かくも日常的な物語   作:満足な愚者

38 / 42
番外編は希望が多かったミズキとの絡みを書きたいと思います。R15かR18にするかはまだ未定です。どっちがいいんだろ? どちらにしろ、この作品とは別に投稿しますので書きあがり次第、前書きか活動報告で報告したいと思います。なお、番外編は本編とはなにも関係のないIFの世界であることをご理解していただきたいです。

それとは関係ないですが、最近書くのが早くなった気がします。いや、今までが遅かっただけか……。


第四話 その2

夜の帳が下り、空に星々が宝石を散らばしたように光る。そんな時間帯、街灯に照らされビルに照らされすっかりと夜の闇を取り払った光の下、菊池真は歩いていた。

街にはどこからか洋楽が聞こえる。アメリカで爆発的な人気を誇る歌手の曲だった。なんでもアメリカのアルバム売上数を更新したとか何とか、そんな話を最近のニュースで言っていた。歌手ではないがアイドルとして曲を出す以上、目標にしている歌手である。年齢も20歳と彼女に近い歳であることは余計に真のライバル心に火をつけていた。

 

もうすでに夜の21:30を回ろうとしているのだが、全く人通りは減りそうにない。都心の中心部となると夜はこれから始まるのだ。すれ違う人たちはこれから飲みに行こうか、などと話している。

頭にかぶったハンティング帽を深くかぶり直すと少しだけ周りの目を意識しながら目的地を目指す。アイドル活動をしてきて早いもので、もう5ヶ月近くが経とうとしていた。最近では声をかけられる機会もそれなりに増えており、普段出かける時は一応の注意として帽子を被ることしていた。帽子自体も兄のお下がりであり、男性用のものだが真はそれを好んで使っている。ファンが増えたのかどうかは余り実感がなかったのだが、この間行った初ライブでは小さいながらもライブ会場を一杯に出来たのは真にとっても765プロダクションのアイドルたちにとってもいい自信になった。

それに真と同じプロダクションに所属するユニット、竜宮小町は音楽番組にも何回か出ている。他のアイドル達も竜宮小町には負けてられないと頑張った成果か、八月初めには真っ白だったスケジュールが今では半分近くが埋まっていると言った結果だった。この調子で仕事が増えて行けばもしかしたら、Aランクアイドルも目標ではない、そう真は意気込んでいた。Aランクアイドルになれれば今年一番活躍したアイドルに送られるアイドルマスターの称号も夢じゃない。真の夢はアイドルマスターを受賞することだった。それに仕事が増えれば兄の苦労も少しは軽くなるかもしれない。両親が死んで以来一人で育ててきてくれた兄に感謝しつつもずっと甘えてきた。せめて、仕事が増えたのなら恩返しをしたいと思っていた。

 

歩くペースを早めながらポケットから一枚のチケットを取り出す。長方形をしているそれは黒い紙に白色でHappy Angelという筆記体と今日の日付が書いてあるシンプルなものだった。真はその場所を知っていた。ライブハウスが多くある都心の中でも上位にランクインするほど人気のあるライブハウスだ。広さは狭い方に入るがステージの作りや建物のオシャレさにより若者に人気のあるライブハウスだ。

 

ワクワクする鼓動を抑えながHappy Angelを目指す真。チケットを兄からもらった時、兄はただ8月28日の午後10時にここに来て欲しいと言っただけだった。全ては言わないまでも少女は分かっていた。毎年この時期は兄とその周りのグループで真の誕生日パーティを開いてくれているのだ。皆で過ごすパーティは真にとって一年でも指折りの楽しいひと時と言ってよかった。チケットをもう一度見てえへへ、と笑うとポケットに大事にしまいこむ。兄からもらったものをなくす訳にはいかなかった。

 

ウキウキ気分を抑えきれず、少しだけ早足でHappy Angelに向かったのだが、Happy Angelのあるビルにたどり着いた時には真の携帯は21:55を示していた。どうやらちょうどいいみたいだ。

 

上を見上げればこの辺りでも有数な高層ビルが見える。ビルの屋上はライトアップされているとはいえ闇に包まれて真の目には見えなかった。そんなビルの正面玄関横にある木製の階段を降りる。作りからして765プロダクションのようなオンボロな階段ではなく、高級感溢れる杉の階段だった。階段をおり切ると木製のこれまた高級感溢れる両開きのドアが見える。そしてその横には黒いスーツに黒いサングラスをかけた大柄の黒人。どうやらガードマンのようだ。

