この悪の蔓延る都市に正義を   作:ライ

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前話の精神力が精神力(マインド)という意味にも見えるかなと判断しちょっと変更しました。



約束

「というわけです」

「成る程……」

 と言ったはいいが、実のところ一から十までわかったというわけではない。

 《神の恩恵》、《ステイタス》、《神の血》、『スキル』。

 知らない単語を交えながらの会話は、さして頭の良いとはいえないエトにとって軽くパニックになる話であった。

 それでも、アストレアが一生懸命話してくれているので、大事なところだけは頭に入れた。

 アストレアが刻んでくれたのが《神の恩恵》であり、別名《ステイタス》。その《ステイタス》には『スキル』というアストレア様が刻んでくれたものがあり、自分はそのスキルが二つ発現したということだ。

「……なんというか、ラッキーですね」

 アストレアは頭を抱えた。

「いえ……そうなんですけど。はぁ……それでエトの今までの経験が『スキル』として反映しているのですが、何か心当たりはありますか?」

 心当たりと言われてエトは言葉に詰まった。

「……この【幸運不運】というのは、自分の運の悪さが何か関係しているというくらいはわかるんですが、少し納得できないです。自分は生まれてこの方幸運なんてことになったことがないですよ?」

 不幸なことしか起きたことがない人生であったと自覚している。

 ──いや、アストレア様に会えたのは幸運か。

 彼女と出会い、不幸なだけの暗い人生だと思っていた自分の世界に初めて色がついたような気がした。

 だから、それがもし自分の『スキル』のおかげなら、少しくらいは感謝しても良いのかもしれない。

「では、もう一つの方は何かありますか?」

「こっちは全くわかりません」

「……昔、何か限界を超えるような体験をしたことなどはありますか?」

 そう言われても、特に覚えのあることはない。

「うーん、一週間水だけで生きていくとか、ゴブリンの巣に迷い込んだりはしましたけど、限界を超えるということは記憶にないですね」

 そう話したら、アストレアは自分の頭を撫で始めた。

「──えっと? あの、流石に恥ずかしい……です」

「いえ、もう──ね?」

 何がね? なのかさっぱりわからないまま、エトは撫でられ続けた。

 

 ■

 

「これからの方針を決めましょう」

「これからの方針?」

 アストレアは可愛らしく首を傾げた。

「はい。衣食住はもちろん、【ファミリア】の活動も含めて全て」

「そうね……」

「まず、自分がダンジョンに潜ってお金を稼ぎながら強くなるというのは決定しています。アストレア様の目標のためにも強さは必要ですし、お金も貯まるのでこれは絶対です」

 そう言った後、アストレアは申し訳なさそうな顔をする。

 大方、自分のために強くならざるを得ないことに申し訳なさを覚えているのだろう。

 だが……。

「アストレア様……俺は俺の意志であなたの【ファミリア】に入りました。……強くなりたいのも俺がそうありたいからです。だから、あなたがその責を負う必要はない……です」

「わかりました」

 アストレアは自分の頬を叩いてからそう言った。

 

「話を戻しますけど、このお金で衣食住を……」

「待ってください。私も働きます。エトだけに負担をかけさせるわけにはいきません!」

 出会ってまだ数時間だが、なんとなく性格が把握してきていたエトはアストレアがそうくるであろうとはなんとなく予想していた。

 だからこそ、反論も用意していた。

「では、どうして今までアストレア様は働いていなかったんですか?」

「うっ──」

 痛いところを突かれたとばかりに、アストレアは声を詰まらせる。

 アストレアは若干ポンコツな部分があるが、根は真面目な神だ。そんな彼女がお金が無くて飢え死にしそうだったというのは、落ち着いて考えるととても不思議であった。

 彼女なら、働くという選択肢が直ぐにでも思いつき実行している筈であるからだ。

 それをしていないということは、できない理由があるということなのだろう。

「そんなにオラリオはやばいんですか?」

「……やばいです」

 屋台の店主から聞いていたとはいえ、バイトもできない程だとは思っていなかった。

「……宿とかって、安全ですよね?」

「……安全、だよ……」

 ──安全じゃないのね、はい。

 そうなると、宿に泊まるというプランを変更せざるを得ない。

「うーん、かと言ってなぁ」

「──なら、ここに住みましょう!」

 ──この女神、ちょっとバカなのかなぁ。

 主神にたいして、とても失礼なことをエトは思った。

「あのですね、こんな教会でどうやって暮らすんですか? 改築でもするんですか?」

「改築! なんて素晴らしい響きなんでしょう」

「時間も手間も半端ないですよ?」

「時間ならたくさんありますよ!」

 アストレアの中ではここで暮らすのが決定事項になってしまったようだった。

 ──まぁ、いいか。

 宿が危険なら、仕方ないと割り切って考えることにした。

 

