ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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オールドフィールド

三連休を終えた最初の登校日、今にも死にそうな顔で億泰先輩がやってきた。

 

「どうしたんですか?」

 

「聞いてくれよォ......俺、ホームレスになるかもしれねえ......」

 

おいおいと泣き始めた億泰先輩は鼻水と涙をダラダラ流しながら震え声で話し始める。

 

「実はよォ......俺ん家が......俺んちが、売れちまうかもしれねえんだ、」

 

僕はギョッとした。

 

「売れるって、あの家がですか?」

 

億泰先輩は頷いた。思わず2度見する。あのお化け屋敷が売れるだって?そんな馬鹿な。

 

「広い庭がいいんだってよ......」

 

世界は広い。あんな荒れ放題の広いだけの庭がいいだなんて。物好きにも程がある。

 

「もし売れちまったら俺どうすりゃいいんだよ......」

 

「それはお気の毒に」

 

「ジョルノ冷たくねーかあ?」

 

「なんていえばいいのかわからない」

 

億泰先輩のおさまらない嘆きに仗助先輩たちがなんだなんだとよってきた。そして笑いが広がる。

 

億泰先輩の家が売られるかもしれない。とんでもないニュースだ。形兆先輩が事故死したことになっている事故物件なのに、億泰先輩が住んでいるため報告義務がないらしい。

 

億泰先輩曰く、不動産屋が教えてくれた次の住人候補は未亡人の女性。家庭菜園のスペースが足りなくなり、自分の力で快適な空間を手に入れたいとのこと。海外で有名な人らしい。

 

「庭だけでも買わせていただけないかしら」

 

訪ねてきた女性に億泰先輩は思わず目が点になったらしい。

 

「ワタクシが気に入ったのは、この広い庭なの。お仕事のない日の息抜きに自然を相手するのがいいと思って、気づけばもう20年になるのね。今の家の庭はもういっぱいになってしまって、困っているのよ」

 

「は、はあ......」

 

億泰先輩がいうには森野と名乗った彼女が今住んでいるのはアリスの住んでいた邸宅だというではないか。

 

「あんなに広い庭がもういっぱいになるとか相当好きなんですね、園芸」

 

僕は最近綺麗になったと評判の事故物件を思い出す。

 

「なんでもよぉ、この街を花だらけにする活動をしてるらしいぜ」

 

「ああ、通学路によく咲いてる話とか?」

 

「あー、今の時期綺麗だよね」

 

「幼稚園や小学生たちとよくやってますね、イベント」

 

なるほど、事故物件にすでに住んでいるならば問題ないだろうか。

 

「だーかーらー!どうにかしてくれよ!」

 

「庭だけでもって話なんでしょう?なら問題ないのでは?」

 

「そうだぜ、億泰」

 

「不動産屋のジジイ、家ごと買わせようとしてんだよ!出てけってこないだから圧力すげえんだって!」

 

「億泰くん不法侵入だもんね」

 

「元々は俺んちだ!」

 

ぎゃいぎゃい騒いでいるとチャイムがなる。慌てて僕たちは校門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

放課後億泰先輩たちに会いに行こうとしていた僕は、校門前で彼と出会った。

 

「手伝ってくれないか、ジョルノ」

 

「アンタから相談なんて珍しい」

 

「そういう時もたまにはある」

 

「......見せてもらっても?」

 

文房具屋にある合成布の手帳だ。

 

「......?」

 

「こいつの持ち主を探してほしい」

 

「どうしてか聞いても?警察に届けるべきでは?」

 

「それじゃ遅いからだ」

 

「?」

 

「明日までに探さないと双葉千帆が死ぬ」

 

僕は目を丸くした。

 

「意外か?」

 

「正直にいえば」

 

「僕の目的のためにも双葉千帆にはまだ死なれちゃ困るんだ。断じて色恋沙汰じゃない」

 

「言われなくてもわかってますよ、アンタが向ける目はそんな生半可なものじゃないことくらい」

 

彼は静かに笑った。

 

そこには半年前から話題の行方不明事件の首謀者しか知りえない情報が沢山載っていた。犬、猫、そして鳥、外に飼われているペット、あるいは地域猫が行方不明になっている。連れ去りもつもり積もれば凶悪事件の兆候だと誰もが経験則で知っている。みんなピリピリしていた。

 

普通の日記でありながら連れ去り、誘拐、そして生き埋めにするまでの過程が詳細にかかれている。趣味やその日の出来事と同じタッチで書かれているのが不気味だ。

 

「まずはこの手帳が本当に犯人のものか確かめた方がいいんじゃないですか?」

 

「たしかにそうだ」

 

