かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第三話 その2

ドクンドクン、心臓の音がやけに大きく聞こえる。緊張というより、恐怖といった方が似合う。やっぱり見栄なんか張らずに辞めとけば良かった、と遅すぎる後悔を今更ながら思う。額から垂れている汗は、この連日連夜の暑さのせいなのか冷や汗なのか。

 

こんな俺の内心を知らずに、ゆっくりと俺たちを載せた車両はゴトゴトと低い音をたてながらゆっくりゆっくりとほぼ垂直に近い形でレールを登って行く。空は真っ青。遠くに大きな入道雲が見える。普段なら夏の風情があるなー、とか柄にもなく心傷にも浸っているのだろうが、あいにく今はそれどころではない。車両の高度と一緒に俺の心拍数も上昇する。

 

きっと俺の顔は引きつっていることに違いない。横をみれば俺がこれに乗ることとなった要因である真がニコニコ、ウキウキといった感じでレールのてっぺんに着くのを今や今やと待ち望んでいる様子が目にはいる。俺が見ているのに気づいたのか真と目が合う。

 

「兄さんっ、楽しみだね!」

 

ーー満面のスマイル。

羨ましい。その余裕を兄さんにも分けて欲しいよ。いや、本当に。あぁ、そうだね、って相打ちしか打てないほど俺は弱ってた。

 

もうすでに分かったと思うが、俺たちが乗っているのはジェットコースター。それも、ここら辺では一番大きいやつ。

 

ことの発端は、今から4日ほど前、テストが終わった日のことだった。その日も今日と同じく夏らしい晴れだった。空には大きな入道雲が浮かび、殺人的な日差しが襲う、そんな日。

 

ミズキが開いてくれた勉強会のおかげで、どうにかこうにかテスト(単位を取れたかどうかは置いておき)を終えた俺は、その足でいつの日かオレンジ色のもやし少女と出会ったスーパーの近くの商店街に来ていた。ん、勉強会の内容? 気が向いたら話そうと思う。

 

まぁ、とりあえずは商店街に来ていたんだよ。理由は買い物とついでにSSKから貰った福引権で福引するため。SSK曰く、ある依頼の報酬で貰ったのだが、商店街に行く用事もなく、景品も要らないのでやるということらしい。貰えるものは、病気以外貰うというのが貧乏人が生きていくすべである。福引券は全部で10枚。多いのか少ないのか、分からないけど、どうせ貰ったんなら買い物ついでに引いて行こうと思った次第だった。いつものスーパーで買い物を済ませ、商店街を歩く。福引所はすぐに見つかった。

 

一等は大型テレビにハズレはポケットティッシュ。どこにでもある本当に普通の地域の福引だった。並んでいるのは2、3人、どうにも買い物帰りの主婦の方だろう。後ろに並ぶ。

 

5、6分後順番が回ってきた。俺の前に並んでいた主婦たちはほとんど6等のポケットティッシュや5等のジュースばかり、二つ前に並んでいた主婦が4等のビール一ケースを当てた以外はすべてこれだった。まぁ、地域の福引だしこんなものだろう。ちなみに見たところ6等と5等の割合というか比率は6:4程度、なかなかに5等も入っているみたいだ。俺は福引券10枚あるし、4,5本ジュースもって帰れたら十分だろう。

 

赤いはっぴを着た元気あふれる、商店街のおっちゃんを体言したような人に福引券を渡す。

 

「おう、兄ちゃん頑張って良い景品当ててくれよ!」

 

そういって笑うおじさんに笑顔を返すと福引器を回す。

 

ガラガラと音を立てて回り、ポトンと一つの玉が出てくる。玉の色は白。6等のだ。おっちゃんは、まだまだこれからだぜ兄ちゃんと笑いながらポケットティッシュを差し出す。苦笑いで受け取ると俺は

また福引器を回し始めるのだった。それから福引器を回すこと7回。俺の横にはポケットティッシュが4つとジュースが4つ並んでいた。

 

うん、俺としては悪くない。ビール貰っても真は飲めないし、ジュースのほうがありがたい。

 

