かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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あかん、眠たすぎる。感想返しは今日中にします。

最近、文章について色々と考えます。少しは上手く書ける様になったかなぁ、と思えばまだまだ読み返すと上手いと言うには程遠い気がします。上手くなるためには書くしかないのなかぁ


第四話 その4

「盛り上がっているところ悪いけど、そろそろ次に行こうか」

 

真と小鳥の談笑を黙って微笑みを浮かべながら聞いていた真の兄は、いつもの笑みを浮かべて言う。

 

「あっ、そうですね。そろそろ時間ですね」

 

その言葉をうけ小鳥は時計を確認する。女性ものの腕時計は静かに24時の五分ほど前を刺していた。

 

「はい、それじゃあ行きましょうか」

 

兄はコースターに置かれていたグラスをカウンターの中に回収する。中身はすでに入ってなかった。

 

「ご馳走様でした。美味しかったですよ」

 

「ご粗末様でした。また是非飲み来てくださいね」

 

「はい、今度はプロデューサーと一緒に」

 

「ありがとう兄さん。美味しかったよ」

 

「喜んでもらえて何よりだよ」

 

真、小鳥のお礼の言葉を受け取ると青年はにこりと笑みを浮かべると扉を開ける。その笑顔はまるで店員がお客に浮かべる様な営業スマイルなのだがその笑みに二人は気づくことができなかった。

 

Happy Angelの少し長い廊下を歩きながら真は思った。目の前を歩く兄のことを自分はまだ全くと言っていいほど知らないのではないかと。その気持ちは焦りにも心配にもそして恐怖にもとれる感情であった。しかし、幼く純粋な彼女はそんな自分の気持ちをしっかりと見つめることは出来ない。やがてそんな思いも楽しい思い出の中に消されていった。

 

おそらく、誰よりも話す機会があるのだが、先ほどのバーでの一件と言い。兄にそんな一面があることすら知らなかった。そもそも……と少し考えてみれば、真は兄のバイト先すら知らなかったのだ。話す機会は多いがそれも全て真本人に関係する話や聞き手に回るばかりで自らの話をすることなんてほとんどない。先ほどの会話でもそうだ。青年と一緒に話しているつもりでも、話の内容は真のことばかり、そして演奏を終えた小鳥が加わってからは青年は一言も喋らずただ聞き手に専念していた。青年は少女に対しては決して自分の話を自らしない。その違和感に少女が気付くことはこれから先もなかった。

 

「さぁ、真。扉を開けて」

 

ライブハウスの扉前に立つと真に微笑みを向ける青年。

 

「う、うん」

 

何が起こるのだろうとワクワクとドキドキを抑えきれず、少し緊張をした趣きでゆっくりと扉を開ける。

 

扉の向こうは闇に包まれていた。電気は一つもついてなく、ただ奥の方に非常口の緑の誘導光が見えるだけ。作り上廊下の光も入りにくくなっているのか入口部分が少し薄暗くなっているだけで他は全くの闇。

 

真に引き続き、小鳥と青年も中に入るとゆっくりと扉が閉まった。どうやら青年が閉めたようだ。

扉の閉まった部屋の中は何も見えなかった。見渡す限りの黒、何もかも自分の体でさえ闇に溶け込んでいるような感覚すら真は覚えた。バーよりも少しだけ冷房の効きがいいのか、ヒンヤリとした冷気が肌を撫でる。

先ほどまで明るい場所にいたせいか、辺りは全く見えない。小鳥と青年が後ろにいる気配はするが、目が闇になれるまでは少し時間がかかりそうだ。

 

「ねぇ、今から何があるの?」

 

目が慣れて来て少女は後ろの二人に聞く。表情までは見えないがどこに立っているかくらいは分かった。

 

「もうちょっと待っててね、真ちゃん」

 

小鳥がそう言って数秒後、カチッとスイッチを入れる音が暗闇に響きそれと同時に光の直線が真を照らす。スポットライトが真を照らしたのだ。暗闇に目が慣れ始めた真は、いきなりの光に思わず目を背ける。

 

「真、よく来たな!」

 

その時声が聞こえた。目を開けてみればステージの上にもスポットライトが一つ。赤いきめ細やかなセミロングの髪がライトを反射していた。先ほどと同じ赤いドレスを着ていた。

 

女性にしては少し低い声で橘 ミズキは続ける。

 

「誕生日おめでとう! 今日は真の誕生日プレゼントとして歌を贈らせてもらおう! その前に少し言いたいことがある。まぁ、オレ個人の言葉でもあり、俺たちグループの総意でもある。真との付き合いは長い。だから、真がどんな性格をしているのかも知っているし、分かっているつもりでもある。正直、お前がアイドルやるとあいつから聞かされた時はビックリした。オレと同じでそういうものには無頓着だと思っていたからな。だけど、そんなことはどうでもいい! ただ、始めたからには全力で頑張れ! 例え、テッペンに行けなくてもな、頑張るって言う行程は必ずお前を成長させる!」