僕達は1番新しいペットの飼い主宅を訪れることにした。外に飼われていた犬はさくの中にいたはずだが、首輪から繋がれていたはずの鎖ごと切り離されているのがわかる。いくつか、張り紙あたりで特定出来たペット誘拐犯は土地勘のある人物だと分かった。

 

「おそらく女性だ。ペットたちが警戒しないあたり、明らかに顔見知りか犬の性格をよく知る人間の犯行に違いない」

 

「ペットショップ?」

 

「ブリーダーの線もある」

 

近くの小学校で下校時刻になったことを知らせるチャイムと見守りをお願いする放送が流れ始めた。ぼんやりとそれを見つめていた彼は目を見開いた。

 

「そうだ、通学路だ」

 

「通学路?」

 

「ジョルノはしらないだろうが、どの家にも見守り隊のシールが貼ってあった。なにかあれば小学生がかけこんで助けを求めてもいいというあれだ」

 

「見守り隊の人達が狙われているということですか」

 

「いや、違う。じろじろ見てもバレないということだ」

 

「まさか小学生が?」

 

「主犯かもしれないし、親にやらされているのかもしれない。だがこの手帳が誘拐犯のものだと確定した以上、大人が関わっているはずだ」

 

「......たしかにそうですね。わかりました、貸してもらえませんか、それ」

 

僕は手帳を受け取ったのだった。

 

「で、どこで拾ったんです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に連れてこられたのは、コーヒースタンドだった。店内はシンプルで座席数は多くないがイートインスペースもあるこんな隠れ家のような雰囲気のコーヒースタンドだ。この街で、気軽にこだわりのコーヒーが楽しめるお店であり、可愛らしいドーナツが大人気らしく、女子高生たちが目立つ。テイクアウトした子達とすれ違い、一人で静かにコーヒーブレイクしているOLの横に座った。

 

注文したハンドドリップのコーヒーが運ばれてくる。自分の1杯のためだけに手間をかけてもらっているので、ちょっと特別な気分を味わえる。もちろん、季節に応じた豆を自家焙煎のようだ。苦味が癖になるエスプレッソは、ドーナツとよく合う。

 

トッピングもコーティングも、惜しげなくたっぷりとあるぜいたくなドーナツは、デパートなどで臨時に販売されているのを見たことがある。小さなサイズのものや茶色いクマのドーナツが人気のようだ。

 

彼が迷うことなくクマのドーナツを選んだのに驚きつつ、僕はデコレーションをこれでもかと施したゴテゴテなドーナツを選んだ。これから頭も精神も使うのだ、しこたま甘いものが食べたいと体が欲している。

 

「最近の行きつけがここだ」

 

間違いなく双葉と来たんだろうなと僕は思った。彼の趣味とはかけ離れている店だ。

 

「ここで昨日閉店の18時半まで居座っていた。トイレには3回立ったんだが、2回目の時にトイレに落ちていた。犯人は生活圏が重なってるに違いない」

 

「なるほど、だからここからスタートなワケですね」

 

「ああ」

 

「ところで双葉の私物じゃなくていいんですか?」

 

「おかしなことを聞くな、ジョルノは。なんだって僕がそんなものを持っていることが前提になる?」

 

「......そう言うことにしておきましょうか、今はまだ」

 

「ああ」

 

しれっといってのけた彼に呆れながら僕は空のコーヒーカップと皿をマスターに返しに行く。そして外に出た。

 

空は春によくある不安定な空模様である。

 

「ところで琢馬、なにかリクエストはありますか?」

 

「ミヤマカラスアゲハのオスにしてくれ」

 

「ミヤマ......?」

 

「ミヤマカラスアゲハ。蛹で越冬する蝶だ。春型は大体4 から5月ごろに羽化した後、活動する。色彩が派手だが小さい。終見日は7月まで。後翅裏面に白い弓状のラインが現れる。花以外に吸水にも来る。オスは湿地に集団で吸水に来る性質があり、それを狙って採集する人も多い。水分補給は水分だけでなく微量の塩分も摂取するためだと思われるが、吸水に来る理由や吸水集団を形成するのがオスに限定される理由は解明されていない」

 

カバンから出した図鑑の写真を見せながら彼はいうのだ。

 

「手帳を見る限り、誘拐犯は園芸を趣味としている。今は柑橘系の植物を植える途中らしい。ミヤマカラスアゲハが好むミカン科のキハダ、カラスザンショウ、ハマセンダンが植えられてる可能性が高い。普通なら栽培種はあまり好まないからミカン科野生種の生えている深山に多く見られるらしいが、そこまで厳密にしなくてもいいだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けが迫ってなお霞んでいるような春の空は、四月半ばにもかかわらず晴れたまま潤んだ青に溶ける。頭上高く白黄色を帯びた無限の天空には、冬の間に腐ったような灰色を洗い流して、日一日緑に冴えていく。