 

「チケットはお持ちですか? お嬢さん」

 

たじろく真に黒人は流暢な日本語で話しかける。威圧感のある外見とは違い優しい声色だった。

 

「あ、はい。これでいいんですかね?」

 

少しだけ緊張しながらチケットをガードマンに差し出す真。ガードマンはそれを受け取るとサングラス越しに裏表をじっくりと眺める。

 

「はい。菊地真様ですね、どうぞお待ちになられているお客様がいらっしゃいます」

 

ガードマンは優しく微笑むと体を一歩横にずらし扉を開ける。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「はい、それでは貴女の良き夜を願っております」

 

横を通る真に対して深く頭を下げるガードマン。真は慣れない行為をされたおかげで顔が少し朱に染まっている顔を隠すように少しうつむきながら扉に手をかけ、開けた。

 

「やぁ、真。今日は来てくれてありがとう」

 

扉の向こう。明るい廊下に立っていたのは、真が一番会いたかった人だった。

 

「兄さんっ! その格好どうしたの?」

 

いつもと違う兄の格好に戸惑いつつ言葉を返す。いつもの私服ではなくスーツをしっかりと着、髪もワックスで整えている。

 

「ははは、少し格好を整えてみたけどどうかな?」

 

照れ臭そうに頬をかきながら少しうつむく。兄妹そろって照れ臭さを隠す仕草は似たようなものだった。

 

「うん! とっても似合っているよっ! カッコいいよっ!」

 

それは真の本心からの言葉だった。例え、兄がどんな格好をしても真はそれをカッコいいと言える位には兄のことが好きだった。

 

「ありがとう。馬子にも衣装と言うしね、カッコいいと言ってもらえて俺も嬉しいよ」

 

そう言って真に優しく微笑みを投げかけると、兄は頭を下げた。

 

「改めて、今晩はこちらにお越しいただきありがとうございます、お嬢様。いきなりで申し訳ありませんが、衣装の用意をしておりますのでお召しになられてもらってもよろしいですか?」

 

「は、はい」

 

いつもと感じも違う兄にどきまぎしながらも兄の後を真は追うのだった。その顔には自然と笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

似合わない言葉を言ったなぁと思いながら後ろを歩く真にバレない様に苦笑いを一つ。言葉も似合わなければ格好だって似合わない。この格好を真に見せるのは初めてなのだが、馬子にも衣装と言う様にどうにかそれなりの格好にはなっている様だ。まぁ、それでも似合わないことには間違いない。長年着ている本人でさえ違和感があるのだ。似合うと言うには幾分か無理がある様に感じる。

本当ならヒロトがこういうエスコートをするべきだと思うのだが、何故か満場一致で俺に決まった。向こうも向こうで準備が色々とあるため力のあるヒロトが準備に回った方がいいと言うことだろう。それにしても俺とヒロトじゃ月とスッポン以上の差があるんだよなぁ。真もきっとヒロトの方が良かったはずだ。今度ヒロトとデートの取り付けでもしてやろうかな。いらないお節介とは思いつつもヒロトなら俺も色々と安心できるのだ。親心としてもヒロトみたいな青年と一緒になってもらいたい。

 

「こちらの部屋へどうそ、お嬢様」

 

Happy Angelはライブハウスの他にバーもある。俺としてはバーの方が馴染み深い。ミズキからここの名前がでた時には軽く驚いた。

Happy Angelの扉をあけ廊下を左行けばライブハウス、右に行けばバーと言う様な形になっている。

まずは、ライブハウスにあるリハーサル会場にに真を案内する。

 

「うん」

 

少しいつもより大人しい真は少し赤い頬をハンティング帽で隠すように深く被ると扉を開ける。

 

「よう、真。よく来たな」

 

扉の向こうにいたのはドレスを着たミズキだ。いつもの印象とは違い落ち着いた髪と同じ色の紅のドレスを着た彼女は長く付き合った俺でさえ新鮮な印象を受けた。本当に絵本に出てくるお嬢様と言っても間違いないくらいそのドレスは似合っていた。まぁ、その格好はともかく言葉遣いはミズキのままだった。それがとてもミズキらしい。

 

