石上優の生存戦略 作:ミート
シネマエリアの受付には二人の男女の姿があった。係員とやり取りをしているのが白銀で、それを興味深そうにかぐやは眺めている。まだこの場に慣れていないかぐやに白銀が気を利かせたのだ。
生徒会での映画鑑賞当日、白銀とかぐやは集合時間30分前にはすでに集合場所まで来ていた。白銀は石上の生徒会への強い思いを聞き、本気で組んだイベントであり、かぐやにとっても今日は初めて藤原と外で映画観賞をするのだ。普段より意気込みは確かに在った。
二人とも早めに来たのも予め現場を確認し、集合後に滞りなく進めるためである。
「(四宮に意識させ、映画ではなく俺に夢中にさせるため何としてでも隣に座る!)」
「(会長がドキマギしている様子を楽しむために私は会長の隣に座る!)」
そんなことはない。詰まる所今までの説明は表面上の事である。
白銀が率先して受付に行き、かぐやがその様子を観察していたのも、どうすれば自分が優位に立てるか互いに考察していただけのことだった。
幸い二人の頭脳戦を乱す
「取った席は真ん中近くの一番見やすい席だ。通路に接するように取っておいたから、何かがあって外に出る時も問題ないだろう」
「ありがとうございます会長。横一列に四席なら、座って映画が始まる前に少し話すこともできそうですね。まだ時間がありますが、先にドリンクは買ってしまいますか?」
「いや、石上と藤原が来てからで大丈夫だ。手荷物になるし氷が溶けたジュースは不味いだろう?」
「ふふ、それもそうですね。ではそのタイミングは会長にお任せします」
他愛のない会話であるが二人の間では相手がどの席に座るのか、座るとしたらどんな理由を付けて隣に座るのかを考え続けて居た。
ここでの互いの勝利条件は『相手から』自分の隣に座らせること。貴方の隣の席に座りたい、などと発言すればそれはもう告白同然であった。
ただし――今回の場合はそれも例外だった。白銀は冷静に思考を巡らせる。
「(今日は生徒会のレクリエーション、そしてあくまでも『友人同士』の集まりだ。俺と四宮が偶然隣に座ることも可笑しくはない。となれば勝負所は此処ではないな)」
そう、白銀はあくまでも席順決めは次への布石にするつもりだった。『友人同士』である、その一言で大体のことは恋愛には結び付かず、違和感なく対処することが可能だ。よって今日この時は決着をつけることは難しくなるだろう。
「俺が席を取ったのだから俺が通路側に座ろうか。上映中は少ないだろうが通路を歩く人も居るし、それで皆が映画に集中できないと言うのも面白くない」
よって今回も白銀があらかじめ通路側に座ることを公言することで、かぐやに座る場所を決めさせることにした。互いに思惑は同じ(だと白銀は思っている)ため、白銀の隣に座る方法をかぐやは幾らでも用意できるだろう。
そして『友人同士』という言い訳もある。この誘いにならかぐやが隣に座るため乗ってくるだろうと白銀は――
「それなら私は、そうですね。せっかくなので藤原さんと一緒に座りたいです」
かぐやの返答が自分の想定にかすりもしなかったことで戦慄した。
「あ、ああ、そうだな。藤原も特に四宮と一緒に映画を見ることを楽しみにしていたから、そうしてやると本人も喜ぶだろう」
何時もの調子で白銀は喋っている。だが内心ではメンタルに甚大なダメージを負っていた!
具体的には自分よりも藤原を優先したかぐやを見て、自分の隣に四宮が座りたがっているのは勘違いじゃないかと思い始めていたのだ!
「(まさか四宮は俺のことを一切意識していないとでも言うのか? だとすれば今の俺は只の勘違い野郎以外の何者でもないじゃないか!
