石上優の生存戦略   作:ミート

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藤原千花は爆破した

 need-not-to-know、情報は必要がある者だけが知っていればいい、だから知る必要のない者には与えないという意味だ。冷たい論理に見えてこれは有情なことだと石上は思う。好奇心は猫ですら殺すのだ。人間だって必要外のことを知ってしまえば殺されることは多々ある。現に石上は殺されまいと恋愛頭脳戦(せんじょう)に巻き込まれて生きることになっているのだから。

 なぜか自分を挟み行われる駆け引き(だんがん)の飛び交う中で必死に頭を低くし、時にはなだめ講和に持ち込もうとして藤原によるテロに巻き込まれる、そんな日常を送っている。それは『四宮先輩は白銀先輩に好意を抱いている』という一点の情報によって勃発したことだ。なぜあの時自分はソファの角に頭をぶつけて記憶喪失にならなかったと後悔した。

 知らなくてもいい、と言うより知るべきではない情報は知るべきではないのだ。石上は強くそう思う。

 

「あれー? でも今週末って雨ですよね? 外で買い物して会長もかぐやさんも大丈夫ですか?」

 

 スマホ片手に響く藤原の声。ぴしり、と生徒会室が軋む音を石上は聞いた。

 

 きっとそれは知るべきではない情報だった。のどかな花畑から唐突に地雷原へと変わったことに、ああまたか、と石上は諦めた。

 

――

 

 パリに在る姉妹校との交換留学歓迎会が開かれる、それを数日前に準備しろというのは無茶ではないかと石上は思った。生徒という身分である以上授業という拘束時間があり、放課後だけを使って準備をするなら開催まで時間ギリギリだった。

 現に石上も幾つか生徒会の仕事を持ち帰り家で片付けてきた。負担をかけたことに関しては白銀が深く謝罪してきたが、石上もその程度なら構わないと思っている。先輩ではあるが友人の助けになりたいと思うのは当然なのだから。

 かくして石上は必要なデータを揃え資料を作成し、後は生徒会室で残りの作業を行い、会長の判を押すだけの状態にしてきた。先日白銀がスマホを買い替えメールアドレスの交換もしたため、電子ファイルに添え付けて送ればいい状態にもでもあるが、行き違いをしてトラブルになるのはこの詰まった日程では避けたいところだ。

 休日は日曜の設営準備の手伝いだけで、なんとか土曜日は自由時間を潰さずに済むだろう。直接書類を渡してさっさと済ませることにしよう。

 そんなことを考え生徒会室まで来てノックをすると、返ってきたのは「YOYO-!どうぞだYO-!」というラップを舐めているとしか思えない返答だった。

 

「お疲れ様です。……何やってるんですか藤原先輩」

 

 ちぇけら、と書かれた紙を額に当てながらラッパーの真似をする藤原へと石上は尋ねる。白銀はなぜか脱力しつつも石上から書類を受け取り目を通している。かぐやに聞くのは怖いため残ったのが藤原だったのだ。

 

「YO! NGワードゲームで買い出し決め! オレっち大金星で二人に勝利だYO! YO! チェケラッチョ! FO~!」

 

「……藤原さん、どーんです」

 

「へっ? ちぇけらっ!? なんで!?」

 

 かぐやの指摘に頭を抱える藤原を見て、まぁ何時ものことだと納得するが、いくつかの言葉が気になっていた。

 

「買い出し、ああ交流会の。今から行くんです?」

 

「いや、流石に生徒会の仕事が終わった後だと時間がな。土曜日に四宮と行くさ。休日が潰れてしまうのは痛いが、藤原に負けてしまったのだから仕方ない」

 

「そうですね、仕方のないことです。勝負から降りなかった以上、負けることによるデメリットも受け入れなければなりませんから」

 

 半分嫌々ながらと肩をすかせる白銀と、平静ながらもやや嗜めるように言うかぐや。その二人を見て石上は思う。

 

「(とはいえ嫌々ながら、っていう顔じゃないな、アレ)」

 

