かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第一話 その2

久しぶりに夢をみた。

 

真がまだ小学生で俺の両親がまだ生きていた時の夢だ。

 

一緒に遊園地にいき、ジェットコースターやゴーカートなど男の子が好みそうなものばかり乗っている夢だ。

 

真はあまり絶叫系の乗り物が好きではない俺を色々と連れ回した。

 

満面の笑みで「兄さん! 次はあれに乗ろうよ!」なんて言われると断れるはずはない。

 

内心では嫌々だが、嫌とも言えずについて行く。

 

確かに、そんなことは昔はあった。

 

でも、これは夢だ。夢に違いがない。

 

ジェットコースターにも乗った。ゴーカートにものった。

 

しかし、乗ろうと言ったのは俺で、嫌々ながら乗ったのは真だった。

 

その家族旅行は真の深い傷を癒すためのもので、当時の真は満面の笑みどころか笑みすら少しぎこちないものがあったのだ。

 

そんな真を気遣って行ったのが遊園地だったのだ。

 

だから満面の笑みの真も、乗り物に連れまわす真も全部、フィクション(幻想)なのだ。

 

夢の中の俺は確かに真に連れまわされっぱなしだったが、それでも幸せであった。

 

 

 

 

 

 

「--------おきろ--おい」

 

 

誰かに揺さぶられる。

 

 

夢というものは総じて覚めるものである。

 

仮想な幸せは長くは続かない。

 

目を冷ますとそこにはボサボサ髮のメガネ男がいた。

 

身長は俺より少し下、175cmほどと日本人の平均身長より少し大きい程度の男だ。

 

「講義中に爆睡とは、相変わらず学生の本分を分かってないようなやつだな」

 

痩せ型で天パーがかった彼は苦笑い気味でそう言う。

 

彼とは悲しいこと、と言ったらあれだけど中高大と同じ学校である。

 

いわゆる腐れ縁と言うべき関係だ。

 

 

もっとも彼の場合は俺のように努力して大学、高校にいったのと違い、ただ家が学校から近いという理由だけで高校、大学を決めた変人である。

 

その変人ぶりは高校の模試で全国平均で常に一桁をキープし、あの赤門がある大学の医学部すら余裕だろうと言われたのに家が近いからとこの大学を受験し通っていることからも伺える。

 

とにかく、このひょろ長いオタクを体現したような彼は、変人だと理解してもらえればいい。

 

まぁ彼は、見た目と考えは変人だが、友人として付き合った時はまともな人間である。

 

だからこそ今まで付き合えたと言える。

 

「あぁ。もう二限目終わったのか……」

 

くわぁ。と伸びを一つ。

 

その後にゴキゴキと首の骨を鳴らす。

 

教室内の人もまばら、どうやら二限目が寝ている間に終わっていたようだ。

 

「あぁ、つい終わってついさっき昼休みに入ったところだ。そうと、これが授業のノートだ」

 

そう言ってルーズリーフをカバンから取り出す彼。

 

「いつもすまないな。SSK」

 

中のいいやつは彼の事をSSKと呼ぶ。

 

まぁ、あだ名みたいなものだ。

 

本名もこれでわかる人もいるかも知れないが、誰もが本名ではなくSSK呼ぶ。

 

これは仲良いい奴の印なのであり、彼にお世話になった、彼と深いつながりがある人はこう呼ぶのが決まりである。

 

彼ほど普段の行動が謎につつまれている人間はいない。

 

10年近く一緒の学校に通っていた俺でさえも、機械に異常につよい、とんでもない情報量を持っている。

 

とんでもなく人材のコネがある。

 

そして、地元のそこそこ大きな病院の息子。

 

その程度しか知らないのだ。

 

「気にするな。お前の事情は知っている。これくらいでお前と姫の負担が軽くなるなら軽いもんだ」

 

見た目と普段の言動は変人だが、彼ほど友人として心強い人はいない。

 

ある意味珍しい人材であることは間違えない。

 

そして、肉親を除き一番深く、いやこの場合肉親を含めても、我が家の現状を知っているのかもしれない。

 

少なくとも彼が居なければ無事に三年生まで大学は進めなかったのは間違いない。

 

 

「いつも、すまないな……」

 

色々助けてもらっている身としては、彼に頭が上がらない。

 

「まぁ、意地も生きて行く上では大切だが、そればかりに気を取られれば後後取り返しのつかないことになるぞ」

 

全くもって正論だ。

 

