ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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絵描きに会いに行こう

東北3大都市の1つS市は、「ゆべし」「ずんだ餅」などの特徴的な銘菓が有名だが洋菓子のおいしい店もたくさんある。

 

新進気鋭のパティシエが作る本場の素材と技術を駆使した物から、果物屋のこだわりフルーツケーキ、パン屋が作る絶品タルト、老舗の喫茶店で本物のコーヒーと楽しめる洋菓子、和菓子の老舗が手がけた絶品ケーキなど、多種多彩なケーキがそろっている。

 

僕が最近ハマっているのはとあるケーキ屋だ。世界中の最高級食材を惜しみなく使用する、S市屈指の人気洋菓子店。20種類の色とりどりのマカロンをはじめとして、フランスで修行したパティシエが最高レベルで再現した本場パリのケーキを並べた店内は宝石箱の様。

 

もちろん甘さや食感も素晴らしく、一度この店のケーキを味わったらその虜になる事間違いなし。

 

市内に支店がいくつもある時点で人気ぶりがうかがえる。

 

その店は世界に誇れる、S市でもトップクラスに君臨する洋菓子店でもある。フランスから取り寄せたチョコレートを始めとして、厳選された最高の素材で作るフランス菓子に惚れ込んだ外国人の常連もたくさんいる。

 

だから僕みたいな生まれがエジプトで育ちは日本。日本語しか喋れないのに見た目がどうみても外国人みたいな人間はとても居心地がいい。

 

いくつか試してみたが、苺ベースのクリームにクレームブリュレが入った、ピンクが鮮やかな「ピンクレディ」。世界的に有名なドモーリのチョコレートを使用した「アンタンス」など、どれも大満足の逸品だったから贔屓にしているのだ。

 

いつか行ってみたいと目論んでいるのが知る人ぞ知る、同じ系列の本格フレンチの名店だ。本物のフランス料理をコースで堪能した後は、素材にもこだわり抜いた絶品デザートが楽しめる。

 

フルーツのソルベやワインのコンポート等が組み合わされた見事なスイーツは、目と舌を大満足させてくれる。記念日にパティシエ特製のホールケーキでお祝いされたら、最高の思い出になる事間違いなし、らしい。さすがに敷居が高すぎていけない。

 

今回は行きつけのケーキ屋だ。今日も今日とて大繁盛である。女性客の中に堂々と入り込めるという意味では日本人離れしたこの顔は役得といえた。

 

「すごい......どれもおいしそう......ごめんちょっと待ってもらってもいい?汐華くん」

 

最新モードを着こなしたようなカラーとフォルム。老舗ブランドのフレグランスのような香しいフレーバー。摘みたての熟れた果実をほおばるようなフレッシュ感。フランスの太陽と大地を感じさせる濃厚な粉と乳製品。

 

産地、選別、鮮度すべてが最高品質のクーベルチュール。これらを緻密な計算と黄金比で組み立てた絶妙なマリアージュ。この国のあたりまえを軽々と飛び越える、本場パリ仕込みのパティスリー。双葉が悩むのも無理はない。甘いもの好きの聖地なのだ、ここは。

 

「僕は決まっているのでゆっくり選んでください」

 

「なに選んだの?あ、プリンなんだ」

 

「あげませんよ」

 

「大丈夫、今日はお金多めに持ってきているから!」

 

なにが大丈夫なのだろうか。ショーウィンドウに目移りしている双葉を通り過ぎ、僕は会計を先に済ませることにした。

 

ふと、間田が双葉の取材の帰り際に言っていたことを思い出す。

 

スタンド使い同士はどういう理由か正体を知らなくても知らず知らずのうちに引き合う。運命の赤い糸なんて言葉があるがあれによく似ている。敵か友人かバスの中で足を踏んづけた人か引っ越してきた隣の住人かそれはわからない。

 

この狭い社王町に今、何人のスタンド使いがいるのかは知らない。いくら隠れていてもそのうちきっとボロを出して手がかりを見せる。形兆先輩からスタンドの矢と弓を奪ったやつはそうなるのを知っているから空条さんに出ていってもらいたいようだ。

 

形兆先輩と同級生であり、その繋がりでスタンド使いになったらしい間田はずいぶんと憤りをみせていた。だからこその警告なのだろう。

 

(もしかして双葉は無自覚なだけでスタンド使いなのか?琢馬はスタンド使い、双葉の父親も恐らくはスタンド使い......もちろん僕も含まれているけれど......まわりにスタンド使いがいすぎじゃあないか?)

