この悪の蔓延る都市に正義を   作:ライ

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プロローグ

 迷宮都市オラリオ。

 ここは冒険者を目指して数多くの夢追い達が集まる場所である。

 ある者は一攫千金を。ある者は力を手に入れるために。ある者は英雄になるために。

 それは彼も同じであった。

 いや、正確にいうのなら違うのかもしれない。

 彼の夢は、夢というほどのものではないからだ。

 ──竃の女神に会いたい。

 そんなちっぽけな願いのために彼はオラリオへと足を運んだ。

 

 ■

 

「うわぁ、大きい」

 彼は空高くまでそびえ立っている建物──バベルを見てそんな陳腐な台詞を誰にいうのでもなく呟いた。自らの故郷より約二ヶ月とちょいの時間をかけて、観光というか移住というべきかよくわからない事をしに彼はやってきていた。

 彼がやりたい事はただ一つ。竃の女神と呼ばれている神に一度会いたいという事だけで、それ以外は何も決めてはいなかった。

 出会えたのなら故郷に帰るのも良いし、住み心地が良かったのならオラリオに住んでも良いかな程度の気持ちでやって来ていた。

 まぁとどのつまり、何も考えてはいなかった。

 

 しばらくバベルの大きさに感動した後、彼はとりあえず宿を探すべく道をぶらつき始めた。

 食べ物が売っている屋台がちらほらあったり、何かの鉱物で出来たアクセサリーが売ってある屋台など田舎では見たことがないモノがわんさかと其処にはあった。

 が……。

 ──なんだか、活気がない?

 道を歩く人の数が明らかに少なかった。しかもその数少ない歩行者のほとんどは皆、物々しい格好をした所謂、冒険者と呼ばれる者たちばかり。

 そんな彼等は屋台に目もくれず、自分が来た方へとスタスタと歩いて行ってしまう。

 時間帯はちょうど、お昼を過ぎたばかりなのでもう少し賑わっていてもいい筈の道がこんなに暗いと、何かあったとしか思えず彼は心なしか足取りが重くなった。

 ──何はともあれ、聞いてみるか。

 空気はかなり暗かったが、それに引きずられず心だけは明るく行こうと内心鼓舞しながら適当な屋台の物を買いに近づいた。

「これ下さいな」

 特に選ぶ事なく、生でも食べられる見た事のある食材を店主に見せお代を渡そうとしたのだが、店主はやけに張り詰めた表情でこちらを見ていた。

「あの?」

「……アンタは、旅人かなんかですか?」

 絞り出すように店主はそう問いかけてきた。

「ええ。今日オラリオに着いたばかりの旅人みたいなものです。それが、どうかしましたか?」

「いや、ならいいんだ」

 嘘を言う必要は何一つないので、そのままの事を口に出すと店主はやっと表情を和らげた。そんな店主にお代を渡し、世間話でもして情報を集めようとしたのだが、先に店主が言葉を発した。

「アンタ、オラリオには何をしに?」

「……人探しのようなものです。他は特になんにも考えてはいないです」

「……なら、人探しが終わったら早くオラリオから出た方がいい」

 着いて早々に出た方がいいという事を言われるとは思ってもなかったので、彼は目を丸くした。

「えっと、何かあったんですか? 田舎暮らしだったもので世間の常識があんまりないもので」

「そうだな……神様が運営する組織の事をファミリアって言うんだがな、数ヶ月前にとんでもなく強かったファミリアの二つが壊滅したんだ」

「はぁ……?」

 内容がまだ把握できず、空返事をとりあえず返した。

 店主はそんな彼を見向きもせず、話を続ける。

「その二つのファミリアはもう何十年、何百年とトップを走っていたファミリアでな、知らず知らずのうちに犯罪者達の抑止力になってたんだ。あそこにはレベルがとんでもなく高い冒険者がうじゃうじゃいたからな。少し強い程度の冒険者が暴れようものなら、すぐさま叩かれておしまいって訳だったのよ」

