かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話

いつも通りの暑い日だった。太陽は赤く照りつけ気温は高い、そして俺の部屋の窓ガラスの向こうでは騒がしい蝉しぐれ。今日と明日はバイト先が新装工事と定休日で休みだ。久々に丸一日という休みを手に入れた。

 

今日は昼過ぎまでゆっくり寝れる。無駄な過ごし方だと言われそうだが、グタグタと過ごす日々も必要なのだ。特に最近はイベント多かったしね。息抜きしないと疲れてしまう、俺はもう若くはないのだ。

 

真は今日の早朝に海へと出かけて行った。何でも一泊二日でナムコプロダクションのメンバーで海へと遊びに行くみたいだ。

 

仲間と一緒に海に行くなんて青春してるな。楽しく仕事仲間と遊べているみたいで俺としては非常に嬉しい。

 

真が海へと出かけるのを見送ってから部屋に戻り、ゆっくりと二度寝をしていた時だった。

 

ピリリピリリ。

 

耳元で携帯が着信を告げる。

 

時間を見れば7:32。真を見送ってからまだ一時間しかたっていない。

 

寝ぼけてボーっとしている頭で電話を取る。あとあとになるがこの時俺はせめて誰からかかってきたのかくらいは確認しておくべきだったと思い悔やむことになる。

 

「よう、起きてっか?」

 

スピーカー越しに聞こえたのは女性にしてはハスキーな声。その声に反射的に顔を少ししかめる。

 

高校時代から嫌という程聞いたこの声を聞き間違えるはずもない、今日は平凡に寝て無駄に一日を消費したかった俺には決して聞きたくない声だった。

 

「今の電話で起きたよ、ミズキ」

 

彼女、橘ミズキは電話越しで笑っていた。

 

「そうかそうか、起こしてしまったか。それはすまないなぁ」

 

「全くすまないと思っていないだろ」

 

「はははは。まぁそんなことはどうでもいいじゃねーか」

 

彼女からの電話ということはほぼ何か起こること確定的だ。むしろ、起こらなかったことの方が少ない。

俺の安息日は電話をとった瞬間から跡形もなくなくなった。

 

「いや、よくないんだけど……」

 

「何だよ、そんな小さなことにこだわるから夏祭りの時に迷子になったりするんだよ」

 

「うっ……」

 

四日前ほどの夏祭りのことを突っ込まれると返す言葉がない。はぐれた俺が悪いんだし。

結局合流できたのもメインである花火の打ち上げが始まった後だった。

ぐちぐちとしばらく言われるのは仕方がないことかもしれない。

 

 

「まぁ、お前が子供みたいなのは今に始まったことじゃねぇしな。とりあえず、そんなどうでもいいことは置いといてだな。今から海に行くぞ!」

 

彼女はいつにもなく唐突に切り出した。

 

「は?」

 

突然すぎる言葉に思わず口から漏れた言葉だ。

 

「今度オープンするホテルのモニターを頼まれてな。それでちょうどそのホテルが海の前のあるんだよ。だから一泊二日で海に行くぜ」

 

「ちょっと、まっ」

 

俺の言葉を遮るように話すミズキ。人の話を聞かないのはいつになっても変わっていなかった。それにどこが“だから”なのか。

 

「それで今から迎えに行くから泊まる準備と水着の準備しておけよ。ちなみに天パーと色男はすでに一緒にいるから」

 

「だから、ちょっとまて」

 

ツーツー。

 

説明を求めようとしたところ通話が切れる。本当に言いたいことだけ言って切ることも相変わらずのことだった。せめて人の予定くらい聞けよ、もし何か予定でも入っていたらどうするのだろうか……。

 

そう思ったがどうせSSKに全員の予定を聞いたのだろう。天パーで細い銀ぶちメガネの友人が頭に浮かんだ。

 

布団から起き上がり、うーんと一つ大きく伸びをする。

 

今日くらいゆっくりとしたかったけどな。どうもそれは無理そうである。最近はおとなしかったとはいえ、ミズキがやると言えばやるのだ。俺たちの意見なんか関係ない。全ては彼女の思うがまま。

 

俺たちに出来ることと言えばミズキの機嫌が悪くならないように接待することくらいだ。

 

朝食は食べる時間はなさそうだな。

 

タンスに無造作に投げ込まれていたボストンバックを取り出す。

 