空の色がめっきり春めいて、紫がかったつやつやした色を帯びる。

 

空には雲ひとつない。それでいて全体がぼんやりとした春特有の不透明なヴェールに被われていた。その捉えどころのないヴェールの上から、空の青が少しずつ滲み込もうとしていた。日の光は細かな埃のように音も無く大気の中を降り、そして誰に気取られることもなく地表に積った。

 

遠山にかかる白雲が、散った桜の形見のように見える。花曇りの空が林の上に眠っているように静かだ。

 

 

 

蝶に導かれてたどり着いた先には、アリスの住んでいた邸宅があった。僕は目を丸くする。

 

昔小屋だったところや1部の庭園が潰され、更地になっている。新しく花を植えるつもりのようだ。お茶会といった前の家族が好んでいた要素をことごとく潰しているのがもったいない。掘り返された土の周りには機材がそのままになっているのがわかる。

 

 

「一家心中なんていわく付きの家だから変な買い手しかつかなくなってしまったのさ」

 

 

柵の向こうを見ていた僕達を野次馬だと思ったのか、隣で暇を潰していた老人は聞いてもいないのに喋り出す。前の一家との思い出、今の主人の不気味さ。

 

 

「奥さんが可哀想で可哀想でならなかったね、ぐるぐる巻きのミイラみたいな格好で車椅子に乗ったり車に乗ったりする主人なんて不気味でしょうがなかった。最近は誰かに苦情を言われたのか、外を出歩くことはなくなったがね」

 

 

強烈な性癖を持つ夫をもつ女主人だったようだ。

 

 

「いやだわ、亡くなったらしいわよ」

 

「そうなのか!」

 

「そりゃそうよね、全身拘束されても寝返りなんかしたら打ちどころ悪くて死ぬわよ」

 

 

趣味の悪い笑顔で中年女性が笑う。

嫌だわなんて言いながら、いつかやらかすとは思っていたと男はうなずくのだった。

 

近隣住民に話を聞くと婦人は土日祝になるたびに夫をミイラにして日向ぼっこさせたりドライブに付き合ったり甲斐甲斐しく世話を焼いていたらしい。園芸をしながら柵越しに談笑していると屋敷から怒鳴り声が聞こえてきて悲しそうな笑顔で一礼したあと去っていく姿を何度も女性は見ていたらしかった。

 

 

「信じ難いことだが、そういう性癖があるらしいな」

 

「ミイラに憧れる?」

 

「拗らせているんだ。しかも周りに布教したがる」

 

 

片っ端から本を読み漁っている彼は蓄積した知識をたんたんと並べる。

 

新たな屋敷の主人は包帯フェティシズムという異常性癖の持ち主らしい。他者、または自分自身を包帯でぐるぐる巻きにして身体の自由を奪うことに執着する性的嗜好で、SMプレイでは医療系プレイに分類される。

 

包帯により手足を縛られることで、その部位を動かしづらくなる。しかし包帯にはある程度の伸縮性があり身体に密着した拘束感が味わえる。また、包帯は怪我をした人に対する手当の記号であり、包帯を巻かれた人はすなわち怪我をして弱っている、もしくは無力な患者という社会的な役割が与えられる。そうしたステータスも含めて包帯による拘束に対して著しい性的興奮を覚える性的倒錯を指すらしい。

 

欧米ではミイラのことであり、エジプトのミイラのように全身をくまなく包帯で覆い身動き出来なくするものである。日本でも一部でこのラップなどによる拘束プレイが行われている。また包帯ではなくラップやPVCテープなどの素材を使用することで同様の拘束感を楽しむことが出来るとされる。ただし素肌に直接これらの素材を貼り付けると引き剥がす時に激痛を感じる場合もあるので、注意が必要。

 

ベッドや診察台への拘束に包帯を用いたり、手足や頭部だけを包帯で巻くなどした姿を好む性的嗜好もこの中に含まれる。全身を覆う感触はラバーフェティシズムや全身タイツフェティシズムに通じる所があるが、通気性の高く、解放されづらい包帯を用いることで長時間の拘束が可能という特徴がある。全身を包まれた場合の拘束感は高く、圧迫系プレイの究極であるバキュームベッド(2枚のゴムシートに挟まれ中の空気を抜かれるもの)に並ぶとされる。

 

 

「......?ミイラとは違うんですね」

 

「僕達にとっては似たようなものだ」

 

「たしかに」

 

 

