幼かった頃、果物の種を飲み込んだりしたときに、もしかしたらお腹の中で芽が出やしないだろうかと心配をしたことはないだろうか。注意されて、どうしようと悩んでいた、とか。そんなのは冗談の世界だと笑っていたら、笑っていられない事態に陥ってしまった。
悲劇は常に喜劇と背中合わせというが、まさにそんな悲劇が天谷の身に起こった。そのはじまりは、まだ寒さ厳しい2月初旬のことだったと記憶している。
ある朝天谷は焦っていた。簡単にいうと寝坊してしまったのだ。急いで朝食をとる。朝に弱い天谷は、デザートのぶどうを種も皮も出さずにそのまま食べてしまった。そう、ぶどうの種まで飲んでしまったのだ。種はそんなに小さなものではない。硬い種が扁桃腺を揺らして食道を押しひろげ胃に到達する感触を、それはもうはっきりと感じとることができた。
おしっこが勢いよく出すぎたときのような痛みをのどに感じたが、そんなことを言っている場合ではない。なにしろ遅刻しそうなのだ。天谷は歯磨きをすませ、洗顔のかわりに申し訳程度の水で顔を濡らすと、すぐに家を飛び出した。食道と胃の違和感はそのうちにおさまり、ぶどうの種を飲み込んでしまったこと自体、当然のように忘れて日常を過ごしていた。
天谷は無性に朝から耳の奥がむずがゆくてたまらなかった。耳かきを突っ込んでみるも、届かない感じがもどかしい。耳を引っ張ると泣き叫びたいくらい痛くなり、先生が中耳炎じゃないかと疑って耳鼻科に連れて行った。
痛い。耳の奥と同時に、胃までがつっぱるような変な感覚。ぜんぜん抜けてこないのだ。原因はわからないと言われた。薬を出されて返されてから、天谷は手を洗うために鏡を見た。
「なっ......なんだよこれぇッ......!」
耳からなにか生えているではないか。天谷は気づいた。なにかの芽が生えていると。思わず引き抜こうとするが舌を引っこ抜かれるような痛みが襲う。
「どう?痛い?」
涙目でうずくまっていると耳元で囁く声がする。天谷は悪寒がとまらなくなった。
「これはあのとき飲んでしまったぶどうの種が胃の中で発芽して、その芽が成長して耳から出てきたのよ。ちゃんと出さないから」
「……待って......納得できないよ、おかしいだろォ......なんで耳?なぜに耳?」
「何故って、私が他のところに生えたら、あなたすぐ死ぬじゃない」
現実として天谷の耳からはぶどうの芽が生えてきているのである。これには道理も引っ込まざるを得ない。
施設の誰にもぶどうの芽が見えないとわかったとき、天谷は絶望した。その日から天谷は体重がずいぶんと減った。食欲が旺盛になり、それまでの倍近くの量を食べているような気がしていたのだが、体重は増えるどころかどんどん減っていったのだ。要はお腹の中の種が、発芽し成長するための養分を、天谷の身体から摂取していたということだろう。
そして今、この芽がどうなったかというと、順調に育っている。葉っぱが直接光を浴びられるようになったおかげで、天谷の体重減少はひと段落している。それどころか、どうやら今までのお返しにと、光合成で得た養分を分けてくれているらしく、むしろ以前より太ってしまった。
誰も見えないから現代の医学では、天谷の身体を傷つけずに芽だけを取り除くことは不可能だろう。
「このまま死にたくなかったら、いうこと聞いてくれる?」
天谷はぶどうの囁きに抗うことが出来ない。鼓膜を突き破って花や目や口から発芽して、成長して、実をつけてもいいのだと脅されているからだ。実際、天谷はこの耳の聴力が徐々に失われつつあるのである。抵抗したらどうなるかなんて、誰の目にも明らかだった。
ぶどうの囁きに耐えきれなくなり、言われるがまま、天谷は行ったことのない住宅地に入り込んだ。
辿り着いたのは、どこにでもありそうなアパートである。
「ポストを見てくれる?」
ポストが誰でも見られる位置に設置されている。少年はその一角をみて、違和感を覚える。ポストがすべてガムテープで固定されている。ついでに近くの壁にはペンキで落書きがされている。近くにある花壇は放置されているようで、すっかり枯れて荒れ放題。ついでにいえば、このアパートのベランダは、人の営みが全く感じられない建物だった。
