かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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少しだけ長くなったので二つに分けます。

久しぶりに連続更新できそうですね。

感想返しは今日中におこないますので。


第三話

次の週の日曜日は久しぶりの快晴となった。海に行った夏旅行の次の日からそれまでの晴天とは打って変わり雨が続いた。夏の雨は春の雨と違い重い大粒の雨粒。日本の風情なんてものは今だによく分からないが、風情がないといっていい雨だったと思う。俺自身、雨は好きなのだが、どうも夏のあのボタボタとしか雨はどうにも憂鬱な気持ちになるの抑えきれない。春雨のようなサラッとした雨ならいつでも歓迎なのだが……。雨の振り方一つで人の気持ちというのが変わるものなのだ。まぁ、これまで心配だった水不足もすっかり解消されそうである。日照りが続くのもいいが水不足になっては元も子もない。

 

そんな訳で久しぶりの青空が頭上に広がっていた。そんな青空の下周りを見渡す。そこは一面の黄色だった。背丈のほど120から130cmの緑の茎。その上には黄色の大輪の花が咲いていた。その花は夏を代表する花、向日葵。俺が今立っている場所は向日葵畑だったりする。しかし、少し郊外に行ったところにこんな場所があるとは知らなかった。今度、真一緒に来たいものだ。こんな風景を一度は見せてやりたい。

 

一面を黄色い色が覆うこの風景は圧巻であり、幻想的だった。

 

「代理の兄ちゃん、撮影の準備終わったから、撮影はじめようか」

 

全身を黒い服装で固めた男性が声をかけてくる。白髪混じりの少し年配の男性。手には一眼レフ、そしてその横には脚立や色々な道具が散乱していた。その後ろではアシスタントであろう少し若い青年が色々と道具の整理をしていた。

 

俺がここに来たのは先週の夏旅行の帰りに赤羽根さんにお願いされたからであった。赤羽根さんからお願いされたのは雑誌の撮影の付き添いにいって欲しいということだった。もともとは赤羽根さんがつきそう予定であったのだが、急遽別の仕事が入ったために無理になってしまったとか、もう1人のプロデューサーである秋月さんという方も新プロジェクトである竜宮小町というユニットで色々と忙しくて来れない、ということで白羽の矢が立ったのが俺。どういうわけか分からないが撮影の立会いをお願いされた次第だった。本当は慣れてくれば雑誌の撮影くらい付き添いなんかいらないらしいのだが、アイドルの性格やまだまだ仕事になれていないことを考慮に入れた結果、誰かが付き添いに着いた方がいいという結論に至ったとかなんとか。アイドルがアイドルの付き添いに行くのはおかしいし、付き添いとはいえ大人の方がいいだろう、そうしてアイドルと仲が良く、しかも成人している人間として俺が選ばれたようだった。それに一応はアイドルの身内でもあるしね。全くの無関係者じゃないのも選ばれた理由かもしれない。ちなみに小さな撮影なので、スタッフというスタッフはおらず、いるのは向こうのカメラマンさんとアシストさんの二人だけ。雑誌の撮影とはいえ、非常に小規模なものだった。

 

一応、俺の扱いはバイトみたいなもので日当が出る。特に何かやることもなく、挨拶程度やればいいとのことだったので俺としては楽な副業が出来たなー、といった感想だった。

先ほど呼ばれたように俺はプロデューサー代理といった肩書き。カメラマンの人たちは俺のことをいつの間にか代理の兄ちゃんとか代理さん、とか呼ぶことにしたようだった。格好は一応スーツ。押入れの奥にしまってあった親父のお下がりだ。捨てなくてよかった、本当に。普段スーツなんか着ないため、慣れないネクタイ結びに相当苦労した。最終的に真にネットで調べてもらって結んでもらった次第だ。真は「夫婦になったみたいだね、兄さん!」という風に笑っていたが、兄としては情けなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだった。まぁ兄の威厳なんぞ始めからないんだどね。

 

「あ、あの……。お兄さん、私もいつでも大丈夫です」

 