このバックもタンスから取り出すのは数年ぶりだ。最近泊り込みの旅行なんてしてないからな。チャックとかちゃんと動けばいいけど……。

 

ファスナーを動かしてみるとスルスルと動いてくれた。うん、壊れてはないみたいだな。

 

バックの中に着替えや必要なものを詰め込んでいく。

 

後は水着か……。海に行くのって高校以来じゃないだろうか。

大学になってから海どころか泳ぐ機会すらなかったしな……。

 

体型は変わってないと思いたい。水着は入ると思うけど……。

 

しかし、ミズキも急だよな。せめて泊り込みの用事くらいは前々から言って欲しかった。ぐちぐとと文句を言いながらも準備を整えている自分に気づく。

 

夏は嫌いじゃないし、まして夏の風物詩である海だ。どうやら俺は自分が考えている以上に楽しみにしているみたいだった。

 

 

 

「やぁ、おはよう。意外に早かったね」

 

マンションの前には一台のオープンカーが止まっていた。むちゃくちゃ高そうなやつ。持ち主いわく何でも高校から貯めていたバイト代で買ったとか。

 

そんな赤色のオープンカーの運転席に座っていた茶髪のイケメン、ヒロトはマンションから降りてきた俺に声をかける。夏らしくラフな格好に頭上にはサングラス。男の俺からみてもいい男だ。

それに加えて性格もいいときた。容姿端麗、スポーツ万能。中学までやっていたらしいバスケでは全国優勝したとか何とか。後は勉強さえ出来れば完璧な超人である。

 

神はどうやら二物三物を与える人間には与えているみたいだ。俺は一物も与えてもらっていないので若干の不公平を感じる。

会う機会があれば文句の一つでも言いたいところである。

 

「おはよう、ヒロト。ミズキに急かされてね、慌てて準備してきたよ」

 

ミズキが予想外に早く来たためにろくに準備できなった。電話があった後の5分後にはチャイムが鳴らされ、出てみればドアの前にミズキが立っていた。いくらなんでも急すぎるってものである。

少なくとも最低限度の物は入っているはずだから大丈夫だと思いたい。

 

頼りない重さのボストンバックを少し上下させてみる。まぁ一泊だしどうにでもなるか。

 

「ふむ、おはよう。早朝からご苦労だな」

 

そんなヒロトの横、助手席に座っていたSSKが軽くてを上げる。いつも通りのボサボサ頭にやる気の抜け切った目。細いフレームのメガネが早朝の日光を反射している。

 

この地域一番の大病院の医院長の息子である彼は少し変わったヤツである。頭脳明晰であり、情報屋。情報もとりあえず色々と持っていたりする。何故か俺たちのスケジュールも知っていたり、警察のお偉いさんと知り合いだったりと、とりあえず凄いヤツだと思ってもらえたらいい。物事をズバズバというタイプであり、口調も少し角ばったものが多い。変わったやつではあるが決して悪いやつではない。誤解されがちだがこれだけは間違えないことである。

 

本名はもちろんSSKではないのだが、彼と親しい人や彼にお世話になっている人は必ずと言っていいほどSSKと呼ぶために本名を聞く機会はほとんどなかったりするのも彼の特徴だ。

 

「おはよう、SSK」

 

とりあえず、俺も片手を上げて挨拶しておくことにする。

 

「時間は有限なんだ。急ぐことは何も悪いことじゃあねぇぜ」

 

後ろを見れば俺を急かした張本人が笑っていた。ミズキのことを表すには何といえばいいのか。見た目は飛んでもない美人。そこらのアイドルや女優にだって負けないくらい。

十人いれば九人は美人だと言うだろう。それにスタイルだっていい。今だってショートパンツと夏らしいスタイルが良く分かる薄いTシャツ。

 

外見だけで点数をつけれるのなら文句無しで100点満点だ。ヒロトと同じく恋人は作らないみたいで二人揃って撃墜王と撃墜女王の名前をほしいままにしている。SSK調べではヒロトに告白してきた人もミズキに告白してきた人も大学に入ってから今まで三桁に登るらしい。

 

どこの昭和の漫画だよ!と、思わすツッコミを入れたくなるが、ところがどうしたことかこれは現実だった。

 

容姿端麗であり文武両道。

高校時代の模試では全国ランキングで名前を見なかったことはなく、運動も何をやらせても出来る。我が自慢の妹、真に教えていた空手では比喩ではなく全国トップをも狙える実力の持ち主だ。

 

