石上優の生存戦略   作:ミート

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書きかけだった話の蔵出し


石上優は否定したい

 

 

 海か、山か。夏の旅行と言えば真っ先に浮かぶのがその二択だ。限られた季節で行ける場所であることも勿論だが、それは人が無意識に避暑地を求めているから、という仮説も立てられる。

 秀智院生徒会のメンバーでもそれは例外ではなかったようだ。キーボードでパソコンに文字を入力しながら、海を推すかぐやと山を推す白銀の会話に耳を傾け石上は思う。白銀が海の欠点を挙げていくが、かぐやは予習していたかのようにそれらを潰していく。

 

「(おおよそ四宮先輩が優勢で、そろそろ会長が折れる頃だ。……これが恋愛関係の決め手にならないし、イニシアチブを握れないのも何時もの事、なんだけれど)」

 

「……成程、海も確かに悪くはないな。藤原と石上はどう思う?」

 

「(なんかそんな感じの質問が飛んでくるのは知ってた)」

 

 おなじみの流れ弾である。響きからしておおよそ観念したが、蜘蛛の糸に縋る程度に聞いただけだろう。もしかしたら石上の考え過ぎで、雑談に混ざらせようと振ったのかもしれない。

 

 初めに返答したのは藤原で、山が良いという返答に隠しながらガッツポーズをす白銀と、やはり敵であると再認識したかぐやが其処に居た。ただその山が恐山という心霊スポットであることや、謎の交霊術を行おうとしている藤原に、白銀かぐや両者ともノーカウントであると認識する。

 となれば残されたのは石上の意見だ。そうですね、と。視線を宙に浮かべながら答える。

 

「海か山かで言うのなら、圧倒的にクーラーがキンキンに効いた室内ですね」

 

 何事でもないと言わんばかりに石上の表情に、白銀、かぐや、藤原の三人はちょっと引いた。

 

――

 

インドアとアウトドア。人の嗜好や趣味を二つに分けることもできるその単語達の前では、どこに行くか、などと言う問いはミクロなものに過ぎない。

サバイバル動画、海の環境音をネットで拾える圧倒的現代っ子である石上にとって、山や海で遊ぶことは絶対ではない。無論その価値を否定するつもりは無いが、室内で全てが手に入る現代環境では優先順位が下がる、ただそれだけのことだ。

 

「大体ですね、海も山も本質は同じなんですよ。自然を感じたい……なんて意識の高いことを言って居る連中が何かと理由を付けていちゃつきたいだけなんです。何が自然ですか。不自然なことヤりに行ってるじゃないですか。自然に謝ってください」

 

「石上、何がお前をそうまでして自然を恨ませるんだ」

 

「自然は嫌いじゃないですよ。不自然な人間どもが嫌いなだけなんです。あいつら爆発しねぇかな」

 

「現代社会に生きる人間が言うセリフじゃないぞそれは!? 中身が完全に野生のラスボスじゃないか!?」

 

 石上の青春へのヘイトは大きい。自分に持っていない物を羨む気持ちが大多数ではあるが。

 このような思考回路は確かにラスボスのようだ、と。白銀の嘆きを聞きながら石上は思う。こんなラスボスだらけの学園で何をいまさらと言う気持ちもあるが。

 

「石上くん、可愛そう……」

 

「死にたくなるのでガチで言うのやめてくれません?」

 

 眉を下ろし悲しげな表情で言う藤原に、石上も言葉が胸に刺さった。普通にキモイとか言ってくれれば直ぐに爆発四散して嘆きながら家に帰っていたのに、と。

 このまま自分が小さいと思われるのも石上にとっては癪でもある。行けないのではなく、自分は行かないという選択を取っているのだ。そこを間違えて欲しくないと石上は口を開く。

 

「そもそもですよ。自然、という共有できる物体があって、それを介して仲を深めたい、ってのが本質なら、別に外で在る必要ないじゃないですか、良いじゃないですか室内で」

 

「……なるほど、一理無いわけではないな」

 

「会長?」

 

 白銀の反応にかぐやは僅かに目を見開く。海か山かの論争で自身が折れかけていたところを逃避しようとしているのか、かぐやは一瞬そう思うが、白銀の反応は至って真面目なものだった。

 

「どこに焦点を当てた話かで石上の主張も変わる。存分に自然を満喫する、という事が主題であるのなら確かに複数人で行くことも、場所を選択する理由も無いということだ」

 

「ああ、そういう話でしたか。では誰かと仲を深めるため遊びに行くことを主題とした場合は?」

 

「これも石上の主張は間違っていない。仲を深めることを目的とするのなら、場所は最も重要なものではない。そして俺たちの話は後者に当たる」

 

「そ、そんなのおかしいですよお二人とも!」

 

 石上の言葉に納得した二人に、我慢できないと藤原は叫んで否定する。なぜなら白銀とかぐやの言葉に納得してしまったら、室内に籠りきりの石上が正しいという事になってしまうからだ。

 