 白銀の表情の端に笑みが含まれており、さらにかぐやは声色から上機嫌で在ると分かる。そのため石上には言っていることとは逆の思いが有るのだろうと想定できた。

 ふ、と廻りに気が付かれないように石上は笑った。相変わらず警告を出し続ける第六感に、そんなに慌てるなよ、と言いたげな表情だった。もはやベテランであった。

 生徒会室という何時もの地雷原であるが、今日に関しては地雷が丸見えだったのだから。地雷の横を踏まないように石上は通り過ぎるのも楽勝だった。

 

「(気を使って「土曜日空いてますから手伝いますか」なんて言うのはアウト、そんなことしたら運が悪ければ会長と代わって四宮先輩と行くことになる。だからこのままアデューしちゃえばいい)」

 

 何度も思うが石上に馬に蹴り殺される趣味は無い。用は済んでさっさと逃げようと扉へ向かって回れ右しようとした。

 

「あれー? でも今週末って雨ですよね? 外で買い物して、会長もかぐやさんも大丈夫ですか?」

 

 藤原の呑気そうな声が届き、この穏健な空気に亀裂が入った。石上は嫌な予感を感じた。いつものことかと諦めた。

 何て単純な構造の地雷だ、簡単に解体してやろう。そう石上が鼻歌交じりにほくそ笑んでいると、藤原がラジカセを肩に乗せYOYOやって来る姿が目に浮かぶ。

 そして「俺っちが本当の歌を教えてやるぜメーン!」とリズムに乗りながら普通に地雷の上を通過し、爆破に巻き込まれている自分を幻視した。

 

「ふ、ふむ。それなら待ち合わせや買い物をする場所は少し考えた方がいいな。わざわざ濡れに行く必要も無いだろう」

 

「え、ええそうですね。小雨程度なら問題はありませんが、手荷物があることを考えると、あまり移動が含まれるのは賢い選択では無いですから」

 

 白銀、かぐや共に理論武装によってなんとか二人きりでの買い物を潰されないよう動く。相手が雨の中行きたくない、という程度の理由で断ることは無いと互いに考えている。

 ならばある程度状況を整えて道を舗装してやれば、中止をする理由にはならないのだ。

 

「えーと、天気予報だと……大雨に変わってる!? 大変ですよ会長! かぐやさん! もしかしたら駅も浸水するかもって! このまま行ったら大変なことになってましたね!」

 

 そして天然は舗装されるはずの道を大量破壊しながら通っていく。こっちの方が面白そう! という理由で森林を突っ走る藤原(てんねん)に文化は不要だった。

 

「あー……ソウダナ」

 

「……………………そうですね、藤原さん」

 

「(やめろよ……藤原先輩なんでそんな自殺みたいなことができるんですか!? 脳みそ代わりにプリンでも入ってぷっちんしているんですか!?)」

 

 どうして自分が退出する少しの時間じっとして居られなかったんだ、と石上は藤原に視線を向け――表情が引き攣った。その視線に気が付いた藤原は首をかしげるが、石上はそれどころではない。藤原の後ろで起こっていることに気が付いたからだ。

 

「(ああ! 四宮先輩が人を数人殺したような視線をしている! 『まずは胸の肉から剥ぎましょうか』とか言いそうな感じのやつ! 会長は……なんでもないように取り繕ってるけど落ち込んでいる)」

 

「ふっふー、やっぱりあらかじめ情報は調べるべきですよね! ちゃーんとcheck it out(チェケラ)ですよお二人とも! なーんて!」

 

「ははっ、上手いこと言うじゃないか、藤原」

 

「とても、……ええ、とても面白いですよ、藤原さん」

 

「(なにがcheck it out(チェケラ)だ自分の命にcheckmate(チェックメイト)してどうするつもりだ。なんで王手されていないのに相手の即死圏内に入り込むんだ)」

 

