かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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本当に久しぶりの連続更新です。


第三話 その2

向日葵畑の前にある喫茶店“ひまわり”。店内は全て木製でモダンな作りとなっていた。あまり広くない店内は日曜日と言うこともあり、ほとんど埋まっていた。お客の多くは子ども連れだった。そんな店内の一番のBOX席に俺と雪歩ちゃんは向かい合わせで並んで座っていた。テーブルの上にはそれぞれの昼食と飲み物。雪歩ちゃんの前には紅茶とサンドイッチ。俺の前にはブラックコーヒーとパスタ。店内にはラジオからは今、世界で大人気の歌姫と呼ばれているアーティストの曲が流れている。

 

「……お兄さん、ごめんさい」

 

出てきたサンドイッチにも紅茶にも手をつけずに俯く雪歩ちゃん。膝の上で手はギュッと握られていた。紅茶から白い湯気が立っている。

 

「何も気にすることないよ、雪歩ちゃん。俺の方こそ……こう気の利いた言葉の一つや二つ言えずにごめん」

 

「そ、そんな頭を下げないでください! 私が悪いんですから……」

 

手を顔の前でわたわたと降ると雪歩ちゃんはポツリポツリと何かを吐き出すかのように話し始める。

 

「……私、気弱で臆病な自分を変えるためにアイドルになったんです。何かきっかけがあれば変われる気がして、アイドルになることを決意したんです。……男の人が怖くて最初はプロデューサーも怖がってました。けれど、真ちゃんと仲良くなって、お兄さんと出会って……。……お兄さんも最初は怖くて会話するのも無理でしたよね。それでも、真ちゃんの家に遊びに行くにつれてお兄さんとも段々と話せるようになって……」

 

本の半年前のことが懐かしく感じる。初対面から数回は顔を合わせたら顔を真っ赤にしてピューっと飛ぶように逃げて行ったからな、雪歩ちゃんは。

 

「それからは、男の人でも怖くないって少し思えるようになって、プロデューサーや仕事先の人とも少しずつだけど話せるようになったんです。一番初めにライブにいった村でも、小さいステージですけど大勢の人の前で歌うこともできたんです……。小さいステージでもお客さんに笑顔になってもらってそれが嬉しくて楽しくて……。雑誌にも最近ださせてもらう機会が増えてきて……。私変われたんだ……そう思ったんです」

 

雪歩ちゃんはまるで罪を懺悔する人のように消え入りそうな話す。周囲には親子連れの楽しそうな家族団欒の笑い声が溢れていて、まるでこのボックス席だけが店から切り取られたみたいだった。『米国で超絶な人気を誇る若き歌姫のアルバムが18週連続で一位を獲得……』 ラジオの音が先ほどと比べて大きく聞こえる。

 

「でも、やっぱり変われてはなかったみたいです。今までのカメラマンさん達には言われたことなかったんです。……今日のカメラマンさんの言うとおり……私は笑ってないんです。それは私自身分かってました。笑顔を作っても内心ではびくびくしてて、ちんちくりんな私が雑誌に載って良いんだろうか……とか、カメラマンさんやディレクターさんの視線が怖くて内心じゃ泣きそうになりながら、笑っていました。でも、それじゃあダメですね。……あのカメラマンさんの言う通りです。私は何も変わってなかった。……今日もお兄さんにご迷惑をかけて……私、結局はダメダメなんです」

 

「そんなことないよ。雪歩ちゃんは凄いと思うよ」

 

「そんなことないです! 私はダメダメなんです。……お兄さんは凄いですよね。私、海でミズキさんとお話しする機会がありました。ミズキさん言ってましたよ。『あいつ以外のオレたち3人って言うのは、基本的に人の言うことは聞かねぇ。全て自分が楽しめればそれでいいって言う奴だ。あの色男すら内心そうだ。あんな顔して基本的に自分が好きなように動く。あのクソメガネとオレに限っては言うまでもねぇ。だけどな、そんな俺たちでも意見を聞いてやろうって思える人間がいる。それがあいつさ。あいつの言うことなら全員が満場一致で是とするのさ。だってオレたちは……』って。 ミズキさんにそこまで信用されるってお兄さんは本当にすごいです。私の高校でライブした時もあんなに楽しそうに一生懸命やってて……とても、それがカッコよくて。それに比べて私は……男の人が前にいる時や撮影の時は上手く笑えないなんて……。私、アイドル失格です」

 

シュンと下を向く雪歩ちゃん。カップの紅茶はもう湯気が登ってなかった。

 

頭の中に言葉浮かんでは消える。俺はなんて言えばいい?