「どれだよ」
「木村ってあるでしょう、そこよ」
どくどく耳の脈の音がうるさい。天谷はガムテープを剥がして、ねちゃねちゃのそこを開いた。セロハンテープで鍵が固定されている。
「それで部屋に入って」
うすら寒くなってきた天谷は嫌だと泣き叫びたい気分になるが、ぶどうが許してくれない。真っ暗な気分で水道の料金メーターが並ぶ一角を通り過ぎる。なんとなく目を走らせるがどのメーターも止まっており、動いている気配がない。つまりどの部屋も水が止められている、人が住んでいない部屋ということだ。
天谷は驚いた。誰かいると思われる部屋は普通に明かりがついているんだが、どういうことだ。さすがに引け目を感じていた天谷はなにか危ないことをさせられている信憑性を帯びてきて顔が険しくなる。
「わかったよ、いけばいいんだろ」
天谷は人がいるはずの部屋に続く階段に向かった。
「……これはっ……!」
そこには立ち入り禁止のテープが張られている。ラミネートされているお知らせによるとこのマンションは耐震偽造が発覚し、建て替えが行われるため住民はすべて立ち退いているようだ。
その後、建築業者との交渉が難航しているのか、数年前からずっとこのままのようだ。つまり、ここには誰も住んではいけないということだ。とうとういても立ってもいられなくなった天谷は逃げ出したくなる。
だが、ぶどうが囁くのだ。
「いいけど、あなた死ぬわよ?」
長い長い沈黙の後、天谷はそのテープを無視して一気に階段を駆け上がる。
アパートの一室に辿り着くと、やはりここだけライトがついている。ぴんぽん、とチャイムを鳴らした。どんどん、と壊れかねない勢いで乱暴にぶっ叩く。
「鍵はあるでしょう?なんでたたくのよ、うるさい」
天谷は慌てて鍵をあけて、がちゃりとドアが開く。
「ひいっ」
天谷は戦慄した。足元から水が流れてきたのだ。たくさんの木々が生い茂っている。
「ちょっとぉ......静かにしてよね。みんな起きちゃうじゃないの」
部屋着姿の女がいる。けだるい様子で木々の下をみている。つられて見てしまった天谷は腰を抜かしてしまった。
人だ。人が床にびっちり敷き詰められている!
それはそれは、異様な部屋だった。数年間使われていないのに、なにも劣化していない上に、問題なく使用することができる部屋が広がっていたのである。
花瓶には鮮やかなひまわりが飾られており、丁寧に手入れがされているようでみずみずしい。部屋全体が清潔に保たれ、整理整頓されている。ちょうどいい室内温度に保たれている。
テーブルの上には、仕事に行くから食べてくださいと一筆添えられた置手紙とラップがかけられた食事が用意してある。天谷はあなたみたいな人がルームシェアしてくれていろいろやってくれているんだ、とおぞましいことを聞かせてくる。天谷の表情は青ざめていくばかりである。
埒が明かない問答である。さすがに天谷は女の言動がおかしすぎて、全く会話がかみ合わないことに鳥肌が立っている。ここに居てはいけない。そう強く感じる。ここにずっといては天谷は壊れてしまう。女は天谷の忌避感などお構いなしに、いかに自分にルームメイトたちが優しいかメモを見せてくる。
弱音を吐く女を激励する言葉が並んでいる。丸文字のかわいらしい女性の文字である。帰りたい、戻りたい、家族が心配だ、でも帰り方が分からない、という仄暗い背景をうかがわせる言葉が並び、それをひとつひとつ慰める言葉が並んでいる。ここだけみれば温かな交流だが、あまりにも状況が異質すぎた。
ルームメイトが床に敷き詰められている人間も含まれているのはあきらかだった。
「はい、これ。汐華初流乃に渡してくれる?」
天谷は壊れた人形のように頷いたのだった。
天谷はどこかジョルノと似ているところがある子供だった。外部から人間が来たとき、子供たちは決まって私を僕を俺を見てくれと必死な程に気を引こうとする。時には周りをけ落とそうとすらするのだ。
