かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話 その10

突然始まったフリースロー対決はヒロトからスタートとなった。投げる回数は5球。勝負は単純明快、入った方が多い方の勝ちだ。

 

いつの間にか右手に真っ黒のリストバンドをはめた茶髪の優男は女子生徒の視線のほとんどの視線を集めながら、白い半円の外でドリブルをする。ドリブルの音は一定のリズムを刻み当たりに響く。

 

やっぱり、様になってるな……。そう思わずにはいられない。

 

周りの女子生徒の誰かが頑張ってー! と声をかける。ヒロトはそんな声にニコリと微笑む。すると周りで黄色い声があがる。

 

「うわー。流石だね、ヒロトさん。モテモテだね」

 

ポツリとつぶやく真。

 

ヒロトは黄色い声援を背中にゆっくりと肩幅に足を上下に開き少し膝を曲げる。

 

バスケのことは体育と遊びで少しやった程度だから初心者同然の俺だから何て言うべきなのかは分からない。

 

でも、ただ一つ言えるのはそんな素人の俺から見てもそのフォームは綺麗だったということだ。

流れるようなフォームで手から離れたボールは寸分の狂いもなく綺麗に、まるでそこに入るのが当たり前のような形でスパッという音を立てて入った。

 

その瞬間、ギャラリーからざわめきが起こった。同性の俺から見ても格好良かったんだ。女子高生が騒ぐのも分かる。

 

「すごいなー! 流石、ヒロトさん」

 

「うぁ……。すごいですぅ」

 

隣で見ていた真と雪歩ちゃんが同じような意見を言う。確かにすごい。よくわからんが、バスケで3Pシュートってのはそこそこ難しいはずだ。それをこうも簡単にやってくれるのは流石の二文字だ。

 

本人はそんな周りの状況を気にも止めずにいつもよりも少し真剣な表情でたんたんと残りの球を投げていった。

 

 

 

 

「よしっ、それじゃあ次は僕だね! 兄さん、雪歩、いってくるよ!」

 

「あぁ、頑張れ」

 

「頑張ってね、真ちゃん!」

 

俺たちの応援を受け、今度は真がコートに入る。周りからはあの子もカッコ良くないとか私はあの子の方がタイプかなーとかいう声がちらほら。この場合のあの子とはもちろん、我が妹 真のことだ。

 

ヒロトが投げた半円の線よりも二三歩前、フリースローラインに立ち、これまたリズミカルなドリブル音を鳴らす真。

 

ヒロトそんな真と一言二言目言葉を交わすと笑顔でこちらへ帰ってくる。おそらくお互いに労いの言葉でも掛け合ったのだろう。

 

「さすだな、ヒロト」

 

「ヒロトさん、カッコ良かったですぅ」

 

「ありがとう。二人とも、たまたまうまくいったよ」

 

そう言って彼は笑う。結局彼は綺麗なフォームで一回もリングや板にボールを当てることもなく淡々とすべてのボールを籠に入れた。たまたまで3Pシュートを5本連続で入れられるはずはないのだけど、そこには彼なりの謙虚さがあるのだろう。

 

「真ちゃーん! 頑張って!」

 

ヒロトが少し大きな声で真に声をかける。

 

そんな声かけに真は笑顔で手を大きく振るとフォームに入った。

 

 

 

 

 

 

「ちぇっ、なんだか残念だ」

 

球を全て投げ終えて帰ってきた真は口ではそんなことを言いながらも顔では笑みを浮かべていた。

 

「真ちゃん! すごくカッコ良かったよ!」

 

雪歩ちゃんが少し興奮したように褒める。

 

「ありがとう雪歩。でも、本当はヒロトさん見たいにこう、ズバーっと全部決めたかったんだけどね」

 

そう言ってにひひと笑う。

 

「お疲れ様、真。うまかったじゃないか」

 

「ありがとう兄さん。でも、パーフェクト達成したかったなー」

 

「十分すぎると思うけどな。5本中4本は」

 

なんと言おうとも真はきっちりと5本中4本を決めている。さすがというほかない。

 

ヒロトのように綺麗な入り方はしてはいないが、それでも素人で5本中4本はすごいと思う。さすが、我が妹である。運動神経は本当にいい。

 

「流石だね、真ちゃん。ここまで決めれるなんて驚いたよ」

 

「ありがとうございます。ヒロトさん! でも、ヒロトさんみたいに綺麗に決めれなかったですけど」

 

「いやいや、ここまで出来れば上出来だよ。フォームも綺麗だったし、もしも本格に始めれば俺なんかよりもすぐに上手くなるよ」

 