「うわー! ミズキさん、凄く綺麗ですよ! ね、兄さんっ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

「おう、ありがとな。真」

 

さっき俺が似合ってると言った時は顔を真っ赤にしていた癖に今ではすっかり涼しい顔をして答えるミズキ。ドレスと髪とお揃いに顔を朱に染めるミズキは俺が贔屓目に見てもとても可愛かったと言うことをここに記しておこう。

 

「さて、真。着替えるから早く入りな。オレの妹のお下がりで悪いが物は最高級品のドレスだ許せ。そこら辺のレンタルドレスとは桁が文字通り違うから期待してていいぞ」

 

そう言って真の手をとるミズキ。口調こそ男そのものだが、動きは何故かいつもより洗練された女の人のような気がした。

 

「えっ? 僕もドレス着るの?」

 

「何を当たり前のこと言ってんだよ? 大丈夫ドレスはお前にやるから破いても、汚しても文句言わねぇよ」

 

ミズキはそう言って笑うが本当にドレスなんてもらっていいのだろうか。ミズキが言うにはミズキの妹が着なくなったドレスらしいが、なかなかの高級品らしいし。俺はミズキの誕生日に何を送ればいいのか、お返しに非常に悩むことになる。

 

「い、いや、そう言うことじゃなくて……。僕なんかがドレス着て、本当に似合うのかなって思って……。恥ずかしいよ……」

 

「なぁに言ってんだ! オレが保証してやるよ。真なら間違いなく似合うってな! 俺の言葉が信用できないか?」

 

「そんなわけじゃないけど……」

 

「おう、なら心配するなよ。お前も真ならドレス似合うと思うよな?」

 

ミズキがそう俺に問いかける。

 

「あぁ、当たり前だろ。なんて言ったってアイドルだぞ、ミズキ」

 

俺とは似ても似つかない妹だ。容姿端麗、性格良し、料理もできる、どこにお嫁に出しても恥ずかしくない。それに容姿だけならアイドルをしているのだ。そんな彼女が似合わないはずがなかった。

 

「なぁ言った通りだろ」

 

「う、うん、それじゃあ着替えてくるね」

 

「それじゃあ、ミズキ頼んだよ」

 

「あぁ、任せとけ」

 

ミズキはそう言うと真の手をとる。

 

「ささ、野郎は出て行った。コーディネートはオレがバッチリと決めるからお前は妄想でもしながらも待っとけよ」

 

そう言ってニヤリと口端を上げると真と一緒に部屋には入って扉を閉めた。真の生まれ変わった姿を見れたのはそれから40分が経った後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、まずはメイクからやるか。真、そこに座ってくれ」

 

部屋に入った真にミズキは鏡の前に置かれている椅子を指差し言う。

 

「うん。お願いします」

 

「おう、任せとけ! オレがしっかりバッチリ決めてやるぜ」

 

いつもとは違う格好でいつもと同じ笑みを浮かべるミズキは同じ性別の真から見てもとても魅力のある女性であり、目標でもある女性だった。

それに兄に今、最も近い女性でもあることは間違いなかった。

 

メイクを初めてしばらくしてミズキが真に声をかけた。

 

「なぁこうやって、二人で一緒の部屋で話すのって久しぶりだよな」

 

確かに、と真は思う。元々師弟関係であった二人は今でも会う機会は多くあるのだが、こうやって二人で会う機会は今ではほとんどないと言ってもよかった。

 

「うん、そうだね」

 

「思えば、真に空手を教えて以来かもな。腕は落ちてないか?」

 

少しだけ昔を思い出す。スパルタと言ってもいいほどのミズキの特訓は体力や運動神経に自信があった真ですら肉体的にも精神的にも辛い物があった。それでもその特訓のおかげでそこらの男性にも負けない強さを手に入れることが出来た。練習は辛かったが憧れのミズキとの会話は真にとってとてもいい経験となったし、そして何よりも楽しかった。あの時の経験は今ではとても楽しかった思い出として少女の中にしっかりと刻まれている。

 

「うん、有る程度は運動もしてるし落ちてないと思うよ。ミズキさんは?」

 

「うーん、まぁいつも通りだな」

 

「まぁいつかはミズキさんにも勝ってみせるよ」

 

「おう、楽しみにしてるぜ」

 