 地雷解体に失敗し爆風に打ちのめされ、薄れていく意識の中で石上が僅かに目を開いて見たものは――まだラジカセを肩に乗せYOYOやっている(頭パ)藤原(ラッパー)の姿だった。ズタボロになっている石上を見て「ヘイ! どーしたメーン!」とか指さして言ってきた。救いが無かった。

 

 ニード、ノット、トゥ、ノウ。世界には知ってはいけないことがある。その答えの一つがこれだ。

 好奇心は猫をも殺すのである。おまけにそれが善意で地獄の道を舗装しているならぶっ殺されても文句すら出ないだろう。

 きっと藤原は明日の朝には海で見つかり遺影となってしまうのだ。ピースサインでイエーイとかやっているのだ。その光景を石上は思い浮かべ――

 

「(……いや、考えてみれば関係なかった)」

 

 今回は石上自身が何かをしたわけでもなく、被害が及ぶわけでもない。全ての罪を藤原に投げてこの場から逃亡すればいいだけの話だった。勝手に恋愛頭脳戦領域(いちゃラブ)を作っている存在たちが、自分が関係のない場所で大爆発を起こすのはむしろ大歓迎なのではないだろうか。

 

「だけどそうなると買い出し分は当日間に合うように発注しないとならないですしー、すぐにやった方がいいですよね? それじゃあ注文票を立ち上げて、と」

 

 意気揚々とスマホを取り出し調べ始める藤原を石上は可愛そうなモノを見る目で見つめた。

 笑顔のかぐやが藤原の肩を叩こうと近づく。おそらくその肩たたきは死の宣告なのだろう。

 

「(まぁ、僕には関係ない。藤原先輩が僕ドザえもんになろうと、翌日出荷されようともどうしようもないんだ)」

 

 いまだにYOYOと曲に乗りながら地雷原を歩き続ける藤原を石上は幻視する。地雷解体をできる自分は既に力尽きどうしようもない。

 数秒後、藤原千花は爆破するだろう。そして石上は掠れ行く意識の中で目を閉じた。

 

 

 

 

 それがお前が望んだ結末なのか?

 

「(それは、ダメだ)」

 

 頭の中に石上自身の声が響く。それは寸での所まで来ていた諦念を吹き飛ばす。

 

「……えーと、日程的に土曜日には買い足しが終わってないとマズいんですよね? なんとか会長と四宮先輩で行ける場所ってありませんか?」

 

 石上が口を開く。ほえ? と首をかしげる藤原、そして白銀とかぐやは驚いたような表情を見せた。

 どういう意味ですか、そうかぐやが石上へと視線で尋ねてくる。それを石上は気が付かないふりをした。

 直感的に石上は死を意識する。返答を間違えたら自分の未来は死だと察知したのだ。おまけにこの場所には白銀が居て、もしも『互いに好意を抱いている』ということを石上の態度から知られれば、石上に起こりうる不幸は死よりも恐ろしいことになるだろう。

 その雰囲気の変化に藤原は気が付いていない。何時もの事である。

 

 地雷爆破に巻き込まれ行動不能に陥りかけていた石上だが、いまだに能天気な状態の藤原(ラッパー)の首根っこを掴んで止めた。

 

 そうこの男、石上優は歩む必要が無かった危険地域へ。自ら進んで恋愛頭脳戦領域(じらいげん)へと足を踏み入れたのだ!

 

「(分かっている。リア充は爆発しろ、度を越えた天然も爆発しろ、カップルもアベックもピンク空間もデートスポットも全部爆発してしまえばいい)」

 

 そうだ、男女が進展している光景を見て考えるのは爆破一択。積極的に爆破させに行きたくはないが、もしも神様がこの世界に居るなら爆破を願う程度には石上にとっての敵だった。

 だけど――

 

「(――だけどそれでも、会長たちは別だ。四宮先輩と白銀先輩(リア充)爆発しろとは思うけれど、別に白銀先輩たちが不憫なことになって欲しいとは思っていないんだ!)」

 

