授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、それと同時に遠くから足音や明るい話声が聞こえだす。
今日はたまたまうちの学校が短縮授業だったということもあり、いつもより早く浦女に来て部室でAqoursの皆が来るのを待っているのだ。
目をつぶると少し開けておいた部室の扉から海からの心地よい風と、学校の周りの木々が揺れる音が入ってくるのを感じる。
町中の学校に通う僕にとっては、こんな自然に囲まれた学校に通うAqoursの皆が羨ましい。女子高でなかったら確実にここを選んでいたと言っていい。
すると、そんな木々の葉音をかき消すように、こちらに向かってくる元気な足音が聞こえてきた。
これほど元気な人物はAqoursの中で一人しかいない。
「今日もいっちばーん・・・あれっ!?玲士くん!?」
「残念でした」
部室に入ってきた千歌は、椅子に座った僕を見て驚いたような表情を見せる。小さなことではしゃぐ子供っぽいところは昔から変わっていない。
「あははっ、千歌ちゃん待ってよー!」
「こら千歌ちゃん曜ちゃん!廊下走っちゃダメでしょ!またダイヤさんに怒られるわよ」
千歌に続いて続いて曜ちゃんが、少し遅れて梨子ちゃんが部室にやってきた。
いつも思うがAqoursの中でも、この2年生の仲の良さは1番だと感じる。無論かな姉たち3年生や善子ちゃんたち1年生も互いに仲良しであることに間違いはないが、曜ちゃん、梨子ちゃん、それに千歌、この3人の仲の良さは別格だ。互いのことを何でも知り尽くしたような千歌と曜ちゃん。今年転入してきたばかりの梨子ちゃんも、まるで昔からの仲のように二人となじんでる。
「どうしたんだ千歌、そんなににやにやして。何かあったのか?」
「だって玲士くんが早く来てくれたんだもん、それだけで千歌は嬉しいよ!」
そう言って千歌はぴょんぴょんと小さく飛び跳ねる。普段はどうしても沼津の学校からここまで30分近くかかるので練習開始にはどうしても間に合わないのだ。
「まったく千歌は昔から単純なんだから・・・あれ?梨子ちゃん・・・髪留め変えた?」
よく見てみると梨子ちゃんのトレードマーク(と個人的に思ってる)後ろ髪を結んでバレッタものが、いつものピンク色のバレッタではなく、桜のあしらった物に代わっていた。
「えっ!?ちょっと変えてみたんだ・・・、でも、ちょっと派手すぎて私にはあってないみたいだから・・・」
「そんなことないよ!とっても梨子ちゃんに似合ってるよ!むしろいつもよりすっごく綺麗だよ!」
お世辞でもなんでもなく、綺麗な桜のバレッタは清楚な雰囲気の梨子ちゃんにとてもよく似合っている。例えるなら、薄いピンク色の花が咲き誇っている花畑の中に大きな赤い花が一輪咲いたようなものだ。
「はわわ!?き、きれい・・・、あの、その、あ、ありがとう!」
僕はただ褒めただけなのに、梨子ちゃんはなぜか慌てたような様子を見せて頭を下げる。梨子ちゃんは基本的にしっかりしている人物だが、たまにこういう僕には理解しがたい面を見せる。やっぱり女の子というのは謎の多いものだな。
「あはは、別にそんなに頭を下げなくっても・・・」
「むー!また千歌ちゃんと梨子ちゃんと3人で盛り上がって!曜ちゃんをのけ者にしないでほしいであります!」
横から少し頬を膨らませた曜が割って入ってきた。
「別にのけ者になんかしてないさ」
すると、曜が動くたびに清涼感のある匂いが鼻孔をくすぐる。
「そういえば、曜ちゃんシャンプー変えた?それとも洗剤?」
「えっ!?た、確かにシャンプー変えたけど・・・、は、恥ずかしいであります・・・」
途端に要は赤面してしまう。しまった、また変なこと言ってしまった。やっぱりだめだなぁ僕は。
「ごめん曜ちゃん!たまたま鼻に・・・」
「あっ、千歌知ってるよ、そういう人のこと『においふぇち』て言うんだよ」
「なっ、何を言うか、僕は断じてそんなんじゃないぞ!」
まったく千歌のやつ一体どこでそんな言葉覚えたんだ。確かに僕はハグした時にするかな姉の匂いや鞠莉姉からする外国の石鹸の匂いは好きだが案じてそんな人間ではない。絶対。多分。
「この前も『梨子ちゃんの部屋は良い匂いだった』って言ってたじゃん」
「れ、玲士君・・・」
「うぐぅ・・・」
「ほら千歌の言った通り」
