「外に出たい」
「は?」
とある日の朝。教廷内のウルフェンの自室にて。
何故か目覚めたら部屋に居て、部屋の主よりも寛いでいる主人の言葉に、ウルフェンは思い切り怪訝な目を向けた。
「聞こえなかったの? 外に出たいって言ったのよ」
「いや聞こえてるが……その上で、は? って言ってるんだよ。藪から棒にどうした」
「暇なのよ」
吐き捨てるようにそう言って、スロカイはだらしなくゴロンと寝転がった。……ウルフェンのベッドに。
「おい、そこ俺のベッド……」
「あら、ダメだった?」
「ダメじゃないが」
「ならいいじゃない」
よくないんだよ、とウルフェンは心の中で毒づいた。
中身はかなりのわがまま娘とは言え、その外見は文句のつけようのないとんでもないレベルの美少女だ。加えて、少なからず憎からず思っている相手である。
そんな少女が、いつも自分が寝ているベッドに無造作に身を投げ出している……何とも妙な気分になると言うか、正直心臓に悪い。
「とにかく暇なの。暇で暇で仕方がないわ」
「わーかったから、足を開くな足を……見えるぞ」
ハッ、と鼻で笑われた。この野郎。
「つーか俺今忙しいんだけど。この書類見えねーの?」
げんなりした様子で零すウルフェンの手元には、大量の書類が山積みになっていた。
今日中に終わらせなければならない書類たちである。……尤も、事務仕事が面倒臭いからと貯め込んでいたウルフェンがそもそもの原因であるため、同情の余地はない。
「それはいつ頃終わるの?」
「あー……終わるかどうかすら怪しいな。正直気が滅入ってきた」
「なら、息抜きがてら一緒に行きましょう」
スロカイの言葉に、思わず目を瞬かせるウルフェン。
「俺も行くのか?」
「もちろん。お忍びの遊覧だけれど、護衛は必要でしょう?」
「初対面の時のあなたは何をしてらっしゃったんですかね、教皇様?」
「…………」
「こっち見ろよ」
よくよく考えれば、いくら機械神の加護があるとはいえ子供が一人で出歩くのはかなり危険なことだったと思う。それが彼女ほどの地位を持つ人間であれば尚更だ。
いや、どこぞの原理主義者なオバサンなら躊躇なくスロカイを送り出しそうだが。
「余の命令に逆らうと言うのか? ウルフェン」
「教皇の威厳の無駄遣い……」
呆れた視線を向けるウルフェンだが、彼の心はスロカイの誘いを受ける方向に大分傾き始めていた。
何と言っても、事務仕事が面倒臭い。だがここでスロカイの護衛として動けば合法的にサボれる。何せ教皇様直々の御指名なのだから、逆らう方が無礼というものだろう。
口うるさいマティルダも何も言えまい……嫉妬に狂った彼女とまた喧嘩になりそうな気はするが。
数秒逡巡して、結局ウルフェンはペンを置いて立ち上がった。
「教廷騎士ウルフェン=ノービス、教皇様の護衛、承りました。……これでいいか?」
「ええ、満点よウルフェン」
苦笑しながら上着を羽織るウルフェンだったが、スロカイの見せたどこか甘い笑みに体が固まった。
顔に上ってきた熱を隠すようにスロカイに背中を向けて、ややぎくしゃくとした動きで片付けを再開する。
「あ、あー、そういや、どこに行くんだ?」
「まだ決めてないわ。せっかくだから、どこか遠いところに行きたいわね」
「遠いところっつってもな……」
そもそも【機械教廷】という国家(と言っていいのかは分からないが)は、機械神と教皇であるスロカイへ奉仕することを目的に作られた宗教組織だ。
この地に住まう者たちの目的は、教皇庁で芸術的な機械を研究することにのみある。元々外部の俗世などに興味はない。
教廷側から外界へと積極的に接触したのは、かつての【浄化戦争】の時のみ。
つまり、この国には観光地と言えるようなものが全くと言っていいほどないのだ。
スロカイが聖殿を出るのは実に数カ月ぶりだ。国内の視察程度では彼女の無聊を慰めることは出来まい。
だからと言って国外へ出るとなれば、それはもはやウルフェン個人で処理できる範疇を超えている。ウェスパ辺りにも付いてきてほしいものだが……。