――――いや、別に。俺も意識をしていたわけじゃないし。単純にどこに座るか言っただけだし。勘違いしている要素は一切無い)」
本日は『友人同士』という
一方かぐやは白銀の提案が妥協案として出されていたことを勿論理解していた。
「(成程、私が会長の隣に座りたいと直接言わずとも座ることは可能、そんな条件であることは認めましょう。ですが、ここで一切の妥協はありません! 会長『が』! 私の隣に座りたいと言う以外は認めるつもりはありません!)」
だがかぐや、その提案を蹴り飛ばす。そもそも今回の映画を『友人同士』で観ると言うこと自体が妥協案である。そこからさらに妥協するなどかぐや自身のプライドが許さなかった。
――というのは建前で、今回かぐやは冷静な判断ができていなかった。藤原という自身の親友と共に外で遊ぶ、さらにそこに意中の相手でもある白銀が一緒に、という状況はかぐやを遠足前の子供のように興奮させるには十分だった!
誕生日とクリスマスが同時に来たような多幸感によって、イケイケの状態であるかぐやは、今なら会長も落とせるとロジックの存在しない考えに支配されていたのだ。
でなければ
「藤原さんだけじゃないです。私も、ですよ会長。私も藤原さんも家の事情でこういった機会は――ああ、考えてみれば初めてなんですよね。だからちょっと楽しみにしていました」
少し儚げに、それでいて嬉しさを隠しきれないような表情でかぐやは笑みを作る。
当然語りも口調も表情も意図的なものである。こうして自分の背景を語ることで、より自身の隣を藤原に固定することを白銀に意識させた。
藤原は一緒に座りたいと言えば真っ先に自分の手を取って席の奥から詰めていくことを、かぐやは普段の行動から知っていた。
「(即ち席順は【 】【 】【かぐや】【藤原】こうなりますね。通路側に座る、という会長の言葉は一見端に座るように聞こえますが、端から二番目に座ることも言葉としては間違いではない。そう予防線を張っていたことは見切っているんですよ、会長?)」
そして二択の内で白銀がかぐやの隣に座りたいと言えば……それはもう告白のようなものである。尤も今日に関しては生徒会の集まりという表面的な理由がある以上、言い切ることはできないが、それでもかぐやとしては大きく優位に立ったと言えるだろう。
白銀もかぐやが位置調整した場合を考えて、座れる席を二択にするよう考えていた。
「(ま、まぁ四宮が藤原と一緒に座りたいのは分かった。それなら石上には悪いが端に座るよう聞いても――)」
「あ、かぐやさーん! 会長! お待たせしましたー!」
「(来やがったか!)」
「(来ましたね藤原さん!)」
後ろから石上も付いてきていたが、白銀とかぐやの間の空気に当てられ顔を強張らせた。
「すみません、遅れ……てはいないですよね。藤原先輩はともかく二人は早すぎじゃないですか? まだ待ち合わせの時間まで15分以上あると思うんですけど」
「そうか? 久々に来たから迷子になるのも嫌だったからな。先に席は取っておいたから、あとは飲み物を買って――」
「ポップコーンにコーラ! この定番は外せませんよね!? かぐやさんはキャラメルと塩、どっちが好きですか? あとはチーズ味なんかも……」
頬を紅くし少し興奮気味の藤原に、かぐやは少し驚いた。そして口元に手を当てふわりと笑った。
「藤原さん? ……そう慌てなくても時間はありますから、ね?」
「あ、ごめんなさい。つい、その。かぐやさんと一緒に映画を観られるって思ったらわくわくしちゃって。凄く楽しみだったんですよ!」
「ふふ、私もですよ、藤原さん」
私は嬉しいです! と満面の笑みで表現する藤原に、かぐやは優し気な笑みを見せ――裏ではにやりと笑っていた。
「(私との友情を効果的に演出してくれてありがとう藤原さん。これで藤原さんの隣は盤石、つまり私の隣の席はもう一つしかありません。隣にどうしても座りたいと言うのなら、今しかありませんよ会長?)」
かぐやは白銀へと視線を向けた。藤原が白銀へと、かぐやさんの席の隣に座ってもいいですよね!? と尋ねている。
顎に手を当て思案する白銀。人差し指を藤原に向け――
「ははっ、それな! 楽しみにしてくれているなら何よりだ。ほら、四宮と藤原には隣り合った席のチケットを渡しておこう!」