性格さえ良ければ完璧だった。

やはり、神は完全な人間は作らないようだ。

 

ミズキの難はその性格にあった。男よりも男らしい性格、言葉使いもあらければ手を出すのも早い。それに思いついたら即行動するタイプだ。その思いつきも飛んでもない奴が多いし。

彼女の伝説は数多くある。暴走族を一夜にして壊滅させたとか、文化祭のステージをジャックしてライブを開いたとか、しつこつナンパしてきた男を一撃でのしたとか、リンゴを片手で潰せるとか何とか……。しかも、その伝説のほとんどが実際にやったことだから笑えない。

 

まだ、一人でやることなら勝手にやってもらえばいいが何かとミズキは俺たちを巻き込む、教師には目をつけられるし、たまには警官の人たちに注意されることもあった。今となってはいい思い出なのかな? これも。

 

「出来れば当日じゃなくて前もって言って欲しかったよ」

 

「サプライズってやつも人生を楽しむ上で大切だろ?」

 

ミズキの提案にはサプライズ要素が多すぎる気がする。

 

「それにSSKとヒロトには二週間ほど前には言っていたぜ」

 

おい、それなら俺にも教えてくれたって良かっただろ。ヒロトを見ると苦笑いをしていた。

 

「まさかミズキが君には言ってないと知らなくてね。てっきり一番に言ったものとばかりね……」

 

「こいつに早めに言うとバイトとか言って逃げるからな。当日拉致ることにしたんだよ」

 

当日拉致るって色々とダメだろ。バイトいけなくなってクビになったらどうやって生きていけば……。

 

本当に今日休みで良かった。そう言えば新装工事も急だったな。店長が二週間くらい前に決めたんだっけ、確か。

 

SSKと目が合う。彼もヒロト同じように苦笑いを作っていた。

 

 

「まぁ色々とお疲れ。とりあえず、トランクに荷物入れるから預かるよ」

 

運転席から降りてきたヒロトは車の後方、トランクへと向かう。

 

トランクには二つのボストンバックとキャリーバックか一つ、それにクーラーボックスがすでに入っていた。

 

見た目によらず、この車のトランクは大きい。俺のボストンバックも入れることができた。

 

 

 

 

「よし、じゃあ出発とするか!」

 

全員が車に乗り込んだ後ミズキが言う。

 

席順は運転席にヒロト、その横の助手席にSSK、運転席の後ろに俺、その横にミズキという席順。

 

今日はヒロトの運転だが、俺以外の三人は免許も車も持っている。だから、車で移動する時は車の運転手も時によって違う。

 

運転手が違うと席順も変わるのが俺たちだった。

 

具体的に言うと、SSKが運転する時はヒロトが助手席へ座り、俺とミズキは後部座席に座る。

 

ミズキが運転する時は俺が助手席へと座り、SSKとヒロトが後部座席に座るという風な具合に席順が変わるのだ。

 

いや別に理由という理由はないと言えばないのだが、ミズキが車で移動する時はこうすると決めたのでそれに従っている。

 

恐らくミズキも何と無くでこの席順を決めたことに違いない。

 

 

 

 

「そう言えば何処の海に行くんだ?」

 

車が走り出してしばらくして聞いてみる。

 

「白濱市の海だよ」

 

運転席のヒロトが答える。

 

白濱市かまた遠いところだな。具体的に言えば県外。隣の県だけど、その県の一番端っこ。行ったことはないが大分かかるはずだ。

 

「白濱市か。確か海が綺麗で有名なところだよな。何かリゾート地みたいになってるとか聞いたことがあるような」

 

何処かのテレビの特番でそんな話をしていたような気がする。

 

「まぁリゾート地と言えばそうだな」

 

「何かモニターとか何とか言っていたけど」

 

「まぁ正確に言えばモニターじゃねぇが、モニターみたいなもんとでも思ってくれたらいい。白濱に今度オープンする新しいホテルのな。オレだけで行っても楽しくないからお前たちも呼んだのさ」

 

「え、でもミズキが呼ばれたんでしょ。俺たちも行っていいの?」

 

「良いに決まってるだろ。向こうにも了解は得てある。それにオレもお前たちもただ部屋に泊まって寝るだけで良い。他にも何人か泊まっている奴もいるだろうし。感想なんかはそいつらにでも任せとけ」

 

それで本当に良いのだろうか。良くないような気もしないこともないけど。

 

「せっかくの泊まり旅行だし、楽しんでいこーぜ」

 

