空条さんが宿泊しているホテルには、プライベートビーチがある。
半島の先端近く、半島の南の沖にあり、同じくらいの大きさの島として、北西近くに田代島、東にやや離れて金華山がある。
夏には多くの海水浴客で賑わう海水浴場とは違い、日露史上初の交易地として知られる風光明媚な自然を満喫できる温暖な海岸だ。
今日に到るまで大きな開発も行われず、ありのままの雄大な自然がそのまま残っている。東北地方でも有数の透明度を誇る。
至る所に常緑樹のアオキ、トベラ、タブノキなどの常緑樹や棕櫚が自生していることから、南方系の穏やかな雰囲気を醸し出している。
渡り鳥や海鳥などの多種類の野鳥を観察できるフィールドとしても知名度は非常に高く、多くの愛鳥家も訪れているようだ。
気候は、金華山沖での黒潮海流の影響を受け、温暖少雨で冬季間の降雪もほとんどなく、1年を通じ穏やかで過ごしやすい。
そんな場所に僕は呼び出されていた。
「......『汐華初流乃』さんですね......わたしはスピードワゴン財団の者です」
提示された身分証を眺めみた僕は黒づくめの男を見た。
「なんともアナログな方法ですが、レッド・ホット・チリ・ペッパーの特性を把握した空条承太郎様からの指示ですので、なにとぞご了承ください」
「話は仗助から聞いています。相手は遠隔操作型なのにスピードやパワーがスタープラチナに匹敵するとか。現代社会だからこそ脅威となるスタンドですね......盗聴、窃盗、なんでもありだ。しかも電力を得ることで強化されるなんて......」
うむうむと男はうなずく。
「あなたを監視するために潜伏していたDIOの協力者が多数この街に潜んでいます。そのうちの1人であった虹村の息子がスタンドの矢で射抜いた人間を記録した書庫が未明に火事になったのはご存知ですか」
「えっ......億泰先輩は大丈夫なんですか?」
「はい、彼は無事です。......ですが書庫が全焼しまして。原因は漏電による発火の可能性が高いとか」
「......漏電か......レッド・ホット・チリ・ペッパーの仕業にちがいない」
「我々もそう考えている次第です。なので汐華初流乃、あなたに頼みたいことがあります」
「なんです?」
「DIOの協力者の情報を提供していただけませんか?空条承太郎様から独自に調査をしていると聞いていますので」
「......嫌だといったら?」
「あなたに提示できる選択肢は......そうですね。ひとつはスピードワゴン財団の監視下に入る。ふたつは私があなたを拷問し、協力者の情報を得る」
「みっつ、あなたが僕を認めてレッド・ホット・チリ・ペッパーの情報収集を代行することになる」
「......正気ですかな?」
「僕が無駄なことをいうわけがない、これは事実だ」
「............いいでしょう。レッド・ホット・チリ・ペッパーを相手にする上であなたにどこまで出来るのかみせていただきましょうか」
男が笑った瞬間に気配ががらりと変わる。
見えないものに常に監視されているような圧迫感に、ぶわっと汗が溢れ出すのがわかる。心に不満や孤独感の内部圧が高まる。圧迫感にじわりじわりと押し付けられて息苦しい。
はけ口のない、耐え難い陰鬱な重圧
はけ口のない、耐え難い陰鬱な重圧がずしっと肩に食い込むような錯覚を覚えてしまう。
先程まであった紳士的な雰囲気はどこにもない。そこにあるのは、相当手練なスタンド使いである。
「暗闇を体験したことはありますかな?」
「暗闇?不思議なことを聞きますね。夜のことでしょう?ありますよ、もちろん」
「いんや、違います。そんなもんじゃあない。夜なんてもんじゃあない。社王町の夜は明るすぎる。黒闇を知っていますかな?ただ真っ黒なだけなんですよ。暗闇のようなものですべてが覆われている」
ただのやり取りなはずなのに言葉のひとつひとつが見えない矢のように体のそここに突き刺さる。スタンドは精神の力だ。それゆえに質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与える。何か自分が理由の分らない詰問でも受けているように窮屈を感じるのはきのせいではないのだ。
眼の前の現実に襲って来た無形の大磐石のような圧迫になおのこと恐怖を覚えて震え上がる人間がどれだけいたんだろうか。
だがそれも。
(ドリーム・シアターで対峙したときのDIOには遠く及ばないッ......あれは神を信じる人達から生きる術を学んできた僕には相性が悪過ぎるんだ......だがこいつは違う......こいつはただの、人間だ!)