「もしこの件を秘密にしてくれるなら、【カリギュラ】に乗せてあげるわ」
「どこへなりともお連れいたします教皇陛下」
……実は数か月前の防衛戦でウルフェンが勝手に出撃して以来、スロカイの勅命によって【カリギュラ】は封印されてしまったのである。封印と言っても、ウルフェンが絶対に触れられないように徹底的に遠ざけたと言うだけだった。
時折【ブラッディウルフ】を拝借してウェスパとやり合うことでストレスを発散していたが、最近になってそれも追いつかなくなっていた。
スロカイのわがままを聞き入れるだけでこのもどかしさを解消できると言うのなら、マティルダからの説教など安いものだった。
「……そう言えば、ウルフェン。あなた最近、テクノアイズを訪ねたんですってね。何か用があったの?」
「ああ、リルルの奴に専用のバイクの発注を頼んでたんだよ。暇そうにしてたからダメ元で頼んでみたらあっさりオーケーされた」
リルルとは、【機械教廷】のBM開発を一手に担う技術者集団テクノアイズの一員の整備士である。
見た目の年齢は十歳前半の幼女にしか見えないが、本人曰く「スウィーツの食べ過ぎで成長が停止している」らしい。……らしい。
「バイク、ね……ウルフェン、私、乗ってみたいわ」
「は? 【カリギュラ】で行くんじゃなかったのか? ……途中で乗り換えるってことか?」
「ええ。【カリギュラ】であればバイクの一台程度なら載せて
「そりゃ行けるだろうが……まあ、いいか」
何であろうが【カリギュラ】に乗れると言うのなら、ウルフェンとしては全く問題ない。
とりあえず騒ぎにならないようにスロカイにお忍び用のマントを被せて、二人は連れ立って【カリギュラ】を預けてある格納庫へ向かった。
§
やや薄暗い奥行きのある空間に、直立不動で並び立つ数十機ものBMたち。
物言わぬ機械の巨人たちが整然と並びこちらを睥睨する様は、ある種の威圧感すら感じさせる。
普通の感性を持ち合わせる人間ならば、この空間に足を踏み入れた時点で尻込みしてしまいそうなものだが、今しがたここを訪ねてきた二人組にとってはむしろ慣れ親しんだ空気だった。
特にフードを目深に被った小柄な人影の方は、目に見えて体の力を抜いている。
数人の整備員たちが忙しなく動き回る中を闊歩する青年――ウルフェンは、現場を取り仕切っていると思しき男性に声をかけた。
「おーい、レインのおっちゃん」
「んん? おおっ、ノービス卿、お久しぶりですな! お元気そうで何よりでございます」
「元気って言っちゃぁ元気だよ……ストレスが溜まっちゃいるけどな」
「ははははっ! 申し訳ない、教皇陛下の勅令とあっては我々としても無視するわけにはいきませんからな!」
愉快そうに大笑いする大柄な男性の名は、レイン。
テクノアイズでこの格納庫の責任者を務め、さらにはスロカイから直々に【カリギュラ】の整備士に指名された、凄腕の整備士である。
明るく裏表のない性格と、長く【機械教廷】の発展に寄与してきたその実績から、教廷内でも彼に敬意を向ける人間は多い。
その2メートルに届こうかと言う大柄な肉体もさることながら、特に目につくのは、両肩から生えた機械の腕。
彼はその身をサイボーグ化する際に、作業の効率化を目的として二本の
最初は彼も苦労したらしいが、今では文字通り自分の体の一部として自由自在に動かしている。
「して、今日の訪問の用件は何ですかな? もしや、【カリギュラ】の件ですか?」
「ああ、そうだ」
「ムムム……他ならぬノービス卿の頼みとなれば叶えてやりたいのは山々なのですが……何分教皇陛下からの――」
「それについては問題ないぞ。ほれ」
器用に四本の腕を組んで唸るレインに、ウルフェンは後ろに控えて成り行きを見守っていた小柄な人影――スロカイの被っていたフードを一瞬だけ捲り上げた。
レインは格納庫の鈍色の光源に晒された、比べるもののない美貌と神秘的な緋蒼の瞳を目にして、腰が抜けんばかりに驚いた。
「きょ、きょきょきょ、きょうこ……――っ!?」
