鍵が導く心のままに【キングダムハーツⅢ×グランブルーファンタジー】   作:K氏

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第1話「空の世界」 エピソード3

 風を切り裂く音が、一度、二度、三度。

 その三度に合わせて、何かが切り裂かれる音も一緒に聞こえてくる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 青い服に鎧を纏った少年が、呼吸を荒げる。それでもなお、握りしめた剣を手放さない。今手放してしまえば、あっという間にやられてしまうのが目に見えているから。

 

「だ、大丈夫かよぉグラン!?」

「はぁ……まだ……これぐらい、平気さ」

「ウソつけ! だいぶ消耗しちまってるじゃねぇか!」

 

 肩で息をする少年を心配するように、彼の傍らで浮いている小さな赤い竜が、心配そうに気遣ってくる。

 それに強がって返答する少年だが、正直かなりきついのは間違いない。

 何せ――どれだけ敵を倒しても、まるで減らないのだから。

 

「げぇっ! また湧いてきやがった!」

 

 赤い竜の言葉に弾かれるように、新たに増えた気配のする方を向いて見れば、地面から無数の黒い影が、立体となって現出していた。

 全身が真っ黒で小柄なその影は、黄色い瞳で少年を捉えると、一斉に駆け出す。

 一番接近してきた影に、少年は剣を振り下ろす。

 グシャリ、という音とともに、影の頭部が切り裂かれ、そのまま死体を残す――事もなく、黒いモヤになって消えてしまった。

 次いで飛び掛かってきた影も、横薙ぎの一閃で胴を斬り裂く。その次は刺し、その次のには袈裟斬りをお見舞いする。

 そうして何体も倒してはいるものの……不思議な事に、少年の手にはほとんど手応えが感じられなかった。

 倒し甲斐がない、という意味ではない。文字通り、斬ったという感触がほとんどないのだ。

 

「チックショウ! これじゃあキリがないぜ! 一度戻って態勢を立て直した方が――」

「……そうも、いかない」

 

 それでも、少年はここから逃げ出すわけにはいかなかった。

 チラリと後ろに目をやれば、そこには恐怖で震える三人の子供が。

 

「……ここで逃げ出したら、騎空士の名折れ、だよ」

 

 

 

 

――事の始まりは、今から数時間前。補給の為にとある村に立ち寄った時の事だった。

 

「なんだってぇ!? ガキンチョが戻ってこねぇ!?」

 

 赤い竜、ビィの驚きの声が上がる。それに対し、彼の目の前にいた男……この辺境の島にある小さな村の住人が「はい」と力なく答える。

 

「最近、森が妙に物騒になりましたから、我々大人からも『森には近づかないように』と言いつけていたのですが……」

「だってのに、森に行っちまったのか?」

 

 その問いかけに、男は力なく項垂れる。

 

「……私が、私が目を離してさえいなければ、こんな事には……」

「オイオイ、なに弱気になっちまってんだよ。まだそいつらが死んだって決まったわけじゃねぇだろ」

 

 ビィはそう呆れるが、それにしては何か様子がおかしい。何かがあるのだと、直感的にそう感じ取った少年……グランは、男に優しく問いかける。

 

「森に、何かいるんですか? 例えば、強い魔物だとか、それとも――」

「……もしくは『星晶獣』か、ですか?」

 

 男の力ない言葉に、グランは力強く頷く。

 

「……生憎ですが、私は生まれてこのかた、この島から出た事は一度もありません。その上で断言させていただきますと……この島にそのような存在はいません。……アレを見た今では、本当はいるんじゃないかと思うようにはなりましたが」

 

 そう口にした男は、ぶるりと身体を震わせた。

 男は、目に見えて怯えていた。

 

「……一体、何を見たんですか」

 

 なるべく男を刺激しないように、グランは男に問いただす。

 だが、それでも男には根強い恐怖心が残っているのか、グランの問いを聞くと迷うような素振りを見せる。

 