蝶が一角にとまった。長いつつのようなものが埋まっている。

なにかの支柱だろうか。気づけば一定間隔に並んでいるのがわかる。

 

筒の中からはすすり泣くような男と女の声がする。

 

 

「双葉が誘拐されたなら、生き埋めにするための穴があるはずだよな」

 

「そうだな」

 

 

先の尖った棒で蜂の巣みたいな穴をあける途中な形跡がある。犬のようにあちこちには穴が黒々と大口をあけている。ダンプカーが通り抜けられるくらいの大きな穴もある。新幹線が突き抜けたほどの穴だ。まるでアリ地獄のようなすり鉢状の穴である。もし入れられたが最後、底無しの井戸みたいに、まっさかさまに落ちてゆくに違いない。全てを呑みこんで陥没させたかのような、庭に掘られた深い穴が点在している。近くには穴が空いた棒がある。

 

 

「ツボがありますね、花壇の?」

 

「いや、違うな。このツボは見たことがある。エジプト展覧会で飾られていたミイラのツボだ。エジプトでは臓器をそれぞれ違うツボに入れてミイラの近くにおくらしい」

 

「なんのつもりですかね?」

 

「布教......いや、違うな。ここから聞こえてくるのは自ら望んで生き埋めになった気配がする。だがこれらの穴はすべて違う。明らかにミイラにするための準備だ」

 

「ミイラになりたいから?」

 

「いや、ミイラになりたいというより、動けなくなりたい性癖だ。ミイラになって死にたいわけじゃないはずだ」

 

「そのわりに生き埋めになってますよね」

 

「ああ、この穴から水なり致死するガスなり入れたらそれだけで終わるだろうさ」

 

「......一体誰が......?」

 

 

彼もわからないのか静かに首を振った。

 

双葉用に用意されていると思われる

土葬の準備は万端といってよかった。土葬はそのまま遺体を土の中に埋めるというイメージがあるが実はそうではないらしい。

 

埋葬の直前まではドライアイスで冷やされたり、薬による防腐処理がされるようで、近くに置かれたクーラーボックスに詰め込まれている。

 

また、遺体は丈夫な棺がすでに穴の中におさめられていた。空っぽだから一安心である。

 

手帳によれば、全身の消毒・洗浄を行い、髭・髪を切ったり、表情を整える。次に、遺体の一部を切開して静脈から血液を抜くのと同時に、動脈から防腐剤を注入する。さらに、腹部に穴をあけて腐敗しやすい臓物・残った血液を吸引し、防腐剤を注入する。最後に切開した部分を縫合するなどの修復を行い、洗浄後に遺体に衣服を着せる。

 

これにより感染症の予防や遺体をきれいなまま保てる効果が期待できるとのこと。使われる防腐剤にもよるが遺体は数日~2週間程度保存することができるらしい。さらに、防腐剤の定期的な注入など、メンテナンスを行うことで保存期間を伸ばすことができるのも特徴。この手帳の持ち主はどちらかというとミイラに対する崇拝じみた狂気が感じられる。

 

 

「双葉を探しましょう」

 

「そうだな、行こう」

 

「手帳の持ち主はなんだって落としたのに犯行に及ぼうとしたんですかね?」

 

「僕が警察に届けなかったからだろう、拾った人間が気味悪がって捨てたと思ったんだ」

 

「だから今までペットたちで練習していたのを実行にうつした」

 

「きっとそうだ」

 

「僕達のせいで新たな犠牲者が出てしまったらどうするんです?」

 

「いたたまれないな」

 

 

これ以上にないほど白々しい返答だった。彼は双葉に死んで欲しくはないが、言うほどそこまで切羽詰まってはなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双葉千帆は絶望していた。

 

コーヒースタンドで知り合った女性は小学生の頃からの顔見知りだったのだ。久しぶりね、大きくなって、と声をかけられているうちに親交を深め、綺麗な花で有名な邸宅に遊びに行くようになっていた。

 

「ここだけ花がないんですね」

 

「ええ、ここからみた花達がいちばん綺麗に見えるように設計しているから」

 

「なるほど」

 

計算し尽くされた花々はとても綺麗だった。

 

「双葉さんに見せたいものがあるんだけど、今度来てくれないかしら」

 

教えてもらった住所は一家心中があったことで有名になったいわく付きの邸宅だった。彼女は不動産屋の令嬢だ、花達が枯れていくのは家主にとってもやるせないだろうからと引き取って世話をしているのだという。

 

「誰も見に来てくれなくなってしまってら花達が可愛そうで可哀想で仕方ないの。だから双葉さんだけでも見に来てあげてくれないかしら」

 

いつもいる彼氏さんと一緒にと言われて赤面したことを覚えている。今思えば一緒に来ればよかったかもしれない。

 

