2019年6月7日
ミッドウェーから遠く離れた島の砂浜に、山口は横たわっていた。
「ここは...地獄じゃあ無さそうだな。かと言って天国ってわけでも、ない」
遠くに軍港らしき施設が見えるが、艦艇は停泊していない。代わりに黒煙が上がっているのが見える。
あとは眼前に広がる海原ぐらいだろうか。
「...行くしかないか」
現状他に選択肢があるとは思えず、渋々立ち上がり歩き出す。
「どこも濡れちゃいない...乾いたにしちゃあ、潮の匂いがしない」
流されたのなら衣服に潮の匂いがするはず。
そう思い袖に鼻を近づけるが、匂いはなく。他に何か大きな変化がないかポケットの中を確認する。
「こりゃあ...なんだ?」
これと言って目新しいものはなかったが、内ポケットに指を突っ込むと写真だけではなくやけにしっかりと封をされた封筒が出てくる。
「手紙...いや、書類か」
「逃げろ!!!」
山口が封を開け中を確認していると、聞きなれた轟音と共に少女の叫び声が聞こえてきた。
「なんだっ...!?」
驚き体を動かすより先に、突如現れた何かに突き飛ばされると同時に今しがた突っ立っていた場所が吹き飛び、砂煙が上がる。
「いっ...つつ...大丈夫か?それより、何故ここに人が」
長身黒髪の少女が背負った異形な何かから煙を上げながらも、山口に手を差し伸べ立ち上がらせる。
「何が...起きてるんだ?」
「長門!!大丈夫!?」
ついさっきまで静か出会ったはずの海上は跡形もなく。
在るのは海上に浮かぶ鉄を背負った少女と不気味なバケモノだった。
「陸奥か、あぁ。問題ないかすり傷だ。それより、彼をどうにかせねばな」
「軍装してるけど...もしかして新しい提督?」
山口が現状理解をするのに苦労しているにも関わらず、突如現れた『長門』と呼ばれた少女と『陸奥』と呼ばれた少女は勝手に話を進めていく。
「まてまて、こりゃあどういうこった」
「すまないが説明していられる時間はない。貴方が軍人ならわかるはずだ。陸奥、私はヤツを沈めてくる」
それだけ言うと長門は振り向き足早に海上へと向かっていく。
「ごめんなさいね、悪気はないの。ただ状況が状況だから…とにかくここは危ないわ。走ってあそこまで逃げてちょうだい」
「色々聞きたいが…後にすべきだなぁこりゃ。あぁわかった。武運を」
武蔵が指した方向は山口が目指していた場所。つまり、軍港を指していた。
山口自身色々聞きたいことがあった。特にここがどこなのか。そして何故彼女、長門が海上に浮いているのか。その背あるモノはいったい何なのか。
だが、そんなことを悠長に聞いていられるはずがないのは、長門やほかの少女達が戦っているえもいわれぬナニかが目に入った時点で十二分に理解できてしまった。
立ち上がり武蔵に敬礼すると、ここから軍港までの距離を測る。
ざっと2.3㎞。中々に長い。だが、問題ではない。
海上に浮かぶ少女とバケモノを残し、走り出した。
『長門、聞こえてる?彼なら泊地に向かわせたわ』
『すまない、助かった。敵戦力は?』
山口が軍港に向かったのを見送った後、武蔵は無線を使い長門に連絡を取っていた。
『飛龍及び加賀の放った偵察機の情報によると戦艦6、うち一体は今倒したところね。だから残りは戦艦5、重巡3、駆逐12。らしいわ』
『…空母は相変わらずなしか。遊ばれているな』
陸奥が長門のもとに着くのと、長門が敵戦艦タ級を沈めるのはほぼ同時だった。
二人の上空を加賀の艦上偵察機が弧を描いて飛んでいる。
「…迎撃の方は?」
「問題ないわ。こっちは私と長門を抜いて戦艦8、正規・装甲・軽空母合わせて14。艦載機は600弱、軽・重巡合わせて20、駆逐30。他泊地、鎮守府から集められた精鋭たちよ?」
「そうだな。だが、もう既に返すべき場所も海もない」
ここから10㎞ほど離れた海上に火の手が上がる。
二人で無線をつけると即座に情報が流れてくる。
空母機動部隊による急降下爆撃により敵戦艦2隻大破炎上。他3隻は中破。
また、戦艦・重巡計10隻の砲雷撃戦により、敵重巡2隻及び、駆逐5隻轟沈。
我艦隊の損傷は皆無。未帰還機もなし。敵艦隊は撤退する模様、みすみす逃すのは今後の憂いになりかねない。追撃の要あり。
「だそうよ?どうする」
「…近々、敵拠点であるミッドウェーを叩き奪還する。その前に弾薬、燃料の消費はできるだけ避けたい。それに、追撃した先が敵の罠だったら…そう考えただけでも悪寒がする」
「確かに。じゃあ追撃はなしで。それと、さっきの提督無事にたどり着けたかしら」
「…あの人なら大丈夫だろう。こんなので死ぬような弱い人間じゃない」
「知り合いなの?」
「いや、私の知り合いではない。ただ、とても懐かしい気がする...とにかく、撤退する敵艦は帰らせろ。私達も帰投するぞ」
それだけ呟くと長門は軍港に向かい速度を上げ始めた。