そして今日俺が付き添っているアイドルというのが我が妹の一番の親友である彼女、萩原雪歩ちゃんである。純白のワンピースに麦わら帽子。先週海に行ったはずなのに白い肌にはシミ一つなくワンピースと同じく白く太陽に反射していた。真夏らしい格好をした彼女はこの向日葵畑にとても似合っていて、この風景に調和していた。向日葵畑に舞い降りた妖精……なんて言葉も思い浮かんだくらいだ。きっと、他の誰でもここまで調和できる人間はいないだろう。真や春香ちゃんでも向日葵畑にここまで溶け込むことは出来ないはず。こと言えばミズキなんてここに居れば浮いてるに違いない。ただ美女、美少女であればいいのではない、きっと雰囲気や性格も全て合わせて風景と調和しているのだ。

 

赤羽根さんの車の中とは違い少し緊張した面持ちの彼女は呟くようなか細い声で言う。雑誌で雪歩ちゃんを見る機会は最近、多くなって来たとはいえ、撮影はまだまだ緊張するようだった。

 

……こういう時どう言う言葉をかければいいのだろうか。気の利いた言葉を投げかけることが出来ない。きっとヒロトなら優しい笑みを浮かべながら緊張でもほぐす言葉を言うだろう。きっとミズキならいつも通りの傍若無人さで居るはずだ。そしてその態度で相手も心強さを感じて緊張もほぐれることだろう。

 

SSKは……。あいつは、そもそもそんなことで悩みはしないはずだ。いつも通りの態度でいつも通り過ごすだろうな。

 

俺には、ヒロトやミズキのようのに相手を救うことも出来なければ、SSKのように割り切ることも出来ない。どこにいっても何をしても、俺は中途半端なのだ。

 

「うん。それじゃあ、頑張ってね。雪歩ちゃん」

 

結局のところ、あれだけ考えてこれだけの事しか言えない自分自身に嫌気がさす。しかし、それ以上に何も言えない。そのことはどうしようもない事実だった。

 

「カメラマンさん、よろしくお願いしますね」

 

カメラマンさんに挨拶をする。雪歩ちゃんも緊張を隠せない面持ちでぺこりと一つ頭を下げる。

 

「まぁまぁ、そんな緊張せんで気軽にいきましょ」

 

カメラマンさんは笑顔で言う。この場で本当の意味で心から笑っていたのはこの人だけだった。こうして、頭上の青空とは裏腹に俺の内心は晴れないまま撮影は始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、いまいちやなぁ……」

 

カメラマンがファインダーから視線をずらし首を捻る。撮影が始まってしばらくした時だった。太陽は大分、高く上がり、風が緩く吹いていた。軽く汗が滲んでいた額に風が当たり体を冷やす。草の匂いと太陽の匂いが当たり一面に広がっていた。

 

「笑顔がなぁ……」

 

「そうですか? 普通の笑顔に見えますけど……」

 

カメラマンさんの言葉にアシスタントさんが反応する。その顔にも汗が見えた。

 

「そうだ。普通の笑みだ……」

 

俺も横で見ていたが雪歩ちゃんの笑顔は少しぎこちないとはいえ笑えていた。少しぎこちないとはいえ、それでも雪歩ちゃんは美少女だ。雑誌に乗っても十分なレベルだと思う。

 

「なら、いいじゃないですか?」

 

「ダメだ。これじゃあ、雑誌に上げられない。こんな笑顔じゃダメなんだな……。よし、休憩入るか。雪歩ちゃん、代理の兄ちゃん、昼休憩しようか!」

 

しかし、カメラマンさんは納得していないようだった。片膝立ちから立ち上がると手をパンパンと叩き、休憩をとろうと促す。撮影前のあの笑顔とは裏腹に少しだけ厳しい表情をしていた。そして、その言葉はアシスタントはもちろんのこと俺にもさらに雪歩ちゃんにも投げかけられた言葉だった。厳しい言葉だと思うけど、俺も少し分かる部分がある。雪歩ちゃんは何時もの笑みの方が何倍、何十倍も魅力がある。それを知っているだけにカメラマンさんの言葉に反論が言えなかった。それは、俺がいつも雑誌で雪歩ちゃんを見かける度に思っていたことでもあったから……。

 

「萩原雪歩は笑っていない。こんなのは笑顔じゃねぇんだよ」

 

去り際にボソリと呟いた言葉は風に乗って、アブラゼミの大合唱を掻き分け俺だけによく聞こえた。

 

「…………」

 

「雪歩ちゃん、気にすること無いよ。ご飯行こうか!」

 

向日葵に囲まれて俯く彼女に俺はまたしても、何も言う言葉が思い浮かばなかった……。

 

向日葵がそんな俺を嗤っているように感じた。

 


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