かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話 その4

ミズキの家から南女子校までは電車で25分といったところだ。

 

南女子校の裏門からバイクで入り、バイクを止めたのは、太陽が真上から少し西に傾いた時間だった。

 

裏門前で一回止められたが、ミズキが何かの紙を出すとすんなりとガードマンがどいたあたりちゃんと許可をとっていたことが分かる。

 

どうでもいいが、バイクに乗っている間はずっと心臓がバクバク言いっ放しだった。

 

そりゃ美女と密着して緊張しないやつはいないだろう。

 

胸の鼓動がミズキに知られてないかだけが心配だ。ミズキがからかってこないあたり、その辺は大丈夫だろう。

 

「よし、時間通りだ」

 

バイクから降りた彼女は左手につけた腕時計で時間を確認する。

 

「ん? その時計まだ持ってたんだ?」

 

その動作で気づいた。ミズキがいましている時計は高校一年生か二年生の時に俺が誕生日プレゼントで送ったものだった。

 

バイト代で買った安物の時計。その状態は新品のようにとても綺麗だった。

 

「あぁ、当たり前だろ? 仲間からもらったもんだ。壊れるまで大事に使うさ」

 

フルフェイスを被ったままのくもった声で表情も見えないがきっといつも通りの笑顔で言っているはずだ。何と無くそれは分かる。

 

「「-----------」」

 

裏門から入ってすぐから黄色い声が絶え間無く聞こえてくる。やっぱりここは女子校なんだと実感する。

 

彼女はゆったりとした動作でヘルメットをとる。

 

「それにしてもラッキーだよな。ここの文化祭はここに通っている嬢ちゃん達の家族以外は野郎は入れねーんだぜ」

 

「へぇー。それは知らなかった」

 

女子校に友達もいないし、文化祭にも行こうとも思っていなかったためその情報は初耳だった。

 

黄色いの間から演奏が聞こえる。どうやらどこかのグループがライブをやっているみたいだ。

 

「やはり、時間通りにきたか」

 

そういいながら校舎裏から天パーの友人が出てきた。黒のワイシャツに真っ白のパンツ。上下共にシワ一つなく、いつも適当な彼の印象とは大きく違った印象を与える。普段からこんな格好していれば少しはまともな印象を与えると思うが、彼的には人の印象などどうでもいいのだろう。

 

そしてそんな彼の手には少し大きめの布袋があった。

 

「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってるんだ」

 

「いやはやこっちは少しでも遅れたら間に合わないから少しビクビクしたもんだ」

 

間に合わない? どういうこと?

 

「間に合わないってどういうこと?」

 

俺の素朴な疑問に彼女はそっけなく答える。

 

「どういうことって、そりゃ演奏時間に間に合わないに決まってんだろ」

 

「そんなに時間ギリギリを狙ってのか?」

 

「時間ギリギリってまだ10分もあるだろ?」

 

10分!? それって準備云々とか考えたらヤバイんじゃ?

 

そう焦るのと同時に安心もする。

 

やっぱりミズキはミズキ。何も変わってないと。

 

「正確には10分しかない、が正解だがな。まぁ、間に合ったのならいい。とりあえず着替えて来い」

 

SSKがやれやれという感じで言うと、手に持ってた布袋を俺に手渡す。

重さからしてもこの中に衣装が入っているらしい。

 

「更衣室はステージの裏な。それと背負ってるギターをかせ、チューニングやセットはやっておこう」

 

「すまない。ありがとう、SSK」

 

「なに、気にすることはないさ」

 

やっぱりSSKは悪いやつじゃない。

 

「時間がないぜ! さっさと着替えて最高のライブにしようぜ!」

 

時間がないのはミズキせいだろ、とは言わない。ミズキのこういった正解はSSKもヒロトも同意済みだし、なにより彼女がとてもいい笑顔だったから。

 

その言葉とともに彼女は楽器と歌が聞こえる方向へと足を進める。

 

SSKもそれに習い足を進める。

 

俺は少し出遅れて彼らの後を追う。

 

俺たちの前のグループだろうか?