「わーい、ありがとうございます会長!」
「楽しみなのは分かりましたけど、来る道中でも一人でにやにやされたのは気持ち悪かったですね。性別が逆だったら捕まってましたよアレ」
「う、でも仕方ないじゃないですか! 石上君だって、ガッツポーズしながらニヤニヤして歩いていて怖かった、って苦情が生徒会に来ていたんですよ!?」
「…………マジですか?」
「ははっ、それな! なにか良いことでもあったのだろうが程々にだぞ、石上会計!」
「……死にたいので帰りたいです」
「(あ、あれ? 会長あんまり私の隣の席のこと興味を持ってない……)」
仏のような穏やかな笑みで藤原、石上と談笑する白銀に、かぐやは自分の仕掛けの手ごたえが感じられなかった。
まるで今までのやり取りはなんの含みも無い雑談であったと言わんばかりに、かぐやの投げたパスに興味を持たれなかったのだ。
此処で白銀視点で見てみよう。かぐやにとって藤原は数少ない親友と呼べる存在だ。しかし外で遊ぶという機会に恵まれず、今回ようやくその機会が訪れたのだろう。
無論両者ともそれを楽しみにしており、友情という暖かい思いの籠った二人の世界が形成されており――そこに入り込もうとしている自分を白銀は想像する。
『せっかく藤原さんと一緒なのに……。どうして私の思い出を奪うようなことをするんですか会長』
何時もの凛と姿ではなく、只の少女として目じりに涙を溜めたかぐやを想像した。
「(いや無理だってこれ!? あれだけ映画を楽しみにしている四宮の気を引くって、こんなの俺が空気を読めていないにも程がある!?)」
白銀、折れた! 心の致命的な所が折れたのだ!
後ろに逃走経路があり前が不明瞭であるのなら撤退は間違いではない。しかし相手がウェルカム状態であることに気が付かず全力で逃げ去る白銀は、確かに空気が読めていなかった。
会話ができていた。だがもしも万が一、自分の勝手な思い込みでかぐや自身が隣へ座らせようとしているのなら――
「(嘘……私がまさか痛い勘違い女!? ……いいえまだです。あくまでもこれは私から会長へと授ける慈悲であって、私が別に会長のことをどうこうするだなんて考えても居ませんから)」
「そういえば先輩、なんでまた制服のまま来たんです? 生徒会のレクって言ってもそこまで厳密でしたっけ」
「そうですよ会長、会長の私服が見られるかもってちょっと期待していたのに!」
かぐやの思考に割り込むように石上と藤原の会話が耳に届く。何でもないように白銀は応えた。
「ん? ああ、いや、少しばかり日程の調整ミスがあって、午前中は学園で生徒会の仕事を終わらせていたからな。休みとはいえ私服で敷地内を歩くわけにもいかないだろう?」
「ミスって、会長もおっちょこちょいな所もあるんですねー」
藤原の意外そうな表情に白銀は否定することも無く、そういうこともあると答える。しかし何かに気が付いた石上は、藤原の耳元でと呟くように言った。
「(藤原先輩。会長、多分この時間を作るためにバイトのシフトとか無理して、今日の午前中までに仕事を持ち込んだんだと思いますよ?)」
石上の言葉にはっと息を飲んだ藤原は、白銀へと見遣る。何ともない、という表情を見せる白銀であるが、今ここに制服で来ていると言うのは日程を詰め込んだ結果なのだろう。
「会長、今日は本当にありがとうございます」
藤原は泣きたくなりそうなくらい嬉しかった。だけどその思いを口にするのは違うと思い、ただ感謝を白銀へと伝えた。
「何のことかは分からないが、せっかく石上も乗る気なんだ。誘った身としては今日も楽しんでくれるのなら嬉しい。四宮もそう思うだろう?」
「ええ、勿論です」
小さく笑う白銀にかぐやも同じく静かな笑みを見せ――
「(これ私完全に浮いているじゃないですか!? 何!? 会長が隣に座りたがっているって、完全に私が場の雰囲気を理解していないじゃないの!?)」
内心で冷や汗を流していた。現場の雰囲気は一致しているくせに、この場所に居るメンバーは180°誰一人心境が一致していなかった。
「(なんだ四宮その笑みは!? やっぱり藤原か!? 藤原と一緒がいいのか!? ……落ち着け、此処で引くのは敗北なんかじゃない。軽蔑されるよりマシだ。だが、四宮と、一緒に映画! くっ、煩悩を止めろ、顔の筋肉を動かすな、緩むな!)」