ジョルノはここに辿り着くまですっかり希望を持たない方が楽だと知っていたし、今までの環境からしたら施設は天国だった。だから遠巻きに本を読んでいる蓮見琢馬の隣で続きを強請るような子供だった。そこまで積極的ではないにしろ、大人の前で子供らしくすることに疲れ、話し始める児童書に集まってくる子供の一人が天谷だった。だから。
「大丈夫ですか?」
ぶどうの枝と一体化している耳があったはずの場所。そこに手を伸ばし、問いかけた瞬間、堰を切ったように泣き始めた仲間にジョルノは目を丸くするのだ。
どうせ、俺のなんかどうでもいいんでしょと気をひくことすら億劫になり、陰鬱な顔をしているはずの天谷が、人の善意を期待して泣くなんて初めて見たのだ。
仗助や康一だったなら、なにいってるんだ、と平手で頬を叩いて、叱責してくれるだろう。誰かを叩くなんて生まれて初めてのことだなんていいながら。
自分の中にそんな暴力衝動があるなんて思いもしなかったといいながら。目の前には頬を押さえている天谷がいたなら、きっと瞳には涙を浮かべ小刻みに震える。 唇にはうっすらと血がにじんでいて、繊細なガラス細工を壊してしまったような後悔と罪悪感が沸いてもなお、謝らないと彼らはいうに違いない。
だがジョルノはそうではない。理解できないことを理解できるように振る舞うことの方が残酷だと知っている。だから必要以上に踏み込まないのだ。なのに、天谷は泣くのだ。わあわあ泣くのだ。尋常な泣き方ではない。この時点でジョルノはイジメなどの問題とは別次元の問題を天谷が抱えていると悟った。
「これ......ジョルノにってぇ......」
根気強く事情を聞き続けたジョルノは、ようやく天谷の目的に到達する。施設の施設長が困り切った顔で天谷がジョルノに会いたいと癇癪を起こして、ハンガーストライキを始めてしまったと電話口で聞いた時にはなにごとだと思ったものだ。
ぐしゃぐしゃの紙を広げてみると汚い字で住所が書いてあった。
「誰がこれを君に?」
しゃがみこんで視線を合わせ、優しく問いかける。天谷はジョルノの服の裾をしっかりと握りしめて、片時も側から離れまいという態度のまましゃくりあげる。
「これ......っ......つけた、ひと、がぁっ......」
しにたくない、まだしにたくない、たすけてジョルノ、と必死で助けを求めてくる天谷の頭を撫でながらジョルノは頷いた。
ふいにビクッと天谷の肩が飛び跳ねる。瞳の奥にはこの世の終わりみたいな絶望感が広がっている。
「......あんな、い、する......から......ころさないで......しにたくない、しにたくない......ジョルノ、きて、今すぐ来てッ!!!」
発狂したように泣き叫びながら天谷が叫ぶ。グイグイ手を引っ張り、天谷は施設からどこかにジョルノを連れていこうとしているではないか。
「わかった、わかったから、今すぐ行こう」
頭がとれかけの人形のようにぶんぶん首を振りながら、天谷は部屋から出ていこうとする。
「ここじゃあ話しにくいみたいなので、今から少し二人で歩いてきますね」
心配そうに様子を伺っているスタッフと施設長にジョルノは告げる。天谷だけ特別という雰囲気を嗅ぎつけた子供たちがわらわら集まってくるが、錯乱寸前の天谷を見てずるいと連呼するのはやめたようだ。おずおずと顔を上げ、ジョルノの様子を伺っているのがわかる。ジョルノは笑って答えた。
「これから男同士、とても大事な話があるから」
この年代の男の子には魔法の言葉だ。
天谷はジョルノの手を1度も離さないまま、施設をでる。
「帰りが遅くなりそうだから、電話してもいいかな」
天谷は怯えた様子でぶどうの枝を見る。
「......うん」
「電話ボックスにいるから」
1人しか入れない電話ボックスである。どうやら天谷を通じて呼び出したいらしい人間は待ってくれるらしい。ジョルノは財布を探った。
「いらっしゃあい」
やる気のない女の声がする。湿地帯となっている足場には所々水草には隠しきれない人間の胴体が浮かんでいるのが見えた。
ジョルノは眉を寄せる。
「......さあ、天谷を解放してもらいましょうか。僕をここに連れてくるという目的をしっかりと果たした訳だから」
「んんー......そうねェ......それもいいんだけどぉ......」