「あの、これはなんですか?」

 

「なんのことかしら?」

 

「どうしてこんな所に穴があるのかなと思って」

 

彼女の顔が強ばったとき、双葉は触れてはならないことに触れてしまったことに気づいた。

 

「そう、双葉さんにも見えるのね?」

 

「え?」

 

底冷えした声の先で、双葉は強い力でその穴に向かって押されたのだ。

 

それはさながら蟻地獄だった。

 

軒下等の風雨を避けられるさらさらした砂地にすり鉢のようなくぼみを作り、その底に住み、迷い落ちてきたエサに大顎を使って砂を浴びせかけ、すり鉢の中心部に滑り落として捕らえることで有名な、あの蟻地獄である。

 

悲鳴を上げた双葉は、常闇が迫る穴の中央部に捕らえた獲物に消化液を注入し、体組織を分解した上で口器より吸汁しようと待ち受けるおぞましいなにかをみた。肌に触れたその異臭がする液体は人体に深刻な毒性を示すようで、瞬く間に昆虫病原菌に感染したかのように黒変していったのだ。

 

本を貪るように読んでいる彼なら冷静な対処が出来たかもしれないが双葉には到底無理な話だった。双葉にとって幸運だったのは、その化け物が後ろにしか進めないことに気づいたことである。

 

穴の奥に近づくにつれて細かい砂ばかりになり、細かい砂の方が、より急なアリジゴクを形成している。落ちたら終わりは文字通りだ。消毒液や砂をどんどん投げつけ、アリジゴクから脱出しようとするのを妨害する化け物から逃れるために双葉は懸命にあがいた。

 

上には笑顔の彼女がいて、下にはバケモノ。ただ、たまたま脱げてしまった靴が変な方向に飛んでいってしまった時、バケモノはそちらに気を取られて背を向けてくれた。どうやら目が良くないらしい。その隙をついて反対側に飛んだ双葉は、突き出していた黒い木製のものを足場にした。双葉の体重によりそれは傾き、バケモノの蓋になるような形で倒れたのだ。

 

「きゃああ!」

 

それは木箱というよりは黒い箱を引き伸ばしたようなまさに棺桶というに相応しいものであり、双葉はその中にバランスを崩して倒れてしまう。あやういバランスのまま止まった棺桶の上で座り込んでいると彼女が笑った。

 

「自分から入ってくれるなんて、さすがだわ双葉さん。やはりワタクシの見込んだ通りのお方だわ。今から準備をするから、少し待っていてもらえないかしら」

 

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください、やめて、やめて、きゃあああ!」

 

双葉の頭上が真っ暗になる。自分がどうなっているのかさっぱりわからない。ただ上からさらに蓋をされてしまったのだと気づいた双葉は悲鳴をあげた。

 

(どうしようどうしようこのままじゃこのバケモノに食べられちゃう!!)

 

双葉は助けを求めて叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐怖による何かに引きちぎられるような、裂かれるような、とんでもない不安に声が震える。ぎょっとしたような悪寒に体が震える。

 

意を決して双葉は最後に残った悲鳴を体から押し出す。声を出し切ってしまえば、一切の声はなくなってしまうだろう。泣き叫ぶ声が、さながら地の底から湧き上がって来るように響く。いったん耳にしてしまえば二度と忘れることのできないだろう悲鳴だ。一度聞いたら心にそのまましみ込んで、きっと一生忘れることができないような、悲痛な叫び声を双葉はあげた。

 

 

断末魔のような絶叫が鳴り渡った。それは長く長く尾を引きながら消えていった。

 

誰もが息を呑み、場内が静まり返り、一呼吸置いたような緊張感につつまれる。まさにそれと同じように、周囲はしんとして、それから足音が上から聞こえてきた。

 

悲鳴はもう出し切ってしまい、すぐには出ない。誰かの無言が無音の圧力となり、双葉は懸命に祈る。

 

視界が一気に開けた。

 

「蓮見先輩!」

 

へたりこんでしまったせいで双葉の押し込められている棺桶が砂の坂をずずずずずと沈みこんでいく。

 

「そのままじっとしてるんだ、双葉。こいつは動きを探知して引き込もうと攻撃してくる」

 

「......む、無茶いわないで、ください......」

 

「喋るな」

 

なんてむちゃくちゃなことをいうのだ、この人はと双葉は泣きたくなった。

 

「琢馬の言う通りだ、今から引き上げてやるからアンタは黙っていた方がいい。舌をかみたくないのなら」

 