「(あれだけ真面目にこのイベントを成功させようとしている会長の横で私は何を……。浮かれている所を見せて軽蔑されるよりはいい。だけど会長が、隣に! うぅ! 駄目よ四宮かぐや! こんなところで弛んだ表情を見せるなんて許されないでしょう!?)」
「「(
だがそこにさらに180°を追加すれば一周するように、奇跡的にかぐやと白銀の思考は一致した。
即ち今の浮かれた状態を見せれば軽蔑される、ならば冷静になる、しかし隣に居ると崩れてしまう。両者ともそう思いこの場所に存在していた。
この場所に頭脳戦は存在しない、言わば冷戦状態だった。親密さを上げることのできるイベントであるはずが、まさかが両者とも互いに踏み込まないことで決定した。
そして方向性が決定した以上、二人が聡明であることには変わりない。幾ら普段通りで居ようと考えていても、学外という開放感のある場所で共に時間を過ごせば、必ず自身に含むものが出てきてしまうと互いに理解していた。
更にこの場所には藤原が居る。距離を取ろうとして巻き込まれるのが目に見えていた。
ならばどうするか、天才である二人の頭脳は端的にその答えへとたどり着く。
「「(そうだ、石上(君)を間に置こう)」」
「…………………なんで?」
両者、自身の間に
自分以外の生徒会全員が映画に意識を向ける中、右隣には白銀、左隣にはかぐや、間に挟まれた石上は自分のメンタルが叩きつけられる音が聞こえた。
――
石上とて油断していたわけではない。行く前は憂鬱であるが、それは結果的に行けば楽しいと思えることだと自分の体験から分かっている。懸念するのは恋愛頭脳戦に巻き込まれないようにすることだけだ。そこで石上は、石上、藤原、かぐや、白銀の順番で座り、自分と恋愛頭脳戦領域の間に壁として藤原が座ってくれないかと考えてはいたのだ。
だが相手は既に間に石上の設置を決定した天才二人である。意思疎通はしてはいないが、互いに状況を最適に利用した結果、あれよあれよと石上は二人の間に座らされていた。石上の直感など発動する暇もない。警告度が1から100へと一瞬で変わったものをどう回避しろというのか。
「(……大丈夫だ、先輩たちがわざわざ隣り合わせになることを避けた、ということはこれは二人とも真面目だ。
少なくとも此処で地雷を踏むか、そのことに関して意識を向ける必要はない。何しろ映画館で着席した今この場所で、頭脳戦が発生していない。現にかぐやは藤原と楽し気に話しており、白銀も石上と談笑していた最中だ。
故に石上はこの場所に自分が居ることが意図的ではないと判断した。そんなことはないのだが。
「(だったら……今日は普通に映画を楽しめばいいんじゃないのか?)」
石上はそう思う。間に挟まれたときは今から拷問でも始まるんじゃないかと身構えてはいたが、会話を楽しむ先輩たちを見て、石上の緊張もほぐれていた。
「なによりこの映画の見どころは本の原作をどう表現しているか、だな。漫画やアニメ、勿論実写化もされていない以上、世界の描写は監督の読み方に委ねられるのだから」
「そんなことよりも恋愛描写ですよ! 恋愛描写! 真面目な努力家と浮世離れしたお嬢様って組み合わせだけで期待大でしょう!? ねっ? かぐやさん!?」
「私は……よく分かりませんけれど、石上君の方がこういうことは詳しいのでは?」
「……あー、こういうありきたりの設定って割と先が読めるんですよねー。だから後で原作読んでその差を見るのが面白そうですよ」
石上は通ぶった口調で会話に入っていった。
作品自体は中高生向け、藤原が好みそうな過度でない恋愛描写があり、石上が興味を惹かれるアニメだった。空から落ちてきた羽をもつ少女と飛行士の少年とのボーイミーツガール、そしてスチームパンクという設定を見た石上の感想は、天空の城みたいな作品だな、というものだ。
満点の好みではないが、メンバー全員が高得点が取れる映画を選んでくるあたり白銀の努力が窺える。
「(それなら自分も楽しまないと損だ)」
せっかくの機会であることは事実。そして頭脳戦が発生していない以上何かに巻き込まれて自分が地雷を踏むことは無いのだから。
しかし石上は忘れていた!