思わず大声を上げかけたレインだったが、再びフードを被り直したスロカイが唇に人差し指を当てたのを見て、何とか口を噤む。
「まあ、そう言うわけだおっちゃん。許可は取ってある。いいよな?」
「……そう言うことでしたら断れませんな。全く、最初から言ってくだされば……」
「面白くないだろそんなの」
「この老骨めには些か笑えない冗談ですなぁ……」
ぶつくさ言いながらも、「こちらです」と先導するレインに従って二人も歩き始める。
先程のやりとりを見ていたのか、機体の整備をしていた数人が二人に向かって礼を取ろうとして、機材を取り落として慌てる、と言った風景がそこら中で見られた。
レインに一喝されて全員作業に戻ったが、やはり動揺は色濃く残っているようで、明らかにぎくしゃくとした雰囲気だ。
「あー……やっぱスロ、教皇様は連れてこない方が良かったか?」
「ははは、まあ少し控えてほしかったと言う気持ちはありますが……と言うか、教皇陛下とそんな風に接することが出来るのはノービス卿ぐらいですからなぁ」
はっはっは、と大笑いするレインに閉口するウルフェン。
背中でクスクスと笑うスロカイにツッコミたくなったが、流石に人前でするわけにもいかないので耐える。
多大な精神的疲労を負いながら向かった先は、格納庫の外に設置された滑走路。
その中心に三人が歩み寄り、そばのコンソールにレインが何らかのコードを打ち込むと、滑走路の地面の一部が円形に落ち込み、中から大きなリフトがせり出してきた。
そのリフトに乗せられているのは、翼を広げた、蒼穹を纏う一機の
その戦闘機の姿を見て、ウルフェンは分かりやすく高揚した。
「お、おぉ……っ、数か月振りの【カリギュラ】……!」
スロカイをおいてけぼりにして戦闘機――高機動モードの【カリギュラ】に駆け寄ったウルフェンは、そのままひしっと抱きついた。
そう、スロカイが設計を主導した高速機動特化BM【カリギュラ】は、【機械教廷】に籍を置く機体の中でも唯一の、
そのまま離れる様子のないウルフェンに、レインはそっと溜め息を零した。
「いやはや……重症ですなぁ」
「あれでこそ、余の臣下であろう」
独りごとに答えが返ってくるとは思わず目を瞬かせるレインだったが、スロカイはそんなレインに見向きもせずにウルフェンと【カリギュラ】に向かって歩き出していた。
「ウルフェン、久方ぶりの再会に舞い上がるのもいいが、余の命を忘れてはおるまいな?」
「へ? ……あー、ええ、もちろんですとも。お忍びの外出ですよね、今準備しますので……」
スロカイの言葉に気まずげにしたウルフェンは、いそいそと【カリギュラ】のボディを駆け上がって、機体上部に位置するコックピットに飛び込んだ。
各種機器をいじって機体の確認をしながら、ふとウルフェンは自室でのやり取りを思い出してレインに声をかけた。
「おっちゃん! 俺のバイクってここにあるよな?」
「リルル嬢が送ってきたものですかな? ええ、ありますよ。加えて言うなら、【カリギュラ】を動かすと聞いた時点で積み込ませております」
「……流石、仕事の早い」
「お褒めに預かり光栄ですな! はっはっは!」
何も言わずとも完璧以上に仕事をこなす凄腕の整備士を称賛している内に、機体のチェックは全て完了した。
ウルフェンは満足げに息を吐いて、下でウルフェンを待つスロカイに呼びかけた。
「終わりましたよ、教皇陛下。俺が抱き上げて乗せますか?」
「その必要はない」
フッ、と笑みを零して、スロカイが滑走路に備え付けられた物資運搬用のクレーンへ視線を向ければ、独りでにそのクレーンが動き出し、スロカイの足元にそっとその手を横たえる。
仮初めの命を与えられ教皇スロカイの僕と化したクレーンは、スロカイが自らの上に足を乗せたことを確認すると、恭しく【カリギュラ】のコックピットへと導いた。
悠々とコックピットの後部座席に飛び乗ったスロカイに、ウルフェンは思わず苦笑を零した。
「……相変わらずやることが派手だな」