「心配ないよ。ゆっくりとゆっくりと変わって行けばいいよ」 という気休め?

それとも、「頑張ろう。頑張ればきっと誰かが認めてくれるよ!」 という無責任な言葉?

もしくは「雪歩ちゃんもそのうちきっと、カメラマンの前でも心からの笑顔になれるよ」 という何の根拠もない希望的観測?

 

ー色々な言葉が頭の中を渦巻く。けれどきっと雪歩ちゃんが欲しい言葉はここにはない。いや、雪歩ちゃんが欲しい言葉じゃない。俺が言いたい言葉だ。こんな言葉じゃ雪歩ちゃんには届かない。

 

巧くなくてもいい、拙くてもいい。

 

俺が言うべき言葉を言うだけだ。きっと雪歩ちゃんは今、あの時の俺と同じ状況だ。俺なんかとは悩みの範囲も社会的な影響も比べものにはならない。そんなことは重々承知だ。

 

だけど、だけど俺が言うべき言葉はきっと順序もバラバラな支離滅裂な相手に残る言葉だ。

 

「雪歩ちゃん」

 

俺の呼びかけにうつむいていた純白の彼女は少しだけ顔を上げる。そして目と目を合わせる。

 

そしてゆっくりと吸った息をゆっくりと吐き出しながら言葉を紡ぐ。

 

「雪歩ちゃん……。少し話を聞いて欲しいんだ。あまり、喋るのも上手くないから拙い話になると思うんだけど聞いて欲しい。雪歩ちゃんには話したけど俺は人が苦手でさ、今でこそ初対面の人でも話すことができるけどさ、昔は全くダメだった。まぁ今と変わらないと言えばそんなに変わらないんだけどね。そんな俺でもさ大勢の人に何かを言わないといけない時がある。大勢の人の前で演奏しなくちゃいけない時もある。どれだけ人見知りでも、人付き合いを完全に辞めることはできない。ある小説にあるように人の世は住みにくい。だけど、人の世を作ったのは神でもなければ人でもない、ただの人だ。そんな人の世が住みにくいって言っても越すことができるのは人でなしの国ばかりだ。人でなしの国はきっと人の世より住みにくい。だから人の世で生きて行くしかないし、人付き合いは避けられない。俺と雪歩ちゃんの悩み大きさが同じだなんて思ってはいないけど、同じ人付き合いが苦手な者として何かアドバイス出来るかも知れない。生きている年数だけは無駄に長いからその分色々と経験しているんだ。そんな人付き合いが苦手な俺が大勢の人の前で話すときや、大切なことを人に伝えるときなんかに大切にしている言葉があるんだ」

 

俺がいつも何かを伝える時や何かをする時に思い浮かべている言葉。俺たちが始まった時も全てが終わったあの日も伝えたいことがある時や、大事な場面で心に刻んでいる言葉。

 

「------真っ直ぐに喋れば光線のように心に届く。古代 インディアンのアパッチ族の名言なんだけどね。言葉のままの意味だよ。真っ直ぐな言葉は光線のように心に響くんだ。それは、相手の心であり、自分の心だと思う。真っ直ぐに出た言葉は自分でも気づいていない本心に気づかせてくれる。そして、俺はこの格言は言葉だけじゃないと思うんだ。真っ直ぐな行為は、光線のように心に届く。例えばそれは、演奏だったり。例えばそれは、歌だったり。例えばそれは、笑顔だったり……。真っ直ぐな行動はそれだけで相手の心に届く。雪歩ちゃんが真っ直ぐに笑顔や歌を歌えばそれは間違いなくみんなの心に届いてみんなを笑顔にしたり勇気付けたりするんだ。雪歩ちゃんさっき、言ってたよね。村でライブをしてお客さんに笑顔になってもらうのが嬉しいってさ。その気持ちを写真で真っ直ぐな笑顔で何処かの誰かを笑顔に出来るはずさ。お客さんに笑顔になってもらって嬉しい……。そんな気持ちを持てるなんて雪歩ちゃん。間違いないよ」