この場所には確かに
即ち恋愛である、いちゃラブである、桃色空間である!
常に空回りし続け、
例えば白銀がポップコーン食べようとしたとき互いの手に触れたり、手すりに手を置こうとしたかぐやが手を重ねたり。
この恋愛頭脳戦から頭脳戦が抜けた恋愛空間において、そんな当たり前のようなイベントは当然起こりうるのである!
「(僕の両隣の席に隕石が落ちてくればいいのに)」
そう! 両者の隣である石上に対して!
「(やめろよ……別に四宮先輩や白銀先輩が怒ってないのは分かりますけれど、(本来ならば在ったはずの)
白銀が手を触れたのは石上だし、かぐやが手を重ねてしまったのも石上である。壁に罪はないが少なからず非難の視線を向けられるのも壁である。
石上だって(何故かは理解していないが)壁として間に置くなら自分だと理解できる。対抗馬の藤原は万里の長城だったりベニヤ板だったり普通の壁やったり、その日によって形状が変化するのだから。
「(映画の恋愛描写の度に『相手はどう思っているんだろう』みたいな感情で、僕を通して相手を見ようとするの分かってマジきつい)」
いくらイベントが起きて視線を相手へと向けようが、隣にあるのは自ら設置した
しかし石上はそういう視線に敏感だった。なぜか勝手にお邪魔虫になっている現状から逃げ出したくなった。設置したのは先輩二人のため自業自得なのだが、恋愛暴風域に巻き込まれている以上
「(……くっそ、映画は普通に面白いんだよなぁ。主人公とかヒロインとか、なんか会長達に似てる気がするけれど)」
白銀の緻密な仕事が生きたのか、今見ている映画は普通に面白かった。面白さで言えば石上の人生で二回目に観た天空の城ぐらいには面白かった。百点満点ではない、だが続きを見なければ勿体ないと思う程度には面白いせいで寝るという選択肢は早々に潰されていた。
『燃料は片道分だけ! 飛行船から連れ出す手段も無いんですよ!? 本当にできるんですか!?』
『知らん! だがまだ追いつく、挑戦する価値はある! アイツに世界を見せるんだよ! 空からだと見えない場所がまだまだ在るんだって伝えに行くぞ!』
石上の脳が半分映画を楽しんで半分桃色空間によって悩まされている内にいつの間にか物語は佳境へと差し掛かっていた。
主人公が去っていったヒロインを追いかけ、伏線やサブキャラクターがその道を作り出す。
全力ではないとはいえ石上も映画を半分は楽しめていたことには変わりない。ありきたりな設定である以上石上にも先の予測はできる。だがもしも、という思考は映画の先がどうなるのかという高揚感を発生させた。
おそらくこの作品の最大の見せ場になるだろう、そう石上が思ったとき感じたのは一つの思いだった。
「(……このままで本当にいいのか石上優?)」
桃色空間を生み出す二人に殺意はある。石上が石上である以上仕方のないことだった。だがバッドエンドは望んでいない、さっさとくっつけと舌打ちしたくなるくらいだ。
だが強い思いがあるなら通ずるべきだと石上は思う。自分がその邪魔になっているのなら、空気を読む程度の事は石上もやる。
映画の熱い展開に押されて石上は、何時も恋愛頭脳戦を繰り広げる二人に、何か一歩踏み出すきっかけがあってもいいと思ったのだ。
「(それならどうする? クライマックスが近づいている今席を立つことは不可能、というより僕がこの後の展開を見たい。今更席を変えるのは不自然、それなら……互いの視線を通わせる空間ぐらいはできるはず)」
恋愛描写が入るたびに白銀とかぐやは東西に分かたれた恋人たちのように、視線を