「まだなにか?」
「汐華初流乃、あなたってぇ、すっごく頭がいいでしょー?あたしと違ってさァ。だからぁー、保険ってことでここにいてくれるぅ?」
天谷はジョルノの袖を掴んでガタガタ震えているが、女がはやくぅ、と呟く声がぶどうの木から聞こえてくるからだろうか。今にも泣きそうな顔をしたまま、リビングの椅子に座り込む。
「逃げちゃダメだってばぁ!はーい、コスモス・ファクトリー!あとよろしくねぇ」
「うわあぁぁぁッ!」
すぐ下に転がっている人間の体が変化し、まるで蔦のように天谷の足と椅子を固定化してしまう。
「いたいぃぃぃぃ!」
今度は両手が変化して蔦が背もたれと天谷をたちまち縫い付けてしまう。どうやら人体を植物にしても神経などはそのままのようでいびつに歪んだそれは天谷に激痛をもたらしているようだった。スタンドは一般人には視認できないが、寄生されている人間には見えてしまうのだから発狂するのも無理はない。
耐えきれなくなったらしい天谷はぐったりとしたまま、動かなくなってしまった。このほうがよかったのかもしれない。下手に気絶することが出来ない精神強度だとかえって残酷な光景がこれから広がることになるのだから。
「......で、僕になんのようです?こんな紙切れだけ渡されても分からないんだが」
住所が記されている紙切れをみせると女は口笛を吹いた。ジョルノは不愉快だとでもいいたげに眉を寄せた。
「あたしがあんたを呼んだのはぁ......ふたつ理由があるのぉ。まずひとぉつ、あたし、木村蓮花の邪魔をしないことぉ。あたしねー、頭がよくないからぁ、めんどくさいことしたくなあいの」
間延びした、イライラさせる話し方である。
「ふたぁつ、岸辺露伴を始めとした連中のぉ、嫌がらせをやめることぉ」
「嫌がらせとは?」
「あんた達がぁ、好き勝手に調べ回るからぁ、あたし達が苦労してるってぇいってるのぉ。わかるでしょ?人ひとり言うこと聞かせるのだってぇ、前はこんなに慎重にならなくてもよかったのにぃ」
「それはつまり、あんたは僕達が追ってる連続殺人犯の仲間で、僕達のことを把握している。そしてこれは警告と考えていいんだな?」
「そうそれェ!さすがよねぇ、頭がいい人ってこれだからあこがれちゃうんだァ......あーあ......なんであたし、こんなめんどくさいスタンドなんだろぉ......搦手使わなきゃいけないなんてめんどくさいすぎない?」
「決定打に欠けるから搦手を使う必要性については同意するけれど、あんたと一緒にしないでもらえます?不快だ......不快だ、この上なく」
「ええぇ......なんで怒ってるのォ?同じ植物を操る者同士、仲良くしましょうよォ」
「断る。僕がいえるのはそれだけです」
「ぇぇえ......ほんとにィ?ちょっとは考えないのォ?この子をキュッとしちゃってもあたしは構わないんだよォ?」
女は驚いたように天谷をみてジョルノに聞いてくる。
すでに女はスタンドの種子を標的である天谷に植え付けており、「死ね」と一言発するだけで発動する。きっと天谷の全身を突き破り、ぶどうの花は開花する。きっと幼い子供の血の方が綺麗な花を咲かすだろう。あまりにもジョルノがあっさりと決別の言葉を口にするものだから、今まで人々を屈服させてきた女は予想外すぎて戸惑っているようだった。
「あっ、もしかしてぇ、はったりだと思ってるのォ?さすがにあたしもさぁ、そこまで馬鹿じゃないよぉ」
木村はニコニコ笑って、自分の体と一体化している蔦をひとつひきちぎった。
「うぐぁっ!!」
男の声がする。すると、木村の掌にはドロドロに血を流す成人男性の手が現れたのである。そして、ぽいっとジョルノの目の前に投げてみせた。
「手に取ってみなよォ......本物でしょォ?あたしのスタンド、コスモス・ファクトリーはねぇ、こうしないと元に戻らないしぃ、あたしがやーめたってしないと元に戻らないってわーけ。つまりぃ、このままじゃあ、そこの男の子は解放されないんだよォ?しかもほっといたら、体は勝手に植物に近づいちゃってェ......、元に戻ってもふつーの体じゃなくなっちゃうんだァ。ツリーマンて知ってるぅ?あれになるんだよー!かっわいそー!!」