「ということは……」

 その後は言われなくとも何となく想像ができた。

「あぁ、今まで何もできなかったそういう奴らが活発に暴れるようになったんだ。それも個人がじゃなく、ファミリア単位でだ」

「それで、こんなに人通りが少ないんですね。……じゃあ、貴方達がこうやって屋台を開いているのは危ないんじゃないんですか?」

「奴らも食べるもんがないと困るから屋台を壊そうっていうつもりはないから、その点は大丈夫だ。たまに恐喝されて店のもん全部持ってかれたりするがな」

 ハハハ、と乾いた笑いを店主は漏らした。

 

 とりあえず、大体の事情を把握して彼は思った。

 ──とんでもない時期に来ちゃった。

 

「情報ありがとうございます。それでは」

「あぁ、気をつけてな」

 そんな話を聞いたからにはさっさとここを離れるべきと判断して周りを見ていなかったのが悪かったのだろう。

「おっと、すみませ……」

 左肩に誰かにぶつかったような感覚があり、謝りながら振り返った。

「──ああ⁈」

 そこには如何にもな顔をした輩がいた。

「……おっふ」

 話を聞いた直後の遭遇(エンカウント)に彼はテンパって変な言葉を発してしまった。

「──おいおい、ぶつかられた衝撃で左腕骨折しちまったよ。治療費出してくれんだろうな?」

 一瞬、ぶつかってしまった男は自分を観察しているような間があった。恐らくは冒険者かそうでないかを判断していたのだろう。

 彼の服装は如何にも旅人がしてそうな服をしていたので、当然冒険者には見られなかったというのが男の反応でわかった。

「すみません、これを治療費に使ってください」

 さっさと男から離れたかった為にお金をポンと渡した。

 それがいけなかったのだろう……。

「たった五千ヴァリスだけかよ。もっと持ってんだろ、おい⁈」

 男は彼の胸元を掴みとり、顔を近づけながら脅した。

 ──口臭い。

 肺に取り込む酸素が少なくなりながら、そんな場違いな感想を抱いた。

 だが、流石に余裕がだんだんとなくなってくる。

「わかり、ましたから、首を……」

「わかればいいんだよ」

 道端へと投げ捨てられるように解放された。

「ゲホ──ッ‼︎」

 咳き込みながら、彼は思考を回転させる。

 目の前の男は先の屋台の店主が言っていたような犯罪者なのだろう。犯罪者というよりはチンピラのような男であるが。

 どちらにしても、一般人が冒険者に勝てるわけがない。

 つまり、この油断しまくりの男の顔に一発殴っても効果はないということである。

 ならば、お金を渡すしかないのだが。

 ──それだけで、済むか?

 お金はもちろんのこと、荷物や服すらも剥ぎ取られそうな予感がビシバシと伝わってくる。

 ──仕方ない。

「お、お金です……あっ!」

 胸元からお金が入っている巾着を取り出し、男の手に置く。

 ……前に彼は巾着を地面に落とすフリをして、盛大に金を地面にばら撒いた。

 全財産二万ヴァリス。

 惜しくはないといえば、嘘になるがそれでも身ぐるみ全て無くなるよりはマシだとばかりに投げ捨てた。

 ──チャリンチャリン!