少女が一回も勝ったことのない女性は余裕たっぷりな顔でそう言う。まだまだ真のことは眼中にすらないらしい。

 

「むぅ」

 

「そう、怒るなって。オレは期待してるんだよ、真に」

 

そう言って真の黒髪をわしゃわしゃと撫でるミズキ。完全に真のことを子供と思っているようだった。

 

「あっ、そういえばライブよかったぜ。お疲れ様。言うの遅れたけどな」

 

「ありがとう、ミズキさん」

 

「そこそこ人間も入ってたし、ダンスも歌も上手かったしな。これかも頑張れよ」

 

「うん!」

 

憧れの女性に褒められて嬉しく思う反面、あることを思い出し少しだけ落ち込む。

 

「でも、兄さんは来てないんだよね……」

 

「まぁ、あいつにも色々と用事があるんだよ。来たがっていたぜ、あいつも、すごくな」

 

急にライブの日程が決まったこともあり、一番来て欲しい人に来てもらえなかったのが真の中では残念だった。次にライブをやるときには最前列のチケットを用意するの必ず見に来て欲しい、それが真の最近の願いだった。

 

「うん、それはわかっているよ。兄さんも忙しいってね」

 

毎日一緒に暮らしている真だからこそ分かる。兄がどれだけ忙しいのかということやどれだけ大変な思いをしているのかなど。

それでも自分の晴れ舞台を目の前で見て欲しいと思うのは自分のエゴだろうか……?

兄には休んでもらいたいと頭では考えつつも、心の中ではずっと自分を見てて欲しいという感情の葛藤に真は悩んでいた。

 

「ねぇ、ミズキさん……」

 

兄さんのことを……そう続くはずだった言葉を少女は心の中に押しとどめた。

憧れだった彼女には何をやっても勝てなかった。教えてもらっていた空手はもちろんのこと、水泳でもテニスでも足の速さでも少女が勝つことは出来なかった。運動だけじゃない、勉強でもスタイルでもそうだ。彼女は常に少女の何歩先も歩いていた。

そんな彼女がもしも自分と同じ方を向いていた時、それでも少女は諦めないが絶望に近いものを叩きつけられることは間違いなかった。

 

「ううん、ごめん。なんでもない」

 

「ん? 何だ。変な奴だな」

 

そう言って彼女は笑う。それはとても魅力的だった。こんな考えじゃいけないと首を大きく二三回振って気持ちを切り替える。持ち前の明るさで先ほどの考えは遥か彼方へと消えていた。別に他人がどうあろうと自分の考えは変わらないのだ。それなら前向きに楽しく生きていた方がいい、真の考え方は常にそれだった。

 

「うんうん、気にしないで」

 

「そうかそうか、それよりも真、学校やアイドル活動はどうだ?」

 

「うん、順調だよ! あっ、この前学校でねーーーー」

 

それからドレスアップが終わるまでの間、師弟の明るい話は尽きなかった。

 

 

 

 

 

「よし、完璧だ。オレから見ても今の真は可愛いぜ」

 

そうミズキはうんうんと首を縦に二回振る。

 

「うぁ、これが本当に僕?」

 

黒い鏡に身を包んだ少女は自らを鏡で見てもそれが自分だと分からないほどに生まれ変わっていた。ミズキが施した少女の良さがより引き立つ薄目のメイクに少女の髪と同じ色の黒色のドレス。大人っぽいシンプルなデザインのそれは少女の良さを最大限に引き出していた。

 

「うんうん、やっぱり真は元がいいからなぁ」

 

「ありがとう。ミズキさん!」

 

「おう、気にするな気にするな。それじゃあ、兄貴に会いに行ってやれ」

 

そう言ってミズキは扉の方を指でさす。

 

「うん!」

 

真は元気良くその言葉に頷くと扉を一気に開けた。

 

「真、とてもドレス似合ってるよ」

 

扉の向こうでは一番褒めて欲しい人物が一番言って欲しい言葉を言ってくれた。

 

「兄さんっ! ありがとうっ!」

 

その言葉だけで少女はまた笑顔になる。その笑顔はここ一年で一番いい笑顔だった。八月はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 




友人から最近言われたこと「お前の作品って全部、主人公に名前ないよな」

まぁ、確かに。こうして趣味で物語を書き始めて未だに俺の作品には主人公の名前がありません。それがデフォです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。