 

近づくたびに感じる。上手い演奏だと。そうとう練習を積んだグループだろう。演奏に迷いがない。息もあってる。

 

ロックのような激しい演奏だがお互いのフォローを忘れてない。

 

観客のテンションも上がっている。黄色い声援の声がステージに向かう度に大きくなっていく。

 

それと同時にプレッシャーも増える。俺はこのレベルの演奏できるだろうか?

 

ミズキ、SSK、ヒロト。この三人はできる。これは間違いない。三人で演奏するならどこぞのプロミュージシャンにも負けないだろう。

そのくらいの技量とパフォーマンス力がある。

 

でも、そこに俺が入ると?

 

邪魔にならないか?

 

完璧な調和の中に違和感が生じないだろうか?

 

生じないはずはない。前から分かっていたことだ。

 

ライブの前は毎回思う。俺がこのグループ唯一無二の欠点であり、クオリティを下げているということ。それはどうしようもない事実。

 

赤髪の彼女やメガネの友人、それにイケメンの友人。その誰もが俺の間違いや技量を責めない。

 

逆にそれが俺は辛いのかもしれない。

 

俺とミズキ、SSKの距離はたった歩幅で言うとニ、三歩分。

 

確かこの感覚はつい最近も春香ちゃんといた時に感じた感覚だ。

 

たった歩幅ニ、三歩。距離にすると2-3m 。少し早歩きでもすれば追いつける距離。でも、俺にはその立ったニ、三歩がとても長く、そしてとても遠く、一生かけても永遠に届かない、とてつもなく長い距離に感じる。

 

「なーに陰気臭い顔してんだよ」

 

赤が振り向きながらいう。

 

「どうせまたロクでもないこと考えてたんだろう?」

 

そして笑いながら、続ける。

 

「そうだな、お前は少し考えすぎる節がある」

 

黒もそれに続く。

 

「なーに、心配するようなことはねぇぜ。なんたって俺が仲間と認めたんだ。誰に何を言われようと堂々と胸張っとけ。そういう考えるのはお前“らしく”ねーぜ」

 

そうだな。確かにらしくない。

 

どんな時でも俺らしく。ミズキやSSK、ヒロトあたりはいつも“らしく”生きている。

 

どんなにあいつらが遠い存在だろうと、らしくあることだけは真似できると思うし、真似していきたいところだ。

 

考えてもどうしようもないもの、無い物ねだりは俺らしくない。

 

「そうだな。確かにらしくない」

 

そう言って笑って見せる。しかし、自分でもその笑顔は引きつった奇妙な笑みになっていると分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ! 似合ってるじゃねーか」

 

更衣をすませてステージの裏にいくとすでに着替えを済ませたミズキとSSKがいた。

 

南女子校のステージは高校の文化祭では珍しく鉄製のしっかりした野外ステージだった。

 

裏門のすぐ前の大きな校舎(後から聞いた話だと別館)からすぐ横がそのステージの裏だった。

 

どうりで入った瞬間からあんなに演奏の音が聞こえるわけだ。

 

ミズキは黒のパンツに髪と同じような赤いワイシャツ。

 

俺は黒のパンツに白いワイシャツ。

 

なんだか、今日はラフな格好で演奏するみたいだな。

 

「おっ。きたきた。さすがミズキ、時間通りだな」

 

ミズキの声を聞いたのかカーテンの向こうからヒロトが出てきた。

 

どうやらステージと俺とミズキがいた場所にはカーテンが二枚あったみたいだ。

 

うーん。やっぱりヒロトもミズキもなに

 

ヒロトの向こうには俺たちの楽器がある。それに二人の制服をきた女の子。どうやらヒロトと何か作業をやっていたみたいだ。

 

女の子のウケは確実にヒロトはいいからな。ミズキがヒロトに準備頼んだ意味はここにもあるのだろう。

 

「え! ミズキってあの中央のミズキさんですか!?」

 