 

その言葉は真の胸によく響いた。師匠であったミズキの言葉だからでもあるし、純粋に嬉しかったからでもある。

そこまで一気に言い切るとミズキは一つ深く息を吸い込んだ。そして、先ほどよりも大きな声でマイクに向かって叫ぶ。

 

「お前ら! 練習の成果を見せるぞ! さぁ、行くぜっ!」

 

そう言い終えた時、ステージの上の明かりが全て付く。

 

「え、みんな……?」

 

ステージの後方にはそれぞれの楽器を抱えた真もよく知っている兄のグループのメンバーでもあるヒロト、SSKの姿。二人とも髪を整え、スーツをしっかりと着こなしていた。何故か、右後ろに置かれたキーボードの前には小鳥の姿もある。

ステージ前方中央にはマイクスタンドが二つ。その一方は先ほど話をしたミズキが立ち。もう一方には先ほどまで後ろにいた兄の姿があった。二人ともギターを持っている。

 

そして、その二人の横に並ぶように真もよく知るメンバーが立っていた。何と言っても自分と同じ道を歩む仲間であり最大のライバルでもあるのだ。

 

「晴香、雪歩、千早、響、あずささん、律子さん……」

 

この前のライブで使ったお揃いのステージ衣装に身を包んだメンバーが立っていた。中にはプロデューサーである秋月 律子の姿まであった。

 

「本当はみんな来たがっていたんだけど時間が時間だからね。だから、来れたのは高校生以上のメンバーだけだけど、みんなの分もしっかり頑張るから!」

 

天海春香が765プロを代表してヘッドマイク越しに言う。

 

「それじゃあ、真聞いてくれ!」

 

青年が一つギターをかき鳴らすと前奏が始まる。真は一瞬で分かった。アップテンポでノリのいいその曲は765プロで始めてできた曲であり、この前の初ライブでトリを飾った曲でもあった。真にとっても今、ステージの上に立っているアイドル達にとっても思い出深い曲だった。

 

「765プロダクション、アイドルそして俺たちのグループが送る曲。--------READY!!」

 

その言葉とともに歌が始まり、ダンスが始まる。たった、4分弱しかない曲だが、真の心の中には深く深く残るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、と曲が終わりステージを下りながら誰にもばれないように小さくため息を一つ。たった、三分と少しの演奏にここまで全神経を注いだのは初めてだ。もう、すでに疲労困憊と言う四文字が体を覆っていた。それにしても本当に上手く行って良かった。誰もミスすることなく、みんな笑顔で演奏したり歌ったりできていた。やっぱり凄いなぁ、と感心する。ミズキ達は言うまでもないが、晴香ちゃん達765プロダクション組には驚かされるばかりだ。踊りも歌もあんなに上手いなんて……。このまま成長を続けられたのなら、きっとアイドルの頂点にたどり着けるだろう。

 

みんなに囲まれれ祝福の言葉を浴びていた真がこちらに小走りでやって来る。ドレスを着ていると言うのに全くいつも通りだ。それが真っぽくて思わず笑ってしまった。

 

「もー、何笑ってるさ!」

 

「ごめんごめん。ついな」

 

頬を膨らませる彼女に謝れば、失礼だよ、女の子の顔みて笑っちゃ! と笑顔が返ってきた。

 

「演奏ありがとう!兄さんっ、かっこ良かったよっ! 」

 

「ありがとう、真。そして、少し遅くなったけど誕生日おめでとう」

 

「うん、ありがとっ!」

 

 

まぁ、どんな疲れでも真のその笑顔を見たら疲れも吹っ飛ぶてものである。

 

「真ー! 早く来ないと料理なくなるぞー!」

 

向こうで響ちゃんの声がする。その声に反応すると真はこちらを向き、兄さんも一緒に行こう、笑う。真がそう言うのなら一緒に行くまでだ。なんて言っても今日の主役は真だ。彼女が喜ぶなら俺はなんだってするさ。

 

 

ステージの下には丸テーブルが並べられその上には料理が並んでいる。俺たち全員で調理して来た手作りのものだった。料理は手料理がいいだろうというSSKの判断のもと手料理を出すことになった。オードブル形式になっているため、好きな分を好きなだけ取れる形式だ。演奏が終わり次第、会食をして解散という流れを今日はとっていた。本当は765プロダクションの全員を呼びたかったのだが、どうしても深夜になってしまうために高校生以上のメンバーしか呼べなかった。それに高校生以上のメンバー全員が来てくれたのはやっぱり真の人力があったからこそだ。性格も容姿も運動神経もいい三拍子揃った我が妹はどこに出しても恥ずかしくない完璧な妹である。どこぞの馬の骨にやるつもりはないが早くいい人を見つけて欲しい気持ちもある。まぁ、彼女がいない俺に心配されるのは真も嫌だと思うので言わないが。

 