残る抽選券は二枚。ガラガラと独特の音を立てながら玉の入った福引器は回る。そして穴が下に向くか向かないかというとき一つの玉がコロンと勢いよく出てきた。ジュースだったらいいなー、とか思って見てみると玉の色はそれまで散々出てきた、白や青ではなく、真っ赤な玉。

 

――チリンチリン。おめでとう、兄ちゃん。二等だよ。

 

おじさんが手で持ったベルを鳴らして、言う。少しだけ商店街にいた人の視線が集まる。

少し恥ずかしいかも。

 

「兄ちゃん、運いいな。ほい、これ二等の景品。彼女さんとでも一緒にいきな」

 

そういいながら、封筒を差し出すおじさん。二等の景品が気になり、ふと景品が書かれているボードを見ると、二等のところにはこのあたりで一番大きい遊園地のペアのフリーパス券だった。

 

おっちゃんは笑って言っていたが、俺に彼女なんていない。誰と行こうか……。ミズキ? ないない、向こうも嫌だろうし。真かな、あ、でも兄と遊園地なんて行きたくないか普通。

 

別に俺もそこまで行きたいわけでもないし、帰ったら真にあげるか。高校生だし、遊びたい年頃だろう。出来れば、彼氏何かとデートがてら行ってくれると兄貴としても嬉しい。真ならどこぞの馬の骨を選ぶこともないだろうし。

 

あっでも一応アイドルだから恋愛っていうのは禁止なのかな。まぁ、真なら友達もたくさんいるだろうし、適当に誘ってうまくやるだろう。俺が持ってても使わないし、宝の持ち腐れだ。

 

よし、このフリーパス券は真にあげよう。そう決めて家に帰り、真にフリーパス券が当たったことを告げると、何故か俺が一緒に遊園地にいくはめとなった。

 

真は全く俺の話を聞いておらず、兄さんから誘ってくれるだなんて嬉しいです! やら、ちょうど僕も遊園地行きたかったんです! とか、あっ、いつ行きますか? 兄さん、今日で試験終わりだったよね? 僕も夏休みだし、いつだっていいですよ! あっ、でも色々と準備しなくちゃいけないし、そうだ4日後はどう? 兄さんもバイト休みだったよね! よし、じゃあ4日後しよう!

 

という感じで遊園地行きが決まった。ちなみに、真が喋ってる間俺は、いや、だからこれは真にあげるから誰か友達とでも……うん、はい、と誤解を解くことも許されずに相槌を打つことしかできなかった。真のことだから俺に気を使ってくれたのかも知れない。兄さんが当てたのに僕と友達とで行くのは悪い、みたいな感じで。真は優しい子に育ってくれたからきっとそうだろう。

 

結局、俺が説得するのを諦め、二人でランチパックでも持っていこうということで落ち着いた。そしてそれから四日後、俺たちはここに来たってわけだ。

 

ゴトゴト。先ほどに比べて車両の音が大きくなっているように感じる。空も近くなって来ているし……。

 

不幸中の幸いと言うべきかは分からないが一番前の列じゃなくて本当に良かった。それだけが救いである。

 

ジェットコースターはついに、レールの頂上に辿りつく、ゆっくりと向きが逆になったと思った刹那、一気に落下する。

 

落下する感覚が俺は嫌いだ。ジェットコースターで悲鳴を上げる人は多い。しかし、それは余裕がある人だと思う。俺レベルになると、悲鳴を上げるどころかただただじっと耐えることしかできない。

 

「きゃああああああああああああああああ」

 

そこら中から声が上がる。真もどうやら楽しんでいるみたいだ。

それから4分間、ジェットコースターが止まるまでの時間、俺はずっと耐え続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さんっ! 午前中は楽しかったね!」

 

時刻はお昼を少しすぎた頃。俺と真は日陰になっているベンチにて昼食を取ることとした。真は非常に機嫌がいい。くせ毛がヒコヒコと動いていると錯覚するくらいだ。

 

遊園地を楽しんでくれるのは兄としても願ったり叶ったりなのだが、こう兄としてはもう少し静かなやつも乗りたいわけよ。メリーゴーランドとかコーヒーカップとかあるじゃない。子供っぽいとか言うのは置いといてこういうゆっくりした遊具にも乗るべきだと思うんだよ。