黒に近い紺色のセーラー服。髪はツインテールで暗くてよく分からないが多分髪の色は黒だと思う。

 

目は大きくて可愛らしい子だ。

 

「中央のミズキ。懐かしい呼び名だね」

 

ヒロトがミズキに笑いかける。

 

中央のミズキ。確かに懐かしい。

 

色々なことやってたミズキはいつの間にか中央のミズキと呼ばれるようになった。あっ、この中央っていうのは中央高校という俺たちの母校からきている。これ豆知識な。

 

ミズキには、前にも言ったと思うが沢山の伝説がある。暴走族を一夜にして壊滅させたり、アメリカの軍人と喧嘩して勝ったとか、西高の文化祭に乗り込んでステージジャックしたとか、様々だ。

 

「でも、珍しいね。もう3年も前に高校を卒業したのに、その名前を知ってるなんて」

 

俺のふとした疑問。

 

「そんなの伝説級に有名だからに決まってるじゃないですか!」

 

俺の疑問にツインテールの女の子が興奮気味に答える。

 

「ハハハハハ。確かミズキは無駄に変な噂が多いもんな」

 

「無駄に変な噂って何だよ」

 

ドコッ。

 

その鈍い音と共に笑ってたヒロトのよこっぱらにミズキの右拳がめり込む。

 

変なこというからだ。口は災いの元とはよく言ったものだ。

 

「ハハハハハ……」

 

そうとう痛いはずだ。笑顔から苦笑いにジョブチェンジしたヒロトを見て思う。それと同時に苦笑いでも笑みを絶やさない彼に賞賛する。

 

「お前は何度殴られれば学習するのか……」

 

SSKもほとんど同じ思いのようだ。

 

「え!? それじゃあ、本物のミズキさん!? ということはあなた方って……」

 

「はいはい。興奮しない。この人たちは私が無理言って来てもらったスペシャルゲストよ」

 

興奮して声が大きくなった二つ結びの子をもう一人の女の子が諌める。

 

ショートヘアーで前髪をピンで一つ止めている子だ。

 

「しかし、この生徒会長が直々に俺にお願いしてきた時はビックリしたぜ」

 

へぇー、この子生徒会長だったんだ。妙に大人びた感じもあるけど、人の前に立つと大人びた人になるんだろうか?

 

「えぇ、私もまさか了承してくださるとは思いませんでした」

 

生徒会長がそう言ったとき、歓声があがる。

 

「「「---------------」」」

 

悲鳴にも、賞賛にも、アンコールにも聞こえる。色々な感情が混じったようなそんな歓声だった。

 

『以上がこの南女子高等学校、野外ステージ一日目の最後、軽音部の演奏でした』

 

「「「うわあああああああああああああ」」」

 

司会の子のアナウンス後にまた大きい歓声。それと同時に沢山の拍手。

 

ん? あれ、最後?

 

俺たちは?

 

「さーて、皆さん。準備お願いします」

 

俺がそんな疑問を抱いていた時生徒会長の声が聞こえる。

 

「よっしゃ、さっさとやるぜ」

 

「さて、やるとするか」

 

「楽しんでいこーぜ」

 

その言葉へのそれぞれ返し。みんなカーテンの裏に消える。足取りはとても軽い。

 

「ささ、あなたもお願いします」

 

生徒会長に急がされてふと我に帰り後をってカーテンの裏にいく。

 

一歩一歩。踏み出すたびに足が重くなっていく。それは緊張からなのか。なにか別の要因があるのか。

 

そんなことは、分からない。

 

考えすぎ、俺らしくない。そんな言葉がよぎる。でも、さっきの演奏を聞いて思う。

 

俺なんかより確実に遥かに上手い。

 

そりゃそうだ、ちょっとかじった奴が高校時代を軽音に費やした子に勝てる道理はない。

 

それは分かってる。勝てないのはいいが、ミズキ達の足を引っ張ること、それだけが俺を考えさせる。

 

そんな悩みを抱えた足は思うとおりに進まなかった。

 

 


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