かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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毎回のことながら遅くなってすみません。
次回は少し頑張って早く更新したいと思います。


第二話 その5

「ーーキュゥ」

 

少し焦茶かかった茶色の体毛に可愛らしいクリクリとした目。どこからどう見てもハムスターだ。あいにく動物を生まれてこの方飼ったためしがないためジャンガリアンかゴールデンなのかは分からないがハムスターということだけは間違いない。

 

ーーどうしてここに?

 

ハムスターの生態には全くと言っていいほどに疎いが少なくとも浜辺に生息していたとは聞いたことはない。大昔に何処かの図鑑か雑誌で見た記事では確かハムスターは夜行性だったはずだ。

 

ーー誰かのペットかな。野生のハムスターがこんな浜辺にいると考えられない。なら、そう考えるのが妥当なところだろう。

 

クリクリとした可愛い目と俺の視線が交差する。

 

「ーーキュゥ?」

 

そして愛らしく首を傾げるハムスター。首を傾げたいのは俺も同じこと。なので俺もハムスターに習い首を傾げることとする。ーー夏の雑踏に包まれた浜辺でしゃがみ込みながらハムスターと目を合わせ共に首を傾げるいい年をした青年。周りから見たらどう映るのか、非常に気になる。俺は特にこの炎天下の中、黒色のパーカーなんか装備しているしね。とりあえず、周りに知り合いがいなくて本当に良かった。ヒロトはまだボール探しているだろうし、SSKとミズキはきっとまだ道具の片付けが終わってないはず。

 

人慣れもしているみたいだし、ペットのハムスターで間違いないだろう。野生のハムスターならすぐに逃げるだろうしね。

 

とりあえず、ここに放っておくのは色々とまずいような気がする。なんせこれだけの人がいるのだ、小さなハムスターがいつ踏まれてもおかしくない。むしろ、ここまで踏まれなかったことが幸運だったと言える。手を伸ばして見てばキュゥ、と言った鳴き声と共にまたも首を傾げるハムスター。警戒しているのかそうでないのかは分からないが、逃げずに10秒か15秒ほど出された手を見て首を傾げながら何か考えた後、ピョンと手に飛び乗ってきた。そしてトコトコと黒色のパーカーの袖を登り肩の上に落ち着く。まるでそこが自分のポジションだと主張しているようで微笑ましい。

 

「ーーおーい、ボール見つかったよ」

 

肩の上にハムスターを乗せたまま立ち上がった俺の後ろから声が聞こえる。振り返ってみればいつの通りの温和な笑みを浮かべた青年がこちらに軽く走りながら近づいてくるのが目に留まる。手には白いカラーボール。どうやら見つかったみたいだ。

 

「まさか、こんなところまでボールが飛んでいるとはね。さすが、ミズキだよ」

 

茶髪の青年は、額に浮かんだ汗を首か下げていたタオルで拭うと爽やかに近づいてくる。ただのカラーボールがここまで飛ぶのは色々と凄い。空気抵抗とかボールの重さとか何をどう考えてもここまで飛ぶことはあり得ない。ーーいや、現実的にここまで飛んできているんだから飛んだのだろう。本当に色々とぶっ飛んでいる、規格外と言った言葉がピッタリだ。

 

「でも、誰にも当たってないみたいで良かったよ」

 

「確かにね。誰も怪我してないようで良かったよ。まぁカラーボールだし当たっても痛くはないとは思うけどね」

 

右手で持っていたカラーボールをプニプニと親指と人差し指で抑えるヒロト。やはり、こんな柔らかいボールがここまで飛ぶなんて色々と信じられない。

 

「ーーん? ハムスターかい」

 

ヒロトが俺の右肩を見て目を少しだけ細める。キュッ! と同じような鳴き声を上げて、右手をピッと伸ばすハムスター。挨拶でもしているかのようなその動きはなんだか人間味がある。

 

「さっきここで見つけたんだ。多分誰かのペットだと思うけど……」

 

「へぇー、そうだったんだ。可愛らしいね」

 