 

「なあに?」

 

「なんでもありません」

 

「誘ったのは汐華くんでしょう?」

 

「いや、そういう意味じゃあないんだ。実は相談がありまして」

 

「?」

 

双葉はようやくここに来た目的を思い出したようで、選んだケーキとコーヒーを持って会計を済ませる。イートインスペースに向かうとノートパソコン片手に粘るOLやデートをしているカップルはたくさんいた。

 

ごったがえしているテラス席からだいぶ離れたところに座ることにする。

 

「林先生ってご存知ですか?ぶどうヶ丘高校の美術の先生らしいんですがね」

 

「えっ、林先生?まあ、一応知っているわ。美術は選択してないから噂程度だけれど」

 

「どんな人です?」

 

「どうして?汐華君って中学生よね?どうして林先生を知っているの?」

 

「実はですね。僕が双葉と琢馬とテニス部に行ったことがあったでしょう?どうやらそのとき部室の窓から見かけたらしくて、モデルになって欲しいって言われたんです」

 

「えっ、林先生に?」

 

「そうなんですよ。普通に考えて変じゃあないですか?生徒にモデルを頼みます?」

 

「たしかに......」

 

「琢馬に聞いたら興味ないと断られてしまいまして。君の方が知っているだろうから相談したらどうだといわれたんですよ」

 

「そっか......。ああ、うん......蓮見先輩は嫌いだと思う......なんというかその、悪い意味で贔屓のする先生なの」

 

「贔屓ですか」

 

「そう。あんまりよくない噂もあって」

 

「たとえばどんな?」

 

「なんというか、モデルに選ばれた生徒は内申点をたくさんくれるとか、お金をくれるとか。みんな羽振りが良くなってて自慢してるから噂になっているの」

 

「......内申点ですか。僕は中学生だ。高校生じゃあない。それにその脅しは僕には通用しませんね、僕は二学期になったら転校する予定なので」

 

「そうなんだ......でもね、気をつけた方がいいかもしれない。断った生徒の中には行方不明になったり入院したりしてる生徒がいるって噂なの」

 

「......」

 

「もしかしたら間田先輩みたいな人かもしれない」

 

近からずも遠からず、かもしれない。

 

「そっか......甘いものが好きな蓮見先輩が逃げちゃうわけだ......」

 

「そんなに嫌いなんです?」

 

「うん......口にするのも嫌みたい」

 

「琢馬がそんなに嫌がるのか......嫌な予感しかしないな......」

 

「大丈夫?」

 

「どうでしょうね、1度あってから考えますよ」

 

「そっかあ......気をつけてね。さて、食べよっか。あっ、おいしい」

 

「たしかに......琢馬も来れば良かったのに」

 

「ね」

 

施設のイベントの手伝いがあるからと逃げてしまった友人を思い出し、僕は小さく笑った。

 

「ねえ、汐華くん」

 

「はい」

 

「汐華くんは蓮見先輩と長いのよね?」

 

「そうですね、同じ施設で育ったから家族みたいなものです。この学ランも中学生の時のがもう着れないからと譲り受けたので」

 

「そっかあ......ねえ、汐華くん。ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

 

「なんでしょう?」

 

「4年前の10月21日、私達会ったことない?」

 

「......またその話ですか。何度も言わせないでくれ、無駄なことは嫌いなんだ、無駄だから。僕から言うべきことはなにもない。聞く相手を間違ってるだろう」

 

僕は口元を真一文字に結んだ。

 

「千帆さん、あなた、付き合って数ヶ月の彼氏がいるのにもう浮気をしているの?」

 

女の声がして振り返ると女子高生がいた。咎めるような眼差しで双葉を見つめている。

 

ウエーブの長い髪以上に目を引いたのは改造制服を着た人が多いぶどうヶ丘高校、もしくは中学においては珍しく、あまり改造されていないセーラー服を着用している。豹の様にしなやかな美人だ。

 

「ゆ、由花子さん!?ちがう、ちがうの、これは誤解なんです!」

 

「......えっと......?」

 

「わたしは山岸由花子。ぶどうヶ丘高校の1年生で千帆さんとは小学校からの友達なの。家が近くだからよく知っているのよ」

 

「なるほど。初めまして、山岸先輩。僕は」

 

