猛将、多聞丸が鎮守府に着任するようです   作:朝比奈 麒麟

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龍は沈み、猛将は逝く

1942年6月5日、午後11時50分

日本から遥か遠く離れた異国の海上にて

燃え盛り左舷に傾いた空母が1隻、どうにか沈まずにその場に浮いていた。

 

「諸君は最後まで実によく職務を全うしてくれた。深く礼を言う。だが、諸君の決死の努力にも関わらず、見ての通り本艦は力尽きた。陛下の艦を沈めなくてはならないことは誠に遺憾の極みである。どうか、皆でこの仇を討ってほしい」

 

本艦の艦長、“加来 止男”が重たい口を開き、涙声で告げる。

傾く甲板に集合した総員、士官、下士官他生き残ったパイロット合わせて1000人以上が沈みゆく艦に涙を流す。

 

「諸君、最後までよく戦ってくれた。心から感謝する。諸君のことは決して忘れない。今生の別れに、皆とともに宮城を遥拝して、万歳三唱をしたい」

 

たとえこんな時であろうと天空の月はいつもと変わらず煌々と光を放っている。

その月を静かに見上げていた男、第二航空戦隊司令官“山口 多聞”が静かに口を開いた。

その言葉にうなだれていた乗員が背筋を伸ばし、顔を上げる。

 

「.........天皇陛下...万歳!!」

 

山口が両手を高く上げ声を上げる。

少しの間があって、それに釣られるように乗員達が手を高々とあげ、腹の底から悲壮なまでの叫びがあがる。

 

「万歳...万歳...万歳っ...!!!」

 

最後は皆が嗚咽して声にならなかった。

時計の針は午前0時10分を示している。日本では深夜だが、この海域ではあと1時間もすれば、東の空が白んでくる。

 

「軍艦旗、将旗を撤収」

 

ラッパ手が「君が代」を奏で、哀調溢れる音が艦上に流れる。

傷ついた軍艦旗と将旗がマストから降ろされ、丁寧に折り畳まれた。

 

「総員退去を命ずる!」

 

午前0時15分、加来艦長により退艦命令が下る。

しかし、誰一人すぐには動こうとしない。

急かすように退艦を告げるラッパの音が響き渡るだけだった。

 

 

 

退艦命令が下り乗員の殆どが「巻雲」「風雲」に乗り移ったのは、午後1時半頃だった。

甲板の上には山口、加来、他幕僚と各科分隊長ぐらいとなった。

 

「ほら、君達も早く退艦しなさい。いつ敵機が来るかわからんからな」

 

山口が退艦を促すが、誰一人として頷きはしなかった。

 

「お願いです。司令官、先に行ってください!!」

 

副長、参謀や幕僚らが悲痛な声をあげる。

 

「馬鹿を言うな。司令官は部下を見届けねばならん。司令官が先にノコノコと退艦などしたら末代までの恥だ。君たちが先だ」

 

だが、山口は頑なとして聞き入れなかった。

皆気づいてはいた。あぁ、司令官も艦長も『共に』沈むつもりなのだと。

 

「...っ!な、南雲司令官は赤城を去り、早々に長良に移ったと聞いております!!司令官も、お願いですから退艦してください!」

 

参謀の伊藤清六が声を荒らげ叫ぶ。

船は造れるが、人は創れない。山口も理屈では分かっている。

艦と運命をともにするなど、英国の提督の先例に倣った悪弊と唱える者すらいる。

 

「...私は残って艦の最期を見届けますが、司令官は日本海軍の宝。再起をはかり、いずれ連合艦隊司令長官となりこの仇を討ってください」

 

加来艦長が向き直り口を開き、静かに告げる。

『生きてください』と。

山口もその気持ちは十二分に理解出来た。けれど、頷くことは出来なかった。

 

「加来君、君が司令官だったら、ここを去るかね?」

 

優しく言うと、加来は押し黙った。幕僚らは粛然となった。

最早、誰も2人を動かせないことを悟った。

 