きゃはははは、と耳障りな高い声で木村は笑う。ジョルノは男のまだ暖かい手をとり、静かに見つめていた。
「ゴールド・エクスペリエンス」
「へええー、キレーなスタンドだねぇ。金ぴかなテントウムシ?羽も生えててかわいいぃ!」
ジョルノの手にあった腕はたちまち植物が芽吹き始めた。
「どーせなら、もっときれーな花にすればいいのにィ?たとえば、こんな感じのっ!ねっ、コスモス・ファクトリー!!」
ジョルノの目の前に、たくさんのコスモスでつくられた人型のスタンドが出現する。
「ゴールド・エクスペリエンスッ!」
ジョルノの声に応じて、ゴールド・エクスペリエンスがコスモス・ファクトリーの手を弾く。
ぶわっとコスモスの花弁が散る。
どんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。
それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。
それは人の心を誘わずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。
だがジョルノの前にあるのは、あまりにも媚びている色彩と香りの暴力である。
「───────ッ!?」
最初にあったのは、違和感だった。なにかが体の中に蠢く、気持ちの悪い、モゾモゾとした気持ち悪さだった。ジョルノはとっさにゴールド・エクスペリエンスをみる。
「なっ!?」
にい、と木村は笑った。
「ゴールド・エクスペリエンス!」
そこには身体中から発芽しているおぞましいオブジェとなったゴールド・エクスペリエンスの姿があった。
「なんだ......なにがッ!」
ゴールド・エクスペリエンスは明らかにいつもより精彩をかいていた。スピード、パワー、なによりも射程が著しく制限されているように感じる。生命エネルギーがあちこちに四散し、ひとつにまとめることができないのだ。
「まさか......コスモス・ファクトリーは、吸収できるのか!生命エネルギーを!」
「フツーならスタンドの維持が出来なくなる感じなんだけどォ......キャハハハハッラッキィ!あたしとあんた、相性最悪みたいねェ!!」
ゴールド・エクスペリエンスから発生した数多の茨が自身をがんじがらめにしていく。それはジョルノの体が拘束されるも同じである。
ゴールド・エクスペリエンスの拳はコスモス・ファクトリーを捉えることなく空を切る。掠めてもコスモスの花びらが散るだけでダメージを感じている気配はない。少しくらいあってもおかしくないというのにだ。
おかしい、が大きくなっていたころ、コスモス・ファクトリーの生命エネルギーが膨張する。足元のいくつもの肉体が突如消失した。そして極大な茨がいくつも襲い掛かってきたのである。
ゴールド・エクスペリエンスから発生した蔦は金朱のいろの錦の蓑をかけ連ねたように美しかった。大きくうねりを見せて動いている潮のように揺らぎ、本体であるジョルノの意志に反して猛威を振るう。
そして床に転がっていた人間がまるごと変化した蔦は、ジョルノ目掛けて次々と襲いかかる。ひとつかわすと、そこに傷どころではない大きなものを落としたかのような跡ができる。若蔦の群は扉を横切って退路を塞ぎ、床全体に張り巡らされていく。意思を持っているかのように、いくつもの蔦がジョルノに向かってくる。ジョルノはかわすので精一杯だった。
「チイッ」
鬱蒼と覆い掛り垂れ下る蔦葉をみると、もはや変異した人間と人間の間に境目があるのかどうかも怪しくなる。ゴールド・エクスペリエンスで弾き返したり、ラッシュで蹴散らしたりするたびに死んだ体の一部が弾け飛び、老若男女の悲鳴がして、足元に鮮血が広がっていくのだ。舌打ちをしたジョルノがぬかるみを弾く度に、そのパーツは新たな生命として湿地帯に芽吹いていく。
「あははははッあたしのフィールドでぇ、このあたしにぃ、植物で勝負するっていうのぉ?大丈夫ぅ?」
「お前の頭よりは大丈夫だから安心しろ」