「出来ることをやっただけよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「へいへい。……それじゃ、出発しようか」
「ええ」
短いやり取りを終えると、ウルフェンは操縦桿を握り締め、スロカイはシートに深く背中を預ける。
コックピットのハッチを閉じ、エンジンを点火。キィィィィン、と甲高い吸気音が鳴り響く。
待機していたレインにハンドサインを送って、ウルフェンは一気にアクセルを踏み込み――直後、【カリギュラ】の機体は爆発的な加速を見せて、蒼穹へと溶けて行った。
§
教皇庁の滑走路から飛び立って約十分後。
二人を乗せた【カリギュラ】は、高度約2000メートル辺りを緩やかな速度で飛行していた。
コックピットの窓から下へ目を向ければ、一面に広がる切り立った山脈の姿。
今の季節は春。芽吹きを迎えた植物たちは山々に彩りを与えて、冬眠から目覚めた動物たちが活発的に動き回り、生命の輝きに満ちている。
特に目的地を定めるでもなくふらふらと遊覧しているわけだが……そう言えば、結局どこに行くのかを聞いていなかった。
「なあ、スロカイ。結局どこに――」
振り返って問いを投げかけようとしたが、ハッチの外を見つめるスロカイの顔を見て思わず口を噤んだ。
いつもは悠然とした笑みを浮かべている彼女の横顔は、今はまるで……そう、年相応の少女のように輝いていた。
蒼緋の瞳は忙しなく動き回り、移り変わる景色に感嘆の吐息を零し、鳥たちが視界を横切る度に肩を跳ねさせる。
ずっと狭い教廷の中に居た彼女にとっては、こんな風景ですら馴染みのないものなのだろう。
仕方ねぇなぁ、と苦笑を零したウルフェンは、そのまま操縦桿を倒して旋回、Uターンした。
「……ウルフェン?」
「俺も【カリギュラ】に乗って飛ぶのは久しぶりだからな。このまま二、三周くらいしてもいいか?」
振り返らずに答えたウルフェンの真意に思い当たったのだろう。スロカイはくすりと笑みを零して、しかし指摘することはせずに、
「ええ、いいわよ。どうせなら十周ぐらいしてもね」
「……了解」
§
結局二人が空中遊覧に飽きて【カリギュラ】を降りたのは、優に一時間は飛んでからだった。
上空から適当に目星をつけた港町に向かうことになったのだが、流石に【カリギュラ】に搭乗したまま向かうわけにもいかない。
何せこれから向かうのは、数か月前にあれだけ激しく争ったライン連邦の町なのである。そんなところに教廷のBMに乗った人間が行けばどうなるか、考えたくもない。
なので、町から十分に距離を取った場所に【カリギュラ】を隠して、そこからはウルフェンのバイクで向かうことになった。
ここは丘陵地帯のようで地面の凹凸がかなり激しく、隠し場所には困らなかった。
【カリギュラ】を隠した場所から町まで5キロ以上はあるのだが、機械神の加護を持つスロカイとサイボーグであるウルフェンならば何の問題もない。
そして今は、町へ向かうためのバイクを準備している最中だった。
「よいしょっ、と」
「これが、リルルに頼んでいたと言うバイク?」
「ああ。……正直、何か変な機能を付けられたんじゃないかと心配してたんだが」
どうやら疑い過ぎだったようで、少なくとも表面上は普通の大型バイクそのものだった。
カラーリングはやはり青。シート下のトランクと二対になったマフラーがやたらと大きいのが少し気にならなくもないが、バイクとしての性能は十分以上である。
「洗練されている。純粋に『速く走る』ことにのみ意識が向けられている。あなたに合った、いい機械ね。……ん?」
「どうした?」
「いえ、何でもないわ」
バイクに手を置いて何かを確認していたスロカイが、こちらに面白がるような視線を向けてきた。……凄まじく不安になる挙動である。一体何に気付いたと言うのか。
問い質したくなる気分をぐっと堪えて、一緒に持ってきていたヘルメットを被る。スロカイにももう一つのヘルメットを勧めたが拒否された。……危ないぞ?