そう言って俺の肩に指を伸ばすヒロト。ハムスターはその指をよけるように俺の肩から首の後ろに回るとパーカーのフード部分に潜り込み顔だけをだした状態でヒロトを見る。

 

「あらら、嫌われちゃったかな」

 

そう言って照れ臭そうに後ろ髪をガシガシと掻くヒロト。

ーー珍しいことだな。

ヒロトは人だけでなく動物からも基本的に好かれるからね。

 

キュッ! とヒロトをもう一度見た後、安心したのかフードからモソモソと出てきて肩に居座るハムスター。

 

「君は気に入られたみたいだね」

 

その様子を見ていたヒロトが笑顔を崩さずに言う。まぁ、昔から動物にはよく懐かれたからなぁ。動物といっても近所の野良猫とか飼われている犬なんかだけどね。基本的に動物から逃げられることはなかった。トロそうだから害がないとか思われているだけかも知れないけど。それにどうせなら動物に好かれるよりか女の子に好かれたかった。こんな卑俗な願いなんか持ってるからきっと俺はモテないのだろうなぁ。そう思いながら苦笑いを浮かべているとヒロトから、どうかした? との声がかかる。それに対して、なんでもないと首を振る。

 

「さてと、この子をどうするかだね」

 

ハムスターを指差しながら言うヒロト。

 

「とりあえず、飼い主探さないといけないよな。こんなところに放置しとくわけにもいかないしね」

 

でもなぁ、そう続けて周りを見渡す。ーー人人人。多くの人がいた。この中から飼い主を見つけ出すのか……。ボールの次は人を見つける。

 

「この中から飼い主を見つけるのは骨が折れそうだね」

 

向こうも気づいていればいいのだが、気づいてすらいない場合は大変だ。それこそ、虱潰しで探していく他なくなる。

 

なんとも遠くなるような話だ。さしものヒロトも笑みが苦笑いへと変わっていた。

 

とりあえず、手当たり次第に聞いてみるか。

そう思い適当に声をかけようとした時、耳を引っ張られた。見てみれば肩に乗ったハムスターが俺の耳にしがみついている。

 

「キュゥキュッ!」

 

何かを伝えようとする意志は伝わるが肝心の内容がさっぱりである。母国語の日本語すら怪しいと言うのにハムスターの言語なんか分かるはずもない。少しだけ困った笑みを浮かべていると、今度はキュッ! と腕を必死に伸ばす。

 

「向こうに飼い主がいるのか?」

 

ハムスターに話しかけるとは、我ながら色々と疲れているのかもしれない。久々の海ではしゃぎすぎたかな……。

そんな俺の内心をよそにウンウンと首を上下に振るハムスター。もしかして、話が通じてるのかな。

 

「この子の指差す方へ行ってみようか」

 

馬鹿らしいとは思うが、何と無くこのハムスターは言葉が通じている気がする。なんか動きも人間味帯びてるしね。

 

そんな俺の少し馬鹿げた提案に対してヒロトは、そうだね。とりあえず行ってみようか、と頷いた。

少しだけ驚いた。まさかこんな提案にヒロトが賛成を示すなんて意外だった。

 

「何を意外そうな顔をしてるんだい? とりあえず言ってみようよ。これ以上ミズキを待たせるとなんて言われるか、わかったもんじゃないしね」

 

そういえば、朝の集合時間に間に合わなくてミズキに怒られたばかりだったな。流石にこれ以上気分を害するのは勘弁願いたい。せっかくミズキの機嫌がいいのだ、明日の朝までこのままの機嫌で是非ともいて欲しい。肩の上ではハムスターがキュッ! とまるで俺に任せろと言うようにハムスターが頷いた。何だか本当に人間味が帯びていて思わずクスりと笑みがこぼれた。

 

 

「ーーーーーー! おーーーーう!」

 

太陽の光で灼かれた陶器のように白い砂浜を肩に乗せていたハムスターの案内で歩く俺。その横には女の子の視線を集めるヒロト。何とも不思議な光景なこと間違えなし。そんな不思議な感じでただ歩いていると周りの雑踏の中から一際は目立つ声が聞こえた。

 