「ひっどーい!ちょっとー、酷すぎるんですけどぉ?なあによぉ、ヘナチョコぱんちしかできないくせにぃ!」
木村は気分を害したのか、コスモス・ファクトリーを呼び出す。
ぽちぽちと紅色の新芽が、ゴールド・エクスペリエンスから無数に生えている蔦の蔓から生えていた。
ジョルノは目を丸くする。生み出した植物からさらに植物を生成することが可能なようである。生き物であれば寄生に寄生を繰り返すことが可能らしい。規模はどうしても小さくなるが、ゴールド・エクスペリエンスの行動をさらに制限することは可能だ。
「なるほど、面倒くさがりなあんたにはぴったりのスタンドだ。周りから養分を吸い上げていく寄生根性はまさしく、ですね」
木村は殺意をみなぎらせたままジョルノをみるのだ。
それは爬虫類の掌のようでもあれば、吹きつけた火の粉のようでもある。スタンドを蔦蔓がたんねんに這い繁って、あっというまに覆い尽くしてしまった。
「コスモス・ファクトリーッ!!」
木村の号令に従い、ゴールド・エクスペリエンスが宙に浮く。ジョルノもフィードバックをもろに食らってつま先が床からだんだん届かなくなっていく。
首に黄金色の蔦が食い込む。下顎から、耳の後ろへと輪が締まる。鼻が、息を吸い込むために震えた。喘ぎ声が出る。足が前後に動く。水泳の訓練を行うかのように、足は揺れる。揺れは速い。
ほどなく、遅くなる。口から涎がこぼれた。泡が、喘ぎ声とともに、唇の端からこぼれる。両手が、首に食い込んだ蔦に伸び、皮膚とロープの隙間を探している。爪が首もとの皮を引っ掻いた。
血圧が上昇したのだろう、顔面と眼球が赤く、滲んだ。首のまわりが膨らむ。痙攣がはじまる。
首の気管は圧追され、呼吸はか細いものになっていく。声は出てこなかった。声帯を震わせるだけの空気がそこにはもうなかったし、舌も喉の奥で石のように固まったままだ。気管は今では隙間なく塞がれていた。
空気は一切入ってこない。肺は新鮮な酸素を死にものぐるいで求めていたが、そんなものはどこにも見当たらない。身体と意識が分割されていく感覚があった。身体が空中でのたうち続けている一方、ジョルノの意識はどろりとした重い空気の層に引きずり込まれようとしている。
両手と両足が急速に感覚を失っていった。やがて辺縁を持たぬ暗闇が天井から降りて、すべてを包んだ。
木村はコスモス・ファクトリーに黄金色のコスモスを咲かせているサンドバッグにありったけの力を込めて連打をかますよう命令をくだす。怒りがおさまらないのか、それだけでなく四方から束になった蔦がすさまじい勢いで向かっていく。今にも全てがジョルノに到達しようとしたその瞬間、木村は目を開いた。
「なっ、な、なによこれ......なによこれええっ!?ななな、なんで?なんで枯れていくのっ!?どうしてよ、コスモス・ファクトリー!」
物凄い勢いで植物がかれ始めたのだ。木村がコスモス・ファクトリーに命じてもなぜか新たな生命として植物を生やすことができない。なぜか小さな小さな芽が生えるだけで、すぐ枯れてしまうではないか。いくら生命エネルギーを注ぎ込んでも人間の体が植物に戻らない。そのうちコスモス・ファクトリーの力から開放された人間が床に転がり始める。
呻きながら、痛い痛いと血を流す男。泣き叫びながら助けを求める女。ぐったりとしたまま微動だにしない子供たち。そこには、犬や猫の姿もある。
「なんでっ......なんでえ?あたしなにかした?まさか......あんたなんかしたの!?」
ここでようやく木村は気づくのだ。湿地帯にあったはずの植物がすっかり変わっていることに。
背の高い雑草が一面に生い茂っているのだ。大きな群落である。1-2mに達する背丈の雑草。葉は茎に沿って多数が密生して付き、披針形で先端は伸びて尖っている。
「アレロパシーって御存知ですか?」
木村は振り返る。すっかり全身拘束の痕が残ってしまっているが、そこにはジョルノが立っていた。
「なによそれぇ」
「ある植物が他の植物の生長を抑える物質を放出したり、あるいは動物や微生物を防いだり、あるいは引き寄せたりする効果の総称です。日本ではススキやセイタカワダチソウが有名ですね」