会食が始まってしばらく経って、少し人の輪を離れ、端に置いてある椅子に腰をかける。そして、少し上を向き深呼吸を一つ。真を中心に集まっている人たちの談笑が少し遠くに聞こえる。目を閉じれば、とくんとくんと心臓が動く音がする。それが今生きているという感覚と実感を猛烈に俺に与える。

 

その音を聞きながら少しだけ考える。今日ここに来ているメンバーは改めて凄いと。ミズキやSSK、ヒロトは言うまでもないが、春香ちゃん達はアイドルなのだ。まるで住む世界が違う。他のメンバーは皆、この世界の主役なのだ。ミズキやヒロトのステージに彼女達はいる。いや、職業的に考えればそれ以上のステージにいるのだ。目を開けて人の輪を見ればそれが何故か光って見える。それはきっと照明だけじゃない。何かがあるのだ、俺にはない何かが……。

 

今更になって思えば、俺はどうにも主人公への憧れがあったのかもしれない。……いや、あったんだ。でも高校に入り、ミズキやヒロトと知り合いその憧れや希望は打ち砕かれた。もはや、俺とは次元の違うスペックにただただ圧倒された。一緒に過ごす日々は楽しかったし、凄くいい仲間達だ。それは間違いない。でも、俺は心の奥のどこかで……。いや、こんな考えはやめよう。村人であることを認めた俺には何も関係がない話である。俺にできることは、主人公達のサポートと彼らがたどり着く先を見守ることだけ。それでもう十分である。

 

誰かの声がする。どうやら、俺を探しているようだった。返事をして立ち上がる。立ちくらみがした。俺は少しだけ重く感じる足取りでみんなの輪の中に帰るのだった。いつも通りの笑みは忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

マンションの下車を下りた真が言う。空はまだ隙間なく黒に覆われていた。東の空をみてもまだ白じむまでには程遠いようだった。西の空には上弦の月が綺麗に見える。

 

ここまで送ってくれたヒロトに真と二人でお礼を言う。ヒロトは車の中でニッコリと微笑むと車を発進させて曲がり角へと消えて行った。時間も時間なため、アイドルのみんなは赤羽根さんとヒロトの車で送ってもらい、最後に降ろされたのが、俺と真だった。別に歩いて帰っても良かったのだが、ヒロトの行為に甘えておいた。

 

「兄さん、今日は本当にありがとうね」

 

真はいつも通りの普段着に着替えようやく動きやすくなったのか少し伸びをしながら言う。右手には各自から貰ったプレゼントの入った大きな紙袋を持っている。持つの変わろうかと言っても兄さんに苦労かけるわけには行きませんっとキッパリと断られてしまった。

 

「どういたしまして、真。それと俺からも一つプレゼントがあるんだ。着いて来て」

 

そう真に言って来たのがマンションの駐輪場だった。ここの住民はあまり自転車を使わないのか、入っている人の割りに自転車の数は少ない。駐車スペースは多くあるのだが、マンションを一回でてここに入らなければならないのが一つだけ残念なところだ。そんな駐輪場の隅に一つの灰色のカバーをかけられた自転車がある。その前に立ち、真の方を向く。

 

「さぁ、これが俺からのプレゼントだ」

 

「え、開けてみてもいい?」

 

「あぁ、もちろん」

 

真がカバーを取ると青いフォルムが目に入る。いや、正確に言うと俺のギターの色と同じく空色だ。

 

「うあぁ、こんなの貰ってもいいの!?」

 

真の顔が驚きに変わる。それは空色の色をしたクロスバイクだった。真が何が欲しそうか考えた結果、この

クロスバイクが思い浮かんだ。

 

「うん、改めて17歳の誕生日おめでとう!」

 

そう言って鍵を手渡す。真は鍵を受け取ると頬を赤らめながらありがとうっ! と元気よく言うのだった。後に、このクロスバイクをモチーフにした菊地真の曲ができそれがオリコン一位を獲得するとはこの時の俺は微塵も予想していなかった。

 

「兄さん、今年の兄さんの誕生日は期待しててね!」

 

マンションの前に帰って来たところで真はいう。俺の誕生日は冬。これからまだ4ヶ月近くある。しかし、真が期待しててと言うからには今から楽しみにしている他ない。まぁ、気持ちだけもらえれば十分なのだが、そうはいっても真は聞かないだろうしね。

 

「うん、期待しているよ」

 

俺がそう言えば、真はうんっ、と返事をして足を止める。足音が止まったことを不審に思い振り向けば、西の空を見上げる真。夏の夜風に短い髪がサラサラと揺れていた。今日は随分と涼しい夜だ。

 

そして真はこちら視線を落とすと目を合わせてこう言った。

 

「兄さん、今日は月が綺麗だね」

 

その言葉に俺は何も言えずただただ上弦の月の月を見上げるだけだった。この時東の空を流れ星が通ったことを俺はついに知らなかった。長かった八月ももう終わる。

 

 


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