「汐華初流乃君よね?康一君とガラの悪い不良たちと一緒にカフェにいったり一緒に登下校したりしているのをよく見かけるから知っているわ」

 

「......ええ、よくご存知で」

 

「それにしても千帆さんの彼氏と同じ施設の育ちで幼い頃からのお友達だからか、雰囲気がよく似ているわね。これは千帆さんの好みにも当てはまる......というわけか。千帆さんたらひどいのね。よりによってこんな近くで浮気しなくってもいいのに」

 

「だから、誤解よ由花子さん!」

 

「ほんとうに?」

 

「ほんとうにほんとうに!」

 

「それはほんとうですよ、山岸先輩。双葉は4年前に不良に絡まれたとき助けてくれた少年が琢馬だったらいいのにと考えていて、天体観測に出かけてたアリバイがある僕達に聞いているんだ」

 

「あのナイフの少年?」

 

「そう」

 

「なるほどね......」

 

山岸由花子はニッコリと笑う。双葉の頬が紅葉するような美人だ。

 

「良かったわね、千帆さん。あなたの恋が上手くいくよう祈っているわ」

 

「ありがとう、由花子さん。......その、頑張ってね」

 

瞬き数回、山岸由花子は嬉しそうに笑った。

 

「それじゃあごきげんよう」

 

「由花子さんね、好きな人に告白するんですって。頑張って欲しいなあ」

 

その向かう先を見ていた僕はしばし固まる。そこには落ち着かない様子でずっと挙動不審な広瀬康一先輩がいたからである。

 

大変だな、と僕は思った。山岸由花子が広瀬康一に向けるのは、ある意味で蓮見琢馬という人間が双葉千帆に向けるものとよく似ていることを僕は知っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今、1950年アメリカ合衆国アリゾナ州の砂漠でFBIだかCIAだかKGBだかに捕らえられ、西ドイツへと移送中に溶けてしまった火星人の気分だった。あの誰もが一度は見た事のある小人宇宙人がトレンチコートを着た男二人組に捕獲された写真の宇宙人だ。

 

校門をくぐるなり、待ち伏せしていた180センチメートル越えの仗助先輩と億泰先輩にいきなり拉致された僕はまさにそんな感じだった。

 

終始ニヤニヤしていた2人に引きずられるようにして連行された先はいつものカフェ。コンビニが近いから週刊少年誌を読み回したり雑談したりするにはちょうどいいということでぶどうヶ丘高校、あるいは中学の生徒たちの憩いの場になっていた。

 

訳の分からないまま大衆の目に晒されていた僕は非難の眼差しを仗助先輩に向けるのだ。まあまあ拗ねるなよと見当違いの宥めに入るもんだから余計にわからない。一体なんなんだ。

 

「なんだってウチの高校から出てきたんだよ、ジョルノくゥゥゥん」

 

「なんでって用があったからに決まってるじゃあないですか」

 

「だーかーらァ!なんの用でだよ、水くせえな!俺たちの仲だろー!コソコソすんなよー!」

 

「せっかく会いに行ったのに会えなかったのは同情してやるからさ、な?な?話してくれよ!」

 

「なんだって君たちがそんなに出歯亀したがるのかはわからないけれど、モデルをしていたんですよ。美術室でズゥーッとポーズを決めたまま微動だにしないだけの退屈なアルバイト。林先生に頼まれたんですよ」

 

「うげげッ......よりによって林先生かよォ......」

 

「隣のクラスの双葉千帆の次は林先生かよ!なんだって俺の周りは女の子がよって来るやつばっかなんだよチックショーッッッ!!康一もジョルノも最近付き合いわりぃと思ったらこれだし、そこら歩いても仗助くぅん仗助くぅんばっかだしたまに声掛けられても仗助くんに渡してくれだしよォォォ!!」

 

謎の雄叫びを男泣きしながら放った億泰先輩はそのまま走っていってしまう。どうやら適当な飲み物や食べものを持ってきてくれるつもりのようだ。後で割り勘なといいながらも名前を聞いただけで嫌そうに顔を顰めたのは仗助先輩だ。

 

「あの先生苦手なんだよ......俺......だってジロジロみた上に上から目線で美しくないッてキレ始めるんだぜぇ......この頭が気に入らないッてよォ......」

 

