かくも日常的な物語 作:満足な愚者
一時間に2500文字。これがどうやら私の限界みたいです。どうやったら早くかけるんだろ……。
「参ったな……」
ポツリとそうつぶやく。
その声は雑踏に混じり誰にも届かない。辺りを見れば見渡す限りの人、人、人。
親子連れから、夫婦、カップルまで、多くの人が波を作っていた。
年齢層もお年寄りから子供まで老若男女色々な人がいる。
毎年行ってるが、やっぱり人は多い。人々の波の横では色鮮やかな、出店が列を作り並んでいる。
昨日に引き続き、今日も天気がいい。気温も高いし、この人混みだ、何もしなくても少々汗ばむ程度には暑かった。
手に持っているビンを開け、中身を一飲み。
いやはやまさか、はぐれるとは困ったな……。いつの間にか目の前から消えていた三人。
違うな、多分俺が三人の前からいつの間にか消えたのか。
次、ミズキ達にあったらミズキにどやされるだろうな……。迷子になるとか、子供か、って感じで。
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。今度、ミズキにあった時に適当に言い訳をするとして、当面の問題はこれからどうするか、だ。
携帯の画面を見れば真っ黒。
肝心な時に充電が切れていた。
これだけの人混み、それに加えて携帯も使えない。
合流はまず不可能か……。
真に昨日の夜、はぐれないように、と注意したのに俺がはぐれてどうする……。
うーん、保護者失格だな。
腕時計で時間を確認すると花火の打ち上がりまであと一時間半以上もある。
一人で花火を見るのも虚しいものがあるが、このまま帰ったら何のためにこの会場にいるか分からない。
虚しくても何でも花火は見たいと思う。
花火を見るのはいいが、それまでどうやって時間を潰すかだな。
中身のなくなったビンを革製のショルダーバックへと入れ、手に下げていたビニールからりんご飴を取り出す。
やっぱり、夏祭りと言えばりんご飴、これは欠かせない。ミズキ達とはぐれる前にイカ焼きとりんご飴は買っておいた。
りんご飴をくるんでいるビニールをとり、一つ舐める。
程よい甘さが口の中に広がった。夏の味だった。
流れの中の人はみんな笑顔だった。お父さんの腕を引く小さな女の子、中学生くらいの初々しいカップル、孫を肩車している祖父。
祭りの雑踏は笑顔が溢れていた。日頃の暗いニュースが嘘のようだった。そんな風景を見てると考えてしまう。
----いつからだっただろうか?
祭りの雑踏を聞くと、この祭りの主役は自分じゃないと思いはじめたのは……。
----いつからだっただろうか?
子供みたいに無邪気に笑えなくなって、祭りを楽しめなくなったのは……。
いや、祭りじゃなくても日頃のあらゆることで感じていた。
俺は決して“主役”じゃないということに……。
そう気付いたのは決して最近の話でもなかった。
ずっと前から分かっていた、気づいていた。
でも、主役じゃなくてもせめて舞台には立ちたいと思うのは我がままなのだろうか。
きっと、俺はこの祭りの舞台にも立てていない。舞台にも立つことが出来なくなったのは“あのこと”を強く意識するようになった時からだ。
そんな負の考えを振り払うように首をブンブンと振る。
とりあえず、歩くか。
ここにとどまっていても、どうしようもない。出店も全部まだ見れてないし、のんびりと見て回るか。
せっかくの夏の風物詩、味わないと損だ。それに暗い考えは“らしく”ない。
止まっていた足を一歩踏み出す。
頭上には上弦の月が浮かんでいた。
------人混みの中を流されるように歩く。
金魚すくい、イカ焼き、たこ焼き、はしまき、かき氷、射的、型抜きなど夏祭りにはこと欠かすことのできない出店が立ち並ぶ。
それらので店を手にもったりんご飴を食べながら冷やかす。
たまに周りを見渡してみるがミズキ達は見つからない。ミズキの髪みたいな特徴的な色だと目立つかと思ったけど、夜の暗さと出店の黄色がかった明かりとで目立たなくなっているのかもしれない。
「あの、もしかして、お兄さんですか?」
そんな風に辺りを少しキョロキョロと見渡していると、不意に後方から声をかけられた。
振り返れば淡い赤い色の浴衣を着た少女。ツヤのある黒のミディアムヘアーに浴衣と同じ赤いリボン、真の仕事仲間であり、親友の少女が立っていた。
「春香ちゃん……?」
「はい、こんばんは。お兄さん。先週ぶりです」
春香ちゃんはぺこりと微笑みながら頭を下げる。
彼女と最後にあったのは先週我が家に遊びに来た時だったので意外と早い再開となった。
屋台の自家発電装置や人々の話し声が混じり合う雑踏の中、彼女の声はよく聞こえた。
「こんばんは、浴衣よく似合ってるよ」
赤い浴衣は彼女のトレードマークであるリボンと同じ色でとても彼女に似合っていた。そもそもアイドルなのだ何を着ても映える。祭りの雑踏の中で注目されにくいはずなのだが、今でも通行人の視線を集めていてる。