しかし、こればかりはどうしようもない。

 

「あぁ。分かってるよ……」

 

とりあえず次の講義は起きていることとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

家のドアの鍵を開けると例にも漏れずドタドタと騒がしい足音ともに彼女が出迎えにきた。

 

「兄さん! お帰り!」

 

例にも漏れず嬉しそうな彼女の声。

 

そして、玄関には見慣れぬ女性用の靴が三足。

 

隅の方に揃えて並べてあった。

 

どうやら昨日言ったように友人がきているようだ。

 

すると、彼女に釣られるようにして3人の女の子が玄関に顔を出してきた。

 

「お兄さん。お邪魔してます」

 

最初に声をかけてきたのは、二つの赤いリボンが特徴の女の子、春香ちゃんだ。

 

彼女とは2、3回真が家に呼んでいるため、あったことがる。

 

というより顔見知りである。

 

お菓子作りが好きな彼女は、遊びにくる時にクッキーなどを手作りで作ってくれる。

 

性格も良く、気もきく。

 

是非とも、お嫁さんに貰うなら彼女みたいなタイプがいい。

 

ドジな面もあるらしいが彼女の容姿と性格からすれば誤差の範囲内。

 

プラスマイナス0どころか、ドジっこ属性として大きなプラスだ。

 

「久しぶりだね。春香ちゃん。元気にしてた?」

 

「はい。おかげさまで」

 

うむ、いい子だ。

 

「お兄さん。またまた、お邪魔してますぅ」

 

次に声をかけたのは、ボブヘアーの大人しそうな女の子、雪歩ちゃんだった。

 

彼女のは真が始めて家に遊びに連れていた女の子だ。

 

今でも真の親友で一番家にきたのもおそらく彼女で間違いはないだろう。

 

彼女は重度の男嫌いで最初の2、3回は目を合わすどころか会話すらままならなかった。

 

俺の事を見るたびに部屋のすみに逃げて行くのだ。

 

真いわく、事務所だと事務所の床に穴を掘るレベルだと聞かされたので、我が家はまだマシだった方だが……。

 

しかし、回数を重ねるごとに慣れて行き今では、目を見て会話出来るようになった。

 

これは人類がアポロ11号で月面着陸した程度に大きな前進だったと思う。

 

少なくともはじめの頃よりも100倍マシになった。

 

「雪歩ちゃんもいらっしゃい」

 

「はいぃ。いつもお世話になってますぅ」

 

「いやいや。気にしなくてもいいよ。真がいつもお世話になってるからね」

 

「真ちゃんのお世話なんて。私の方がお世話になってますぅ。お兄さんにも真ちゃんにも」

 

彼女が真の親友で本当に良かったと思う。それと同時に彼女のような心優しい子ばかりをプロダクションに引き入れた赤羽根さんの手腕も相当なものだと伺える。

 

とりあえずいい子だと理解してもらえればいい。

 

「あなたが噂の真のお兄さんでしたか……。私は如月 千早と言います。今日は急にお邪魔して申し訳ございません」

 

噂とはなんだろうか?

 

まさか、真と一緒に住んでいるよく分からない男がいるらしい。

 

そんな噂かもしれない。

 

それは非常に困る。例えば今はまだいいが、もし真がトップアイドルになった時に熱狂的なファンに刺されそうな噂だ。

 

あとで、どんな噂か真に聞いたほうがいいかもな……。

 

それはともかく、如月 千早と名乗った女の子は青みがかった長い髪が特徴の少女だった。

 

顔はやはり春香ちゃんや雪歩ちゃんと同じようにとても整っている。

 

それを見るとやっぱりアイドルなんだなーと実感する。

 

そこらの街の子は一線を画したものがある。

 

でも、とりあえず言えることはいい子そうなのは間違えない。

 

何か、さっきから良い子しか言ってないような気がするが、我が妹? 娘? が連れてきた子達だ。

 

いい子じゃないはずがない。

 

「よろしく、如月さん」

 

「千早で構いません」

 

淡々とした物言いだが、自分の主張をしっかり通す点は共感できる。

 

「じゃあ、よろしく千早ちゃん」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

やはり、千早ちゃんはいい子で間違いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の子が三人集まると姦(かしま)しいとはよく言ったものだ。

 

現状は四人の少女がいるために姦しいに一人足す形になるが、我が家のリビングは久しぶりに騒がしかった。

 

なにしろ、話たがりな花の女子高生が4人もいるのだ。

 

それは少しくらい騒がしくなるってものだ。

 

我が家の狭いリビングは完全に花の女子高生に占拠されていた。

 

彼女たちにとってはおっさんと言ってもいいような年齢の俺は無論女子高生達の会話に入れるわけもなく何をしようか考えていた。

 

部屋に戻るか?