 石上は理不尽を嫌う男だ。そして不条理に対してたとえ自分が一時的に被害を被ったとしても助けようとすることができる男だ。

 自分の親友である白銀ならば迷わず、かぐやや藤原に関してはできる範囲で助けようと手を伸ばす男だった。

 ならば藤原という暴風に曝された白銀に、そしてかぐやという死の権化に近づいた藤原へと手を伸ばすのは当然だったのだろう。

 

「(見ての通りの自業自得になるだろうけれど、それが知っている人だったなら見過ごす言い訳にはしたくない)」

 

 そう、これは石上にとっては自ら死中に赴き活を拾うようなもの。

 島津の退き口の如く、死から逃れるのではなく、死に向かいつつも生き延びようとする石上の生存戦略なのである!

 

 

「だめですよ石上君! かぐやさんと会長に何かが在ったらどうするんですか!」

 

 何時も通り藤原に背中を刺され背後を断たれるが、石上にとっては慣れたものだった。

 実際吐血したくなるほどきついが、そのリスクは織り込み済みだ。

 

「まぁ、もしかしたら予報が少し外れて小雨で済む可能性もありますし、決めつけるのはどうかと」

 

「(…………先に考えるべきは目標の整理、なにに対して四宮先輩は苛立っているか、白銀先輩が残念なのか)」

 

 藤原先輩の発言で買い出しに二人で行けなかったこと――ではない。

 何方にしても天候と言う人知の及ばないことに対して苛立つほど四宮先輩は、理不尽ではない、と石上は考える。では今回の地雷は何か。

 

「(たとえ本当に雨だったとしても初めての電話、初めてのメール! そんなやり取りができるかもしれない、というチャンスを潰されてしまったこと!)」

 

 初〇〇、それは独占感情とも呼ばれる存在だ。誰もが意中の相手には自分が特別な物であってほしいと願う。そしてそのタグ付けをするのに最も簡単な内容が、人生で初めての行為であるという事だ。

 安っぽいものだと誰かは言うだろう。白銀御行や四宮かぐやであればその言葉を補強することは幾らでもできる。

 だがそこに価値があることは誰もが知っている事実でもある。ならば石上が恐ろしいと考えているかぐやでも、初〇〇に拘ることは十分にあり得た。

 

「(そして藤原先輩のAmaz●nでOKで、絞り出そうとした言い訳という、あったはずのわずかな希望すら潰されてしまった! だからこそ先輩たちは残念だと考えているし苛立っている! そういうことか!)」

 

 ぴたりと全ての推論が繋がったことに石上は――

 

「(うっわ)」

 

 ドン引きだった――。信じられるだろうか、彼らはこの秀智院学院のトップとその次である。できれば違っていて欲しかった。

 

「石上の言って居ることも一理ある。初めから決めつけてしまうのも柔軟性に欠ける。ただし確定させないことのデメリットとして、約束相手の時間を拘束する面もあるけどな。俺は土曜日問題は無いが、四宮はどうだ?」

 

「大丈夫ですね。ただしずるずると引き延ばして時間を無駄にする必要もありません。当日の天気を見てから判断して、決行か否かの連絡を会長から(・・・・)していただけますか?」

 

 違ってなかった。全力で石上の意見を利用する二人を見て、石上は遠い目をして思う。

 

「(小学生だってもっと進んだ関係になってますよ……! いや、それはそれでこの国が乱れているってことかもしれませんけど!)」

 

 天才二人が同じ方向を向いたとき、石上の言った単語一つを相手を告白させるための道具に使用できるだろう。

 何時もの恋愛頭脳戦領域を展開し始めた二人を見て、石上は安堵から息を吐く。まだこの場所は地雷原であるが、何とか退避を可能な程度に減らすことはできただろう。

 ここからなら藤原先輩が何かしでかさない限りは大丈夫だ、ちらりと視線を藤原に向けると……

 

「……うーん」

 

 宙に視線を浮かべて悩む藤原の姿。

 人差し指を頬に当てながらこてんと首を傾げるすがたは、彼女とも相まって愛らしい。

 

 だがおかしい。この場で藤原が悩むようなことがあっただろうか。そう石上が疑問に思ったとき、声が聞こえた。

 

