かくも日常的な物語 作:満足な愚者
番外編と閑話の違いですが、番外編は完全にパラレルワールドの世界です。もしかしたらこうあったであろう話を書かせてもらっています。閑話は本編の世界での話ですのでここまま本編に書いていく所存です。
それとお知らせがもう一つ。
この作品ですが、間も無く第二章が終わり、第三章と第四章に入ってきます。第三章と第四章ではタグを変えようと思っています。そこでこの本編第一章と第二章と作品を分けるか考え中です。この作品も20万字と切りもいいことですので。
よろしければ皆さんの意見をお聞かせください。
「真、ドレスとても似合っているよ」
ドレスアップして出てきた真を見て出てきた言葉がそれだった。言葉を発してからもっと別の言葉があっただろうと少し後悔する。黒のドレスに身に包み、ミズキのメイクを施された真はまるで生まれ変わったかのように、変わっていた。今までの真も十分に可愛かったが、控えめなメイクとシンプルなドレスのおかげで真の素材の良さが十二分に引き出され、今の真は可愛いというよりも綺麗という言葉がよく似合った。
そんな真を見て初めて言った言葉がそれとは……。相変わらずの自分のボキャブラリーの無さに表面におくびに出さないが、内心で少しだけイラつく。
「兄さんっ! ありがとうっ!」
大人っぽくなった彼女が見せるいつも通りの子供っぽい笑みに思わず心臓がドクンと一つ高鳴る。兄の贔屓目から見ても彼女のその笑みは十二分に魅力的で大抵の男なら落とせる自信があった。
「本当によく似合っているよ。綺麗になったな」
「ありがとうっ!」
思わず出た照れ隠しの言葉に嬉しそうに頬を少しだけ赤く染める真。そんな彼女を見て、口下手は相変わらずだが喜んでもらえたならそれはそれでいいのかもしれないと思った。
「それじゃあ、真。次の場所に行こうか」
「うんっ! 次はどこにいくの?」
「せっかく大人っぽい格好になっただし、大人っぽいことをしにね」
いつもと違う格好をして気分が高揚したのを抑えきれないのか、声がおつもより元気のある真。そんな元気溢れる真に一つ笑みを浮かべながらそう言うと俺はまた先行して歩き出した。振り返った瞬間に少し立ちくらみに似た何かを感じながら……。
Happy Angelは前に話したとおり、ライブハウスとバーが廊下で繋がっているつくりとなっている。ドレスアップをした真を連れて少し長い廊下を歩く。今度はライブハウスからバーへ向けて。
「さぁ、どうぞ」
大きめな扉を開ければそこには落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。店内はほぼ木製で落ち着いた色の照明が店内を照らしている。Happy Angel自体、若者がよく行くライブハウスとは違い高級感のあるワンランクかツーランクレベルの高い店であり、来る人たちも年齢層が高めで落ち着いている人が多い。だからこそ、そのHappy Angelと併設しているこの店も若者が集まるクラブの様な店ではなく、落ち着きあるバーと言う形になっていた。
店内はあまり広くなく、カウンター席が6つと丸テーブルが4つ。そして、カウンターの向かい奥にはクラッシクピアノが一つ置かれていた。
「うぁ! 始めてきたよ、こんなところ!」
店内を一周見渡した黒の彼女は感嘆の声を上げる。
「さぁ、こちらへどうぞ」
カウンターの中央の木製のイスを引いて真を誘導する。
「ありがとうっ!」
格好と違い子供のような笑顔で無邪気に笑うとイスに腰を掛ける真。格好と行動とのギャップを微笑ましく思う。真がイスに座ったことを確認すると俺自身はカウンターの裏へと回る。
「えっ? 兄さん、何やってるのさ」
そんな俺の行動に驚きを示す。
「さぁ、お客さん。ご注文は如何ですか? まぁ、とは言ってもお酒は出せないけどね」
そう似合わない営業スマイルを浮かべると、真は少し考える素振りをすると笑顔でこう言うのだった。
「それじゃあ、兄さんのオススメで!」
「はいよ、任せといて」