「うわぁ、ありがとうございます。お兄さん、嬉しいですっ!」
無難な褒め言葉しか出ない口下手な俺だが春香ちゃんは嬉しそうに微笑む。
やっぱり、綺麗な子だな。外見もそうだけど、中身も。
改めてそう思う。
「どうしたのこんなところで?」
確か、真が昨日一緒に祭りに行くと言っていたメンバーの中に春香ちゃんの名前もあったはずだ。
「えへへ、実ははぐれちゃって。私ドジですから……」
そう言いながら春香ちゃんは後ろ髪をかく。
「お兄さんはどうしてお一人でいるんですか? 真からは友達と一緒に回っているって聞きましたけど」
「俺も実ははぐれちゃってね……。携帯で連絡取ろうにも充電切れでね。どうしようかと思ってたんだ」
そう言いながら真っ黒な携帯の画面を見せる。
「そうなんですか。実は私もケータイ充電切れてて……」
えへへ、と笑う春香ちゃん。
「そうなんだ。それはお互いに困ったね」
連絡を取れないならもはや合流は諦めた方がいい。俺はとっくの昔に諦めた。
そうですね、春香ちゃんはそう相槌を打ったあと、あっ! と顔を上げた。
「お兄さんも今は一人なんですよね?」
「うん、大学の友達との合流も絶望的だしね」
「お兄さんは花火見られて行きますか?」
この夏祭りのメインは花火である。この地域、いや地区でみてもトップレベルにはいる大きな花火大会だ。年に一度だし、見ないと損。
それにもう花火なんて見る機会今後ないかも知れないしね。小さい花火ならいつでも見る機会はあるけど、本格的な花火を見る機会なんて中々ない。
「うん、一応花火は見て行くよ」
それじゃあ、と春香ちゃんは続ける。
「一緒に回りませんか? 夏祭りっ!」
「……」
非常に嬉しい申し出である。美少女アイドルが一緒に祭りを回ろう、なんて言ってくれるチャンス何て恐らくこれが最初で最後だろう。俺としてもノンタイムで首を縦に振りたいのだが、そうはいかなかった。
「もしかして、私とじゃダメですか?」
「嬉しいんだけどね、色々と大丈夫なの? ほら、春香ちゃんアイドルだし。二人っきりって言うのは……」
そう、俺の心配はそこだった。別に真や他の誰かが一緒にいるのなら大丈夫だ。でも、今いるのは俺と春香ちゃんの二人だけ。
春香ちゃんと俺の関係は友達の兄と妹の友達というただの顔見知りといっていいほどの関係だ。でも、知らない人から見ると恋人同士に見えなくもない。俺としてはこんな美少女と恋人に見られることはあ嬉しいだけで済むのだが、春香ちゃんはアイドルだ。恋人と見間違えられるのは色々と危ないし、春香ちゃん本人も俺なんかの恋人に間違われるのは嫌なはずだ。
当事者にその気はなく周りから疑われるようなことはだめだ、きっと。
「その辺りは大丈夫ですよ! 私たちアイドルですけど、まだまだ仕事も少ないしそんなに有名じゃないですからゴシップを撮りたがる記者の人なんていませんよ。それにこの人混みです!私なんか目立たないですよ。悲しいですけど」
さきほどから行き交う人々がチラリと視線を送っているのに気づいていないのか気づいていない振りをしているのか、それは分からないけど春香ちゃんはそう言った。恐らく前者なんだろうな。
アイドルという職業だから見られるというのはきっとこんなチラチラじゃなくてマジマジと見られることだけだと思っていそうだ。
それとも……、と彼女は続ける。
「それとも、お兄さんはやっぱり私と回るのが嫌なんですか……」
さきほどの笑顔から一転シュンとしか表情になる春香ちゃん。
「いやいやいや、そうじゃないからね! 春香ちゃんが大丈夫なら俺からお願いしたいくらいだよ!」
「私は大丈夫です、むしろ----。うんうん、お兄さん、一緒に回ってくれますか?」
中間は声が小さくて聞こえなかったが、春香ちゃん自身は俺と回ることは大丈夫なようだ。
「じゃあ、お願いするよ」
「はいっ! 私こそ、よろしくお願いしますっ! お祭りを一緒に楽しみましょう!」
シュンとした表情からパァと明るい表情に変わり無邪気な少女のように彼女は微笑む。
周りの雑踏も人々の流れも止まったような気がした。そう思うくらいに彼女の笑顔に引き込まれた。
彼女は間違いなく、この祭りの主役だった。
下駄を履いた彼女に合わせるようにゆっくりとした歩幅で歩く。
まさか、この年になって女の子と二人きりで夏祭りを回れる日が来るとは思わなかった。一つ残念なのは春香ちゃんは真よりも一つ年下なので彼女というよりかは子供と言った方が心境的には合ってるというところだ。
「やっぱ、出店と言えばりんご飴ですねっ!」
彼女は俺と出会う前に買っていたというりんご飴をペロリと舐めながら言う。
「うん、俺もそう思うよ。りんご飴美味しいしね」
しかし、不思議なものだよな。砂糖と水とリンゴでつくったものがこれほど美味しいと感じるのも。
出店補正か何かついているようにしか思えない。
「はいっ! とても美味しいです!