 ――――ニゲロ。

 

「(!!!!!!??!?)」

 

 汗がどっと滝のように背中からあふれる。第六感は粉砕しかねんばかりに警鐘を鳴らし、無意識のうちに視界が赤く染まる。

 

 なんてことはない。単に藤原先輩が不思議(・・・)に思っているだけ。ならばその対象は何か、察するより先に動く影があった。

 

()()()()()くれてありがとうございます、石上君。今日の残りの仕事はこちらで片付けてしまいますね」

 

 笑みを浮かべて言う四宮かぐやの姿は普段と何ら変わりも無い。誰がどう見ても、石上すら違和感一つ察知できない。五感全てが状況を正しいと判断しているのに、第六感のみが反論を出している状況に、石上は固まりつつも言葉を紡ぐ。

 

「……いえ、僕も土曜日はゲームのイベントがあったので、先輩たちが仕事を、こなしてくれるなら、楽できます、よ」

 

 あらあら、と。言い訳交じりの石上の言葉をかぐやは呆れたような微笑みを返す。

 視界が真っ赤だ。第六感の警報が大変なことになっている。地雷原がいつの間にか処刑場に代わっていることに気が付き、だけどそれでもと勇気を絞り出した。

 

「……と、そうでした。此処に来るついでに、藤原先輩を呼んできてくださいって頼まれていたんです。もう生徒会の仕事とか済んでます?」

 

 もうなりふり構っていなかった。ともかくこの場所から離れなければならないと。藤原への説明は道中で考えるという数十秒後の自分に託す選択を石上は握りしめた。

 

「あらそうだったんですね。藤原さん?」

 

「あ、今日やる分は終わってるからもういいですよー。それじゃあ、今日は先に上がりますね!」

 

「お疲れ様、気を付けて帰るんだぞ」

 

 白銀とかぐやへの挨拶もそこそこに石上は逃亡する。ふわりとした笑みを見せたかぐやは自身の髪を払うようにして耳元に手を当てた。

 

――

 

「それで私を呼んだのって誰ですか?」

 

「上手く説明できないんですよね、校舎裏の方まで来てくださいとは言われたんですけれど。……多分先輩だったと思います。もしかして告白でもされるんじゃないですかね」

 

「あはは、まさかぁ」

 

 どこに向かっているのか石上自身も分からない道中を歩きながら、必死になって言い訳を考える。しかし告白する誰かが居るかもしれない、という言い訳は悪くない。いざとなったら怖気づいて藤原が来る前に去ったのだと言う事ができる。

 軽く流した割には藤原はモテる。告白を意味不明に見えて相手に新しい光を見せると言う、告白の定義をよく分からないものにしてはいるが。

 嘘になったところで傷つく誰かは居ない。そも呼び出した誰かなどいないのだから。ここまでは石上にとっては完璧な作戦だった。

 

「ああ告白といえば! むふふふ」

 

「……なんですか気持ち悪い」

 

 石上の正直な感想だった。何かを狙ってます、楽しそうなことが起こりそうです! そんな期待を持ったような目つきで含み笑いをされれば、石上だって引くものだ。

 そんな石上を無視して、藤原は楽しそうにいった。

 

「もしかして会長とかぐやさんって付き合っているのかもしれませんね!」

 

「正気ですか」

 

 石上第六感が救急搬送されていた病院から仕事場へと叩き込まれる。藤原空間がヤバい。今まで信じてきた感覚まで可笑しくなりそうだ。

 頭が痛い。ゲロを吐きそうだ。どこかで自分は致命的な間違いをしてしまったのだと石上の直感が言っている。

 

「正気も正気です。お二人とも、あそこまで頑なに一緒に買い出しに行きたいだなんて、狙いは一つだけじゃないですか!」

 

 不味い、と石上は思う。気が付いてしまった藤原先輩は無敵だ。行動力が陰キャを自覚している石上では違い過ぎる。

 