まさかの声に双葉はひどく動揺した。いつぞやのコンビニで冷たくあしらわれた少年がこちらを覗き込んでいるではないか。助けるってどうやってやるのだろうかといいたかったが、男二人して一言でも発したらその瞬間に見捨てると顔に書いてあるものだから双葉は言葉を飲み込んだ。

 

「~~~っ!?!」

 

突然の衝撃が双葉を襲った。浮遊感は大きくなり上に視界が高くなっていく。訳の分からないまま穴から脱出することが出来た双葉は、誰も手を伸ばしてくれないのでおずおずと棺桶から降りた。

 

「やればできるじゃないか」

 

「懸命な判断でしたね」

 

なんでだろう、助けられた気がしない。ものすごく扱いがひどい気がするのは気の所為だろうか。腑に落ちないながらも二度とここから出られないかもしれない恐怖からようやく逃げることが出来た双葉はその場に座り込んでしまった。

 

「後ろを振り返るなよ」

 

「今のうちに逃げるから、ほら、はやく」

 

手を掴まれた。そのまま四の五の言わずに逃げるために走り出す2人に気圧され、引きずられるように双葉は走った。走って、走って、走って、走った。地区大会の数合わせのリレーより走った。遅刻しそうな通学路より頑張ったかもしれない。気づいたらバス停の近くにぜいぜいいいながら座り込んでいた。

 

「あの......」

 

「ああ、忘れてた」

 

蓮見先輩から手が離れてしまう。名残惜しく感じつつ、次のバスの時間を確認している少年に双葉は声をかけた。

 

「あの......その、助けてくれてありがとう」

 

「......お礼は琢馬に言ってください。僕は頼まれただけですから」

 

「えっ?」

 

「..................ジョルノは余計なこと言わなくてもいいんだ」

 

「それは初耳ですね」

 

「ジョルノ」

 

ジョルノと呼ばれた少年は肩を竦めた。呆れ顔である。どうやら双葉が事情を聞きたそうな顔をしていることに気づいたらしい蓮見先輩は険しい顔で牽制にかかる。肩を落としたジョルノは双葉に尋ねたのである。

 

「残念ながら次のバスまで45分もあります。君になにがあったのか、教えてもらえませんか?そして悪いことはいわないから今日のことは悪い夢だったと思って忘れてください。それが君のためでもある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞いてもいないのに女は双葉に歌うように話しかけたという。恍惚とした酩酊状態で目に焦点は合わず正気はすでに失われてしまっているようだ。

 

女は花を育てるのが好きではなく穴を開けるのが好きなのだという。穴を掘ってから何を植えるのか考えるものだから庭は不自然に柔らかくなり、掘っては埋めてを繰り返しているうちに大規模化していく穴を元に戻すだけでは勿体なくなっていく。そのうち花を植えるようになった。世話をしている間は気分が紛れた。やがて見栄えを気にするようになり自由にできるスペースが花が庭を占拠するようになり減っていく。やがて衝動を抑えきれなくなった女は通学路に花を植えるようになった。その花が評価されて団体が立ち上がり人が集まるようになるとまた自由に出来なくなった。そして学校の花壇などにも手を伸ばしたが満足できなくなるを繰り返し、やがて女は新たな庭を手に入れた。奇妙な性癖をもっている夫婦だった。庭に興味がないようだから婦人の相談に乗るついでに思う存分穴を掘るようになった。花壇でも作ろうと肥料を準備していると夫婦がいったのだ。

 

「よかったら穴を掘ってくれないかしら」

 

言われたところに穴を掘ると二度と掘り返されないように上からモニュメントを置かれてしまった。また自由にできるスペースが減っていく。イライラがつみかさなるうちにそのモニュメントをどかして穴を掘るようになってしまった。その先で女はミイラ化した犬を掘り当ててしまう。

 

社王町を騒がせているペット誘拐事件の犯人がこの夫妻だと気づいてしまった女はミイラの研究をするためにしていたのだと気づいてしまう。そして共犯者に成り下がってしまった。

 

そこで女は生き物を埋める、埋葬する、土葬することに魅力を感じるようになっていく。だんだん大きくなっていく動物。やがて女は最後の一線を超えることになる。

 

完全拘束される性癖はあってもミイラに憧れはあっても自分が本気でミイラとして死ぬ気は無い夫妻とミイラにしたい女は決裂した。

 

初めて得た理解者に拒絶されたとき、女は我を失うほど怒り狂い、気づけば夫妻を棺桶に閉じ込めて生き埋めにしてしまったのである。

 

「そしてわたくしは最大の理解者をえたのです」

 

女はそういって微笑んだ。

 

「......なるほど、いつからスタンド使いになったのかはわからないけど被害者は夫妻だけか」

 

「出してくれと叫ばないあたり諦めたのか?」

 