特にセイタカアワダチソウは、アレロパシー効果でススキ等その土地に繁殖していた植物を駆逐し、モグラやネズミが長年生息している領域で肥料となる成分が多量蓄積していた地下約50センチメートルの深さまで根を伸ばす生態がある。そこにある養分を多量に取り込んだ結果背が高くなり、平屋の民家が押しつぶされそうに見えるほどの勢いがある。
しかし、セイタカアワダチソウでその領域が埋め尽くされると、土壌に肥料成分が蓄えられなくなり、また蓄積されていた肥料成分を大方使ってしまう。自らのアレロパシー効果により種子の発芽率が抑えられる等の理由により、派手な繁殖が少なくなり、それほど背の高くないものが多くなっていく。やがて大打撃を受ける。
「僕もよく知ってますが、植物ってのは環境が大事だ。生きられる環境になければ、いくらスタンドを使っても無意味になる」
「まさか、こんな短期間で何も生きられない環境にしたっていうのぉ?嘘でしょ?」
「嘘じゃあないさ。こればかりはゴールド・エクスペリエンスに感謝だな。明らかに速度の精度が上がっているんだから」
一歩、ジョルノが近づく。一歩、木村が下がる。外部から栄養を供給できずモチーフたるコスモスがセイタカアワダチソウの毒に汚染されて飢餓状態に陥っているのか、そばに居るのはなんとも貧相なスタンドである。
寄生するエネルギーすら残っていないのか、いつの間にかゴールド・エクスペリエンスは元の輝きを取り戻していた。
「なるほど、アルラウネよろしく力を蓄えてたってわけか。哀れなものですね」
ジョルノは腰を抜かしたのか、倒れたままズルズル後ろに下がる木村を見下ろす。
「な、なによぉ......」
「さあ、話してくださいよ。僕は勝ったんだから。お前に命令してきた仲間の名前は?」
「しるわけないじゃない」
「は?」
「だーかーらー、しるわけないじゃない。あたしはめんどくさいことはしない主義なのぉ。あたしの代わりにあたしのことをしてくれる人を蓄えるの、邪魔しない代わりに協力しろって言われただけでぇ、あたしは会ったことないんだもの」
「あったことが無い人間に従ってたのか、あんた」
「だってぇ......この子みたいに集めてた子がいきなり居なくなってぇ、あたしもやけどしちゃったのよぉ?ちっちゃいやけどだったけどぉ......すごく痛くて死んじゃうかと思ったんだからァ......そしたらまた別の子のぶどうから声がするんだもん。どうしろってのよォ」
「......ダメージがないと思ったら、あのコスモスひとつひとつがスタンドなのか......。どんな声がしたか、説明してもらいましょうか」
「あのねぇ、あたしが正直に話すと思うのォ?」
「もちろん、話すに決まってるじゃあないか。スタンドがろくに使えない今、僕がここの人達を直したらどうなると思います?あんたを待っているのは、司法に問えないと知った犠牲者たちの復讐劇だ」
「ひいっ」
「入院したって面会謝絶にはできないな、だってせいぜい体調不良だろう?セイタカアワダチソウのアレルギーがあるなら話は別だが」
木村はジョルノが犠牲者たちの治療による悲鳴を聴きながら、ガタガタと震え始めたのだった。
コスモス・ファクトリー
本体 木村蓮花
(親に置き去りにされたニート)
破壊力 - C
スピード - A
射程距離 - C
持続力 - D
精密動作性 - C
成長性 - A
本体は形兆によりスタンド使いになる。自堕落でめんどくさがりのため、ニート生活を継続させるためにスタンドを使っていた。下僕が吉良に爆破され、2回目に脅されて協力していた。
コスモスがモチーフの群生型スタンド。生きているものに対して、植物を寄生させることができる。生み出した植物は本体の意思で生き死にが決められ、死ぬと元の生物に戻る。寄生先が死んでも元に戻る。生成した植物にさらに植物を作ることが可能。
その場の環境に適応した植物しか生み出すことができない。植物はスタンドにもはやすことができるため、生命エネルギーを蓄えて強化することができる。
人間へのスタンドを解除しても場合によってはツリーマン症候群を発症してしまう。