これがなければ完璧なのに、と自慢のリーゼントをコツコツ叩かれたというのだ。普通ならここまで馬鹿にされたらぶん殴るところだが、ペアを組んだクラスメイトに髪型が描きにくいと言われてかっとなり殴ってしまって叱られているところだった。

 

逃げ出したら単位はやらない、クラスメイトと仲直りして作品を完成するまでは居残りだぞと言われてしまい、ぐぬぬとなったようだ。なんとか課題を終わらせるまで美術部員でもないのに居座るのは居心地悪くてたまらなかったらしい。2年生になったら絶対に選択科目から美術は外すんだと仗助先輩は愚痴り出した。

 

「言われてみりゃ贔屓するやな先生だよなァ......イケメンか彫りが深い男が好きだったみたいだぜ......」

 

しみじみと僕を見て仗助はいうのだ。

 

「なるほど、ジョルノは林先生の好みに合致するな」

 

「うれしくないですよ。林先生は僕がこの世界でいちばん嫌いな目をして僕を見てくるんだ」

 

「そんなに嫌なら行かなきゃいいじゃあねえか、変なやつだなあ」

 

「何を言っているんです、仗助先輩。今の時期に接触してきた人間なんだ、警戒するに越したことはないでしょう」

 

「そりゃそーだけどよ......まっ、無理すんなよな」

 

「はい。そういうわけで今日は疲れているんだ。僕はこれで......」

 

「まあまあ待て待て待てってば、ジョルノ。よーし、それじゃあ本題にはいろうじゃあねーか」

 

ガシッと掴まれた僕は無理やり傍にすわらされる。

 

「うーし持ってきたぜえ!」

 

億泰先輩が3人分のジュースとジャンクフードをもってくる。ほらよ割り勘なと当たり前のようにレシートを突きつけられて、しぶしぶ財布からきっちり小銭を億泰先輩に渡した。

 

「さあ、こないだケーキ屋でなに話してたのかとか、どうやってお近付きになったのか教えてもらおうじゃあねえか」

 

「なんの話しです?」

 

「だーかーらー!なんで隠すんだよジョルノッ!!」

 

「見てたんだよ!2人で帰ってたら、たまたま、なあ?」

 

「そうそう、バッチリ見ちゃったんだよ!くっそー、こんなにしらばっくれるなら盗聴器と双眼鏡を用意すべきだった!おめーも隅に置けないなあ!」

 

2人はどうやら双葉と僕を見ていたらしかった。

 

「会話を聞いた訳でもないのによくそこまで盛り上がれますね、億泰先輩も仗助先輩も」

 

「そーいうお前は枯れすぎなんだよススキかよ」

 

なぜか頭を小突かれる。解せない。

 

箸が転がるのを見ても笑い出す年齢の傷つきやすい年頃な自覚はあるが、僕達はそれどころじゃないはずだ。体も心も大人の考えに変わっていく。

 

人生で一番多感なときで異性を識ればすぐにもスタンドみたいに糸を摑まれそうな危なっかしい年齢なんだから、余計に気をつけなきゃいけないんじゃないのか。少女と女との谷間の空に風船のように浮かんでいる年齢の子達がたくさんいるのはわかっているがそれだけだった。

 

「ジョルノ、お前さ、時々不倶戴天の敵みたいな反応するよなァ......まあ気持ちはわかるけど......肩の力抜こうぜ。じゃねーといつかぺしゃんこに潰れちまうぞ」

 

「..................」

 

僕は返答を拒否した。物事をひねくれた視点で眺める思春期の少年らしい前途に変化を望む若者の心理とでもいいたいのだろう。

 

もう14歳だと焦る気持ちと、まだ14歳だと安心する気持ちが交差していると。3年後にはDIOを殺した空条さんと同じ歳になるというのになにができるんだろうかという苛立たしさ。標本に針で止められた昆虫のあがきにも似ているそれをみすかされているようで、僕はますます面白くないのだ。

 

僕の手は動く、足も動く、スタンドだって動かせる。動かしかたなんかわかってないのに、色々なところが動かせる。僕はいつのまにか知らない間にそういう世界のなかにあって、僕の知らないところでどんどんどんどん変わっていく。こんな変わっていくことをどうでもいいことやとも思いたい、大人になるのは厭なこと、それでも気分が暗くなる。

 

胸の苦しさがうっとうしくて声を出す気にもなれず、僕は話を聞いている振りをして口だけ動かしながら、早く終わらないかなあと思っていた。魚のように口をパクパクとさせていると、自分が酸素のない水槽の中を沈んで行くような気持ちになった。