 

いやしかし、部屋に戻ったところで何もない。

 

我が家のTVは真の部屋とリビングの二台だけ。

 

俺の部屋にはない。

 

携帯を開き時間を確認する。

 

17:37。

 

無機質な時計はその時刻を示していた。

 

少し早いが、夕食でも振る舞うか。

 

そう思い、部屋に入りエプロンを手に取りリビングへと向かう。

 

「春香ちゃん。雪歩ちゃん。千早ちゃん。今日は泊まっていくの?」

 

三つの着替えが入る程度のカバンがあったため泊まることはほぼ分かっていたが形式上聞いておく。

 

「あっ。言ってなかったね! ごめん兄さん。三人とも今日は泊まることになってるんだ……。大丈夫かな?」

 

少し、こちらの顔色を伺うように聞いてくる真。

 

うちはリビングを含めても真の部屋と俺の部屋、そしてリビングという狭い作りだ。

 

真の部屋も俺の部屋も広くなく、布団があと一枚広げられたらいい方だ。

 

風呂場で寝かせるわけには行かないし……。

 

だが、可愛い妹? 娘?の頼みだ。

 

具体的な解決案は出ていないが、どうにかなるはずだ。

 

雪歩ちゃんも春香ちゃんも千早ちゃんも少し心配どうにこちらを見てくる。

 

「大丈夫だよ。どうにかなるさ」

 

「すみません。ご迷惑をおかけします」

 

春香ちゃんがそう言って頭を下げる。

 

「気にしなくていいよ! むしろ、真の友達なら大歓迎さ」

 

この言葉は本心である。

 

見ず知らずの人ならまだしも、真の友人だ。

 

歓迎する道理はあっても邪険にするなどありえない。

 

「お兄さん。すみません」雪歩ちゃんと千早ちゃんが各自そういいながらぺこりと頭を下げる。

 

それに対して「いいよ。いいよ。気にしなくて」と返す。

 

本当にいい子ばかりだ。

 

こんな子ばかりなら世界は平和になるのにな……。

 

「泊まっていくことは歓迎だけど、ちゃんと親御さんの許可はもらった?」

 

重要なことはこれだ。親御さんの許可がないと家出とか誘拐とか心配されかも知れないし、何かの間違えで俺が部屋に連れ込んだとかいう噂が流れたらファンの子や親御さんに闇に消されそうだ。

 

そんな俺の問いに、彼女たちは「はい」と答える。

 

うむ。

 

じゃあ何も心配することはない。

 

 

部屋から持ってきたエプロンを腰にまく。

 

「え!? 兄さん。ご飯作るの?」

 

真がそんなことを聞いてくる。

 

「うん。まぁね」

 

「手伝おうか?」

 

「お兄さん。手伝いましょうか?」

 

「あっ。私も手伝いますぅ」

 

「私も手伝います。そこまで料理は得意じゃないですけど」

 

真、春香ちゃん、雪歩ちゃん、千早ちゃんが次々に手伝いを申しでてくれる。

 

春香ちゃんや雪歩ちゃんは、よく遊びや泊まりに我が家にきてくれるので、その度に俺がバイトがある日は、真と一緒に。俺が休みの日もたまに手伝ってもらっている。

 

やっぱり、女の子だ。料理はうまい。

 

春香ちゃんにいたっては、いつも俺がいない時は夕食を作っている真と同じくらいか、もしかすると真以上に料理がうまいかもしれない。

 

デザートに関しては完全に俺よりか上である。

 

雪歩ちゃんも料理はできるため、手伝いをしてもらえると助かる。

 

 

「いやいや、今日は良いよ。うちのキッチンそんなに広くないし。お客さんはソファーに座ってゆっくりしててよ」

 

うちのキッチンは入っても3人が限度だ。5人は流石に入れない。かといって二人だけにお願いするのもあれだ。

 

久々に一人で夕飯を作るのも悪くないだろう。

 

それに今日は雪歩ちゃんたち、真の友人がいる。

 

下手な料理は出せない。

 

シャツの袖をまくりエプロンをしっかりと結ぶ。

 

 

さて、それじゃあ腕によりをかけて夕飯作りますか。


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