「早く行きましょう。上で時間を使い過ぎたわ」
「ほいほいっと」
こちらの気遣いをなかったことしてくれている発言に笑みを零しながら、ウルフェンはバイクにまたがり、キーを差し込んだ。
このバイクのシートはかなり広く作られているので二人乗りもわけはない。ウルフェンに続いて、スロカイも乗り込んで……ギュッと、ウルフェンの背中に抱きついてきた。
背中を包み込む柔らかい感触に、思わず硬直するウルフェン。
「ウルフェン? どうかしたの?」
「いや……そんなに抱きつく必要があるか?」
「体勢を固定しないと危ないでしょう」
「…………」
危ないと言うのならヘルメットをつけてくれ、と言いたくなったが、これ以上言い募ると藪蛇になりそうな気がしたのでそっと口を噤む。
あまり意識していると思われたくないし、俺が我慢するしかないか、とウルフェンは覚悟を決めた。……背中に感じる二つの山の感触に揺らぎまくりだったが。
ヘルメットを着けていることに改めて感謝した瞬間だった。
「あー……じゃあ、出発するか」
「ええ」
クラッチを切ってギヤを切り替え、アクセルを回し、発進。
最初はスロカイを気遣ってやや低速で走っていたが、本人の希望もあって、すぐにほとんど最高速度になっていた。
リルルの設計したこのバイクの最高速度は、時速400キロ。普通なら制御しきれずに即クラッシュするところだが、ウルフェンにはあらゆる機械を十全に扱えると言う機械神からの加護がある。
粉塵を巻き上げながら、猛スピードで目的地へとひた走る。
全身を叩く風圧が心地いい。果たしてスロカイは大丈夫なのかと心配になるが、本人は至って普通に話しかけたりしているので問題はなさそうだ。もちろん気は抜かないようにしているが。
十分ほどそのまま走らせていると、
「……ん? あれは……戦車か?」
100メートルほど先に数十台の戦車が一列になって行進しているのが見えた。
遠目からでも分かるほど規格はバラバラ、特にエンブレムも入っている様子はなく、速度も列も乱れまくり……全身を使って「私たちはならず者です」と主張している。
察するに、あれは盗賊団なのだろう。戦車の台数からしてそれなりの規模ではあるらしい。
盛大に粉塵を巻き上げながら進むその盗賊団の存在に、スロカイも気付いたらしい。
「あれは……盗賊団かしら?」
「みたいだな。どうやら一仕事終えた後らしい」
「……どうするの?」
「どうもしねーよ。俺らは観光に来ただけだからな。奴らを取り締まるのはこの国の連中の仕事だ……って、おい?」
わざわざ自分から面倒事に首を突っ込む必要もない、と続けようとしたのウルフェンだったが、いきなりスロカイにヘルメットを剥ぎ取られた。
更に言えば、何故かバイクの操作が利かなくなった。ウルフェンがどれだけブレーキをかけようと止まらず……独りでに、盗賊団の方へ……。
「おい、これお前の仕業だな!?」
あらゆる機械に命を与え、己が従僕として従える力、スロカイのみが持つ機械神の加護、【
こんなことが出来るのはスロカイをおいて他にない。……犯人が分かっても、その意図は全く分からないのだが。
どうにかスロカイを止めようとしている内に、盗賊団との距離は徐々に徐々に近付いていく。50メートル、40メートル、30メートル……。
「何やってんだスロカイ、ちょっ、止めろ! ここまで近づけば流石に見つk」
「えい」
「ホントに何してんのお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」
何と我らが教皇陛下は、盗賊団の戦車の内の一台に向けて、ウルフェンの多機能ヘルメットを砲弾か何かのように撃ち出したのだ。
ボゴォォンッ!! という轟音が響く。
ただのヘルメットとはいえ鉄の塊。それこそ砲弾のような速度で打ち出されたヘルメットは戦車の側面にぶち当たり、大きな凹みを残して四散した。
ただでさえ急接近してくるバイクに不審感を抱いていた盗賊団は、これによってついにウルフェン達を明確に敵と定めてしまった。
優に二十台以上はあろう戦車が一斉に旋回を始め、放蕩がウルフェン達の方向に向けられて……そのタイミングで、バイクの操縦がウルフェンへと返還された。
倒れこみそうになるバイクを必死で御しながら、ウルフェンは腹の底から叫んだ。