「おーい! ハム蔵、聞こえるかー! どこにいるんだー!? 返事してくれ、ハム蔵!」

 

声のする方を見てみればコバルトブルーに白色のストライプが入ったビキニ型の水着を着ている少女が一人。小麦色の肌に黒くロングに伸ばした髪を後ろでポニーテールに結っている。見た目からも声からも活発そうな少女だ。何と無くだけど我が妹に似ている。活発そうな外見からしても。まぁ、真は肌の色は白いけどね。顔までは遠くてよく分からないがきっと美人なんだろうな……。

何と無くだけどそんな気がする。

 

そんなことをボンヤリと考えているとお馴染みのキュゥ! としか鳴き声とともに耳を引っ張られる。目線を向けてみれば腕を必死に伸ばして方向を伝える姿が映る。そちらを見てみれば先ほどの少女。

 

「もしかすると、もしかするかもね」

 

ヒロトが面白いものを見たかのように言う。もしかしたらこのハムスターは本当に賢いハムスターなのかもしれないな。犬なんかでも盲導犬とかものすごく賢いし。きっとこの子もそう言う部類なのかもしれないな。ぼんやりと頭の中でそう思った。炎天下の極熱の太陽にさらされ続けたからなのか思考がいつもよりぼんやりとしていた。

 

 

 

 

 

「ハム蔵ー! どこ行ったんだー! 自分、謝るからさ、出てきて欲しいぞ!」

 

少女に近づけば近づくたびにその整ったプロポーションと顔立ちがよく分かった。さすが観光地! は関係ないと思うけど、今日はやけに美女、美少女に遭遇する率が高いような気がする。あずささんから始まり、やよいちゃん、美希ちゃんに目の前の少女、それに言わずもがなミズキ。これだけの美人が集まると芸能プロダクションの一個でも設立出来そうだ。

 

少女が近づいてくる俺とヒロトに視線を向ける。日本人独特の真っ黒な瞳が俺とヒロトをじっと見つめる。いや、正確には俺の肩を一点集中して見ていた。

 

「ーーキュゥ!」

 

肩の上のハムスターはヒロトあった時と同じように腕をビシッと伸ばしている。少女はパチパチと瞼を動かし、しばらくの間動きを止めるとパッと俊敏な動きで肩の上ハムスターを掴み取る。

 

「ハム蔵! 心配したんだぞ! どこいってたんだー!」

 

なるほど、ハムスターだからハム蔵か。探していたのは人じゃなくてハムスターだったみたいだ。ハムスター改めハム蔵君に頬ずりをする少女。

 

「キュゥ! キュッキュゥ!キュゥ!」

 

バタバタと手足を動かして逃げようとしているハム蔵君。苦しそうに見えるのは気のせいかな……。横を見るとヒロトと目が合う。とりあえず、飼い主見つかってよかったな、お互いに笑顔でそう頷く。

 

「あの、本当にありがとなっ! 兄ちゃんたち!」

 

ニカッと特徴的な八重歯を見せながら太陽のように微笑む少女。その笑顔がまぶし過ぎて思わず目を背ける。

 

「俺はなにもしてないよ。そこの彼がハム蔵君を見つけたんだ。だからお礼なら彼に言うといいよ」

 

さすがヒロト、初対面の美少女相手でも何の戸惑いもなく話かれるのは純粋に凄い。俺がヒロトから見習いたいことの一つだ。

 

「そうなのか! ありがとっ! 兄ちゃん!」

 

「ううん、別に気にする必要ないよ。それよりも、今度は逃がさないように注意すればいいよ」

 

何か真っ直ぐにお礼を言われるのってこんなにもむずかゆいものだっけ……。それ思うのと同時に真っ直ぐにお礼を言えるこの少女は凄いなと純粋に感心する。

 

「うん、分かったぞ! ハム蔵も優しい人に拾ってもらって良かったな!」

 

「ーーキュッ!」

 

会話? をしている少女とハム蔵君の和やかな再会を見ていると少女の後方から声が一つ。

 

「響ー。ハム蔵見つかったの?」

 