「いや、互いに名前を呼んですすり泣くような声がしているから、互いに動けない状態なんだろうさ。自分が今どこにいるのかすらわからないらしい」

 

「......助けます?」

 

「なぜ?」

 

「僕は構わないけれど、双葉千帆はまた首を突っ込む気がしてならない」

 

「..................」

 

彼は眉を寄せた。どうするのか考え込んでいる。沈黙が僕達の間に降りた。

 

「僕の友達の家の庭を買わせてくれと森野は言ってるらしい。困っているようだから情報を流しても?」

 

「以前ジョルノが言ってたやつらか」

 

「はい」

 

「なら、名前や素性は出さないでくれ。それが条件だ。本気で調査されたらどうにもならないが勝手に探られるのは不愉快だ」

 

「わかりました、なにかありましたらまた連絡しますね」

 

「ああ、よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

億泰先輩はどういうわけか、僕の話を聞いた途端、涙目である。どうしたんですか?と聞いてみると

睨みつけてきた。失礼な先輩だ。

 

「あのよォ、ジョルノ。おめー俺になにか恨みでもあんのかあ?よりによってなんで今?なんで今いうんだよォ!森野さん今日くる予定なんだぞおめー!こえーじゃねえかあ!これでまともに見れないぞどーしてくれんだ!!」

 

「それは申し訳ないことをしましたね、間が悪かったかな。でも断る方法を探してくれと言ったのは億泰先輩じゃあないですか」

 

「そりゃそうだけどよぉ......くっそう」

 

「それ、ほんとなのかジョルノ?違ったらわりとシャレにならなくね?」

 

「いえ、それは間違いないですよ。施設から養子にいった子が久しぶりに来てくれたとき、ペットが居なくなったというから気になって調べた結果ですからね」

 

「ジョルノの生体探知はホント便利だよなあ」

 

「うえー、まじかあ......」

 

「土に止まったのですでに死んでるとは思うんだけどさすがに不法侵入することは出来なかったから......」

 

「あー......なるほどな。なにか決定的な証拠になるもんがありゃいいんだな」

 

「そういうことです」

 

「現行犯か、決定的な証拠かあ......結構ハードル高くない?」

 

「何とかして捕まえないと億泰先輩の家が土葬専門の葬式場になりますよ」

 

「やだ、ぜってえいやだ!寝れなくなるじゃねーかー!なんとかしてくれよ!!」

 

泣きついてくる億泰先輩をなだめる仗助先輩を眺めながら、僕はどうしようかと思案する。

 

「こないだみてーにさ、ジョルノのスタンドで庭に遺体を出しちまうのはどうだ?」

 

「私有地でペットを土葬しても法律に違反しませんからね......一体くらいじゃ警察は動かないんじゃないかな」

 

「それもそうか......ジョルノくんのスタンドの力はいくつもペットの持ち物がないと掘り返せないもんね」

 

「探偵でもないのに、さすがに知り合い以外から拝借するのは難しいと思いますよ」

 

「うー、どうすりゃいいんだよォ!」

 

億泰先輩はいよいよ頭をかかえはじめた。

 

「とりあえず1度いってみませんか?」

 

「それもそうだな」

 

「億泰くんが行きたいっていったら、入れてくれるんじゃないかな?」

 

「おーたしかに」

 

「頼んでみたらいいんじゃないかな」

 

億泰先輩はそれもそうだなと頷いた。やる気になってくれてなによりである。

 

別れを告げた僕はそのまま億泰先輩たちと離れて官舎に向かうことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......あったな」

 

「あったね」

 

「うあああ、前の主人が死んだ建物ぶっ壊して平地にするとか何考えてんだよォッ!」

 

「い゛っ!?」

 

「気づきたくなかった!気づきたくなかったよ、仗助君!もしかしてーとは思ってたけどさぁ、なんで言っちゃうんだよォ!!」

 

「しかも僕の飛ばしたアゲハ蝶、あの竹筒の真上に止まってるんですよね、見えますか康一先輩」

 

「見えるよ!すっごい見えるよ!?なんで僕にだけ内緒話するみたいにいったのさ、ねえ!」

 

「うわあ......よく見りゃあの辺竹筒多すぎじゃね......?まさかこの下に全部......?」

 

「ま、ままままさかあ!こんなわかりやすいくらい目立つのする訳ないじゃないか!ね、ジョルノ君!」

 

「......さあ」

 

「そこは嘘でも頷いてよ、ねえ!?」

 

「いや、ね?先輩方がどうしてここまでビックリしてるのか、正直わからないんだ。一家心中の屋敷ですよ、そもそもここ」

 