「えへへへ。お世辞でもうれしいです」

 

さて、これで勝負はヒロトが5本、真が4本決めたから、5対4。

 

俺は2本以上決めたら勝ちだ。おっ、これなら勝てるかもしれない。いくら、運動神経が悪い俺でも5本中2本なら決めれそうな気がしてきた。

 

「次は兄さんだね! 頑張って!」

 

「お兄さん、頑張ってください!」

 

「頑張れよ」

 

真、雪歩ちゃん、ヒロトから労いの言葉がかけられる。

 

「まぁ、とりあえず頑張ってみるよ」

 

「兄さん、勝とうね!」

 

笑顔で言ってくる真。うん、やれるだけのことはやりたいと思う。勝負事において手は抜きたくはないしね。

 

フリースローエリア内に立ってみると、意外と遠い距離にリングがあることが分かった。普段バスケとかしないし、久しぶりにやったから少し遠く感じるだけなのかもしれないが。手には空気がパンパンに入ったこげ茶色のバスケットボール。これも意外と重い。これは俺の筋力が低いだけかもしれないけど。とあえず、右手で軽くトントンとドリブルをする。

 

これだけで真とヒロトとの差が分かって少し苦笑いが漏れる。なんかドリブルだけとってもうまいやつはうまいってわかるよね。俺はどうにも初心者同然のドリブルになってしまう。

 

周りで見ていた女子高生のギャラリーはほとんどいない。ヒロトと真の番が終わったらどこかに行ってしまった。注目される視線が減ってうれしいのはうれしいが、何ともいえない。注目されるのは好きじゃないけど、こうも興味がないですよアピールをされるのはどうなんだろうか。

 

トントンとドリブルの音が響く。5本中2本でいい。半分以下。べつにこの勝負に負けたところでどうっていうことではないけど、勝ちたい。何事も勝負は勝たないと。勝ちにいかないといけない。

 

ゆっくりとフォームに入る。高校の授業レベルではシュートの形とか習わないから独学というか見よう見まねのフォーム。ボールを額の上に掲げ、ひざを軽く曲げる。そして膝を伸ばす動きと連動して腕を振る。手から離れたボールはゆっくりと弧を描きながら空中を移動する。そして、そのままボールはリングに届くことなく、床に落ちた。

 

「あれ……?」

 

思わず声が漏れる。結構いい線いってたのに力が足りなかったのかな。

 

女子バスケ部の子から新しいボールをもらう。さっきのようにドリブルをする。

大丈夫、次はいけるはずだ。

 

フォームに入る。先ほどと同じ、だけど、今度は少し力を込めて。

 

手から離れたボールは先ほどよりも断然力強く飛ぶ。そしてそのままリングよりも遥かに右上にそれて、バンとリングが付いているボードの端ギリギリに少し大きめ音を立てて見当違いな場所に飛んで行った。

 

力をすこし入れると見当違いな場所にいくとは……。今更ながら自分の運動神経の無さが伺える。うーん、本当は綺麗に2本連続できめるはずだったのだけどな。空想上だけど。

 

三球目のボールを受け取る。2球なげて大体の力加減は分かった。思い出せ、さっき投げた、真のフォームとヒロトのフォームを。あいつらは俺よりも格段に上手い。俺のフォームとの違いはなんだ? 思い出せ、ヒロトのフォームを。手の動き、足の開く大きさ、位置。その通りに真似すれば少しはシュートの成功率もあがるはず。

 

ゆっくりと深呼吸をしてボールを構える。別に綺麗じゃなくてもいい。ヒロトみたいに板にも当てずに入れるなんて言うのは高望みしすぎだ。俺は俺らしく、やるだけ。

 

手から離れたボールゆっくりと大きな弧を描き、バンと板にあたるとリング中に何とか納まってくれた。

 

「兄さん! やるじゃん!」

 

真がすこしだけ大きな声でいう。

 

「ありがとう。真」

 

「うん、勝とうね。にひひ」

 

「あぁ、そうだな」

 

5対5。ただいま同点。あと俺が投げるのは2球。半分でいい。それを決めれば俺たちの勝ちだ。これで負けはないわけだし、あとは気軽なもんだ。

 

4球目をうけとり、ドリブルをする。バスケットボールの重さにもリングとの距離にも慣れてきた。1球目2球目のように見当違いの方向に飛んでいくことはもうない……はず。

 

さきほどと同じフォームを意識しながら、残りの2球を投げた。

 

 

 

 

 


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