「お願いします。子供達を助ける為にも、貴方の情報が必要なんです」

 

 だが、それでもグランにとって訊くのを諦める理由にはならない。ただの迷子ならともかく、この状況は何かがまずいと、それなりの経験を積んできたグランの直感が囁いていたのだ。

 

 グランの真っすぐな瞳を受け、男は数瞬、口を開くのを躊躇うが……やがて決心が着いたのか、その重い口を開いた。

 

「……アレは、『影』でした」

「影だって?」

 

 満を持して明かされた答えに、ビィが首を傾げる。

 

「それしか言いようがないのです。黒いモヤのような化物……それを影と言わずしてなんと呼びましょうか」

 

 そう口にしながら、男の震えがどんどん強くなっていく。

 

「正直、思い出すだけでも嫌になるんです。まるで、あの影に心を掴まれてるような、そんな感じがしてしまって……」

「お、オッサン……マジで一体何があったってんだよ……?」

 

 尋常ではない様子に、ビィも流石に心配になってくる。このまま聞いてしまっていいのかと。

 

「……あの!」

 

 そこに一石を投じるのは、蒼い髪をした少女――ルリア。

 どこかグランにも似た雰囲気をした澄んだ目で、怯える男に声を掛けた。

 

「とても恐ろしい目に会ったのは、わかります。怖いのは誰だって嫌だって、私にもわかります。……でも!」

 

 そこで、一呼吸置く。

 

「その恐ろしい目に、子供達が会ってしまうかもしれないんです! お願いします。皆を助ける為にも、もっと情報が欲しいんです!」

 

 それは、聞く人によっては非難されるかもしれない。だが、その言葉には確かに、「子供達を助けたい」という想いが込められていた。

 それを聞いた男は、それでも口に出したくないと思ってしまう自分への嫌悪から、服越しに抱いた自分の体をより強く握りしめ、自らに喝を入れる。

 

「……わかりました。お話します。私の見た事を――」

 

 

 

 

「でもよぉ、このままじゃオイラ達もやべーぞ!? オイラ達もハートにされちまうかも……」

 

 目撃者である村の男曰く、「一緒にいた村の友人が、影に飛び掛かられたかと思うと、ハートになって消えてしまった」。それがどういう意味なのか、最初はわからなかった。

 だが、実際に目の当たりにして理解した。

 あの影の攻撃が、偶然小さなウサギに当たったかと思った瞬間、その小さな体が空気に溶けるように消え、代わりにハートの結晶のようなものが飛び出したのだ。

 つまり、影の攻撃をまともに食らえば、自分達もああなってしまう可能性が高い。

 ……だが、子供達を放って逃げるなど、出来るわけがない。依頼を受けた者として、そして騎空士として、それだけは絶対にあってはならない。

 

「ビィ。頼みがあるんだ」

「お、おい。まさか、オイラ達だけで逃げろってんじゃねぇだろうな?」

 

 震える声でそう訊いてきたビィに、グランは「流石、よく分かってる」と、にこりと微笑んだ。

 

「ば、バカヤロー! お前だけを置いて逃げるなんて、そんな事出来るわけ――」

「ビィ」

 

 ビィの必死な言葉を遮る。

 

「僕なら大丈夫。ルリアも一緒だしね。それに、今の状況だと守りながら戦うのは、正直かなり厳しい」

「で、でもよ。オイラだけでガキンチョ達を逃がせるか……」

「大丈夫」

 

 グランは振り返らない。だが、その言葉はとても力強かった。

 

「ビィだって、騎空団の立派な仲間だ。僕は、ビィを信じてる。ルリアだって信じてる」

 

 なんとも根拠のない自信と信頼だった。だが、いつだってその根拠のない不確かなものが、目に見える程の力と勇気をくれるのをビィはよく知っていた。幼い頃からの付き合いであるグランの事なら尚更だ。