黄色の水着に金髪のウェーブがかかった髪。コバルトブルーの瞳。中学生のとは思えないスタイルの彼女は見間違えるはずもない。数時間前にあったばかりだ。

 

「うん! 見つかったぞ! こっちの兄ちゃんが見つけてくれたみたいなんだ!」

 

パチリと目が合う。

 

「お兄さんなのっ!」

 

パッと笑顔になって俺の手を取る金髪の彼女。手、柔らかいなー……。じゃなくて、色々と恥ずかしい。女の子の手を握る経験なんてほとんどないのだ。そういえば、夏祭りで春香ちゃんと手を繋いだっけ……。もう、アイドルと手をつなぐ体験なんて二度とないと思う。

 

「久しぶりだね、美希ちゃん」

 

「うんっ! 久しぶりなの! また会えるなんて思わなかったなー、美希」

 

ニコニコと笑いながら話す美希ちゃん。本当に芸能人みたいな笑顔だ。

 

「美希、この兄ちゃんと知り合いなのか?」

 

「うんっ! おにーさんは美希を助けてくれたの」

 

助けたって言うと何だか大げさなような気がする。俺はただあの時声をかけたにすぎない。

 

「何だやっぱり君もすみに置けないじゃないか」

 

ヒロトが笑いながら俺だけに聞こえる声で言う。からかう暇があるのならこの状況でなにを喋ればいいのか助言の一つでもくれるとありがたいのだが。

 

「なるほど美希が言ってたおにーさんってこの兄ちゃんのことだったんだな!」

 

美希ちゃんとこの少女は知り合いだったのか。やっぱり美人の知り合いは美人な子が多いんだね。ヒロトもミズキも美形なのに俺とSSKが普通なのはきっとあれだ。そうあれなんんだ。

 

「よう、お前ら……。やけにボール探すの遅いと思ったら、こんなところでナンパしてるとはなぁ」

 

そんな時だった。俺とヒロトの後ろから低い声が一つ。ヤバい……。完全にまだ大丈夫だとおもっていたけど、結構な時間が立っていたみたいだ。額から零れる汗はきっと暑さだけのせいじゃない。未だに俺の手を握っている美希ちゃんは頭にハテナマークを浮かべている。

 

ギギギ……。と首だけを後ろに向ければ笑顔のミズキがいた。その遥か向こうに大きなクーラーボックスを持っている人影。きっとSSKだろうな。

 

「いや、違うんだよ、ミズキ。彼がたまたま、この少女のペットを見つけてね。飼い主を探していたんだよ」

 

ヒロトが俺と同じように額に汗を浮かべながらも笑顔を絶やさずに言う。

 

「ふーん、ペットを届けたら手を繋いで楽しくお喋りできるのか……」

 

笑顔だけど、目が笑っていない。これってやっぱり機嫌悪いよな、絶対。

後ろでは美希ちゃんと黒髪少女が凄い美人なの、とか、スタイルいいぞー、なんて呑気な会話をしていた。

 

「いや、それは違うくてだね。ミズキ」

 

「うん? 何が違うんだ?」

 

怒ってるよな、これ。誰か助けてくれないかな。冷や汗かきながらどう説明したら納得してもらえるか考える。内心はさながら、浮気が妻にばれた夫のような心境だ。口に出すと殴られるから言わないが。

 

「美希ー! 響ー! ハム蔵見つかった?」

 

助け舟は意外な方向からやってきた。美希ちゃんと黒髪の少女を呼ぶ声がする。ミズキよりも少しだけ高いが少女にしては低めの声。もはや聞き間違えるはずもない。振り向けば、真っ黒のビキニを来た少女が一人。水着と同じく真っ黒なショートヘアにチョンと飛び出たくせ毛が二つ。どこぞのアスリートに負けないくらいの引き締まった体つき。彼これ一緒に暮らした時間は長い。海に行くとは聞いていたがまさかここに来てるなんてな……。向こうも俺たちに気づいたのか目を見開いて驚いた顔をしている。驚いたのは俺も同じだ。色々と頭がパンクしそうだ。

 

「-------ー兄さんっ!?」

 

こうして俺と我が妹は約六時間ぶりの再会を果たしたのだった。


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