人は何かに興味を持った時体を前に乗り出す。両手を前で組んで、両肘を膝の上に乗せて体を前に倒した石上は、映画に興奮して身を乗り出しように見せた。
すると石上の頭が在ったところの空間が無くなり、白銀とかぐやが視線を向き合える空間ができたのだ。
「(あ、この姿勢きつい)」
一度この姿勢になった以上、元に戻すのは違和感がある。なぜならこの姿勢が楽だからそうしたのであり、間違ってでも二人に気を使ったなど思わせてはならない。それは地雷であり、石上もその思いやりが伝わる必要はないと考えていた。どうせ残り十数分程度の事だ、という理由もあった。
少女が決意を固め、飛行船を抜け出して空から落ちていく。飛行機から手を伸ばした少年の手を掴み、少女は風と共に羽を羽搏かせた。
別の飛行機に乗ってきた出資者の令嬢が手を振り技師が親指を立てる。その光景を見て少女と少年は見つめ合って微笑んだ。
文句なしのハッピーエンドであり石上も目頭が熱くなる。ABCすら入ってないくせにきちんと恋愛描写を入れてくるその作品の締めとしては最高だと思った。
「(主人公もヒロインの境遇がなんか先輩たちと似てる、つまり感情移入するには十分! だとすれば見つめ合うんだったら今ですよ先輩方!!)」
正直腰辺りが痛い。二人はどうしているだろうと石上はまずかぐやへと視線を向けた。
「か“く”や“さんん! 良か”った、良か”ったです“ぅ!!!」
「藤原さん……! 私、二人がどうなるかって! だけど、良かったぁ」
「(ふっ、ふ、ふ、藤原先輩このやろう!?)」
そこには感極まってかぐやに抱き着く藤原の姿があった。二人で感動を分かち合っている今、かぐやには白銀へと視線を向ける余裕など欠片もなかった。
「いいな、ああ、いいものを見た。圭ちゃんにも観せてあげたい」
「(ってこっちはこっちで普通に感動していらっしゃる!?)」
そして反対側を見てみれば、目に手を当てエンディングを聞きながら静かに涙を流す白銀の姿があった。視線云々どころか塞がれて自分の世界に入っていた。
「(……なんだ、このもやもや。別に見返りが欲しくてやるわけじゃないけれど、なんだろう。どうしてそうなるんだと声高らかに言いたい)」
石上は前に倒していた姿勢を戻し、静かにエンドロールの流れる映画に視線を向ける。
せめてエンドロール後のおまけぐらいは純粋に楽しもうと思った。
――
「あー面白かったですねぇ!」
「ああ、事前に原作自体は知っていたが、あそこまで見事に再現するとは恐れ入った」
「アニメーション、と聞いてどこか子供向けを想像していたのですが、十分に楽しめるものでしたね」
「(さっき滅茶苦茶泣いてたのに……どの口で言うんですか先輩方)」
映画が終わり点灯して明るくなった後、かぐやと白銀は瞬時に切り替え平気な顔をしていた。両者とも『お可愛いこと(だ)』と言われないようにするためだろうと石上は想像する。一瞬で感情を整理できる切り替えの良さは凄いと純粋に思う。
「ふむ、映画も終わったしこの後は……」
「当然! カフェで映画の感想会ですよ! デートでも定番になりますから、知っておくと便利ですよーかぐやさん」
「ど、どうして私に今それを言うんですか!?」
「えっ」
藤原としては軽口で言ったつもりであったが、思わぬ反応に目を丸くする。
「なるほどな、しかしカフェか……」
藤原の提案に白銀が思案する。カフェ、というのはそこそこ単価が高い。映画だけでも白銀にとっては痛い出費で在ることには変わりない。
そんな様子に気が付いた石上は、あることを思い出す。カフェと言えばかぐやの仕込みの割引券を取ってしまい、そのまま財布の中にしまってあったのだ。使用期限も問題なく、近くに使える場所もあった。