「こう見ても藤原千花、探偵業を営んでいましてね。人の恋愛感情を情報を集めて人となりを知り、ほんの少し勇気で背中を押すことが趣味なんです」

 

「それって要するに出歯亀するのが楽しいクソヤロウって認識にしか思えないんですけど!?」

 

「恋愛探偵、ラブホームズ千花と呼んでください!!」

 

「逃げて! 恋愛事件迷宮入りになって! せめてこの女の興味を持たれない場所に!」

 

 やってしまったかもしれない。一番知られてはいけない人に秘密を知られてしまった。

 いや、まだ核心には至っていない。それならば放置する? あの藤原千花に彼らの間にある空気を読むことができるだろうか? ああ、もう白銀先輩と四宮先輩はだめだ。

 

 藤原に対して散々な評価を脳内で下した後、ならばせめてと石上は決意する。

 

「(僕が守護らなきゃならない)」

 

「藤原先輩」

 

「ん? なにかな石上くん!?」

 

テンションが高い藤原に対し、石上は不敵に笑っていった。

 

「探偵には、助手も必要でしょう。相棒役を任せてはくれませんか」

 

 石上、最終手段で自身を藤原の生贄に捧げることを選んだのだ。

 つまりこの一手は、藤原と石上が二人が行う活動であるということだ。つまりこの後に白銀とかぐやの仲を探るのならば、石上付いてくるという事だ。

 一部以外の女性からの最大評価が「キモイ」になっている石上と共に居る。そんな活動など藤原も御免だろう。自身の境遇を生かした最大限の一手だった。

 

「ラブワトソンくん! 君もその気になってくれたんですね!」

 

「え、マジですか。あとその言い方頭悪いんで止めましょう」

 

 駄目だったよ彼女は恋愛大好き生物だ。

因みに藤原から石上への評価は映画の件もあり、まだ『自分を尊敬して慕ってくれる後輩』だった。そんな彼が手伝ってくれると言うのなら藤原にとっては大歓迎だった。

 石上の手を握りぶんぶんと楽し気に振る藤原に対し、石上は放心状態だった。どうすればいい、そんなことを考え――

 

「あれー、書記ちゃんと会計くん? 二人ともどうしたし? なんか楽しそーだけど」

 

 石上にとっては初対面の女子生徒だった。秀智院では珍しいギャルっぽい陽側の人だ、という第一印象を持った。

 

「あーっ早坂さん! 聞いてください! かぐやさんと、もぐっ!?」

 

「わーっ! 待った待った待ってください藤原先輩!」

 

 平穏な地に積極的に地雷をばら撒く悪行を成す藤原の口を石上は思わず塞いで止めた。この態勢とか密着度とかやべぇよな、と内心で思いつつ。

 そんな態度が可笑しかったのか、藤原に早坂と呼ばれた先輩は楽し気に笑った。

 

「ぷは、何するんですか石上君!?」

 

「あははー二人とも仲良しさんじゃん? なんか内緒話してたみたいだし。丁度私も書記ちゃんと話そうとしてたし、私にも教えてよ」

 

「あれ、ということは私を呼んでたのって早坂さんだったんですか!?」

 

「? まぁ探していたけど? ……なんか腰引けてるけど、どうしたし?」

 

「……早坂さん私に告白するつもりだったんですか?」

 

「書記ちゃん可愛いから私的にはオッケーかな~? ……いや、ドン引きしないでよ。傷つくじゃん」

 

 どういうこと? と言う視線を早坂は石上に向ける。

 

「えーと、藤原先輩が告白するために呼ばれたんですよ、っていう冗談を真に受けてしまったので……」

 

「はー、会計くんも案外ユーモアがあるんだねー」

 

 石上に対して悪印象を持たない女子生徒は珍しい。しどろしどろに答える石上に対しても笑いかける早坂に、陽キャの先輩ってすごい、と内心で石上は尊敬した。

 同時にこれはチャンスではないかとも考えた。丁度藤原をどこに連れていくかも考えていなかったのだ。この先輩が呼んでいたことにしてしまっても良いのではないだろうか。

 