僕は目を見開いた。スピードワゴン財団の使者として空条さんと直接やり取りする人間だ。ただものじゃないとは思っていたが、どうやら直感は当たっているらしかった。
「あなたもスタンド使いなんですね」
「ただの人間が危険なスタンド使いが潜むこの町に派遣されるわけがないじゃありませんか。ねえ、『汐華初流乃』さん」
「そう、ですね」
僕は慎重に距離をとる。先に動いたのは男だった。
「ブラックウォーター・パーク」
男が一言告げると、人ひとりがすっぽり入ってしまいそうな大きさの球体が出現した。黒い水で中を満たされているようで、ガラスのような球体は浮遊しながら不規則な形で輝いた。
中央には太陽のような彫刻が施され、なにやら昔の文字が刻まれているのがわかる。
「ゴールド・エクスペリエンスッ!!」
僕はスタンドを発動し、いつでも対応できるようスタンバイする。なんのスタンドだろうか。みるからにパワータイプではなさそうだ。水を操るスタンドだろうか?アクアネックレスと同種?いや、男は拷問すると言った。自白させるといいたげだった。つまりはそれが本職なんだろう。
窒息させる?それとも水攻め?いずれにしても射程範囲や持続時間が長くて致死性はないとみた。それなら僕がとる行動は......!
足元から蔦を発生させ、一気に男の懐に飛び込みラッシュをかけようとしたが球体が反応して横入りしてくる。どうやら球体そのものに能力はないようで本体は中身の黒い液体のようだ。できたら中身を出さないように処分したいが......。
僕はゴールド・エクスペリエンスと距離をとり、最近のびた射程ギリギリで能力を発動させる。まずはあの球体の中にあるのが物質かどうか知らなくてはならない。球体自体が物質で、触れることで発動するタイプの能力ならばこの瞬間に僕の勝ちが確定する。だが僕のところにやってきたこの男が、ゴールド・エクスペリエンスの能力を知らないまま勝負に応じるとは思えない。
なんとか球体を回避して男に奇襲をかけたいが反応が僕より早くて突破できない。
そのうちこちらにぶつかってこようとする。ゴールド・エクスペリエンスが回避しようと触れた瞬間、ぱきん、とかわいた音が響き渡り、中の液体が溢れ出した。
「さあ、暗闇を知れ。『汐華初流乃』。お前はこの瞬間太陽から追放されたのだ」
「───────ッ!?」
目の前が真っ暗になる。咄嗟にいきをとめるが、黒い液体の中に閉じ込められているわけではなさそうだ。まるで濃霧である。泡はでてこない。呼吸はできるようだ。僕は慎重にあたりを見渡した。
なにもない。いや、なにかあるのはわかるが見えない。みえないのだ、なにも。男はさっきなんといった?『太陽から追放された』と言わなかったか!?
僕は汗が止まらなくなるのがわかる。まさかこのスタンドはあの黒い水を浴びてしまうと太陽を知覚することができなくなるスタンドなのだろうか。現に今の僕はもはや太陽を見ることはおろか、なにも見ることが出来ない。光すら届かない世界に孤独でひとりぼっちである。失明を起こした訳では無いのだ。
「なるほど、これなら致死性はなくても自白剤代わりにはなりますね」
太陽が見えないなら方角を確かめなければならない。昼間なのに出現した星空を見上げ、僕は北斗七星を探す。
「ええ、時間が経つにつれてあなたはあらゆる太陽の恩恵を受けられなくなっていきます。低体温症とビタミン欠乏症による様々な弊害がもたらされる」
「まさかそんなに僕を閉じ込める気ですか」
男は笑うのみだ。
「我慢比べといきましょうか。植物は萎れ、発育不全のように見え、動物は、衰弱しているように見えるこの世界でいつまで耐えられるのか。ちなみに最終段階まで耐えた場合は植物または動物に基づいた食品から栄養を得ることができず、数週間後には栄養失調により必ず死亡してしまいますよ」
光が届かない世界で僕以外は平然とものが動くのは変な感じだ。海風、波の音、砂の感触、なにひとつ変わらないのに太陽を奪われただけでここまで寒々とした世界になってしまうとは。
僕は懸命に考えた。ゴールド・エクスペリエンスにより植物を発生させていつくるかわからない男のカウンターを狙うがいつもより成長速度が遅い。やはり太陽光と温度がないと生命は生きられないのだ。
「なにも見えないのによく避けましたね」
「場数はそれなりに踏んでいるんだ」
「なるほど、それはよいことだ」
足元が冷たい。どうやら浜辺に出てしまったようだ。防戦一方でもいいから考えなくてはならない。思考を放棄した時点で僕の敗北は確定するのだ。
