かくも日常的な物語 作:満足な愚者
特別棟はそんな喧騒とは少し離れたところにあった。雪歩ちゃん曰く、一番古くぼろいと言われた校舎は、公立高校の貧乏高の俺からすると十分に綺麗であった。少なくとも中央高校の一番綺麗な校舎よりも綺麗といったあたり流石はお嬢様学校といったあたりか。公立高校に通う真も一緒の感性だったらしく、これが一番古いの? なんてつぶやいていた。
ところで特別棟とはどのようなところか。雪歩ちゃん曰く、技術室や調理実習室や被服室、はたまた美術室や書道教室などが集まっている校舎だとか。ちなみに一般的な高校で言う体育館と呼ばれる室内運動施設もこの特別棟にあるらしい。なるほど、この学校で体育館らしき建物を見ていないのはそのせいか。
しかし、これだけ一般棟(いわゆる教室)と離れているといくらなんでも不便ではないだろうか。一般棟とこの特別棟は校庭挟んで対にある。この南女子は校舎の割合が3対3の割合で校庭を挟んで建っている。一般棟が3つと特別棟と部活棟が2つ。一般棟同士は渡り廊下などでつながっており、非常に出入りしやすいのだが、校庭を挟んで向こう側に建っている特別棟に対してそんな渡り廊下なんてものがあるはずなく、わざわざ一回靴を履き替えていかなければいけない。それは非常に不便である。そんな疑問を投げかけてみると、何でも特別棟を使う授業は2コマ連続で入っていて最初の10分と最後の10分は移動時間に当てられているとか。それにほとんどの生徒は4コマ連続になるうように特別棟である授業をとっていることがほとんどなためにそこまで問題にならないらしい。
板張りの廊下は塵一つなく、ワックスがツヤツヤと蛍光灯の光と日光を受けて光っている。教室のドアの上にはどこの学校と同じように技術室なり理科室なりとプレートが掲げられている。どうやら一回には理科室、調理室、技術室があるようだ。一般棟や運動場に比べると少しだけ賑やかさに欠ける廊下にはそれでも多くの生徒があふれていた。
「とりあえず、どこに行きましょうか?」
雪歩ちゃんが手持ちのパンフレットを見ながら聞いてくる。
「うーん、僕はどこでもいいけど……」
真も手持ちのパンフレットを見ながらつぶやき、そして目ぼしい場所があったのかいきなり顔をあげる。
「雪歩! 兄さん! 僕ここにいきたい」
パンフレットの一点を指差しながら彼女は言った。
「真ちゃんどこどこ?」
雪歩ちゃんが真が持っているパンフレットを覗き見る。
オレもそれに習って真のパンフレットをみる。
「体育館か。真らしい」
指差された場所に書かれてあったのは体育館。なんでも室内系の運動部が色々と何かやっているみたいだ。真のような運動好きにはもってこいの場所だろう。運動場はなんだかんだ言って屋台や野外ライブ場で埋まっており運動と言うか体を動かすものはなかったもんな。
「体育館かぁ、お兄さんもいいですか?」
「うん、何も問題ないよ」
「兄さんも一緒に何かやろうよ!」
「何かやるのはいいけど俺は運動は苦手なんだよな……」
「えぇ! お兄さん運動苦手なんですか?」
雪歩ちゃんが少し驚き気味で言う。そこまで驚かれることかな……。真の兄でしかもスタイルもそこまで悪くないほうだから運動できると思われても仕方がないけど。ところがどっこい。オレは運動が苦手である。嫌いかと聞かれるとそこまで嫌いではないのだが、いかんせん運動神経がない。実際運動ができないことはないはずだ。高校二年までは、少なくとも運動する機会が、赤髪の彼女のおかげで人よりも遥かに多かったおかげか人よりもできたが……。ちなみにこの場合の人とは運動を全くしない人だけをさすことに注意。運動部の奴には遥かに及ばない。運動量的には同じでも運動神経に月とすっぽん並の差が存在する。しかも、それも過去の話、最近はバイト以外に運動と言うか体を動かすことすら稀だ。そのバイトですら、体をそこまで動かすものではないと言うのに……。大学生とかサークルとか部活で体を動かす機会がなければこんなもんだ。体育も必修じゃないしね。つまり、今の俺は運動駄目駄目だといっていい。
「兄さん、嘘は良くないよ。運動結構できるくせに……」
真がじと目で見てくる。そんな目で見られてもどうしようもない。真はきっと高校時代の活発?な頃の俺でも見て言ってるんだと思う。というか、俺って真の前で運動したことあったっけな?
「運動神経がにぶいんだよ。真は運動神経いいだろうけど。それよりも、真の前で運動する機会とかあったっけ?」
「ほら、兄さん。兄さんが高校一年と二年のときの運動会とかリレーとかで走ってたじゃん!」
「あぁ、そんな事もあったな。でも何年前だと思ってんだよ。5年も近く前のことじゃないか。あれから運動も特にしてないし、無理だよ」
運動会か……。確かにそんなものもあったな。いつも通り我らがミズキの思いつきで俺も一年二年時はリレーで走ったことがある。そこそこ足は速かったしな。ん? ミズキ? あいつは運動でも化け物だよ。平気で陸上部の奴抜いていく。ちなみに男子な。意味がわからんだろ。俺にもわからん。陸上やれば全国取れたのではないかというのは女子陸上部の顧問談。俺も取れたと思う。だってミズキだしね。真の師匠が運動神経が悪いはずがない。ちなみにヒロトも運動がむちゃくちゃできる。バスケで中学時代に全国大会に言ったとか言ってたし。
天は二物を与えず、とは誰の言葉だよ。イケメン、スポーツ万能、性格良し三拍子じゃないか。こんな高物件はない。ぜひ真にはこんな奴を選んでほしいものである。ってか引っ付かないかな……。真とヒロト。
そうすれば親心としても非常に安心できる。
「えぇー、兄さん、そんなことはないよー。ミズキさんが言ってたよ。アイツは意外と何でもできるって」
なにその大雑把としか言えない情報。意外と何でもできるってどういう意味だよ。ミズキは俺のどこをみて言っているんだろうか……。どうせ適当に言ったに違いない。
「その何でもなかに残念ながら運動は入っていないみたいだ。それにゲームのほうが得意だし」
「つれないなー」
そうは言いつつ口元は笑顔だ。
「私もお兄さんは運動が得意と思ってました」
「うーん、まぁ人並みにはできると思うけど、真に比べればだいぶ落ちるよ」
「そんなことないですよ。真ちゃんに比べれば私も駄目駄目ですぅ。それに私も運動が苦手なんですぅ。おそろいですね、お兄さん!」
屈託のない笑顔で微笑む。とてもかわいい。芸能人よりも可愛いんじゃないだろうか? ん、そもそも芸能人だったか。
「とりあえず行ってみて適当にやってるもんに参加しようか!」
「うん。そうしよう!」
「はい、それがいいですぅ!」
俺の提案に二人が頷く。
それにしても体育館かー。何か高校時代を思い出す。体育館にいい思い出は特にないけど。
大抵ミズキの提案で何か悪さやって、ばれたときは掃除などの奉仕活動と反省文が多かった。その掃除区域に体育館もしばし組み込まれていただけの話。掃除だけなら全校でも上位レベルに回数をこなしたはずだ。誰にも自慢できないし、する気もない。それなのになんとなく懐かしいと思うのはそれが楽しかったからなのかな。
そんなことを考えながら体育館に向かう。そこにはある人物がいた。