 

そこで一呼吸をおき、ゆっくりと真っ直ぐに喋る。

 

「------萩原雪歩はアイドルだ!」

 

「私がアイドル……」

 

「そう、俺が保証するよ。萩原雪歩はアイドルだ! ってね。人の笑顔が嬉しいと感じるのならそれはもうアイドルさ。それに人のためじゃなくても自分が楽しいと思えたらそれはそれでいいのかも知れない。雪歩ちゃんは可愛いんだ。そんな雪歩ちゃんの笑顔はきっとみんなを幸せにするよ」

 

「わ、私が可愛いなんて、そ、そんなことないですぅ」

 

シュンとした表情から急に顔を真っ赤にしてブルブルと顔を振る雪歩ちゃん。

 

「で、でもなんだか気持ちが楽になったような気がします。真っ直ぐに喋れば光線のように心に届く……。分かりました! 午後から頑張ってみます!」

 

そして急にグッと右手を握る。元の雪歩ちゃんに戻ってくれたようだった。もうラジオの音がBGMに聞こえることはなく、遠くに聞こえた。

 

「うん、それじゃあ頑張ろうか!」

 

すっかり冷めたコーヒーはそれでも美味しかった。初めてのプロデュースは何とか上手くいきそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ! いいね! いいよ! 雪歩ちゃん!」

 

カメラマンが午前中の険しい表情とは一変して笑顔でシャッターを押している。

その先には笑顔の雪歩ちゃん。午前中とは違い、雪歩ちゃんらしい、可愛い笑顔だった。その違いはほんの少しだけかも知れないが、その少しの変化が大きく違うのだ。

 

「うん、これはいいよ! 今度から雑誌関係はナムコさんにお願いしようかな」

 

太陽の花が咲き乱れ風に触れてる中、カメラのシャッター音が鳴り響いた。

 

 

 

「いやー、良かったよ! 萩原雪歩! これだけのシャッター笑顔が出来るとは思わなかった。代理の兄ちゃんがなんかしたんだろ?」

 

撮影終わりに挨拶に行くと笑顔のカメラマンさんが近づきながらこう言ってきた。

 

「いえいえ、特に何も言ってませんよ。彼女の実力です」

 

俺が話したことなんてほとんど何の役には立っていないと思う。全ては雪歩ちゃんの実力だ。

 

「そうかい、そうかい。代理の兄ちゃんがそういうならそういうことにしておこう。それにしても良かったぜ。こんなにいい写真が取れるなんてな、この写真なら雑誌の端に載せるなんてもったいねぇ、堂々と表紙で使ってやるよ。それにしても、兄ちゃんが代理かー。兄ちゃんなら立派なプロデューサーになれるぜ。どうだい、うちでプロデューサーやらないか? こう見えても上には融通聞くんだぜ、一応」

 

ほれ名刺な! そう言って名刺を渡してくるカメラマンさん。

 

「一応学生ですのでプロデューサーになるのは少し……」

 

「兄ちゃん学生か! そうかそうか、なら就職にあぶれたらうちに来な、兄ちゃんみたいな人材がほしいんだよ」

 

そう言ってカメラマンを片手にガハガハと笑う。このカメラマンさんが大手の芸能事務所やテレビ曲とも強いコネクションをもった有名カメラマンであることを俺はまだ知ることはなかった。

 

この時取られた写真はカメラマンさんの言ったとおり雑誌の表紙に使われることなり、萩原雪歩が大ブレイクするきっかけとなることになるのだった。

 

そしてこの日を境に雪歩ちゃんが積極的に話しかけてくれるようになってくれた。妹みたいな存在とは言え美少女に話しかけられると嬉しいのであった。


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