 地面にお金が落ち、静まり返っている道に音が鳴り響いた。辺りの視線はひきつけられるように、落ちたお金に吸い寄せられる。

 男は自分のものだと主張するように、慌ててお金を拾い始めた。

 

 その隙をついて、彼は気づかれないように、しかし迅速に逃げ出した。

 

 ■

 

 彼は噴水がある広場のベンチに座り、空を仰いでいた。

「不幸だなぁ……」

 オラリオに着いて早々、一文無しになってしまった。

 だが、不幸と口にする割にはそこまで落ち込んではいなかった。

 何故なら、彼にとってこのくらいの不幸は日常だからである。鳥の糞が自らの頭に落下してくるのは毎日の事。一週間に一度はスリにあうし、揉め事にも度々巻き込まれる。

 言うなれば、彼は不幸体質であった。

 そんな訳で、一文無しになるくらいならばまだマシというモノと割り切るのも容易い。

 ──ここで、こうしてても始まらないか。

 生まれながらの不幸体質故に、悪い事があっても直ぐにポジティブになれるという、有り難いのかよくわからない性質により気持ちを切り替え、バイトでも探そうと彼は再びぶらつこうとしたところ、とある場所で目が止まる。

 

 そこには、噴水の直ぐそばでやけにキョロキョロと周りを見渡している妙齢の女性がいた。それだけならば、待ち合わせでもしているだけなのかと思うのだが、彼女は広場にいる人間にやけに視線を向けていた。まるで、これからする事を人に見られたくないかのように。

 彼は頭をガシガシとかいてから、女性に近づいた。

 その途中で、彼女もこちらに気づいたようで噴水からやや離れてからそっぽを向いた。

「えっと、どうかしたんですか? 何か困ったことでも?」

「いいえ、特にありませんよ」

 そう言った直後、彼女のお腹からグーっという音が鳴り響く。

 二人の間には謎の空気が流れた。

「お腹、空きましたね」

 自分のお腹が鳴ったのだとばかりに彼は言葉をひねり出す。

「ええ、そうです……ね」

 好意に甘えようとばかりに彼に同意しようとした時、またもや音が鳴り響く。しかも今度はグオーという重い重い音だった。

 彼女は顔をしたに向けた。赤くなっている耳から察するにかなり恥ずかしかったのだろう。

 それを見て彼はいたたまれなくなり、 背負っていた鞄を手に持ち、中に入っているものを取り出した。

「これ、食べますか?」

「…………いただきます」

 クゥという可愛らしい音と共に肯定された。

 

 ■

 

「……ありがとうございました」

 彼女は手渡したパンを即座に食べ尽くし、しかし食べていた意識がないかのように自分の手を見て呆然としていたので、更にパンを与える。というような行為を何度か繰り返し、最後に持っていた水を手渡した後、彼女はお礼を言った。

「困った時はお互い様ですよ」

 お金は全て無くし、残っていた食料も彼女に渡して、正真正銘何もなくなってしまったが彼は本心でそう答えた。善行をしたのなら、いつかそれが返ってくる……なんて事は考えていない。ただ、過去に本当にどうしようもなくなった時に同じように手を差し伸べてくれた人がいた。

 だから困っている人を見捨てるのは……。

 ──なんというか、気持ちが悪い。

 彼女は目をパチパチと瞬かせて、こちらをジッと見てきた。

「本当かどうかは聞くまでもない……か。そうか……人って……」

 ジッとこちらを見ながら、何かブツブツと呟かれて若干彼は距離を置いたのだが、彼女はじりじりと再び迫ってくる。

「あの、お腹いっぱいになったようなので、俺はこれで失礼します。これからはちゃんとご飯食べてくださいね」

 ベンチから立ちあがり彼女を見ずに去ろうとした所、後ろから手を取られた。

「えっと、どうかしました?」

「──その……私の子供にならない?」

 耳がおかしくなって彼は言葉を理解できなかった。できなかったが、とりあえず否定するために口だけは動かした。

「こう見えてもう歳は十四なんです。なので、養子とかは……」

 何言っているのか自分でもわからなかったが、そもそも何を言われたのかがわからなかった。

 

「そうではなくてですね! ……あの、私、神様やってるんです」

「かみ、さま?」

 かみさま……神さま……神様と脳内で字が変換されていく。

「神様⁈」

「ええ!」

 たしかにじっくりと彼女を見てみると、どことなく常人とは違った雰囲気を感じることができた。存在の密度が高いというのか、なんというか自分の中の言葉では言い表せないが、とにかく常人ではないのは確かであった。