ミズキがそう言って笑う。

 

「うん、そうだね。楽しもうか」

 

「この4人で何処かへ泊りに行くのも久方ぶりだしな。楽しくやるのは同意する」

 

「確かに楽しまなきゃ損だな」

 

ヒロト、SSK、俺も笑って頷いた。

 

 

 

 

「ふぁあ」

 

あくびが出る。車が動き出して15分程度がたった。まだまだ白濱市までか、県境にすら程遠い。

 

二度寝もろくにしていなったために眠たい。みんなと話していると楽しいし気はまぎれるのだが眠気だけは話しているだけではどうしようもない。

 

運動すれば覚めると思うけど。

 

「うん、眠たいのか? そう言えば電話でも寝起きって言ってたな」

 

あくびしているのを見られたみたいだ。

 

「うん、まぁ昨日遅くてね」

 

「白濱市までまだまだかかるから寝てるといいよ」

 

「うむ、高速を使うとは言えあと2時間50分、つまり3時間弱はかかる。十分に寝れるはずだ」

 

「なんだ、だらしねぇな。海に着いたら思いっきり遊ぶんだから今のうちに休んでおけよ」

 

今日のミズキは機嫌がいいな。

 

「ははは。ありがとう、みんな。それじゃあお言葉に甘えて少し寝るよ」

 

ドアに寄りかかり目を瞑る。車のエンジン音とみんなの話し声がどんどん遠くなっていく。

意識がなくなるにはすぐだった。

 

 

 

 

「おい、着いたぜ。起きろよ」

 

ゆさゆさと揺さぶられる。

 

頭が覚醒していく。潮の香りがする。

 

「……うん?」

 

目を開けるとミズキの顔が見えた。

 

別にそれは問題ない。ミズキは俺の横に座っていたのだし見えるのは当然だ。

 

だけど、そのアングルがなぜか下から見るようなアングルだった。

 

頭の下には柔らかい感触。

 

「何やってんだ、お前。寝ぼけてんのか?」

 

ミズキが笑う。距離が近い。

 

やっぱり、何処からどう見ても非のつけどころがないくらいの美人だ。

 

って、そうじゃない。

 

この状況ってまさか膝枕って奴をされているのか、俺。

 

慌てて体を起こす。

 

太陽が高く登っているのが見えた。どうやら駐車場に止まっているみたいだ。白いボロボロのワゴン車とか数多くの車が目に入った。

 

「どうした。そんなに慌てて起きて。オレの膝枕なんてそうそう味わえないぜ」

 

少し顔を赤くしながらミズキがいう。機嫌はどうやら良いみたいだ。

 

「どうして俺がミズキに膝枕されてるんだ?」

 

「何でも何もお前がこっちに倒れてきたんだろ?」

 

「ごめんごめん、それなら起こしてくれれば良かったのに」

 

「夜遅かったって言ったしな。寝不足で海で倒れられたりしたらせっかくの旅行が台無しだろ?」

 

「でも、ごめんな。お礼に何か買ってくるよ。重かっただろうし。それにしてもおかしいな。ドアに寄りかかって寝たつもりだったけど、寝相も結構いいほうだしさ」

 

「ま、まぁそんなことはどうでもいいだろ!」

 

目をそらしながら言うミズキ。やっぱ怒ってるのかな。

 

運転席のヒロトを見る。一瞬、悔しそうな顔をしていたような気がする。

 

「やぁ、おはよう。目的地に着いたよ」

 

笑顔で話すヒロト。

 

さっき顔は気のせいだろうか。

 

「おはよう、大分寝れたみたいだな」

 

SSKはいつも通りのやる気のない顔だった。

 

「二人ともおはよう。おかげでゆっくり寝れたよ」

 

「ようやく寝坊助も起きたところでーー。お前ら海だぜ!!」

 

ミズキがそう言って俺の後方を指差す。

 

振り返れば大きな水色。

 

太陽の光をキラキラと反射していた。

 

ここからでも砂浜には多くの人がいるのが見える。さすがリゾート地。

 

「久々のこのメンバーでの海だ。今日は楽しむぜ!!」

 

ミズキが拳を空に向ける。

 

俺たちもそれにならい拳を上へと挙げた。

 

空も海も気持ちがいいくらいに青かった。

 

 

 

 

 




海行きたいです。最後に泳ぎに行ったのいつだったかな……。

遠い昔のことだった気が……

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