何て言っても真に出すのだ。下手なものは出せない。と、言っても作るのはカクテルでもなんでもなく、ジュースのブレンドなんだけどね。とりあえず、棚の二段目からドリンクを取り出すとシェーカーの準備に取り掛かるのだった。
「うぉあ、これ美味しいよ!」
ドリンクを出すと真は嬉しそうにそれを飲む。ハーブを少し効かせたさっぱりとした夏に良く合うドリンクだ。もちろん、アルコールは入っていない。カクテルで言えばモヒートを意識して作ったため、それに近い出来になっているはずだ。
「そう言ってもらえると助かるよ」
「兄さんって凄いね。料理もカクテルも作れるなんて!」
真は目をキラキラとさせながら言う。
「いやいや、真も最近料理うまくなったし、運動もできるし、俺よりも全然すごいよ」
俺が唯一出来るのは料理だけだ。それを除けば俺が出来ることなんて無いに等しくなる。その料理も最近は真や春香ちゃんとあまり変わらなくなってきているのだが。
「ううん、兄さんも凄いよっ! だって僕の自慢の兄さんだから!」
そう言って褒められるとお世辞だとわかっていても嬉しい。他人を思いやることができる子のままここまで育ってきてくれて、親心としてとてもとても嬉しい限りだ。もう、どこに出しても恥ずかしくない。
ドリンクホルダーから軟水を取り出すし、自分のグラスに入れる。普段はチェイサーなどに使われる水なのだが、いまの俺にはこれで十分だった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。それじゃあ、真。今日はこの店に誰も来ないからゆっくりと話そうか。少し時間もあるしね。それに最近お互いに話す機会もすくなったしね」
そうゆっくりと真に提案する。真も最近は人気が少しづつだけど出てきて仕事やレッスンがほぼ毎日のように入っており、俺も俺でバイトで忙しかった。だから、こうして落ち着いて話が出来るのは結構久しぶりなことだった。真がもっと人気が出ればこれから先もゆっくりと二人で話す機会もぐっと減って行くだろう。それがいいことだと分っていながらも、どこか寂しい気持ちを隠せられずにいた。
「うんっ!」
「そう言えば、ライブ行けなくてごめんな。ミズキから聞いたけど、成功だったそうじゃないか」
「うんっ! ライブはね------」
そうしてカウンター越しに兄弟水入らずの談笑が始まった。壁にかかっている時計は静かに23:00を示していた。
30分ほど談笑をしていただろうか。二人の笑い声が絶えずに静かに響ていたその時だった。ガチャリとドアノブが回され扉が開けられる。
入ってきたのは黒いドレスを着た一人の女性。真と同じくらいか少し長いくらいのショートヘアに赤い花飾りがついたリボン。落ち着いた表情の彼女はゆっくりと俺たちを見ると一礼し、店の奥へと足を進める。
「小鳥さん!?」
真が思わず声を上げる。俺も初めて知ったが、彼女音無 小鳥は765プロダクションの事務員をやっている。打ち合わせの時にあった時は思わず二人して顔を見合わせてしまった。いや、つくづく765プロダクションには縁があるなぁと柄にはなくその時はそう思った。
ゆっくりとクラシックピアノまで辿り着くともう一度、今度は深く一礼をすると、ピアノの前に置かれたイスに座り楽譜を広げる。
「え、え? 何で小鳥さんがここに?」
いまいち状況を飲み込めていない真をよそに音無さんはピアノを弾き始める。ゆっくりとしたテンポのそれは、誰でも聞いたことのあるクラシックの王道だ。
「ねぇ兄さん、どう言うこと?」
「真のために今日は来てもらったんだ」
最初はピアノを引くなんて予定はなかったのだが、打ち合わせの時に音無さんがいたためにお願いしたのだった。急なお願いにも関わらず、音無さんは二つ返事で了解してくれたどころか、私も真ちゃんに何かお送りしたいのでむしろお願いしたいくらいです、と笑顔で言ってくれた。さすが765プロダクション。いい人ばかりが集まっている。本当に真は周りの人たちに恵まれている。そんな真を少し羨ましく思いながら俺たちはまた談笑を続けるのだった。今度はBGMを添えて……。