 

「……おう! 任せとけ! でもぜってぇ無茶するんじゃねぇぞ!」

 

 ビィの決意に、グランが力強く頷く。

 そして、ビィは子供達をなんとか立たせると、そのまま影達のいる方とは反対へと逃げ――

 

「――うわぁ!? こっちにも出た!」

 

 子供達の悲鳴。木陰から飛び出すように、今度は鉄兜を被り、鋭い爪を持った影が現れた。

 その胸元には黒い影には無かった、赤と黒の禍々しいハートのような紋様が描かれている。

 その影が、一体、二体と数を増やす。

 

「ッ、まずい!」

 

 一瞬遅れてグランも気づくが、そんな彼を阻むかのように黒い影が飛び掛かる。

 

「邪魔、だぁ!」

 

 それらをなんとか切り払うが、その間にも兜を被った影がどんどんビィ達との距離を詰める。

 

「くっそぉ! 逃げるぞお前ら!」

「う、うん! ……あっ!」

 

 ビィの咄嗟の判断で別の方向に逃げ出そうとする子供達だったが、その内の一人が、うっかり木の根に足を引っ掛けて転んでしまう。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「ビィ! く、そぉ! どけぇ!」

 

 こけた少年を見て、その傍に近づくビィ。だが同時に、兜を被った影も彼らに迫りつつあった。

 なんとか二人を助けたいグランだったが、黒い影が邪魔をして近づけずにいた。

 

「あ、ああ……!?」

「ちっ、くしょう! このヤロー! こいつを襲う前に、オイラが相手になってやるってんだ!」

「よせビィ! やめろ!」

 

 ビィが子供を庇うように立ちはだかるが、ビィはそもそも敵と戦えるような力を持っていない。このままでは、一方的にやられ、そして――ハートにされて消えてしまう。村の男の友人がそうなったように。

 

 そして兜を被った影達が、情けも容赦もなく、一斉に飛び掛かり――

 

「ビィィィィ!!!」

「くぅッ!」

 

「危ない!」

 

――どこからともなく回転して飛んできた何かが、影を弾き飛ばした。

 

 不意を打たれた影達は、そのまま何体かを巻き込むように吹っ飛ばされる。

 

「な、何が起きたんだ……!?」

「あれは……鍵?」

 

 影にぶち当たり、回転の勢いを失ったそれは、鍵の形をした奇妙な剣だった。

 それが、一瞬にして光の粒子となって掻き消えたかと思うと、今度はグランの前に立ちはだかる黒い影に炎が浴びせかけられる。

 

「大丈夫か!?」

 

 そして現れたのは、魔導士の杖のようなものを手にした小柄な男に、盾を構えた背の高い男。それから、その手にさっき消えた筈の鍵の剣を握りしめている、自分と同年代ぐらいの快活そうな少年。

 

「あ、あぁ」

「よかった! ――それじゃあ二人とも! いつも通りのハートレス退治だ!」

「よぉし!」

「いっくよぉ!」

 

 突然現れた彼らは、次いで黒い影――ハートレスと呼ぶそれと向き合うと、各々の武器を構える。

 その顔に、恐れの色はまるでない。影の呼び名を知っている辺り、彼らは影との戦いに慣れているようだった。

 

「……待ってくれ! 僕も一緒に戦う!」

 

 だが、彼らだけに任せていいというわけではない。どこの誰かは知らないが、そのまま任せっきりというのは性に合わない。

 グランは自らの脚に力を込めると、少年の隣に並び立つ。

 

「分かった! でも無茶するなよ!」

「分かってる!」

 

 大分消耗しているグランの様子を見た筈の少年は、意外にも止める事無く、ハートレスと呼ばれた影から目を逸らす事なく忠告だけを飛ばす。

 

 そして、黒い影の内一体が飛び掛かってきたのを皮切りに、戦いが始まった。

 

 

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