「全人類が石上くんみたいな生活をしていたら、背中からキノコが生えてきちゃいますよ!? 海にも、山にも、外にはもっと輝いて見えるものが沢山あるのに! それを切り捨てるなんて間違ってます! 地球を菌類の苗床にしてしまう気なんですか!?」

 

「焦らないで下さい藤原さん。話はまだ終わっていません。でしょう、会長?」

 

「ああ」

 

「(え、なにこの雰囲気。石上きもーいで終わる話だった筈なのに)」

 

 どうして白銀とかぐやがそこまで自分の話に食らいつくのか石上は理解できていなかった。石上自身ある程度は自分のキャラが分かっている。ドン引きされる話だと理解した上で発言したのだ。この具体的には恋愛頭脳戦空間をボロボロにするために。

 

 そもそも今は恋愛頭脳戦が始まっているのだろうか? 此方に話を振った時点で終わっていたのでは、というのが石上の認識だった。

 

「今回の俺たちの話で最も重要なのは、仲を深めることだと定義した。ならばそれを成すため、自分が最も全員が満足できると考える場所を挙げるべきだ。それが石上にとっては室内であったという事だろう」

 

「人は行動範囲も知識も体験もそれぞれ違います。だから個性のある場所を挙げること自体は間違いではない、と。先ほど会長が石上君の意見を肯定したのはそういう意味ですよ」

 

「そういう事だったんですね、石上くん……!」

 

「え、あ、はい。そうなんじゃないですかね」

 

 どうしてそういう話になったのだろう。でもなんとなく自分を肯定してくれているから良いのかな、と石上は意見に流される。

 

「それじゃあ私が恐山を挙げたことも間違っては無かったんですね」

 

「いやそれは間違っています。流石に僕も引きますよ」

 

「培養室を挙げた石上くんに否定された……」

 

「キノコ扱いするのやめてくれません?」

 

 中等部の時とは違い、きちんと窓もカーテンも開けている。健康的にゲームはやっているつもりだ。

 こほん、と一つかぐやが咳払いをする。話はまだ終わっていないのだと、言外に言った。

 

「ですがその話には穴がありますね、会長?」

 

「ふむ?」

 

「石上君の意見の正当性は確立されました。ですがそれは私たちの意見と石上君の意見が対等であった、というだけの話で、決して最も相応しい意見であるという確証にはならないでしょう?」

 

「もっともな話だ。反論する余地もない」

 

 かぐやの意見にあっさりと折れた白銀を見て、石上は違和感を持った。

 

「(うん? 何か変だ。まるで白銀先輩と四宮先輩の掛け合いが予定調和みたいに……)」

 

「石上君?」

 

 かぐやが微笑む。石上は嫌な予感がした。第六感が有給を使って消えていたのだと今気が付いた。

 

「石上君の室内が最上であるという発言は、海か山か、その選択を挙げていた私たちへの否定でもありますね」

 

「へっ?」

 

 そうなのだろうか、そうかも。確かに二人の話を何時もの恋愛頭脳戦だとため息交じりに聞いて、その憂さ晴らしに吐いてしまった言葉かもしれない。

 いやしかし四宮先輩に喧嘩売るつもりじゃなかったが、本人はそう捉えていない。絞殺される一分前って表情してるもの。

 

 第六感が働かない。休暇取ってくるからたまには一人で頑張れと言わんばかりだ。グルグルと頭の中を情報が巡り、やがて白銀がかぐやの肩を叩く動作で正気に戻った。

 

「そう言うな四宮。結論さえ出れば選択肢が増えるのは悪い話じゃない」

 

「白銀先輩……!」

 

 なんと頼れる先輩なのか。最近の先輩たちは恋愛頭脳戦とかいうよく分からない戦域を広げポンコツさを溢れんばかりに出しているというのに。尊敬は元々しているがそれはそれで、これはこれだ。

 どちらかが折れれば一話で終わるラブコメに誰か止めを刺してくれ、と。内心思っていた石上にとっては救いの神のように見えた。

 

「もしかしたら山から見た星の輝きを知らないだけかもしれない。室内を挙げたのはそういう理由もあるだろう」

 

「(……うん?)」

 

「そうですね……。底が見えそうなほど透き通った海の美しさを知らなければ、その意見が出るのも仕方ない事です」

 

「…………ちょっと待ってください」

 

 白銀の言葉はかぐやを納得させた。だからこの話は此処で終わりだ。それで良かったのかもしれない。

 

 否である。

 

白銀も四宮も石上の出した室内という意見を否定しなかった。しかしそれは肯定したわけではない。自分たちが挙げた山と海が最上のものだというプライドがあった上での発言だった。

 自身の意見が最上であると発言することは、同時にその他の意見が下であると発言したと同意だとかぐやは言った。

 

その通りであった。

 

 二人は石上の意見が下であると言ったのだ。山を、海を本気で知ったのなら室内という選択が出てこないと!

 

 それが石上のインドア魂に火をつけた。此処で引いてはならないと。自分は室内という場所を進んで選んだのだと証明しなければならない!

