かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話 その3

次の日の朝。

 

GWの幕開けの日。空は相変わらずの晴天だった。

 

太陽がほのぼのと照ってる。

 

昨日の夜言ってたように雪歩ちゃんたちと用事があるらしく、休日にしては朝早くに起きていた。

 

俺も普段なら休日はゆっくりと寝ているのだが、今日は音合わせだ。

 

寝坊でもしようものなら、ミズキに殺される。

 

いつもより気合をいれて起きた。

 

音合わせの場所はいつも通りミズキの家。昨日の夜にメールが入った。

 

ミズキのメールは淡々としている文章が多い。やっぱりメールと言うのは性格がでるのかな。

 

目の前の家を見上げる。

 

普通の一軒家。二階建ての赤い屋根。それがミズキの家である。

 

しかし驚いたことにミズキはこの家に一人で住んでいる。

 

それも俺たちが知り合った高校時代から。

 

何でも両親は海外にいるみたいだ。

 

俺もSSKも会ったことがない。

 

娘をおいて海外にいくとは少し放任し過ぎじゃないかとも思うが、人の家庭だ。口を挟むべきじゃないだろう。

 

呼び鈴を鳴らす。

 

返事はすぐにきた。

 

「おっと、きたみたいだな! 上がれ」

 

インターホン越しに篭った声が聞こえる。

 

門をあけ中に入る。

 

俺が玄関にたどり着くと同時くらいにガチャりと扉の鍵を開ける音がした。

 

コンコン。

 

一応ノックをして、開ける。

 

「おう! よく来たな! 待ってたぜ」

 

ミズキが玄関に立っていた。

 

しかし、いつもより気合入ってるな。

 

ミズキは普段からファッションには気を使っているのかピシッとした服を着こなしているが、今日はいつにも増してオシャレだ。

 

やっぱりライブだし気合入ってるのかな。

 

「朝飯は食べたか?」

 

「うん。一応、食べてきたよ」

 

ミズキはまだ食べてないのかな?

 

「そうか……。よし、それじゃあ早速音合わせをしようか!」

 

腕まくりしながら奥へ行こうとする。

 

「ちょっと待って! SSKやヒロトは?」

 

いつもなら俺よりも早くきているはずのSSKがいないし、ヒロトだってまだだ。

 

「あぁ、あいつらか。あいつらは昨日の準備でこき使ったから今日は現地で集合だ。それにまだ準備もあるし、向こうでやってもらわないと困るんだ」

 

準備って機材そろえて終わりじゃなかったのか……。

まぁミズキのことだし、これだけで終わるとは思っていなかったけど、学園祭のライブで一体なにする気なんだ……。

 

まぁ、SSKにしてもヒロトにしても、音合わせとか不要だし。

 

俺だけでも問題はないと思うけど。

 

普通はみんなで合わせるもんじゃ……?

 

とりあえず、靴を脱ぎ下駄箱に入れる。

 

 

 

一階の玄関から一番遠くに部屋がいつも音合わせに使っている部屋だ。

 

完全防音でどんだけ、うるさくしようとも外には漏れないらしい。

 

一人暮らしの家庭にこんなものがあるとはビックリだ。

 

ミズキの親ってやっぱり何かの社長や会長だったりするんだろうか?

 

床張りのタイルに白い壁と天井。

 

ドラムからエレキギターさらにアコギにキーボード。この部屋にはそれだけのものがあった。

 

こんだけ集めるのにどれだけの費用がかかったのか考えるだけで怖い。確かここにある楽器とか機具はSSKがどこからか持ってきたものって言ってたし、そこまでかかってないのかも。触らぬ神に祟りなし。つまりそういうことだ。

 

 

ミズキは独特の赤い髪をかきあげ、腕まくりをする。

 

部屋の中はただ雑談や談笑をするにはちょうど良い温度だった。

 

ミズキは白い歯を見せるとにやりと微笑む。

 

そして、近くにあった茶色のギターを掴むと一弾き。

 

ギターの音色が空間に響く。

 

「よし! 久しぶりにセッションでもするか!」

 