自慢げに腕組みをする千歌。残念ながら僕が以前そう言ったのは事実だ。だって本当の事なんだもん。ミカンの匂いしかしない千歌の部屋に比べたら断然良い匂いだ。
「二人とも、騒がしいですわよ」
「こらこら千歌に玲士、どうしたの?」
「あらあら、今日も二人は元気ね♪」
ダイヤさんを先頭に3年生が入ってきた。早速僕は愛しのかな姉に千歌の暴言を訴え出ることにした。
「かな姉!だって千歌が!」
「果南ちゃん!玲士くんが!」
「はいはいそこまでそこまで。」
不敵にも千歌のやつもかな姉に訴え出るなんてことをしようとしたがかな姉に軽くあしらわれてしまった。無念。
「あ!玲士さん!」
「リトルデーモン、なぜこの時間に!?まさかあなた空間移動を!?」
「ただ学校が早く終わっただけずら」
次々とAqoursの皆がやってきて、さっきまで静かだった部室が途端に騒がしくなる。
普段は静かなところを好む僕だが、この騒がしさは好きだ。
性格も個性も点でバラバラな9人の女の子たちが一つの「輝き」を目指して一つになって活動している。
そんな中に僕みたいな普通の人間が関わらせてもらっているだけでもありがたい。みんなが輝くためにしっかりとサポートして、みんなの事を守らなきゃ、もう何度目かはわからないが、改めてそう心の中で誓った。
「さて、みんな揃ったことだし、練習はじめよっか」
「かな姉、その前に今度のライブの打ち合わせがあるでしょ。まだ曲も決めてないんだし」
「あのっ、そのことなんだけど、まだ作りかけなんだけどひとついい曲があって・・・聴いてもらえないかな?」
「なになに梨子ちゃん!早く聞かせて!」
こうして今日も僕とAqoursの日常が始まったのだった。
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「ねえねえ玲士、ちょっと聞いていーい?」
夕食の後、片づけを終えてダイビングの雑誌を読んでいると母さんが玲士に話しかけるのが聞こえた。
「何さ」
「玲士って気になってる子とか、いないの?」
予想外の質問に聞いているだけの私も少し驚いてしまう。聴かれた本人も同じだったらしく目を丸くしてきょとんとしている。
「ど、どうしたの急に、なんでそんなこと聞くの」
「だって、息子が女子高に出入りしていたら気にもなるわよ。それで、どうなの?」
「い、いないよ・・・」
「ほんと?Aqoursの中で誰かいないの?」
「ま、マネージャーとしてそんなこはできるわけないじゃないか」
玲士ってばほんとストイックだな。姉として頼もしく感じる。
「いったい誰に似たのかしらねぇ?うちの男にはそんな人いないはずなのに」
母さんが意味ありげにそう言うと、なぜか台所で皿を洗ってる父さんが気まずそうに顔をそむけた。昔何かあったのだろうか?
「ほらほら母さんその辺にしてあげて」
このまま慌てている玲士を見ているのもよかったが、さすがにかわいそうなので助け舟を出す。
「果南から見てどうなの?何か気になる様なことはないの?」
「そんなのないよ。玲士は鈍感だから、何かあっても気づきっこないって」
「か、かな姉、ひどいよ・・・」
「あはは、冗談冗談。そんな顔しないで」
ちょうどその時、お風呂が沸いたことを知らせる電子音が鳴り響いた。
「さ、先入るね」
そう言って玲士はそそくさと逃げ去るように部屋から出ていった。
実を言うと、玲士のことで気になることがないわけではない。
まず、明らかに千歌と曜は少なからず玲士に好意を持っている。普段の様子を見ていても明らかだ。無論のこと玲士は気づいていない。
ダイヤたちがどう思うかは別として、私はAqoursの活動に支障が出ないのならどういう関係であろうが問題はないと考えてる。
彼は人の気持ちの変化や、考えてることはすぐに気づくのに、それが自分に向けられるものとなると、どういうわけかたちまち鈍くなる。おまけに昔から純粋で一途だ。
この先そんな彼の特性が災いしなければいいのだが。
そう思いながら、私は彼が出ていったドアの方を一瞥し、再び雑誌に目を戻した。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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それではまた、次回。