「神様なんですね」

 言葉にすると、だんだんと彼女が神様なんだと魂に記憶されていくような感覚を味わった。

「神様もお腹空かして、死にかけるんですね」

「……地上に降り立つのにいろいろと条件があるんです。それに私の知ってる神友がオラリオに居なかったので……グスっ」

「あー、大変でしたね。でもこうして食べ物にありつけたんですから、忘れましょう、ね?」

 若干泣きそうになる彼女を宥める。

「そう……そうです! この数日苦しいことばかりでしたけど、もう忘れます! だって、貴方に会えましたから! ……それでですね、私の【ファミリア】に入りませんか?」

【ファミリア】。それは神様が作る組織的なものだという事しか知らない。

 だから、入るか入らないかの判断もつかなかった。

「えっと【ファミリア】っていうのは具体的に何か教えてくれませんか? 田舎から出てきたばかりであんまり知らなくて……」

「あっそうよね。コホン。【ファミリア】というのはね、私たち神が子供達に恩恵っていうとても便利な力を授ける代わりに恩恵を刻んだ子供達を集めて組織する集団です」

 子供に優しく教える教師のように彼女は丁寧に話していく。

「【ファミリア】と一口に言ってもやる事はそれぞれで、冒険系や生産系、医療系の様に様々あります。私のところ──と言ってもまだ誰もいない──は冒険系【ファミリア】です。……それで、やりたい事が一つだけあります」

 彼女は急に真面目な顔になった。

「このオラリオを変えたい」

 端的にしかし、想いを込めて彼女は告げた。

「貴方はまだ知らないかもしれないけど、今のオラリオは悪が蔓過ぎている。それをどうにかなくして、オラリオを変えたい。誰もが互いを尊重して、笑いあえる──そんな場所に変えたい」

 彼女の目は本気だった。まだオラリオについて知らないことがありすぎるが、それがとてつもなく難しいという事はわかる。だが、彼女は成そうとしている。

 それが自分の使命だとでも思っているかの様に。

 ──それはなんていうか……。

 

「神様……なんだなぁ」

「改めて……貴方、私の【ファミリア】に入りませんか?」

 行くあても帰る金もないというのを抜きにしても、心はどうしたいのかをはっきりと自分に訴えかけていた。

 

「──剣を使えません。弓も、槍も、斧も、できないことだらけです」

「ええ」

「オラリオに来たのだって、会いたい(ヒト)がいたっていうだけの理由です。冒険者になりたいとか、そんな高尚な想いはありません」

「えあ」

「……そんな俺ですよ?」

 言葉に出してみると、自分は本当に何もできない平凡な男なんだという事がわかる。なのに……。

 彼女が自分を見る目は優しいままだった。

 

「──でも、貴方は優しい心を持っている。そんな、貴方となら夢を叶えられると思うから」

 ──優しくなんかない。

 そう言うのは簡単だった。だけど、目の前の神様はそんな事言っても信じてはくれないだろう。そんな顔をしていた。

 ギュッと目を瞑る事、数秒。

 

「お断りさせていただきます」

「そうですか……」

 彼女の顔は曇った。

「だから、改めて──俺をあなたの【ファミリア】に入れて下さい」

「え?」

「……あなたの心に惚れてしまったってそう言ったんです。ダメですか?」

 手を彼女の方に差し出したが、とても恥ずかしい事を言ってしまったような気がしてそっぽを向いてしまった。

 

「はい!」

 差し出した手は繋がれた。

 

 ■

 

「あの、離してくれませんか?」

「いやです」

「……そういえば、名前をまだ聞いてませんでした。俺はエト・ステッラ」

「私は──アストレア」

 

 これは、そんな優しい二人が歩む、

 ──正義の物語──

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