かくも日常的な物語 作:満足な愚者
本当に皆様にはご迷惑おかけします。
この場をお借りしてシキ様には感謝申し上げます。毎度毎度、本当にお早い誤字脱字訂正ありがとうございます。
「悪いな、それロンだ」
「うわあああああああ! まただよ! また一発で振り込んだ!」
「リーチ 一発 ダブトン ホンイツ 一気通貫 赤一 ドラ2……すまない、裏がのった。13ハン数え役満だ」
「嘘だああああああ!」
「二枚場に出ているから安パイと考えるとは、愚の骨頂だ。地獄単騎を頭に入れておけ」
「こ、これで4連勝。お強いですね……」
「むっか〜! ちょっとあんたも褒めてないで何か言いなさいよ!」
「で、でも部長、彼強いですし……」
「なんてことはない。どっかの誰かが勝手に振り込んでくれるから楽だ」
「むっきー! 天パーでボサボサのくせにー!」
「その天パーでボサボサの男にボコボコにやられているのは誰だ……」
ドアの厚さがそこまでないのか、扉の前に立つと中の会話がほぼすべて聞こえてきた。上を見れば麻雀部の文字。そして聞き慣れた声。
「あれ……? この声って……?」
横に立つ真がつぶやく。どうやら真も気づいたみたいだ。
「あいつはぐれたと思ったらこんな所にいたのか……」
「とりあえず、入ってみようよ」
「うん、そうだね」
真の言葉にヒロトが同意する。
ガチャリと麻雀部の部室のドアノブを回す。
「あれ、またお客さん? 今年は多いわね。去年とか全くこなかったのに」
部屋の中央に一つの自動卓。その周りには4つの椅子と机。その中の一つ、扉から真正面に座っていた女の子が反応する。
茶色いショートヘア。短めの前髪の右側にはピンクのヘアピン。真よりも少しだけ長い髪だ。目も大きく、まつげも長くぱっちりとしている。短めな髪といい活発そうな声といい真と相性は良さそうだ。声からして彼女だろう。さっきの悔しそうな言葉の主は。
「ん? おっとお前たちだったか……」
今度は彼女の対面。扉に背を向けたいた人物が振り返る。後ろ髪からして誰だかわかるボサボサ感。我がグループの情報屋であり変人の彼がいた。
「Sさん! こんにちわ!」
「あぁ、姫。今日も元気が良さそうで何よりだよ」
「はい! 僕は元気が一番ですから!」
「よう、S。お前、ここにいたのか」
「久方ぶりだな。ヒロト。やはりお前とミズキと一緒に女子高なんか回れるはずなかったな。すぐに女子高生の波に飲まれて離れ離れになったな」
「いや、俺よりもミズキの方が人気だっただろ」
「ふむ、お前は五十歩百歩ということわざを知らんのか。まぁ俺にはどうでもいいが」
「ちょっと、また人が来たと思ったらあんたの知り合いなわけ? それにカッコいい子が二人もいるじゃない! 紹介しなさいよ!」
真とヒロトの顔を見ながら、茶髪の子が会話に入る。
「紹介も何もただの同じ大学の奴らとその妹とその友達だ」
SSKは紹介する気があるのだろうか。確かに俺もヒロトも同じ大学の奴らといえばそうだし、雪歩ちゃんも真もその妹と友達となるのはなるけど、人に紹介するとは少しだけ違うような気がしないこともない。
「へぇー。あっ、私はこの南女子麻雀部部長、桐島 茜 (きりしま あかね) よろしく! で、横に座っている子が部員たちね!」
元気な声で桐島さんが自己紹介する。活発そうな笑顔だ。
それに習い俺たちも一通り挨拶をする。その途中で真が女だということに少しだけ驚く場面があった。確かに男物の服を着てるし、ボーイッシュというよりも男っぽいかもしれない。真は少しだけ複雑そうな顔をしていた。男に間違われるのが嫌なら髪を伸ばしたり、女物の服を着ればいいのに……。まぁそこは真の考えがあるんだろう。女心と秋の空。俺にはよく分からん。
「ところでSSK、ここで何してたんだ? 聞いたところ結構打ってたみたいだけど」
少しだけ気になっていたことを聞いてみた。