あっ、お兄さん向こうにたこ焼き屋がありますよ! たこ焼き屋!」
春香ちゃんが指差す先にはたこ焼きの文字。
匂いは色々なものに混じって届かない。
「まだまだ、花火には時間があるし、買って行く?」
「はいっ!」
たこ焼きの屋台前に来るとソースの匂いがムアっと襲ってきた。
「たこ焼き6個入りを一パックください」
俺の言葉に白いTシャツに白いタオルを頭に巻いた屋台のおじさんが元気良く反応する。
「あっ、私も6個入りを1パック……」
「いいよ春香ちゃん。頼まなくても俺のあげるから」
春香ちゃんの言葉を横から遮るように止める。
「えっ、でもそれじゃあお兄さんの分がなくなっちゃいますよ?」
「いいんだいいんだ。実は春香ちゃんと会う前から結構、買い食いしてて1パックは多いと思ってたんだ」
「それじゃあ、お金くらいは出しますよ」
「それも気にしなくていいよ。年下の女の子に出させるわけにいかないからね」
財布を出そうとする彼女の手を持って止める。年下の女の子にお金を出させるわけにはいかない。ましてやそれが真と同い年ならなおさらだ。
「はいよ!兄ちゃん、今日はデートかい? えらい彼女さんベッピンさんじゃねぇーか」
ガハハハと豪快に笑いながらおじさんはピックでたこ焼きを一回転させて行く。
「え、えええいや私たちカップルじゃないですよ」
春香ちゃんが顔を少し赤くしながら手をわたわたと横に振る。
うーん、そもそもから期待なんかしていなかったとはいえここまで嫌がられると少し傷つくかも……。
「そうかそうか、てっきりお似合いのカップルかと思ったんだけどな。まぁいいや、ほい兄ちゃん、たこ焼きだぜ。二つおまけしておいたからゆっくり食べな」
ピックで慣れた手つきで白いパックにたこ焼きを詰め込んだおじさんは輪ゴムで蓋を止めるとその間に二本の竹串をさしてビニールに入れる。
「500円ちょうどな! 毎度あり!」
おじさんの元気な声を聞きながら俺たちはまた人の流れに戻った。
「はい、春香ちゃん、たこ焼き」
人の波に乗りながら春香ちゃんにたこ焼きが入ったビニール差し出す。休憩場も何もないため座るところはない。悪いけど立ちながら食べてもらうことになる。
「本当にいいんですか? お兄さん」
「いいっていいって、むしろ真といつも仲良くしてもらってるからそのお礼ってことで気にしないで!」
「ありがとうございます。今度クッキー焼いて持って行きますね」
そこまで気にしてもらわなくても大丈夫なんだけどな。ここで大丈夫っていっても春香ちゃんは納得しそうにないし。
「うん、それじゃあ機会があったらよろしく頼むよ」
ここは無難な返しをしておこう。
「はいっ! とびきり美味しいのを作りますねっ!」
彼女は笑顔で頷く。
上弦の月はハッキリとまだ見えていた。
「うわー、美味しそうですよ! とても!」
たこ焼きのパックを開けた開口一言目の彼女の言葉だった。
白い湯気が出て鰹節が上で揺れていた。
「いただきまーす」
彼女はそう言うと竹串で8個あるうちの一つを半分に切り口に入れる。
「うーん、おひしいです!」
どうやら、味は満足だったようだ。そういえば屋台とかで食べたもので不味かったものって思い浮かばないな。思い出補正とか呼ばれるものもきっとあるのだろうけど、不味い記憶がないって何気にすごい気がする。
「それは良かった」
「お兄さん、別にお腹いっぱいってわけじゃないんですよね? 一つどうですか? 美味しいですよっ! たこ焼きっ!」
そういいながら彼女はたこ焼きを手に持っていたクシでさすと俺の方へ差し出してくる。
これはいわゆる、あーんってやつじゃないだろうか。こんなことして、春香ちゃんは恥ずかしくないの。
そんな俺を横目に彼女は、何考えてるんだろー、と不思議な表情をする。
意識しているには俺だけなんだろうか? 普通意識するよな? 今時の高校生は平気でこんなことするのか?