「会長、それならカフェの割引券――」
瞬間石上の第六感は警告を放つ。
石上は無意識にかぐやへと視線を向けた。そして気が付く。かぐやが取り出そうとしていたものが視界に入り、それがカフェの割引券だと気が付いたのだ。
石上は理解してしまった。この映画というイベントすらかぐやの仕込み、本命は白銀へとカフェの割引券を渡し一緒に行き、ついでに好感度も稼ぐつもりだったのだろう。まんまと自分はその仕込みを踏み潰した形になる。
あ、これ地雷だ。
……………………………まぁいいや。
「が有るんですけど、使います? 偶然当たっちゃって使う機会なかったんで」
「本当か? それなら俺としては助かる。今度なにか手伝おう」
「いいですよ別に、僕も会長にはいつもお世話になっていますから。普段のお礼ってことで」
石上、精神疲労から探知した地雷をそのまま踏み潰す。爆発して木っ端微塵でも別にいいやと開き直っていた。
「(どうせ最終的には渡せなくて白銀先輩が先に帰っちゃう奴でしょう。知ってますよその展開、何回見せられたと思ってるんですか)」
具体的には文芸作品や普段の生徒会室でよく見る光景であるため、半分アシストみたいなものだから大丈夫だろうという確信はあった。
「――。藤原さん、私も一応そのつもりで割引券を持ってきたので使いますか?」
「え、本当ですか! わーい! ありがとうございますかぐやさん!」
そんな心境を分かっていたのか、かぐやは何かに納得したように沈黙すると、笑みを作ってそのまま白銀に渡すつもりだった割引券を藤原へと渡した。
そして藤原を先導に歩き始める。
「たしか近くにありましたよね!? お話の内容とか、キャラクターについてとか、いっぱい語っちゃいましょう!」
「キャラクターについてか。それなら俺はヒロインが良かったな。超常的な視線を持ちつつも素直になり切れず、いじらしく思慕を募らせる姿がかわいらしいと感じたな」
「ふふ、あれは意気地のないの間違いですよ会長。私は主人公でしょうか。たった一度の邂逅を胸に努力し続けてつかみ取った姿は格好良かったですよ」
「はは、あれは女々しいと言うべきだろうけれどな、四宮」
「……」
「……」
「あ、あのお二人とも?」
「(映画の話をしているんですよね? ……え、もしかして異性を褒めているから嫉妬とかじゃないですよね?)」
立ち止まって見つめ合う白銀とかぐや。そこに浮かんでいるのは笑みであるが、どこか譲れないものを秘めている。
「いいだろう四宮、カフェでディベートと行こうじゃないか」
「ええ、かまいませんよ会長。楽しみです」
「(もうそのままデ(ィベ)ートに行っちゃってくださいよ)」
藤原の前を行き歩き始める二人の後ろ姿を見て、石上は疲れたように肩を落とす。磁石の同じ極をくっつけているようなものだ。いつかは一致してくっつく時が来るのだろう。
ただ、石上も非常に疲れてはいたが今日という日がつまらないわけではなかった。生徒会で遊ぶのは楽しかったし、映画の内容も良かった。トータルで見れば悪くない一日だったのだろう。
しかしいずれ先輩二人が恋人同士になるそのときまで、自分は大丈夫なのだろうか、と。ずんずんと先に進む二人を追いかけながら思った。
そんな三人の姿を藤原は不思議そうな表情で首を傾げた。
今日の戦場、満身創痍になりながらも生還。
戦果、FUJIWARAクライシス設計書。
――
「石上君、石上君?」
「……なんですか藤原先輩」
「もしかしてなんだけど、会長とかぐやさんって、付き合っているのもしれませんね!?」
石上は逃げればよかったと後悔した。