 

真と俺が午前中に乗ったのはいわゆる絶叫系と呼ばれるものばかりだった。ジェットコースターにしろ、バイキング船みたいな振り子運動するやつにしろ、ウォータースライダー的な奴にしろ、とにかく絶叫系だった。絶叫系は苦手だが、乗れないわけではないし、真が笑顔で誘ってくるのだ、断れるはずもない。結果真と一緒に乗り尽くさんばかりの勢いで乗り物に乗って行った。今でも落ちる感覚がしてるし、しばらくは乗らなくてもいいんだけど、この様子だと午後も絶叫系ばっかりだろうな……。

 

ニコニコと笑う真を見てると、まぁそれも悪くないと思うあたり、親バカとかシスコンとか言われそうだ。それにいつにも無く気合入ってるし。今日の真の服装は普段の俺のお下がりやジャージではなく女の子らしい服だった。それも、真らしさがでるボーイッシュでなおかつ、女の子らしさもでてるやつ。本当に雑誌に出てくるモデルのような感じだ。ファッションに詳しくない俺だとこんなことくらしか感想として言えない。何でも雪歩ちゃんと春香ちゃんと相談して買ったみたいだった。朝、服を褒めると顔を真っ赤にして照れてた。こういうところが子供っぽい。まぁ、いくつになろうと俺からみたら子供には変わりないんだけど。

 

真の言っていた準備って服を買ったりしたことなんだろうか?

兄としては女の子らしい服装をしてくれて嬉しい限りだ。あとは恋愛とかして欲しいけど事務所的には無理なのかなー。俺と違ってモテると思うし、高校時代に恋愛に仕事にと色々と頑張って欲しい。

 

「どうしたの、兄さん? ご飯食べようよ」

 

そういってバスケットを取り出す真。今日の昼食はサンドイッチだ。朝、真と一緒に作ったやつ、具はポピュラー玉子やレタス、それにハムなど本当にオートドックスなやつだ。弁当を作る際、遊園地といえばサンドイッチだよね! と訳もわからない理論でサンドイッチとなった訳である。サンドイッチだと作るのも簡単だしね。

 

「いやいや、何でもないよ。よし、食べるか」

 

「「いただきます」」

 

二人で手を合わせ合掌。

バスケットから一つ取り出し、一口食べる。うん、美味しい。

 

 

サンドイッチを粗方食べ終わった後に飲み物をもってきていないことに気がついた。そう考えればこんな真夏の炎天下の下、何も飲まずに乗り物に乗っていたわけか。真も俺も夏にも暑さに強いとはいえ熱中症にならなかったのは凄い。

 

「うん? 兄さん、どうかしたの?」

 

「飲み物買ってこようと思ってさ。朝から何も飲んでないだろう?」

 

「そういえば、そうだったね、楽しいからつい忘れたよ」

 

そういいながら後ろ髪をかきつつえへへと笑う真。何時ものなら男の子っぽい仕草に見えるんだけど、今日は服装もいつものと違い可愛げのあるものになってボーイッシュの可愛らしい女の子の仕草となっている。普段から一緒にいる俺でさえ見違えるほどだ。

 

「それで、真は何がいい?」

 

「いいよ、兄さん。僕も一緒にいくよ!」

 

「いやいや、気にしないでくれ。ちょうどトイレにも行きたかったしね。真はここでのんびりしててよ」

 

「うーん、分かったよ。それじゃ、コーラをお願い!」

 

「はいよ」

 

そう言って真と別れトイレと自動販売機を探しに行く。

自動販売機の料金を見て水筒持ってくるべきだったかも、と後悔するのは貧乏人ならいた仕方が無いと思う。

 

兎にも角にも真との遊園地はまだ前半戦が終わったばかりだった。




なぜだ、なぜ真とデートしてるんだ……。
まぁ、いいか。
次話は近いうちに投稿できると思います。短いですが。

あんまりにも短い場合はこの話と統合させるかもしれません。

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