「あぁ、最初はヒロトとミズキとはぐれて、人がいない方いない方へと来たらこの校舎へとついたものだからな、試しに覗いてみて暇つぶしに麻雀を打っていたわけだ」
SSKも人ごみが好きな方ではないし、人ごみを避けてここに来たということは納得だ。
「適当に打って別のところに行こうと思ったのだがな、中々こいつら……、いや、そこの部長が解放してくれなくてなズルズルとこの時間まで打っていたというわけだ」
「さっさとアンタが負ければすぐに解放してやったわよ!」
「悪いな、勝負ごとでは手を抜かないのが俺たちの決まりなんでな」
SSKは悪びれた様子もなく言う。SSKは麻雀を始めテーブルゲームでは内のチーム内でもミズキとトップを争うほど強い。俺もヒロトも別に麻雀にしても将棋にしても弱いわけではないのだが、SSKとミズキと比べると文字通り格が違う。麻雀に関してだけいえばミズキは持ち前の運で引きまくり、SSKは観察力とデジタル的な思考からほぼ振り込まない。結果的にほとんどの確率で俺かヒロトのどちらかが下位となる。そういえばSSKってプロよりも強いって昔、自分で言ってたな。麻雀部っていうのがどのレベルなのかは知らないが少なくともプロよりは弱いだろう。その時点でSSK以下は確定的なのである。
「うわああああ! 思い出したら腹が立ってきた! もう一回勝負しなさいよ」
「悪いな、これ以上やってもお前らじゃ俺には勝てん。それに俺もここばかりにいるのもあれだから、もう行くことする」
相変わらず、ズバッという男である。それがいいのか悪いのか分からないけど、SSK“らしい”と言えばらしい。
「むっかー! ちょっと、アンタ! 今回はこれで見逃すけど、いつか必ず再戦してもらうわよ! その時はコテンパンにしてあげるから!」
ビシッとSSKに人差し指を伸ばして桐島さんが言う。
SSKは少しだけ口元を上げると、それは楽しみだと呟いた。
「あっ。Sさん、良かったらあと少しだけど一緒に回りませんか?」
「ふむ、姫の提案は何とも魅力的だが、萩原雪歩は大丈夫なのか。俺はそこのプレイボーイや姫の兄貴のように優しさに溢れて人付き会いがうまい方じゃないぞ」
人付き合いなら俺も苦手だ。大学でも頼れるやつなんていつもの3人くらいしかいない。あれ? やっぱりこう考えると俺って友達が少ないんではないだろうか?
雪歩ちゃんは小さく、男の人に慣れるんだ、男の人に慣れるんだと俺の横でつぶやいていた。彼女も彼女なりに頑張ろうとしているみたいだ。頑張れ! 俺には応援することしかできない。でも、彼女には頑張って欲しい。アイドルをこれかも続けるためには越えなきゃいけない壁だ。
「雪歩、大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ、真ちゃん!」
力強く真の問いに答える。
「それは良かった。それじゃ言葉に甘えさせていただくこととするか。残り少ない時間だがよろしく頼む、萩原雪歩」
「あっ、はいぃ……。こちらこそ……ぉねがしますぅ」
SSKと言葉を交わすのはどうやらまだ厳しいらしく、横にいた俺の服の袖をギュッとつかんで消えいるような声で話す雪歩ちゃん。
信頼されているみたいだけど、本当に可愛いな。
是非とも雪歩ちゃんみたいな彼女が欲しいと切実に思う。
兎にも角にもSSKという仲間を加えた俺たちは残すところ四階のみになった部活棟を回ることとした。
麻雀部の部室を出るとき、SSKが桐島さんから再戦するなら、連絡先知らなきゃならないでしょ! と言って連絡先をもらっていた。納得できない。普通は友人に春が来たと喜ぶ場面だろうけど、素直に喜べない俺がいる。SSK、お前はこっち側だと思っていたのに……。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼はいつものように淡々と連絡先が書かれた紙を受け取っていた。世界は不条理だ! と思わず内心叫んだ俺は悪くないはず。