約15分程度のクラシックメドレーを弾き終えると音無さんは静かにその指を止めた。その演奏に思わず拍手が出る。いつ聴いても音無さんの演奏は惚れ惚れする。演奏の上手さは言うまでもないが音無さんの演奏は気持ちが伝わる。とても楽しいそうにとても嬉しそうに弾くその音色を聞くと気持ちがよく伝わるのだ。少しだけ音楽をかじっている俺だからこそ、その凄さはよく分かるし、そうなりたいと心から思う。住みにくい世の中を束の間でも住みよくするために詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る、と昔のある文豪は書いたが、今の世の中にはそこに音楽も入ると思う。ただ、この世の煩いを捨て一心に音楽を楽しむからこそ、音楽や歌は人を引きつけてやまない。
音無さんは一つ頭を下げるとイスから立ち上がり、真の横のイスに腰を掛けた。
「小鳥さん、演奏上手ですね! 僕、ビックリしました!」
「ありがとう、真ちゃん。そして、少し早いけど誕生日おめでとうね」
大人らしい落ち着いた笑みで真に話す音無さん。
「ありがとう!」
その笑顔に真も笑顔でお礼を言う。
「やっぱりいつ聞いてもお上手ですね、音無さん」
「え、兄さんと小鳥さんって前から知り合いだったの?」
俺の言葉に驚いたように突っ込みを入れる真。俺と音無さんの付き合いは多分真と音無さんの付き合いより長い。
「あぁ、バイト先の常連さんでね。よく飲みに来てくれるんだ。音無さんは何か飲まれますか?」
俺がバイトを初めて2、3ヶ月の時に来てくれて少し話して以降、よく顔を出してくれる。少なくとも春香ちゃん達よりもあっている回数は多かった。緊張せずに話せる数少ないお客だ。
「へぇー、そうだったんだ。小鳥さん、お酒好きそうだしね」
「うっ……真ちゃん、私はお酒が好きなんじゃなくて、大人になるとどうしても飲みたい日だってあるのよ! それと、この前のアレを頂戴。意外に飲みやすかったわ」
純粋な真の言葉が少し胸に響いたのか、胸を抑えるふりをする音無さん。
「はい、ダイキリですね。今作りますね。音無さんはどうやら飲みたい日が多いみたいですね」
少なくとも週に1回は店に来るし、多い時だと2、3回くる週もある。店にとっては嬉しいお客さんだが、あまり飲みすぎるのも良くないような気がする。
「ちょっと、それは内緒って言ったじゃないですか」
そう言って口元に人差し指を当て苦笑いを浮かべる音無さん。やっぱり普段と違う格好はしていても人間の中身はそうそう変わらないみたいだ。
「むぅ、兄さんと小鳥さんって仲良いの?」
グラスを片手に半目で俺を睨む真。一体俺が何をしたというのだろうか。
音無さんの目の前にコースターとグラスを置くと真の疑問に答える。
「いや、ただの店員とお客さんの関係だよ。よく飲みに行こうって誘われるし、気に入ってもらえていると思うけどね」
「ちょっ! その話も内緒です!」
先ほどとは違い少し慌て気味で音無さんは言う。いつもの大人っぽさが嘘のようだった。別にやましいことをしているわけじゃないし何も問題ないと思うのだが。
「むぅ! 小鳥さん、兄さんどう言うこと?」
「い、いや、あれね真ちゃんのお兄さんって知らなくて……。それにお兄さんとは何にもないから」
目を泳がせながら困ったように答える音無さん。
「いや、そう言われても困るよ。別に飲みに誘われてるって言っても愚痴とかを聞いて欲しいだけだと思うし、そもそも誘われたけど一回も飲みに行ったことないんだ。俺も最近お酒が弱くなってね」
いつも一人で来る音無さんだからこそ、たまには誰かと一緒に飲みたい日があるのだろう。酔うといつもカウンターでブツブツ愚痴を言っているし。
「それ、本当に?」
「本当本当! それより、真ちゃん、別の話をしない! 私聞きたいなー、真ちゃんの話! 最近そう言えば春香ちゃんと買い物に行ったんだっけ!」
少し強引に話をそらす音無さん。そんな音無さんを怪しく思いながらも真は話を始める。数分後そこには女の子同士の会話をする二人がいた。笑顔で話す二人の会話を俺はただいつも通り黙って聞いていた。