「体育大会?!」
「そうだ、毎年六月に行われる一大イベントだ。今日あたり競技決めが行われると思うが…どうだ?出るか?」
「う、うーん…」
銀髪の天然パーマと、国語の先生らしからぬ白衣を着た男―銀八からの問いに、神楽は少し戸惑った。
「で、出たいアル…でも……」
「ま、日は強いだろうな。」
透けるような真っ白な手に、彼女は目を向けた。
室内にいる今も、神楽は肌を出しているところが少ない。
顔は瓶底眼鏡に半分隠されているし、制服の上からジャージ、スカートの下にもジャージ。
出ているところといえば、口元と手くらいだろうか。
しばらく黙った後、彼女は意を決したように口を開けた。
「…やめておくネ。今は仕事もやっているし、体は大事アル。」
「…わかった。実行委員には上手く伝えておく。」
「…ありがと。」
「なに、こんなもんお前の為なら何でもねぇよ。」
優しそうに笑う銀八に、神楽も笑みを作る。
ありがとう、と心の中で何度も呟きながら。
*
「じゃあ、神楽ちゃんは体育大会に出ないの?」
「うん…ごめんネ。でも、精一杯応援するアル!」
「神楽が謝ることじゃないっす。それに、病気なら仕方ないっすよ。」
「うん。私たちが神楽の分も頑張るから…」
教室に戻り、神楽はいつも一緒にいる仲のいいメンバーと話していた。
話題は、先ほど銀八と話していた体育大会についてだ。
「ありがとう。姉御!また子!信女!」
「お礼を言うことじゃないっすよ!神楽」
お礼を言われた三人の少女は柔らかい微笑みを作った。
そして、神楽も。
そんな幸せな日常を彼女は送っていた。
*
「ってことがあってネ。あ、神威は競技何にしたアルカ?」
撮影前。最早日課になりつつあるお喋りの時間を二人は過ごしていた。
「ん?俺がそんなくだらない事に参加するわけないじゃん。」
「えー!?もったいないアル!」
神威のセリフに神楽は顔を歪めて反論する。
「そんなこと言われたって、もう出ないって言っちゃったしなぁ…」
「もったいないアル…」
泣きそうに顔を歪める神楽に、さすがの神威も困ったように眉を寄せた。
神威が何か言おうと口を開いた時スタッフから呼び出しがかかった。
「行こうか。」
「…そうアルナ。」
*
「どうして?なんで!?なんで私は…私は…!!」
「…もう、何も言わないでいい。」
「え…?」
止めどなく涙をこぼすヒロインに、神威はそっとキスをした。
その口づけはどこまでも優しいものだった。
「俺は…何があっても君を愛しているから。もう、泣かないで。」
「…私で…良いの?」
思わず見惚れてしまう優しい笑みを浮かべる神威に、神楽は唇に触れながら幸せそうな表情をして問う。
「もちろん。君じゃなきゃ…ダメなんだ。」
「…ッ!」
慣れた手つきで神楽の頬に触れる神威、その行為に喜びを感じる神楽。
その二人は、どこからどう見てもお似合いのカップルで。
「はい、カットー!」
甘い雰囲気を監督の声が切り裂く。
「ふぅ…ラブシーンって苦手。」
「そう?キスとか妙に慣れている感じがしたけど。」
「そ、そうかしら?あ、あはは…」
神威の妙な勘繰りに、神楽は総悟との関係をばらすまいと変な笑いをする。
変な反応の神楽に神威は逆に何かを感じてしまうが。
「もう、二人とも最高だね!このドラマ大成功間違いなしだよ!!」
(た、助かったアル…)
これで、話題を変えられる。
「ありがとうございます。残りもよろしくお願いします。」
[newpage]
ホームで女子が騒いでいる。
音楽を聴こうにも、イヤホンを家に忘れたので何となく女子の会話に耳を傾けた。
「ねぇねぇ、このドラマ見てるー?」
グループの中の一人の女子がスマホを見せながら別の女子に聞く。
「あ、見てる見てる!本当にカグラって可愛いよねぇ。」
(当たり前だ。この前もすっげえ可愛かったんだぞ。)
自分しか知らない彼女の表情がある。それだけで、何故か幸せに思えた。
そしてそれと共に、次になんと言うか想像がついた。
「っていうか、カムイ様も格好良すぎぃ。この二人お似合いすぎて、やばいんだけどー」
「あ、まじソレ!やばいよね、この二人。本当に付き合っているんじゃないかって思っちゃうくらい。」
そこまで聞いて俺は後悔した。
本当はこの落ちになることが最初から想像ついていたのに。
(神楽と付き合っているのは俺でィ。)
そうは思うものの、最近はどこへ行っても耳に入る話題はこんなもので正直少し滅入り始めていた。
そして、思い出すのは神楽と神威のキスシーンの話。
「あーもう、面倒臭え…」
総悟の呟きはホームに入ってきた電車の音にかき消された。
*
「ただいまアルー。」
「おう、お帰り。」
付き合い始めてからこうして俺たちは一緒に飯を食べるようになった。
「今日もドラマ撮影だっけ?」
「そうアル。もうくたくたネ。」
ソファーに座りながらため息をつく神楽。
「にしても、すげぇ人気だな。このドラマの話を聞かない日なんてないぜィ。」
「本当アルカ!?…良かったぁ…」
大きな青い瞳を一杯に広げ目を輝かせる。
「なんでィ。知らなかったのかよ。」
「最近は、ホームで耳を傾ける暇もないネ。」
そういう彼女の横顔は確かに疲れているようだった。
「撮影はいつまでなんでィ?」
「もう直ぐで終わりアル。はぁ…長かった……」
「じゃあ、もうひと頑張りだ!応援しているぜィ」
にやりと不敵に笑う総悟。
一瞬遠い目で神楽は見つめてから同じように笑みを作った。
「もちろんネ!お互い、頑張ろうナ!」