「(悪くはない、と思う。丁度この人、早坂先輩も藤原先輩を探していたって言っていたし、それとなく話を持っていけば……)」

 

「それで、二人とも何の話してたの? あ、もしかして生徒会のことについてとか!?」

 

「(……その話からは逃げられないのか)」

 

 逆に考えよう。ばらしてしまってもいいさ、と。

 藤原が持っている情報は所詮は確定情報ではない。と言うよりこの学園の会長と副会長が恋人ではないか、などという事は秀智院の生徒ならほぼ全員が知っている噂だ。せいぜい距離が近そうに見えた、程度の話ならば問題ないのではないか。

 二人が生徒会の仕事で買い出しに行きたがっている、その程度のことだ。見方によっては恋愛方面のことに見えるかもしれない。だが逆に仕事仲間の関係かもしれない。要するに彼らは噂で盛り上がれれば良いだけの話なのだから。

 

「僕の口からはなんとも。藤原先輩に聞いていただけると……」

 

 石上は藤原にパスした。

 こう見えて藤原はかぐやの親友だ。あまりにも誇大な表現をしないだろうし、それが悪評になってしまうようなことを言いふらす人間ではない。その手腕は石上も知っている。風評のコントロールを容易くできる辺りは政治家の娘であるのだから。

 

「あ、そうなの? それじゃあ書記ちゃんを呼んでくれた君には、お礼に内緒の話を教えちゃうね!」

 

 石上にウィンクをして早坂は言う。言外に、石上が藤原をどこに連れていくべきか迷っていたのを見抜いていたのだろう。

 優秀な先輩だった。陽キャの人間は空気だって容易く読める。人はこうも優しくあれるのかと内心で感度する。

 

「あ、ずるいですよ早坂さん! 私にも教えてくださいよ!」

 

「あはは、それは後でね。ちょーっと耳を貸してくれる?」

 

「は、はぁ」

 

 ちょいちょい、と石上を藤原から離し、口を耳元に近づける。シャンプーの良い香りがするな、とか石上は呑気な感想を抱いた。

 

 ――思えば石上は幾つかの伏線に気が付いていたはずだったのだ。

 都合よく現れた先輩が、都合よく藤原に用があり、何故か石上に呼びに行かせたことにしてくれた。

 

 そんな石上にとって都合の良い話があると思っていたのだろうか。

 

 

 

「――藤原さんの足止め、ありがとうございました」

 

 

 

 ぞっとするほど冷たい言葉だった。視界が赤に染まった。警告音がひっきりなしに鳴り響いた。

 幾つもの仮想が石上の脳内を過ぎり、それが全て恐ろしい可能性を含みつつも確定ではないことに戦慄した。

 只一つ理解したのは、このことをこれ以上深く考えてはいけないという第六感による命令だけだった。

 

「以上! ね、凄かったでしょ!?」

 

「ハイ、ソウデスネ」

 

「あ、これも何かの縁だしラインの交換しよ!」

 

「アリガトウゴザイマス。ジャア、僕ハコレデ失礼シマス」

 

 ラインの交換も早かった。自分の手はこんなにも早く動くのだろうかと石上は感心した。

 寒気がする。風邪をひいたのだろうか。後ろでは藤原と早坂が楽しそうに話しているが自分はこんなにも寒いのはなぜだろうか。

 

 need-not-to-know. 世界には知ってはいけないことがある。その答えの一つを見つけてしまったのだ。

 近い未来が確定する。要するに石上は爆破されるという事だった。

 

 今日の戦場。戦死1名、死亡確認。

 

 戦果、中身が怖い先輩のライン。

 

――

 

「いや、ぶっちゃけそれもう告白みたいなものですよ。なんやかんや理由を付けて、形にするのは避けていたのにどういう心境の変化」

 

「ああそうだ」

 

「……え?」

 

「俺は、四宮かぐやが好きだ」

 

 白銀の言葉に石上は目を見開いた。

 

 

 

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