 

「アストレア様?」

「はい、どうしました?」

 トリップ状態から持ち直したアストレアに話しかける。

「アストレア様の目標について、提案というかお願いがあります」

 ニコニコしていたアストレアの顔が引き締まった。

 エトは少し間をおいてから、告げた。

「アストレア様の話し振りや都市を見て思ったんですが、今の自分ではあなたの目標を達成することが難しい──いえ、無理です」

「……」

 何も答えないことから、アストレアもそう思っていたということがわかった。

「だから、時間をください」

 

「一年。一年でアストレア様の目標を叶えられる男になります。だから、それまで待っていてくれませんか?」

「──私もオラリオの住民も、待っています。だから、この都市を守ってあげられるくらい強くなってください、いえ──共に強くなりましょう」

「はい!」

 

 ■

 

「さて、今日はもう寝ましょうか」

「おやすみなさい、アストレア様」

「ん? どこに行くんですか?」

「壁に寄りかかって寝ようかと思ってたんですが?」

「え? 一緒に寝ても構いませんよ」

「ええ⁈」

 この後、アストレアに反論したものの、一緒に寝た。

 

 ■

 

 

「ここがダンジョンか」

 モンスターを警戒しながら、ついダンジョンに目を奪われてしまう。

 一階層からしばらくは普通の洞窟だとギルドのアドバイザー──オラリオで珍しい優しい人であった──から教えてもらった。

 教えてもらったのだが、やはり聞くのと見るのとでは全く違う。

 そんなことを考えていたら、モンスターに出くわした。

「ゴブリン。それも二匹か」

 オラリオの中と外とではモンスターの強さにかなり違いがあるらしいので、まずは一匹倒して様子見をしたかったところだったが、ゴブリンと目があってしまったので諦めた。

 エトはなんとも頼りない短剣を構えた。

 

 これは、ギルドに冒険者登録した時に貰ったものである。

 こんなものに命をかけるのはかなり不安なのだが、他に武器など持っていないし、買うお金もない。

 ついでに言うと、ダンジョンに入るというのに防具も着ていないし、朝ごはんも摂っていない。

 ダンジョンを馬鹿にしていると思われても仕方ないエトだったが、本人は至極真剣であった。

 

 ゴブリンは二匹とも、こちらの様子を立ち止まって伺っていた。

 なら、先制攻撃とばかりにエトは片方のゴブリンへと襲いかかった。

 

「──は!」

 エト自身意図せずして、口から声が出た。なんだかんだ緊張していたのかもしれない。

 その甲斐あってか、ゴブリンの胸を切り裂くことに成功した。そのゴブリンは地面に倒れ動かなくなった。

 エトの視線が倒れたゴブリンに向いているうちに隙をつくとばかりにもう一方のゴブリンが襲いかかってくる。

 ぎょっとして、一歩後ずさりしそうになるがゴブリン程度に怯えていられないと思い、退くことはなかった。

 

 ゴブリンは爪を使って攻撃をしてくる。しかし、《神の恩恵》を授かって身体能力が上がったおかげか少し速い程度でしかなかった。なので、軽々とまではいかないが、避けながら短剣をゴブリンの体に突き刺した。

 

「………………はぁ」

 しばらくしても動いてこなかったことで、ちゃんと殺せたと確信してようやく、一息つく。

 ダンジョン内での初めての戦闘ということもあり精神的に少し疲れたが、無事に終わってエトは一安心した。

 

 その後、ゴブリンから魔石を取り出し、探索に戻る。

 二回目からは初回の戦闘で慣れた……というよりは、程度を把握したことにより気負わずに戦闘に移ることができた。

 ゴブリン三匹、ゴブリン四匹、ゴブリン五匹。

 エトが遭遇した敵の詳細である。

 ──集団によく出くわすなぁ。

 一階層はそんなに群れで出くわさないという情報だったのだが、出くわしていることにエトは首を傾げながら、五匹目のゴブリンの魔石を抜いていると、背後からボコッという音が聞こえた。

 

 背後を振り向く前にエトはその場を横っ跳びする。

 エトがいた場所にはコボルトの爪跡が空を切っていた。

「こうやってモンスターが産まれるのか」

 壁の側にいるのも危ないかもな、なんてことを考えながらエトは単体で現れたコボルトをあっさりと倒した。

 

 その後もゴブリン六、ゴブリン五、壁からコボルト二、ゴブリン七、床からコボルト三。

 と、モンスターを倒していった。

 ダンジョンに詳しくないエトは自らの運の悪さに気づいていなかった。

 床からもモンスターって現れるんだくらいにしか彼は感じてはいない。

 

 時間にして未だ三時間程。じっくり一階層を歩き回りモンスターを倒していると、二階層への階段をエトは見つけた。

「ん〜、アドバイザーさんは一階層だけにしとけって言ってたっけな」

 進むか戻るか悩んでいると、エトの腹からグーという音が響いた。

 

「……帰るか……」

 

 強くはなりたいが、それで死んだら笑い話にもならないと思い、エトは上へと向かおうとした時、階段から足音が聞こえた。

 《ステイタス》によって鋭敏になっていた聴覚だから拾えたもので、距離はまだある。

 そして、異様な雰囲気を階段の方からも感じた。

 

 思考するまでもなく、エトは元来た道へと一歩踏み出して……止まった。

 ──本当に?