相対性理論により光が地球に届くのはどれくらいだ。地球と太陽の距離は1億4960万km、光の速さは約毎秒30万kmで、光が1年かかってたどり着く距離が1光年だから9兆4600億km。地球と太陽の距離を1光年で割ってみると、0.00001581光年、分になおせば8分19秒。つまり太陽から出た光は約8分後に地球に届くということだ。僕の体が異常に気づくのはそれからだ。
8分後すぐに凍りつくということは無いはずだ、最終的には凍りつきそうだが。
太陽が無くなったことによる潮汐力の変化はありえるが、太陽の潮汐力は元々月の潮汐力の0.45倍。月が無くなった場合に潮の満干がなくなることから想像できるように、地球はむしろ少し静かになると考えた方がいい。
そうか、植物は光合成ができないから急速に酸素濃度が低下していくのか。これは早くしないとどんどん僕が不利になっていくな。
ここで僕は海の風がなくなったことに気がつく。どうやら昼と夜の面の温度差がなくなったことにより、真っ暗な空には風がほとんど無くなった世界。どうやら時間がたつにつれて世界が侵食されていくようだ。
(勝負は一瞬だ、見逃さないようにしなくては)
「さすがですね、もう自分のおかれた状況を把握したとみえる。そう、無駄話に興じているとそれだけ太陽を奪われた環境が悪化していくことになる。今のところ、私のブラックウォーター・パークを突破出来た者はいないんですよ。大抵絶望して出してくれと懇願してくる。あなたはどうですかな?」
太陽光と繋がりが深い生き物しか地球上には存在しない。直ぐに死んでしまうのだ。どうしたらいい?なにをすれば状況が打開できる?酸素もなにもかもが僕の能力を制限している。
(このままで終わってたまるか)
僕は前を見据えた。
「なにもしなくても状況は悪化の一途をたどる......あなたになにができるというのか」
足音が聞こえてくる。僕は口元を吊り上げた。
「無駄なあがきはやめたというわけですね、いい心がけだ」
男には僕がそう見えているのだ。自分の信じる勝利が目の前で僕にさしだされる。そう見えている。DIOの息子がブラックホールに飲み込まれるかの如きこのスタンドに屈服するに違いないとそう考えて、笑っている姿が想像出来る。
挑発に乗る訳にはいかない。そんな酸素すら消費するのがもったいない。無駄は排除すべきだ。思考回路も、感情も、全てはほんの一瞬を逃さないために!
「───────ッ、なんだこれはッ!!」
男は驚きの声を上げた。
「......勝手に僕が戦う意思を放棄したと勘違いしないでくれ……ッ! 僕は今まで1度たりとも……やめたことはないッ......!」
我ながら今回の機転は自画自賛していいんじゃないだろうかと思った。
「これは......ホタルッ......?いや、違う......一体これは......まさかっ!!」
男は気づく。バシャバシャと跳ね上がる海水にまとわりつく幻想的な光を。
プライベートビーチを青く染め、今の時期ちょうど見頃のピークを迎える美しく幻想的な光景が広がっていた。光る海、流星わたる天の川。波頭が青く光るのは光。死に絶えたる寸前にその生命が発光するために起こる幻想的な海の上をみずがめ座エータ流星群の流れ星が走る。
「ほんの一瞬......ほんの一瞬でいいんだ......それだけで十分なんだ。あなたの場所がわかればそれでいい」
ゴールド・エクスペリエンスが男に迫る。
「グアアアッ───────!」
「あなたを気絶させることができればそれでこの暗闇は終わりを迎えるんだ」
青く砕ける波をゆっくりと僕は見つめる。波は刻一刻と変化をし続け、2度とない無限の表情を見せてくれた。この豊かな波の姿を、一筋の光として浮かび上がらせる。
砕ける白波の可視化ほどこの世の終わりにも似た美しさはない。闇に紛れ静かにやってくる波が砕けるとき、気持ちのよい音とともに白波が青い陰影と共に現れる。常に形を変えるその波を、心地よく照らし出す。常に移ろう自然光のように、一定ではない光の効果を生み出すことができた。
「本来、この光景がみられるのは南の島で、ピークは日没時の夕景だそうですよ。こんなちゃちなものではなく、自然を利用しながらもダイナミックで、飽きることない美しい波の光だそうです」
その中にぼんやりと黒い人型が浮かんでいる。そこを中心に世界が解け始める。
「......ッ!」
あまりに眩しくて僕は目を手でおおった。
菜の花の黄色の帯の向こうに、青い布をハラリと広げたようなのどかなプライベートビーチがある。粘っこいような春の海が薄緑にひろがる中、僕は目を覚ました。どうやら海岸からホテルの敷地内の庭園に運ばれたようである。眠たげな甘さを含んだ四月の海をぼんやりと眺めながら、僕はあたりを見渡した。
「......おい、大丈夫か」