「えっ…………」

 

思わずそんな声が漏れる。いくらなんでも久しぶりにもつ楽器でいきなりセッションは厳しい。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、ミズキはおいてある楽器の内の一本。空色のギターをとる。

 

「ほい!」

 

そしてそれを俺に向かって軽く投げる。

 

「おっと」

 

両手でどうにか受け止める。

 

俺がギターを教えてもらった時から使っている空色のギター。

 

いわば一種の相棒的な存在。持った手の感覚、感触は同じだ。

 

思い出が詰まったそんなギター。文化祭の時やライブハウスでの演奏3人で演奏した時も4人で演奏した時も全部このぎたーだった。

 

あの時と何も変わらない。

 

「じゃあ、始めるか」

 

ミズキが赤色のギターを手に取り一弾き。

 

それから流れる様な演奏が始まる。音楽を少しかじった程度の俺だけど分かる。ミズキの演奏はプロ並だということを。ミズキだけじゃない、SSKやヒロトも素人の域を軽く超えている。勉強だけじゃない、スポーツも三人とも得意不得意があるとしても一般人と一線を画している。

 

それに比べて俺は……………。

 

ダメだ。無心になれ。何も考えるな。

 

ただひたすら演奏に集中しろ。

 

手に持つギターの感覚は変わらない。

 

いける!

 

 

 

 

 

 

 

「よし! 終わろうか!」

 

ミズキがそういい、演奏を止める。

 

どっと疲れが押し寄せる。時計を見るとセッションを始めてから一時間半の時間が経っていた。

 

「シャワーでも浴びるか」

 

ミズキの方を見る。しっとりと汗をかいて濡れていた。何だか色っぽい。

 

「ん? どうした。一緒に浴びたいのか?」

 

ミズキが笑いながらいう。

 

「いや、いいよ。遠慮しとく」

 

ここで、うんとか言う気力はない。セッションをする前でも度胸がない。

 

ミズキに変なことをいうと、文字通り張り倒されるか、半殺しの目に会うか、それとも明日の朝日を拝めないか。

 

とりあえず、ろくなことにはならない。

 

ミズキは、それは残念だ、と笑みを浮かべながら部屋のドアを開ける。

 

「お前もシャワー浴びたいと思うが少しリビングで待っててくれ。こういうのはレディファーストって奴だろ?」

 

性格と発言はレディではないよな。とは、絶対に言わない。というか言えない。

 

言われてから気づいた。結構な汗をかいていることに。

 

Tシャツが汗を吸い込み気持ちが悪い。どうやら相当熱中していたみたいだ。

 

ミズキが帰ってくるまでの間、俺はただ静かに濡れた服の気持ち悪さを感じてた。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、久しぶりにしては結構演奏できてたじゃねーか」

 

ミズキの後にシャワーを浴びたあと、リビングにてミズキと向かい合って座る。

 

「そうかな」

 

着替えを何枚かもってこい! と昨日のメールであったけどこう言う事態を予測していたのかな。

 

「おう。最初はずれてるとこもあったが、後半になるにつれ良くなっていったぜ」

 

赤い髪を白いタオルで吹きながら彼女は言う。

 

「そう言われると嬉しいよ」

 

「そうだな。俺に合格点もらったんだ。胸を貼っていいぜ」

 

二ヒヒ、と彼女は本当に嬉しそうに笑う。

 

そうだ! と立ち上がり続ける。

 

「そろそろ、昼飯にはちょうどいい時間だ。何か適当に作るから座って待ってろ」

 

そういってタオルを首元にかけながら、キッチンに消える。

 

ミズキの料理か。

 

この手の完璧な人間にはおなじみの料理が壊滅的に出来ないとかいうことはミズキにはない。

 

普通に美味しい。腕としては真と同じくらいかな。

 

一応料理の腕は俺の方がまだいい。

 

それ以外では壊滅的にミズキより低いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、そろそろ行くか!」

 

昼飯を食べてリビングで雑談をしている時、彼女が急に立ち上がり言う。

 