 アストレアに強くなると誓った。それなのに帰ってもいいのか。

 頭の中に自分だけど自分じゃない声が響いた様な気がした。

 

 ──体調が優れない。

 それがどうした。甘えるな。

 

 ──絶対に危ない。

 危険に身を晒さないと人は強くなれない。

 

 ぐるぐると思考が回り、エトは自らがどうしたかったのかを忘れる。

 そして、昨夜の言葉を思い出した。

 ──強くなってください。

 そうだ、自分は強くならないといけない。あの神のために、いやそれ以上に自分の心に嘘をつかないために。

 エトは階段の方へと自ら近づいていった。

 

 そこには、人……のようなものがいた。

 黒いペンキを被ったような真っ黒。エトの頭には『影』という言葉が過った。

 教えられたモンスターの外見に一致するものはない。低層のモンスターはざっくりと教えてもらっていたので、それより下なんだろうと推測する。

 ──だから?

 だからこそ、倒す価値があるのではないのか。

 平静を欠いたエトはそう思考した。……してしまった。

 

 エトは知らないがそのモンスターの名前は『ウォーシャドウ』。六階層に出現するモンスターであり、別名『新米殺し』と呼ばれていた。

 

 ■

 

 汗をかいた手のひらで、改めて短剣を握り返す。

 瞬間、ウォーシャドウが視界から消える。だが、直ぐに地面へと這い寄りながら、こちらへと近づいているのが見えた。

 だが、速い。

 ゴブリンの速度はなんだったのかと言いたいくらい、ウォーシャドウは速さが段違いであった。

 そして、長い腕の先の三つの鋭利な指で攻撃を仕掛けてくる。

 

 右手で攻撃してくるのを待っていた短剣でなんとか防いでいると、左手がエトを襲った。短剣は一本しか持っていない。

「い──っ‼︎」

 体を捻らせて回避しようとしたが、逃げた先を予測したのかナイフのような手がエトの肩を掠った。

 

 だが、痛みに呻いている場合ではなかった。

 集中していないと全く見えない腕が襲いかかってくるからだ。

 今度は左手から攻撃してくるのを短剣で防ぐと、瞬く間に右手が襲ってくる。片方の手だけでも、速さと力強さが自分と違いすぎるので両手など防ぎようがなかった。

 

 

 ──何度目だろうか。

 十、いや十五は同じようなことを繰り返していた。どちらかの手の攻撃を避けるとどちらかをくらう。

 幸いなことに、二撃目がくるとわかっているので一撃目を受け止めた瞬間無理やり地面を蹴って薄皮一枚当たるくらいの距離まで避難することで回避し続けていた。

 だが、相手もそこまで馬鹿ではないらしかった。

 どんどんと逃げる先を予測しているのか、二撃目が深く当たり始めたのだ。

 

 地面をゴロゴロと転がりながら回避しながら思う。

 ──次は無理だ。

 直感した。次、同じことをやったら体をバッサリと切り裂かれると。

 

 ──まだ、死ねない。

 あの女神(ひと)の顔が浮かんだ。

 あの女神の夢を思い出した。

 

「だから、死ねない──っ‼︎」

 ウォーシャドウの左手の一撃目を受け止めた。

 間髪入れず右手がやってくる。そこで、左手を抑えるために使っていた短剣を前に滑らせながら手放した。

 ウォーシャドウは押さえつけられていた左手が急に軽くなり体勢を崩す。

 体を崩したお陰か、エトの胴体を狙ったであろう一撃は左手を掠めるだけに終わる。

 ──ここしかない。

 ウォーシャドウは両手を振り切った後。エトに残されたチャンスはここしかなかった。

 こいつに倒れるように踏み込み、地面に向かって落下していた短剣を下から掬い上げるように掴みとり、胸に刺した。

 ゴブリンもコボルトも魔石は胸の近くにあった。そこからウォーシャドウも同じだと予測──願った。

 

 ──パキッ。

 

 ウォーシャドウの胸の中の魔石は砕け散り、体は灰へと果てた。

 

「はっ、はっ──」

 乱れた息が自らが生きているのを実感させてくれて、心底エトは安堵したのだった。

 

 

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