かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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閑話は次に挟みたいと思います。閑話は夏祭りということで。


第二章
第二章 彼と彼女のプロローグ


ふぅ、と息を一息吐く。

 

季節は八月。むあっと湿気が辺りを包んでいる。日本の夏らしい蒸し暑い熱帯夜に今夜はなりそうだ。

 

空をみればビルに明かりを遮られている星の光が少しだけ見えた。

 

どうやら明日も晴れそうだ。

 

 

 

携帯で時間を確認する。

 

23:52。無機質な時計はそう示していた。

 

今から、帰る。

 

そういつものバイト終わりに送る味気ないメールを送る。

 

 

いつの間にか買い換える時期を見逃して、高校時代からずっと同じ機種を使っている。

 

真みたいにスマートフォンの最新の機種にでも変えようか、と思ったこともあったが機能を使いこなせそうにもないし、お金ももったいないのでやめておいた。俺にはガラケーが似合っているのだ。

 

それにボロボロだけど、今の携帯には愛着も湧いてきた。壊れて使えなくなるまでは使ってみたいと思う。

 

靴紐がほどけていることに気づき、結び直す。

 

背負っている鞄からカランとビンとビンがぶつかる音がする。

 

帰る前にコンビニか何処かに寄って捨てるとするか。詰め替えとか出来ないのかな、これって。

 

まぁ、でも詰め替えならビンを返す俺の負担も増えるし、このままでいいか。

 

ブーブーブー。

 

靴紐を結び終わり立ち上がった瞬間、携帯のバイブレーションがなる。

 

メールの返信がきたようだ。

 

送ったメールもいつも通りの定型文なら返信も定型文。

 

いつも通り、夕食を作って待ってるという旨だった。

 

その定型文に対して、嬉しいと思う反面、心配する気持ちも強くある。

 

夏休み、彼女は学校は休みだが、レッスンや仕事はある。なるべく早く寝て欲しい。最近は雑誌で見かけることもバックダンサーとして見かけることも増えてきている。

 

まだまだ、無名とは言えしっかりと休んで仕事やレッスンに備えて欲しい。

 

俺なんかのために寝不足になっているなんてことはあってはいけない。

 

何回か先にご飯を食べて寝ておいていいよ、と言ったことがあったが、彼女は頑として首を縦に振ることはなかった。

 

無理やりにでも寝て欲しいと思う反面、もう高校生なので彼女の意思決定を尊重させてやりたいという気持ちが混じり、結局今までの間ずっとこの関係が続いていた。何とも親というものは難しいものである。この歳になってようやく親の大変さを理解できるようになった。

 

湿気のこもった生温い風が吹く。

 

長袖のシャツの下が少し汗ばんでいるのが分かった。

 

夏はやっぱり嫌いじゃない。この湿気もうだる暑さも嫌いじゃなかった。

 

昼間あれほどうるさかった蝉時雨は聞こえず、代わりに車のエンジン音が辺りに響いていた。

 

色々なことが起こる夏はこうして始まった。

 

 

 

 

 

 

バイト先からバスで20分、見慣れた我が家へとたどり着く。

 

ガチャリと鍵を開け、ドアを開けると、直ぐにドタドタと奥から足音が聞こえてきた。

 

「おかえり! 兄さんっ!」

 

何時ものジャージ姿の彼女。特徴のくせ毛が嬉しそうに揺れていた。

 

「ただいま、真」

 

「バイトお疲れ様。ご飯できてるよ!」

 

「あぁ、ありがとうな、いつも」

 

すでに我が家の夕食担当は彼女になっていた。俺も帰りが遅くなることが多く、彼女が作ることが続き、いつの間にか彼女が夕食を作るのが当たり前になっていた。

 

料理の腕前も上達して行き、多分もうすでに6年近く自炊している俺と遜色ない程度の腕はある。

 

料理以外の家事もよく手伝ってくれるし、もうどこに出しても恥ずかしくない娘である。

 

俺ももし結婚できるのなら彼女みたいな人を奥さんに貰えたら嬉しい限りだ。まぁ、まずは奥さん以前に彼女を作ることから始めないといけないわけだけど。

 

「うんうん、気にしないで!」

 

彼女は笑顔でそう言うとリビングの扉を開ける。

 

リビングの中も外と同じような気温だった。

 

俺も彼女も暑さには強い。二人とも冷房をつけなくても大丈夫だ。

 

そのため我が家の冷房はお客さんが来た時しか使わない普段はただのオブジェとかしていた。リビングと彼女の部屋にはエアコンは付いているが、俺の部屋にはエアコンどころか扇風機すらない。

 

そういえば、彼女の事務所も最近エアコンが壊れたって言っていたけど、大丈夫なのだろうか……。

 

彼女は俺と同じく、暑さに強いから平気だろうが、他の女の子にはしんどいはずだ。熱中症には注意してもらいたい。

 

「今日はサッパリしたメニューにしたんだ!」

 

テーブルの上には今日の夕食が並んでいた。冷やし中華にサラダ、それに麦茶。

 

うん、夏らしいメニューだ。彩りも綺麗だし、このまま何処かの料理屋にでも出せそうな勢いだ。

 

春に比べても彼女の料理の腕前は数段上がっていた。このままのぺースだと後3、4ヶ月、今年の冬には俺のよりも上手くなっているかもしれない……。

 

うーん、兄としてはせめて料理くらいは勝っておきたいところである。

運動では遥かに彼女に劣っているため、せめてそれ以外では兄の威厳を見せたいところである。

 

「本当に料理上手くなったな、真」

 

「へっへ、やりぃー! 兄さんに褒められちゃったっ!」

 