掛け時計をみると丁度14:00を指していた。結構な時間話していたみたいだ。

 

立ち上がった彼女は、おもむろにリビングの棚に二つ掛けてあるフルフェイスのヘルメットの一つを取る。

 

「バイクで行くの?」

 

「あぁ、バイクの方が早いし駐車場のスペースも取らないからな」

 

「でも、普通文化祭って車やバイクで行っても駐車場ないだろ?」

 

「なにいってんだ。その辺はしっかり交渉してるに決まってんだろ」

 

その辺はぬかりがないみたいだ。

ミズキはよくバイクでツーリングに行く。免許を持ってない俺も何回か後ろに乗っけてもらってツーリングにいったことがある。真なんかは頻繁に後ろに乗せてもらってどっかに行っていた時期があった。

 

意外なことにミズキのバイクの運転はとても丁寧だ。普段はどうか分からないが少なとも俺とか真が後ろに乗っている時はとても丁寧に運転している。

 

 

「ほらよ! それじゃ行くぞ」

 

そういいながらもう一個のヘルメットを投げる。

 

 

 

 

400ccで一番有名であろう車体。それがミズキの愛車だ。

 

ガレージに入っているそれは、彼女の赤髪ととても似合っている。

 

彼女はさきにまたがると、後ろをポンポンと叩く。

 

どうやら乗れということらしい。

 

しかし、ギターケースを担いでバイクって乗っていいものだろうか?

 

俺の背中には着替えが入ったバックと黒のギターケースが一つ。ミズキのギターは向こうに先に運んであるみたいだ。

 

ギターケースとか担いでバイクに乗っても大丈夫なのか? そういう疑問もあるが、彼女が大丈夫と言えば大丈夫なんだろう。

 

とりあえず待たせても悪いので後ろにまたがる。

 

「喜べ青年! 俺が後ろに乗せる野郎はなかなかいないぜ!」

 

バイクのエンジン音があたりに響く中、彼女はそう言う。フルフェイスから少し見えるたその顔はとてもいい笑顔だった。

 

「よっしゃ! 走らすからしっかり捕まっとけよ!」

 

その言葉と共にポンポンと自分の腰を叩く。

流石にそれは恥ずかしい。

 

彼女は何も思っていないかもしれないが俺が気にする。

 

その動作を無視してシート後方にある持ち手を持とうとする。

 

ん……?

 

ギターケースが邪魔で持ち手に手が届かない。

 

「なーにやってんだよ。何だ美女の腰に手を回すのに緊張してるのか?」

 

そう言ってハハハと笑う。

 

「そうだよ。何か悪いか?」

 

何度も言うが彼女が気にしないでも俺が気にするんだよ。SSKやヒロトならまだしもミズキに対して意識するなという方が無理だ。

 

「…………っ。なに言ってんだよ」

 

「え、何か言った?」

 

エンジン音にかき消された彼女の呟きを聞き返す。

 

「な、何にもねーよ! それよりさっさと掴め!馬鹿野郎!」

 

そう言って声のボリュームも上げる。顔はよく見えないがその首筋は少し赤くなっているような気がした。

 

その言葉通り、腰に手を回す。

 

ドクンドクンと鼓動が聞こえる。

彼女みたいな美人と触れ合う機会とかない。これが真だと何も気にする必要もないのに。

 

あー。絶対に今の俺の顔は真っ赤だ。

 

これだけは断言できる。

 

早く出発して早く到着して欲しい気持ちといつまでもこのままでいたい気持ちとが入り混じる。

 

彼女や春香ちゃん達のような持ってる人間とは住む場所、住む世界が違うと知っていながらそう願ってしまうのは待たざる人間が持つ人間をひがんでいるからなのか? それともそうではないのか。それはわからない。

 

俺のそうした内心を知ってか知らずか赤い彼女はゆっくりアクセルを回す。それと同時に動き出す機体。

 

雲一つない青空。空にはただ太陽がほのぼのとあるだけ。

 

そんな空の元、ゆっくりと俺たちは走り始めた。

 

向かうは南女子校。

 

文化祭のステージだ。


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