「アリスちゃんで慣れてるからいいんだよ!直接現場見たわけじゃないし、テレビや新聞の話だろー?」

 

うんうん頷く仗助先輩たちに、ふうん、といいながら僕はチャイムを押した。

 

「ちょっとおおお!」

 

「待って待って待ってくれ心の準備があ!」

 

「埒が明かないじゃあないですか。ほら、億泰先輩」

 

「押すなってば、うわあああ!」

 

自動的に扉が開き、仗助先輩たちは口を開けたまま固まる。ぎこちない足取りで入っていく。

 

ちら、とみた僕は一部の隙もないようぴったりと塞がれている土を見た。穴に死体を入れたのだろうか。それともまた埋め直したのだろうか。なんとなく土の零れる音がした。あの巨大な蟻地獄が土をかけはじめ、土の降りかかる音は乱暴でまるで雨が降るような迷惑さがありそうだ。

 

でも家庭菜園やバラ園の中では全く目立たない。巨大な穴があったところで違和感はない。

 

(さて、どうするか)

 

仗助先輩たちと目配せする。

 

ピンポーンとチャイムを鳴らすが誰も出ない。

 

「おかしいですね、億泰先輩と約束の時間ちょうどなのに」

 

「まさか入れ違いかあ?」

 

「扉はあいたからいるんだよな?」

 

「でもああいうのって、機械の設定でどうとでもなるよね?」

 

「............お前ら、庭にいかねーか?」

 

ものすごく嫌そうな顔をして、みんな互いの顔を見つめていたがめんどくさくなってきた僕が先に歩き出すと追いかけてきた。どっちが年上なんだかわかったもんじゃあない。

 

「昨日、こんなのなかったんですが......」

 

「まじかよ......」

 

「誰が覗く?」

 

しばしの沈黙。

 

「じゃんけんぽん!」

 

「よっしゃあ!」

 

「やったぜえ!」

 

「康一先輩お願いします」

 

「えええええ......」

 

渋々と言った様子で康一先輩は竹筒に耳をすませた。そして、その顔がますます血の気かうせていく。

 

「こ、こ、声が聞こえるよ、みんなあっ!助けてくれってえええ!」

 

「まじかよ、生き埋めっ?!」

 

「うわあああ、とうとう人間にまで手を......って、ありゃ?」

 

「どうしたんです、億泰先輩」

 

いよいよ億泰先輩が悲鳴をあげた。

 

「森野さんの声だああああっ!はやく、はやく救急車あああああっ!!」

 

ぎょっとした僕達だったが森野さんに間違いないと億泰先輩がいうものだから、あわてて近所に電話を借りに行く。

 

「ど、どどどうしよう、掘り返さなきゃ!?」

 

「下手打って死んじまったらやべえ!竹筒倒れないようにしようぜ!」

 

「う、うん!」

 

「僕は他のところから声が聞こえないか見てきますね」

 

「おう!頼むぜー!」

 

僕はひとつひとつ確認するふりをしながら本来の屋敷の持ち主のところに向かった。竹筒に耳を傾けると助けて助けてと発狂したように叫んでいるではないか。こないだの自己陶酔にまみれた自殺志願者の声とはとうてい思えなかった。

 

「今助けますからね、ちょっと待っていてください!」

 

僕が呼びかけると縋るような声が聞こえてくる。どうやら僕の声は覚えられていないようだった。

 

そしてしばらくすると辺りは救急車とレスキュー隊だらけになってしまったのだった。

 

結局、生き埋めにされていた人達は完全に正気を失っていて話にならない。指紋などの物的証拠はペットの連続誘拐犯と生き埋めの犯人が逮捕されることになった。僕がみたあの化け物は忽然と姿を消してしまったのだった。

 

(まさか穴掘るスペースがなくなったから移動しただけだったりして)

 

まさかな、と思いながら、立ち退きが未遂で終わった祝いで喫茶店にいくことになった僕たちは通学路を外れて交差点を渡ることにしたのだった。

 

 

 

本体 なし

 

スタンド能力 オールドフィールド

 

「破壊力」C

 

「スピード」B

 

「射程距離」E

 

「持続力」D

 

「精密動作性」A

 

「成長性」B

 

旧ランド邸に出現した家庭菜園の庭限定で出現するスタンド。家主は穴を掘ってなにかを埋めたくなり、段階的に生きている小さいものから大きいもの、やがては人間を埋めたくてたまらなくなる。用無しになると家主が自分から埋まってしまう。埋めるスペースがなくなるといつのまにかいなくなってしまう。サウンドガーデンに引き寄せられてきたが、本物のスタンド使いがいないため仗助たちがくるまえに移動してしまった。

 

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