「スロカイお前ぇぇっ!! 一体何してくれやがんだぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
「だってこのまま見逃すなんてつまらないじゃない」
「遊びで盗賊に喧嘩売ってんじゃねぇよ!! どうすんだよ完全にロックオンされてんじゃねーか!!」
「頑張ってね、ウルフェン♪」
「ふざけんな畜生っっっ!!!!」
最高速度で戦車たちから逃げようとするも、盗賊団の動きは意外と速かった。瞬時に方向転換を済ませ、一斉にウルフェン達目掛けて戦車を走らせている。
バイクの小柄さを生かして振り切ろうにも、散発的に打ち込まれる砲弾が地面で弾けて真っ直ぐ進むことすらままならない。直撃を避けても衝撃はと粉塵でバランスを崩されるのだ。
何故俺がこんな目に、と理不尽を呪いつつも機械神の加護を最大限に活用して、神懸かり的なテクニックで盗賊団から逃げる。逃げる。逃げる。
「大変なことになったわね」
「誰のせいだと思ってんの……っ!?」
呑気に呟くスロカイに、教廷騎士としてあるまじきことながら、一瞬本気で拳骨を落としたくなった。と言うかこれは一発殴っても許される案件だと思う。
ようやく状態が安定し、少し余裕が出てきたところで、徐にスロカイが質問を投げかけてきた。
「ところでウルフェン、気になっていたのだけれど……グリップのところにあるその赤いボタンは何かしら?」
「この状況で質問してくるとか正気かよお前……俺もよく知らんが、リルルからは非常事態に押したら役に立つって言われた」
「へぇ……」
「まあ言い方が怪し過ぎたから、絶対に押さないようにしてるんだが……っておい、スロカイ? 待て、押すなよ? 絶対に押すなよ?」
「えい」
「押すなって言っただろうがぁぁぁぁぁっ!!」
ウルフェンの必死の制止も虚しく、横から伸びてきた細い指がボタンを深く押し込んでしまった。
怖い。非常に怖い。流石に今より状況が悪くなることはないだろう、と楽観視が1ミリも出来ない辺りが大変に怖い……!
戦々恐々と、何があってもいいように身構えていると……突如、シート下の
「………………は?」
正しく言えば、吹っ飛んだのはトランクの外装であって、トランクそのものではない。そして問題なのも、吹っ飛んだ外装ではなく、その下から出てきたものだった。
そこにあったのは、明らかにバイクに乗せるには不釣り合いなほどに巨大な…………
ウルフェンが何もしていないにも拘らず、その巨大なエンジンは独りでに点火して……ドッドッドッドッ、と何とも不安になる嘶きを発して……
「おい何だこれ流石にヤバいんじゃああぁあぉおぁぁあぉあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?!?!?」
信じられないことと言うのは連続するものなようで。
普通に排気ガスを吐いていたはずのマフラーがの内の一対が、
ジェット噴射である。
一体何を考えていたのかはさっぱり分からないが、製作者は何故かバイクにジェット噴射を取り付けていたのである。
「ああんのクソマッドスウィーツロリがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ウルフェン=ノービス、魂の叫び。
これまでのそれとは比にもならない、言葉通り爆発的な加速に吹き飛びそうになるが、やはりここで機械神の加護が発動して、奇跡的なバランスで体勢を保っていた。今日は機械神も加護を大盤振る舞いしてくれているらしい。
流石のスロカイもこれには悲鳴を上げて……悲鳴は悲鳴でも黄色かった。余裕らしい。
あまりの出来事に盗賊たちも度肝を抜かれたのか、一瞬動きが止まり……彼らが呆然と見つめる中で、青年の絶叫と爆炎を残して、二人は彼方へ消え去って行った。
§
その後の顛末を書き表せば、盗賊から逃れたウルフェンは何とかバイクを御して【カリギュラ】を隠していた場所まで戻り、【カリギュラ】に再搭乗。八つ当たりも兼ねて盗賊団を壊滅させた。
ちなみに全ての発端であるスロカイには、デコピンした。デコピンした。少し赤くなっていたが、これくらいは許容範囲だろう。
すったもんだの末に、漸く二人は目的地である港町に足を踏み入れたのだった。