 

「僕の友達にどう告白したらいいか迷っていると相談されただけですよ」

 

「マジで?」

 

「ほら、覚えていませんか、仗助先輩。コンビニ強盗に巻き込まれる前、僕に声掛けてきた......」

 

「あー!もしかしてあの子か!どっかで見たことあると思ってたんだよ!」

 

「両片思い状態ですから、あの時と同じように聞く相手を間違ってるだろうっていったんですよ」

 

「おー!まじかあ!甘酸っぱいなあ!!」

 

本来の意味での青い春とは程遠いけれど、とは言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の絵の特徴の一つはゴールド、つまりは金色、これをたくさんたくさん使うことなの、と林先生はいった。ここ二、三日はクロッキーばかりだったけれど、ようやく構図が決まったのかひたすら同じポーズを取らされている僕がいる。

 

形兆先輩を殺害した犯人から差し向けられる刺客たちを考えれば警戒するに越したことはない。だから断らず足繁く通っていた僕からみる限りでは特別な手法では全然なくて、誰でもやってるありふれた描き方なように思う。

 

日本の技術を海外に喧伝する番組を見たことがあるのだが、世の中には純金箔を板にびっちり隙間なく敷き詰め、その上に描画するという恐ろしく贅を尽くした絵を書く画家もいるらしい。原価600万円だという話だからそういうのを「次元が違う」と言うとするなら、林先生は普通の絵描きだ。使っている画材は、フツーにそこら辺で手に入るものばかりだ。

 

一口に「金」といっても、案外いろんな色があると僕はしった。色味は似てる。オレンジっぽく見えるけど、実際は、パッと見て違う程オレンジではなかったり。水で薄くのばして、ふわ~っと、広範囲に金をかける…という感じだったり。

 

一番綺麗に色が出るものを林先生はいつも探していた。濃くガツンと入れたい時は墨に金色を混ぜたものを使っていた。粘りがあって、さーっと引くと筆の掠れ具合とかもいい感じなかなり複雑ないい色が出ているようだった。

 

転がっている絵の具はメーカーが全て違うからかいろんな金がある。言葉も違うから海外にわざわざ買いにいっているのかもしれない。

 

「私ね、美大で基本を学んだんですよ。次の舞台に選んだのが、美の都イタリア。街を歩けば美しい光景があたりまえのように広がり、人が息づく街。フィレンツェのアカデミア美術館に通いつめるための留学だったの。信じられないくらい早く終わる楽しい毎日だったわ」

 

絵から1度も目を離さないで林先生はいうのだ。当初は3年くらいで帰国しようとしていたフランス留学。ある画家との出会いにより刺激的な修行生活に変化した。彼はとにかく美しさ第一主義。納得いくモノを作るまでは夜中になろうがお構いなし。朝から深夜まで絵に没頭する理想の画家だった。

 

面積でいったらとても小さな都市フィレンツェ。でもこの街には沢山の分野で天才と評される人間がいっぱいいた。彼らがいる同時代に生まれた事を幸運に思いつつ、いつしか彼らと同じ土俵でという欲求が芽生え始めた。

 

「それだけじゃ食べていけないからこうして先生をやっているわけなんだけど。ねえ、汐華くん。君、ミケランジェロのダビデ像に似てるっていわれたことない?」

 

「ありますよ、たくさん。美術室にある石像だって」

 

「あだ名がGIORNO、だものね。お日様っていい名前じゃない」

 

「ボンジョルノって高確率でからかわれますけど」

 

「じゃあ詳しい?」

 

「もちろん」

 

僕はためいきだ。

 

ダビデは、1504年、ミケランジェロが29歳の時にフィレンツェのシンボルとなる像として依頼されて造られた彫刻だ。ダビデをモチーフにした彫刻は他にもあるがドナテロやヴェロッキオの「ダビデ」が剣を構えて勝利のポーズをとっているのに対し、ミケランジェロの「ダビデ」は「ゴリアテ」という巨人を目前に構えている彼の不安と緊張を表しているからだと考えられている。

 

ミケランジェロの「ダビデ」が造られた背景には、フィレンツェの独立国家としての歩みの歴史がある。

 