 

「逆に言わせてもらいますよ。室内の快適さ、そして優雅さを知らなければ、アウトドアなんて選択肢は端から出てこないんじゃないですかぁ?」

 

「ほう?」

 

「へぇ?」

 

 白銀が不敵に、かぐやが穏やかに笑みを浮かべた。石上の発言を面白そうに聞いていることは共通だった。

 

「夏に迎合するだけが夏を味わうってことじゃないでしょう。猛暑の中でクーラーを利かせた部屋でキンキンに冷えたジュースを手にボートゲームとかで楽しむだとか! 外の環境に逆らった部屋で夏に反抗していくのはまた、夏でしかできないんですよ!」

 

「まぁ悪くはないんじゃないか? 実に文明的じゃないか、なぁ?」

 

「その恩恵を享受している私たちにも十分理解できることですが、ねぇ?」

 

 それは自分たちの意見の否定にはできない。そう言外に語る二人に石上は言葉続ける。

 

「机の上の論争を広げたところで意味はないです。僕も先輩たちも意見の論拠が自分の体験から来ているなら、共有することはできません」

 

「道理ですね。パンフレットを広げて旅行した気分になって人に勧めても、説得力に欠けるのは事実。それを補強するための言葉で、それをひけらかして皆さんを丸め込むのは簡単ですが……石上君の意見は変わらないでしょうね」

 

 それは相手に反骨精神を植え込むだけだとかぐやは知っている。完全敗北でなければ人は自身の意見を捨てられない。

 石上は強い。それは生徒会全員が知っている。かぐやも同じだった。

 

「困りました。それではこの問題をどう解決すべきでしょうか? いえ、問題とすら呼べませんが、しこりが残ってしまうのは事実です」

 

 なにしろ最上の意見は決まり切っているのに、納得させることが難しいと。かぐやは困ったように言う。

 石上も白銀も同じ考えだ。ただ主張が違うと言うだけで。

 

「四宮、石上。こののっぴきならない状況を解決する方法がある」

 

「あら。聞かせていただきますか、会長?」

 

「……それは?」

 

 かぐやの笑みも白銀の自信満々な表情も揺るがない。

 

「体験をしたことがないから納得させられないのなら……体験してしまえばいい。各々が自身の主張した意見の計画を立て、生徒会で実行するぞ」

 

 それは山か、海か、室内か。選べないの全部実行しちゃえばいいじゃないという乱暴なものだった。

 だがそれは高等部一年、二年の学生の内ならば許される。その余暇を作ることは、彼らにとってはまだ難しいことではないのだから。

 

「成程、そういうことですか。流石は会長、初めからこの予定で?」

 

「まさか。だが俺も幾分か自我が強い。自分の主張を曲げたくないと言う程度にはな。四宮も同じだろう? 石上は少し意外だとは思ったが」

 

「白銀先輩、流石にそれは僕を舐めすぎじゃないですかね」

 

 石上は曲がったこと、間違ったことはハッキリと発言する性格だ。だからこそ地雷を踏むこともあるし、自分の意見が最上と考えているなら対立する。それが例え恐ろしい先輩や最も尊敬する先輩であったとしてもだ。

 

「夏休みで最も最高の体験をさせた者のプレゼンが至上だったと証明できる。これで否はないな?」

 

「ええ、それで構いません。尤も結論に変わりあることはありえませんが」

 

「上等じゃないですか。室内での楽しみ方って奴を教えてあげますよ」

 

 ここに夏休みの予定が一つ決定した。石上はこの生徒会のメンバーで遊ぶなら何がベストなのか思案に暮れ始め――

 

 

「「(計画通り)」」

 

 そんな石上を見て白銀とかぐやは目も合わせずお互いにほくそ笑んだ。

 

 かぐやと白銀は予知していたのだ。所詮は会話の流れの話題の一つに過ぎないこの話は、日常の忙しさによって忘れられお流れになる可能性も高い。それぞれ恋愛頭脳戦を仕掛けるチャンスにも関わらず。

 ならば、約束として結びつけてしまえばいい。

 片方に縛る必要はない、これはピンチでもあるがチャンスでもある。白銀は障害に対して何時も努力を続け乗り越えてきた。かぐやも多少の難点をひっくり返すだけの時間や教養を持っていると自負している。故に今回の約束は必ず自身に対して有利に働くと確信していたのだ。

 

 ただし一つだけ、二人には間違いがあった。

 

 彼らは石上を利用している、かのように見えるが生徒会のメンバーで何かをしたいという思い自体は本物だった。だからこそ利害関係のみの意識ではないということだ。

 

 それは恋愛頭脳戦上では甘えだ。白銀もかぐやも、互いに他者に意識を振り分けながら墜とせるほど甘くはなく、そして石上や藤原が利用されるだけの相手ではなかったのだ。

 

 結論から言おう。

 

 この世界において、ウルトラロマンティックな告白など無い。存在するのは爆破され無惨になった恋愛という戦場だけであり、その未来が今確定した。

 

 




次話を書く予定が無いので、次話でプロットを出して未完とさせていただきます。
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