴」さんが相談に乗ってくれたり……

みんな、私に優しくしてくれましたわ。

 

でも、やっぱり、やっぱりみんな死んでしまいましたわ。

死ぬ寸前まで武器を手放さず、血で薄くグラデーションのかかった髪を振り乱しながら戦った「夕立」。

旧式で欠陥の多い身体というハンデを抱えながらも、それでも勝とうと必死に戦い続けた「扶桑」さんと「山城」さん。

駆逐艦達を守る為に自ら盾となり、その身が砕けるまで守り続けた「羽黒」。

そして「最上」……まだまだ居ますわ、まだまだ。

だって、今現在提督の鎮守府に所属している子の半分以上が、この戦いで沈んでいますのよ。

火に包まれ、身体が砕け、ボロボロになって、みんな、みんな、海の底へと消えていきましたの。

 

10月の25日、鈴谷も戦いの中で沈み、そして私は最後の肉親を失いました。

 

私は、一人ぼっちになってしまいました。

 

それでも生きないと、生きて日本に帰らないと。

私は決意しました。

 

もう満足に銃を握れず、自由に動かせない身体をただひたすらに動かしながら、私はひたすら生き延びようと戦いましたわ。

時に空より来る敵の攻撃から逃げ惑い、時に川の水をすすって乾きをしのぎ、時に傷口を引き千切った服で縛り、時に生き残った仲間の為に奔走し……

 

ただひたすらに、がむしゃらに、無我夢中で頑張り続けましたわ。

今みたいに気取った態度なんて、あの時の私にとることなんて出来ませんわ。

生きる為に必死でしたもの。

 

 

 

でも、駄目だった。

忘れられない11月の25日。

最後の最後で、私も沈んでしまった。

魚雷に身体を貫かれて、穴空きになってしまいましたわ。

もう少しだったのに、あと少しだったのに。

最期の私が何を考えていたか、悔しさか、地獄から解放されたことへの喜びか……正直、どっちでもあって、どっちでもありませんでしたわ。

 

そこで、私の「艦」としての人生は終わり。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……とまぁ、こんな感じですわね。」

「……。」

 

私は何も言えなかった

彼女は私が想像できないような地獄を経験していた

そして私はそれを知らなかった

そんな事も知らずに、私は彼女に命令を出し、戦地に向かわせていたのか

 

 

「どうしましたの?面倒そうな態度をとっていた割には随分と真剣に聞いておられるように見えましたわね。」

「……私は、未熟だな。」

「あら?自分を恥じていますの?」

 

熊野は呆れたような顔をする

 

「あのですね?提督が恥じる要素なんて私の話の中にはありませんわよ!」

「あくまでこの話はもう終わった事!そしてそこに提督は関係ありませんの!」

「何で勝手に落ち込んでいますの!?しゃきっとしなさいな!!」

 

何かカチンと来たのか、熊野は急に怒りだす

……ははは、強いな彼女は

 

「……っ、ちょっと言い過ぎましたわ。」

「いや、いいんだ。しんみりした話はお前には似合わないよ。それでいい。」

「……!」

 

顔が真っ赤になる熊野

 

「とおおおおおおおおおう!!!!」

 

彼女の渾身の右ストレートが渾身の叫びと共に私の顔面に飛び、ベンチに座った私を横向きにぶっ飛ばした

 

「あーもう!こんなんなら話すんじゃありませんでしたわ!」

「勝手に話して、勝手にしんみりして、勝手に怒って、まるで私が馬鹿みたいですわ……。」

 

ああ、馬鹿だな

二人揃って馬鹿だ

 

 

「……何だかお腹が空いてきましたわ。提督、早く鎮守府に帰りましょう。」

「そうだな、そうしよう。」

 

私と熊野は、元来た道を戻り始めた。

 

 

途中、彼女は私にこう言った

 

「提督、私は立ち止まりませんわ。」

「こうやって人間として生まれ変われたから、今度は絶対に最後の最後まで生き延びてみせますから。」

「姉妹全員、いや、艦隊全員で。」

 

そうだな、期待しているよ熊野。

 

「当たり前ですわ、私を誰だと思っていますの?」

「お洒落な重巡洋級最上型4番艦、熊野ですわ!!」












私の最近の建造で生れた、初めての新実装艦
それはクマノーズオリジナル
その立ち振る舞いは上品でお洒落で、こんな艦娘を迎えられる私はきっと特別な存在なのだと思いました
今では私が大佐 孫にあげるのはもちろんクマノーズオリジナル
なぜなら彼もまた、変態だからです


熊野の放置ゼリフにドキドキするルーロです
壮絶な一生を過ごした艦の生まれ変わりである彼女
今度は是非とも幸せになってほしいものです

さあ皆さんご一緒に

To Oh Ooh!!

シャウト:揺るぎなき熊野
そのスゥームは提督の腹筋にシュールな笑いをもたらす


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