1人、また1人と手を差し出し2人に近づく。

山口は淡々とした表情で、まるで「また明日、会おう」とでも言いたげな温顔で手を握り返す。

 

「司令官、何か遺品をいただけませんか?」

「遺品?そうだな......あぁこれがいい」

 

最後の一人である伊藤参謀が思いがけないことを口にする。

一瞬何かを思い出したような表情をした。

“武士が自刃する時、被っていた兜を脱ぐ”

 

顎紐を解き、被っていた戦闘帽を手渡す。

 

「君の、手拭をくれないか?」

 

戦闘帽を手渡す代わりに山口は伊藤が差し出した手拭を受け取った。

 

「全員収容したら、飛龍を沈めるように。敵の手に渡してはならなん。いいな、コレだけはしっかりと守って欲しい」

「分かりました」

 

最後に固い握手を交わすと静かに告げた。

静かに頷き、敬礼をして伊藤は退艦していった。

 

 

 

 

「いよいよだな」

 

艦橋の中にいた山口と加来は雷撃により浮あがる船体の動きを全身で感じていた。

2人はポケットウイスキーを呑みながら、語り明かしていた。

これまでの事、これからの事。未来の日ノ本の事。

途中、甲板が賑やかになり、そっと窺うと戦死したと思われた機関科の乗員達が居る。

 

「どうしましょうか?」

 

静かに加来が尋ねる『出るべきか』と

 

「いや、そっとしておこう。艦長だけでなく司令官までも残っているとわかったら、彼らも艦と運命を共にするだろう。彼らには前途がある。何人助かるかわからないが、私達に付き合わせる必要は無い。それに、声をかけたら幽霊と思われる」

「ははは、確かにそれもそうですな」

 

恐らく最後の笑いを2人で交わす。

甲板にいた乗員もまもなくいなくなった。大方、内火艇で脱出するために後部短艇甲板に急いだのだろう。

加来は山口と固い握手を交わすと、焼けただれた司令官室から出て、艦長の自室に消えていった。

 

 

艦尾はますます高くなり、床を物が転げ落ちてゆく。

ロープでしっかり自分と柱を結びつける。

これで、死んだ後海面に浮かび米軍に回収されるなんて恥を晒すことにはない。

艦長室から乾いた銃声が聞こえた。

 

「さらばだ、加来君」

 

両手でボタンを外し、内ポケットに指を突っ込み、数枚の写真を取り出す。

これまで死を覚悟した時、いつも心を落ち着かせてくれた家族の写真だった。

先妻の敏子が涼しい顔で見つめている。

新婚当時の思い出が浮かんでは消えてとよみがえり、先立たれた日のことが思い出された。

後妻の孝子と撮った写真を見つめる。

愚痴1つこぼさず先妻が遺した子供を立派に育ててくれた。感謝してもしきれない。せめてこの口で、『ありがとう』と伝えたかった。

 

最後の写真は4月26日に家族全員で撮った写真だった。

孝子、長女の弘子、長男の義方に次男の常武、そしてちょっぴり緊張した顔で見つめている三男の宗敏。

大切な記憶が走馬灯となって過ぎる。

ふたたび胸ポケットの中に入れ、ボタンをしっかりとかけなおす。

 

「みんな、元気でな。これまでありがとう。俺ぁ、幸せな人間だった」

 

感謝と別れの言葉を告げ、瞑目する。

『飛龍』は海底に住まう“海神”に引き込まれるかのように艦首から沈んでゆく。

山口は右手に持った拳銃をこめかみに押し当てた。

 

 

 

 

 

 

「......ここは?地獄...か?」

 

死んだはずの山口は、薄暗い通路のようなところに立っていた。

周りは無数の扉らしきものが並び、真正面には眼鏡をかけた西洋人の男が1人、机に向かって

こちらを見つめ書類を広げている。

 

「......次」

 

「次...?なんだ...これ...はっ...」

 

もう一度男がこちらを一瞥した後、静かにペンを走らせる。

その刹那、山口の体が隣の扉に溶けるかのように吸い込まれ消えてゆく。

 

「...次」

 

もうそこには山口の姿はなかった。

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