「豪華王」と呼ばれたロレンツォ・ディ・メディチがフィレンツェを支配したルネサンス期は、イタリア国内でヴェネツィア、ミラノ・ナポリ、国外ではフランスとの利害関係によるいさかいが日常茶飯事。

 

そんなとき、ロレンツォは平和と文化のために全財産をもなげうつ覚悟で積極的に外交していた。ロレンツォに高く評価されていたミケランジェロは当時10代後半。ロレンツォの死を悼み、木彫りのキリスト像を製作したと言われている。

 

フィレンツェの主は代替わりし、芸術に全く興味を示さないピエロ・ディ・メディチになった。彼がミケランジェロに命じた仕事は「庭に雪だるまを造らせること」だけだったというので、どんだけ豪華な雪だるまだ。

 

その後、フランス軍によりフィレンツェからピエロは追い出されてしまい、厳格な修道院院長サヴォナローラが市民の支持によってフィレンツェの新たな王になる。

 

ちなみに。このときミケランジェロはボローニャに逃げている。メディチ家の失墜とともに、彼の父も職を失い、ミケランジェロは家族のためにいくつか作品を制作した。

 

間もなくして、ルネサンスの熱狂からサヴォナローラの厳格な執政に耐えられなくなった市民たちは彼を執政者の座から引き摺り下ろして処刑する。フィレンツェに、真の意味での民主主義国家の風が吹いた。

 

ミケランジェロがダビデ像の依頼を受けたのは、まさにそんな時。めくるめく執政者の変遷、激動の時代に、ダビデ像は「自由」と「解放」のシンボルとなった。

 

「ちなみに調べるまで気付きませんでしたが、瞳の瞳孔がハート形に彫られているそうですね」

 

「じゃあ君の瞳孔もハート形にしたほうがいいかしら」

 

「やめてください」

 

僕は即答した。

 

「君って私の初恋の人に似ているのよね」

 

その言葉に体が凍りついた。

 

「動かないで頂戴、今、顔を書き込んでいるの」

 

「......」

 

「ほんとにそっくりだわ、ダビデ像に」

 

「......え?」

 

「色々噂になっているようだけど、私は人間に興味はないから安心してちょうだい。ピグマリオンコンプレックスって聞いたことないかしら?」

 

「ぴぐ......?」

 

「心のない対象である人形を愛するディスコミュニケーションの一種」

 

ギリシャ神話には、キュプロスの王であるピュグマリオンが自ら彫り上げた象牙の人形を溺愛し、彼は人形の命をアフロディテからもらうという逸話が語源とされている。

 

しかし、人形を溺愛した別のとある王は「私がどんなに望もうと何も与えてはくれないからこそ、私は彼女を愛しているのだよ」と語り、自分はピュグマリオンとは異なることを示唆した。現在、人形が人間になるという童話を信じている層は少ないと推測されるため、後者に属する類型が一般的とされる。

 

 

古来より、兵馬俑や古墳などで見られるように人間と一緒に埋葬されたケースや、無病息災を願って人形を川に流す風習、そして愛玩用などとして人形を人間の身代わりとして扱う習慣があった。

 

これらの人形が作られる過程で「自分自身の姿」や「理想像」を投影、美化しながら製作する職人も多く、こうした中で人形に対する感情移入が高じて、人形そのものに愛情を抱くようになるケースを指すようになったというのが大筋の見方である。

 

また、恋愛感情を抱きながらも、理想と現実とのギャップ、「意志を持ち、相手を裏切ることもある」人間に対する幻滅などから、恋愛対象とする相手の姿(理想像)を「意思のない、理想のフォルムを持つ」人形に投影・再現して擬似的な恋愛感情を継続させようとする傾向もこのピュグマリオニズムの一種と見られている。

 

現代においても、ボークスのスーパードルフィーシリーズなどに代表されるカスタマイズドール愛好家たちの間でも見られるように、人形に「理想像」を求めるユーザーも多く、これらの人形に対して強い愛情を抱きながら感情移入する傾向も、このピュグマリオニズムに共通・類似する部分が多く見られる。

 

「ただ本家のピグマリオンは人形に魂がやどっちゃうのよね、失礼しちゃうわ。人形は人形だからいいのよ」

 

「......そうですか」

 

「そうそう、そのまま止まってちょうだい。その緊張感と不安がこの上ないくらい理想的だわ」

 

「......まさか噂を放置しているのはそのため?」

 

「そうだけどそれがなにか?」

 

「..................いや、なんでもありません」

 

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