根本の激情的な性格は変わらないが、ワイルドな風貌ながら知性的で物静かな態度のままこちらを見下ろす男が見えた。
形兆先輩の記録では不良だった当時に比べると言動は落ち着いて敬語も使っているほか、一般教養を身につけており、歳相応の社会人として更生しているらしい。だが何度見てもその面影を見出すことはできない。そこには知的な男がいるだけだ。
仗助先輩たちには豊富な知識や実戦経験などから一目置かれているほか、敵からも最大級に警戒されている。また、スタープラチナの強すぎる能力が知れ渡っていることから、間違いなく彼が1番頼りになる大人だろう。僕にとっても。だから僕はスピードワゴン財団職員の呼び出しに応じたのだ。この男からの依頼だと聞いていたから。
「なにがあった。プライベートビーチのど真ん中で倒れていたが......」
一瞬わけがわからなくてぽかんとしてしまった僕は悪くない。珍しいものを見るかのように空条さんは眉を寄せた。
「なんですって?今、なんて言いました?そんな他人行儀な。僕はスピードワゴン財団の職員から呼び出されてここにきたんですよ。あなたからの指示だって」
「......なに?」
緑の目が険しくなる。
「僕がDIOについて調べるために開拓した人脈をよこせといってきたので断ったんですよ。そしたら値するかどうか調べさせろと言ってきた」
「......そいつはスタンド使いか」
「はい、ブラックウォーター・パークという太陽から追放する強力なスタンドだった。さすがはスピードワゴン財団ですね。伝達役にまでそんな使い手を使うだなんて......空条さん?」
「やれやれだぜ......レッド・ホット・チリ・ペッパー以外にも敵がいるってわけか」
「?」
「ブラックウォーター・パークなんてスタンド使いはいないぜ」
「なんですって?身分証を僕はたしかに見たんですよ?まさか偽物......?」
「どうやらそうらしいな。ちなみに本物の伝達役はこの男だ」
「......」
冷や汗が溢れ出すのがわかる。そこには似ても似つかない男が立っていたのだ。
「まさかスピードワゴン財団の関係者まで疑わなきゃいけなくなるとは思わなかったぜ。悪いな、ジョルノ」
「いえ、僕がうかつだった」
「それは違う。やつはよりによって『空条承太郎』の名前を出しやがった。俺を信用させてみろとジョルノに言外に言い放った俺の名前をだ。お前が応じるのは当然だろう、お前はそういうやつだということは1番信用しているからな」
「空条さん......」
空条さんは硬い表情でいうのだ。
悪魔の背に乗っているように、いつ振り落とされるかわからない毎日を過ごしている僕に、嘘と虚飾にまみれた口のうまい男が『空条承太郎』がせっせと培ってきた信用を一気に地に落としたのだ。奈落の底までに墜落したといっていい。
信用していいかわからない灰色の人間が地道が必死に否定するが、その慌てた仕草は、信用できる人間の作法にも見えないに違いない。
それだけ一度失った信用を取り戻すのは大変なのだ。
「ジョルノ......てめーにはジョナサン・ジョースターのような人の道か、DIOのような魔の道か、ふたつの道があると俺は考えていた。どうやらどちらとも違う道を模索しているようだな」
「そんな大層なもんじゃあないですよ」
「まあ聞け。そのために俺に対して信用の殻を固く閉じていたのを開き、人を信じる能力がひび割れてしまっているのを必死で修復しようとしているのを俺は見てきた。それを無下にするやつが存在することに対して、俺は怒りを感じている」
「............空条さん、あんた......」
「何が目的かはわからねえ以上、警戒するに越したことはない。だからジョルノ、俺からの連絡以外には応じなくてもいいぜ」
「わかりました」
僕は頷いたのだった。
「明後日、仗助たちと×××にこい。電線のあるところでの会話および電話や電報も危険だからな、詳しくはそこで説明する」
スタンド名 ブラックウォーター・パーク
本体 スピードワゴン財団職員?
破壊力 -E
スピード -A
射程距離 -B
持続力 -A
精密動作性-C
成長性 -C
能力:人ひとりがすっぽり入ってしまいそうな大きさの球体の形をしたスタンド。この球体ではなく中の黒い液体がスタンドである。球体を破壊されるまでは対象を自動追尾し、破壊されたあとは対象を太陽が存在しない空間に閉じ込めることができる。
視界を奪う、体温を奪うなど、太陽の恩恵により受けられるはずの全てを奪う。数ヶ月後には低体温症とビタミン欠乏症による栄養失調で衰弱死させる。
拷問の手段として最適とのことだが、承太郎曰くそのようなスタンド使いはスピードワゴン財団には存在しないとのことである。