「どうしたんです、お兄さん?」
ええい! と勢い良くたこ焼きを頬張る。
「あっ、美味しい」
例にももれず、そのたこ焼きも美味しかった。
「でしょー! とっても美味しいです!」
笑顔で彼女は言う。人混みと夏の熱気が混じった中、その笑顔はとても輝いていた。
「もうすぐ、打ち上げですね。お兄さん」
春香ちゃんが腕時計で時間を確認しながら呟く。
俺も時計で時間を確認してみれば打ち上げの3分前を指していた。
春香ちゃんと合流してから一時間以上もうたったのか。なんだか、あっと言う間だったな。
「そうだね、もうすぐだね」
「お兄さん、どこか花火を見るためのオススメスポット知ってますか? 私たちこの花火大会来るの今年で二回目なんで詳しくないんですよ」
その春香ちゃんの言葉を聞いてはっと思い出した。
花火の打ち上げは毎年この屋台がそって並んである川の河原で行われる。河原に出ても人が多すぎてゴミゴミとしてユックリ花火が見れない。
なので俺たちは毎年穴場であるこの会場から5分から10分ほど離れた場所にある寂れた神社の境内で花火を見ていた。
ミズキたちはもちろん真もきっと友達を連れてそこに行っているはずだ。
というか何で俺はこんな簡単な合流方法に気づかなかったんだろうか。まぁ気づいていたとしても花火の打ち上げまでは合流は不可能だけど。
「うん、穴場スポットって言うかは微妙なところだけど、いつも毎年俺たちはこの会場から少し歩いた所にある神社で花火を見てるよ。真達も多分そこに今年もいるはずだから行ってみようか。多分花火の第一発目にはもう間に合わないけど」
「地元の人たちだけが知るっていうスポットですねっ! 行きましょう!」
「うん、それじゃあこっちに……」
俺が神社へと行くために歩き始めようとした時春香ちゃんが声をかけて止めてきた。
「お兄さん、お願いがあります」
「うん?」
なんだろう。難しくないことなら全然問題ないんだけどな。
「こっちの方向は人が多いですし流れと逆です。人とぶつかりやすいですし、またはぐれちゃうかもしれません。だから、手を繋いで行きませんか? 神社まででいいので」
そういいながら手を差し出してくる彼女。その顔は恥ずかしそうに少し赤らんでいた。
はぐれるのが恥ずかしいね。確かにそれはそうだ。でも、別の意味じゃ恥ずかしくないのかな……。
きっと彼女は俺のことをただの友達の兄貴としか見てないようだ。俺自身も何でかわからないけど、そのことがほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど何だか悲しかった。
差し出された手を掴む。女の子らしい柔らかい手だった。
「さぁ、行きましょう。お兄さんっ!」
俺たちは人々の流れに逆らうように歩いた。
その時だった、ドーンと一つ後方で爆発音。オーッと周りからどよめきが聞こえる。後ろを振り返れば春香ちゃんの笑顔とバックにはパラパラと消える赤い光。
花火が始まったみたいだ。
彼女がギュッと握っていた手に力を入れる。
「楽しいですね。お兄さんっ。私は今日、夏祭りに来て本当によかったと思います」
そう言って彼女は微笑んだ。
それは俺が見てきた今日一番の笑顔だった。
その笑顔を見ると数年振りに俺もこの夏祭りの舞台に立つことができた。そんな気がした。
雪歩で書いてたんですが、何故か春香に……。
何でだ……?
第二章は八月で全て使うつもりですので追い追い書く機会もあるでしょう。……多分