ニコッと無垢な笑顔で笑う彼女。今の俺にはとてもではないが出来そうにもない笑顔だ。

 

「うん、このままだと、俺より上手くなるのも、もうすぐかもな」

 

「まだまだ、兄さんには勝てないよー。でも、いつかは勝ってみせるよ!」

 

「そうかそうか、それは楽しみだな」

 

「うん、いつか兄さんよりも料理上手くなって飛び切り美味しいものを兄さんに食べさせてあげるんだ!」

 

何とも嬉しいことを言ってくれる。

 

でも、出来れば彼氏や旦那さんにその料理を食べさせてあげて欲しい。俺は二の次三の次でいいのだ。

 

「あぁ、ありがとう真」

 

「うん、今年の兄さんの誕生日は期待しててね!飛び切り美味しいものを作るから!」

 

俺の誕生日って、まだまだ4ヶ月以上先、年末の話なんだけどな。今から張り切ってどうするのやら。

 

そんな子供っぽいところも、彼女らしいところである。是非ともこのまま純粋無垢に育って行って欲しい。

 

「去年みたいな失敗はしないんだっ!」

 

そう言ってグッと拳を握る彼女。まぁ、去年の俺の誕生日は真がケーキを焼いてくれるはずだったのだが、分量を間違えてケーキが爆発したため急遽ホールケーキをヒロトが買ってきてくれたのだった。俺もお菓子作りは得意ではないため、兄妹揃ってお菓子作りの才能はないのかもしれない。

 

誕生日といえば、今月末には彼女の誕生日がくる。

 

今年は、どうしようかーー

 

SSK辺りに真が今欲しいものでも聞いて、雪歩ちゃんたちも呼んでささやか誕生日パーティーでも開こうかな。例年通りと言えば例年通りだし、何か別のことをやってもいいかもしれない。

 

それは後後考えるか。

 

「それは本当に楽しみだ」

 

「うん、絶対に美味しく作るからっ!」

 

今から今年の冬がもう、楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、兄さん明日はどうするの?」

 

夕食を食べ終わり、片付けも済ませた後、リビングのソファーに座っていると彼女が横に座って聞いてきた。

 

「うん、とりあえず、ミズキ達と夏祭り行くよ」

 

明日はこの地域で一番大きい花火大会と夏祭りがある。出店も数多く立ち並び人も大勢訪れる夏の風物詩だ。去年までは真とミズキ、SSK、それにヒロトとお馴染みのメンバーで訪れていた。

 

「やっぱりそうなんだ。もし、向こうであったら、よろしくね」

 

しかし、今年は彼女はナムコプロダクションの友人である雪歩ちゃんや春香ちゃん達と一緒に回る約束をしているみたいだった。

 

何故か俺も誘われたが、俺なんかがいてもきっと雰囲気を気まずくするだけなので断っておいた。

 

「夏祭りは人が多いからな、はぐらないように注意しろよ」

 

「あれだけ人が多いと、一度はぐれたら大変だよね。いくら携帯があるといっても」

 

人の数も生半端ではない人数が訪れる。一度でもはぐれると合流するのは至難の技だ。

 

「うん、だからはぐれないようにな」

 

そういう俺も自分自身がはぐれてしまわないようにしなきゃな……。

 

はぐれると合流はまず絶望的だし、次にミズキにあった時に何を言われるか分からない。それにこの歳で迷子は嫌だしね。

 

「うん、大丈夫だよ兄さん」

 

彼女ならしっかりしてるし、心配はしなくてよさそうだ。だけど、保護者というものはどうしても心配してしまうもの。心配するものきっと仕事なんだろう。この気持ちは全国の子供を持つ親御さんは理解してくれるはず。

 

携帯で時間を確認する。

 

1:39。

 

時計はそう時刻を示していた。

 

「真は明日の午前中は何かあるの?」

 

「ううん、雪歩達と夏祭りに行く以外は何もないよ。だから、明日は久しぶりにゆっくり寝れるなーって」

 

「そうだね、最近はレッスンも多くあったみたいだし、明日の午前中はしっかりと休養をとったほうがいいよ」

 

最近は毎日この時間まで起きている日々が続いている。どんなに早くても寝るのは1:00。学校がある日は7:00には彼女は起きている。いくら若いからといって5、6時間の睡眠時間で学業と仕事を両立させるのはキツイはずだ。

 

今はまだ夏休みに入っている分、睡眠も少しは多く取れるが、学校が始まるといつ限界がくるかも分からない。彼女の意思を尊重させたい気持ちもあるが、やっぱり夕食は一人でとってもらうことも考えておこう。

 

「ふぁあぁ」

 

横に座っていると彼女が眠たそうな欠伸を一つ。

 

「真、眠いなら寝た方がいいよ?」

 

「うん、でも明日は昼間までゆっくり寝れるからたまには兄さんと話がしたくて……」

 

家族団欒の時間を大切にしてくれるには純粋に嬉しい。

 

「そうか、じゃあたまには夜更かしするのもいいか」

 

たった二人の家族なのだ。明日は俺も昼間まで寝れることだし、少々夜更かしして話をしてもいいだろう。

 

「最近、事務所の皆とは仲良くやれてる?」

 

「うん、皆仲がいいんだっ! それに、最近ね--------」

 

その日、我が家のリビングは夜遅くまで話し声が絶えなかった。

 

網戸の向こうには満月が一つ宙に浮いている。

 

蒸し暑い熱帯夜の中、俺と彼女は話し続けた。

 

本格的な夏が始まった。

 




ネタバレ?になるにかわかりませんが、閑話の夏祭りせすが、主人公は大学生組とはぐれます。誰と一緒に夏祭りを回るか……。

それは次回の更新をお楽しみに。


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